
発売日:2003年5月13日
ジャンル:インダストリアル・ロック、オルタナティヴ・メタル、ゴシック・ロック、キャバレー・ロック、ショック・ロック
概要
Marilyn MansonのThe Golden Age of Grotesqueは、2003年に発表された5作目のスタジオ・アルバムであり、1990年代後半に巨大な論争と商業的成功を獲得した彼が、2000年代初頭のロック・シーンにおいて自らのイメージを再構築した作品である。前作Holy Wood (In the Shadow of the Valley of Death)は、アメリカの銃社会、宗教、メディア、殉教者文化を正面から扱った重いコンセプト・アルバムだった。それに対して本作は、政治的な怒りを保ちながらも、より美術的、演劇的、退廃的な方向へ舵を切っている。
タイトルの「The Golden Age of Grotesque」は、「グロテスクの黄金時代」と訳せる。ここでのグロテスクとは、単に気味が悪いもの、醜いものを意味するだけではない。美と醜、芸術と猥雑、洗練と暴力、上品さと下品さが混ざり合い、境界が崩れた状態を指している。Marilyn Mansonはこのアルバムで、1930年代のワイマール期ドイツ、キャバレー文化、退廃芸術、ファシズム前夜の不穏な美学、バーレスク、ダダイズム、フリークショー、ハリウッド的な見世物性を参照しながら、2000年代初頭のポップ・カルチャーを皮肉っている。
Marilyn Mansonのキャリアにおいて、本作は大きな転換点である。Antichrist Superstar、Mechanical Animals、Holy Woodの三部作的な流れでは、宗教、スター、暴力、メディアという大きな社会的テーマが中心にあった。The Golden Age of Grotesqueでは、その政治性が完全に消えたわけではないが、より「芸術としての悪趣味」「見世物としてのロック」「様式化された暴力」へ関心が移っている。Mansonはここで、悪魔的な預言者や壊れた宇宙的ロックスターではなく、退廃的なキャバレーの司会者、あるいはグロテスクな芸術家として振る舞う。
音楽的には、前作までのインダストリアル・メタル的な暗さに、スウィング、キャバレー、ヴォードヴィル、ダンス・ロック、ニューウェイヴ的なリズム感が加わっている。ギターは相変わらず重く、ビートは機械的だが、曲によっては跳ねるようなリズムや芝居がかったアレンジが前面に出る。これにより本作は、単なるヘヴィ・ロック・アルバムではなく、奇妙なダンスホールで鳴る破壊的なショー音楽のような質感を持つ。
また、この時期のMarilyn Mansonは、ギタリストJohn 5やプロデューサーTim Sköldとの関係を通じて、より硬質で整ったサウンドを獲得している。初期の猥雑で汚れたノイズ、Antichrist Superstarの混沌、Mechanical Animalsのグラム的なメロディ、Holy Woodの重厚な政治性を経て、本作では「デザインされた悪趣味」とでも言うべき音像が形成されている。すべてが意図的に装飾され、過剰に様式化され、グロテスクな美学として提示される。
全曲レビュー
1. Thaeter
アルバム冒頭の「Thaeter」は、通常の楽曲というより、作品全体の幕開けを告げるイントロダクションである。タイトルの綴りは「Theater」を想起させるが、わざとずらされた文字が、普通の劇場ではなく、歪んだ見世物小屋へ入っていく感覚を与える。
音響は不穏で、儀式的で、舞台の幕がゆっくり開くような雰囲気を持つ。Marilyn Mansonはここで、リスナーをロック・アルバムへ招くのではなく、退廃的なショーへ招待する。The Golden Age of Grotesqueにおいて重要なのは、楽曲そのものだけでなく、アルバム全体が一つの舞台装置として設計されている点である。
この短い導入によって、本作の主題である「演じられる悪」「芸術化された醜さ」「見世物としての社会」が提示される。Mansonの音楽は常に演劇的だったが、本作ではその演劇性がより前面化し、キャバレーやグロテスクなレビューの形式を借りて展開される。
2. This Is the New Shit
「This Is the New Shit」は、本作を象徴する代表曲のひとつであり、2000年代初頭の消費文化とポップ・ミュージックの流行サイクルを皮肉った強烈なナンバーである。タイトルは「これが新しいやつだ」という意味だが、曲全体では「新しさ」そのものが空虚な商品として扱われている。
音楽的には、重いギター、機械的なビート、スローガンのようなコーラスが組み合わされ、非常に即効性が高い。サビの反復は、広告のキャッチコピーやクラブで流れる掛け声のように機能する。Mansonはここで、リスナーを煽りながら、その煽り自体を批判している。新しい音楽、新しいファッション、新しいスター、新しいスキャンダル。すべては「新しい」という言葉によって消費され、すぐに古くなる。
歌詞のテーマは、現代文化における「目新しさへの中毒」である。何かが本当に革新的かどうかよりも、それが新しく見えるか、刺激的に見えるか、売れるかが重視される。Marilyn Manson自身もまた、かつて「危険で新しいもの」としてメディアに消費された存在である。そのため、この曲は外部への批判であると同時に、Manson自身のスター性への自己批評でもある。
曲の力強さは、皮肉が単なる冷笑に留まらない点にある。Mansonは「新しいもの」を批判しながら、自らも非常にキャッチーで新商品めいたロック・アンセムを作っている。つまり曲そのものが、批判対象である消費文化の形式を利用している。この矛盾こそが、Marilyn Mansonらしい表現である。
3. mOBSCENE
「mOBSCENE」は、本作最大のヒット曲のひとつであり、アルバムのキャバレー的・ダンス的な方向性を最も分かりやすく示す楽曲である。タイトルは「mob」と「obscene」を組み合わせたような造語であり、群衆、猥雑さ、見世物、暴力的な興奮が重ねられている。
曲は跳ねるようなリズムと強いコーラスによって進む。特に掛け声のような女性コーラスは、ミュージカルやチアリーディング、キャバレーのショーを思わせる一方で、歌詞の内容と組み合わさることで不穏な扇動性を帯びる。華やかで、下品で、暴力的で、楽しい。そうした矛盾した感覚が「mOBSCENE」の核心である。
歌詞では、猥雑さそのものが時代の見世物として提示される。社会は表向きには道徳を語りながら、実際にはスキャンダル、性的イメージ、暴力、異常性を消費する。Marilyn Mansonはその構造を批判するだけでなく、自分自身もその見世物の中心に立つ。観客は不快なものを見たがる。メディアはそれを売る。アーティストはその欲望を逆手に取る。「mOBSCENE」は、その三者の関係を極めてポップな形で音楽化している。
音楽的には、インダストリアル・ロックの硬さと、キャバレー的な軽快さが融合している。重いギターでありながら踊れる。攻撃的でありながらショーとして楽しい。この二重性が本作全体の方向性を示しており、Marilyn Mansonが単なる暗いロックではなく、グロテスクな娯楽として機能していることを明確にする。
4. Doll-Dagga Buzz-Buzz Ziggety-Zag
「Doll-Dagga Buzz-Buzz Ziggety-Zag」は、タイトルからしてナンセンスで、ダダ的な言葉遊びとキャバレー的なリズムが強く表れた楽曲である。本作の中でも特に、言葉の意味より音の響き、リズム、反復、滑稽さが重視されている。
この曲では、Marilyn Mansonがワイマール期の退廃芸術やダダイズムをポップ・ロックの文脈に持ち込もうとしていることがよく分かる。言葉は論理的なメッセージを伝えるためだけにあるのではなく、音として、記号として、身体を動かす呪文として機能する。タイトルの奇妙な語感は、幼児語、広告コピー、機械音、猥雑なショーの掛け声が混ざったように響く。
音楽的には、跳ねるリズムと重いギターが並存し、曲全体にグロテスクなダンス感がある。これはManson流のキャバレー・ロックであり、上品なジャズやスウィングを再現するのではなく、それを歪ませ、工業的なビートと悪趣味なロックに変換している。
歌詞の意味を細かく追うより、曲全体が作る「滑稽で不快な祝祭」を聴くべき楽曲である。Marilyn Mansonはここで、ロックを思想の伝達手段ではなく、奇怪な身体運動と見世物の装置として扱っている。
5. Use Your Fist and Not Your Mouth
「Use Your Fist and Not Your Mouth」は、タイトルからして暴力的で、言葉よりも拳を使えという直接的な挑発を含む。これは単に暴力を肯定する曲ではなく、言葉が商品化され、議論が空洞化した社会に対する皮肉としても読める。
音楽的には、アルバムの中でもヘヴィで直線的な曲であり、重いリフと強いビートが中心になる。キャバレー的な装飾よりも、オルタナティヴ・メタルとしての攻撃性が前面に出る。Mansonのヴォーカルも鋭く、言葉を吐き捨てるように響く。
歌詞では、口先の正義、空虚な議論、メディア上の騒音に対する嫌悪が感じられる。もちろん、拳を使えという言葉は危険なスローガンであり、Marilyn Mansonはその危険性を意図的に利用している。社会は暴力を否定する一方で、暴力的な表現や映像を消費し続ける。その矛盾が、この曲の攻撃的な形式に反映されている。
本曲は、The Golden Age of Grotesqueの中で、装飾的な退廃美よりも、Mansonの本来の怒りと暴力性を思い出させる役割を持つ。ショーは華やかだが、その舞台裏には拳と血がある。そのことを示す楽曲である。
6. The Golden Age of Grotesque
表題曲「The Golden Age of Grotesque」は、アルバムの美学を最も明確に言語化する楽曲である。ここでMarilyn Mansonは、グロテスクなものが時代の中心にあると宣言する。醜さ、猥雑さ、見世物、異形、暴力、美術、流行。それらが混ざり合った時代こそが「グロテスクの黄金時代」なのである。
音楽的には、重いギターとリズムを基盤にしながら、どこか行進曲やショー音楽のような感覚を持つ。これは単なるロックの表題曲ではなく、アルバムの中心テーマを掲げるパレードのような曲である。Mansonはここで、自分を時代の異端者としてではなく、むしろ時代そのものの歪みを体現する司会者として提示している。
歌詞では、芸術と猥雑さの境界が曖昧になる。グロテスクなものは排除されるべきものではなく、むしろ時代が本当に欲望しているものとして現れる。観客は美しいものだけでなく、醜いもの、壊れたもの、スキャンダラスなものを見たがる。Mansonはその欲望を隠さず、舞台の中央に置く。
この曲は、本作が単なる悪趣味なアルバムではなく、悪趣味そのものを美学として組織しようとした作品であることを示している。Marilyn Mansonはここで、醜さを批判の対象にするのではなく、醜さを使って時代を批評している。
7. (s)AINT
「(s)AINT」は、タイトルの中で「saint」と「ain’t」が重ねられた言葉遊びを持つ楽曲である。聖人であることと、そうではないこと。救済と堕落。信仰と否定。Marilyn Mansonが長年扱ってきた宗教的な二項対立が、ここではより個人的で性的、退廃的な形で表れる。
音楽的には、グルーヴが強く、重さとキャッチーさのバランスが取れている。Mansonのヴォーカルは冷笑的で、自己破壊と自己演出が混ざったように響く。曲全体には、華やかな退廃というMechanical Animals期の要素も感じられるが、サウンドはより硬質で、身体的である。
歌詞では、自分が聖人ではないこと、救済される存在ではないことが、挑発的に提示される。Marilyn Mansonの作品では、聖性と罪は常に反転する。社会が聖なるものとして掲げる価値観はしばしば暴力を隠し、罪深いとされるものの中に真実があることもある。「(s)AINT」は、その逆転を短く鋭く表した曲である。
この曲は、後にミュージック・ビデオの過激なイメージも含めて、Mansonの退廃的な自己演出を象徴する楽曲となった。本作においては、宗教批判を大きな社会論としてではなく、身体、欲望、自己破壊のレベルへ落とし込む役割を担っている。
8. Ka-Boom Ka-Boom
「Ka-Boom Ka-Boom」は、タイトルからして爆発音を模したコミック的な言葉であり、暴力とポップな擬音が結びついた楽曲である。Marilyn Mansonはここで、破壊を深刻な悲劇としてだけでなく、ポップ・カルチャーが消費する刺激として扱っている。
音楽的には、リズムが跳ね、ギターは攻撃的で、曲全体に悪ふざけのようなエネルギーがある。しかし、その軽さの裏には、暴力がショー化される社会への皮肉がある。爆発、銃撃、破壊、戦争、スキャンダルは、本来であれば恐怖や悲劇である。しかしメディアや娯楽産業は、それらを刺激的な映像や音として消費する。「Ka-Boom」という子どもじみた擬音は、その危険な単純化を象徴している。
この曲は、Holy Woodで扱われたアメリカの暴力批評を、よりコミカルでグロテスクな形式へ変換したものともいえる。暴力は真剣に論じられるだけでなく、商品として売られる。Mansonはその不快な現実を、あえて漫画的なタイトルとキャッチーなロックで提示する。
9. Slutgarden
「Slutgarden」は、性的イメージ、庭園、宗教的な堕落、欲望の管理が混ざり合ったタイトルを持つ楽曲である。「garden」はエデンの園を連想させるが、そこに「slut」という侮蔑的な性的語彙が結びつくことで、純潔と堕落の境界が壊される。
Marilyn Mansonの作品では、性は単なる快楽ではなく、宗教、罪悪感、権力、消費文化と深く結びついている。この曲でも、性的な言葉は挑発であると同時に、社会が女性性や欲望をどのように商品化し、罰し、興奮の対象にするかを示す。純粋な庭園は、すでに欲望と暴力によって汚染されている。
音楽的には、重く粘るリフとダークな雰囲気が中心で、アルバム中盤に陰湿な質感を加える。派手なキャバレー感よりも、閉じた部屋の中の腐敗のような感覚が強い。Mansonの歌唱も挑発的でありながら、どこか冷たく、欲望が機械的に処理されるように響く。
10. Spade
「Spade」は、本作の中でも比較的メロディアスで、暗いロマンティシズムを持つ楽曲である。タイトルの「spade」はトランプのスペード、シャベル、黒い記号などを連想させる。死、掘ること、ゲーム、運命、黒い象徴が重なり、曲全体にゴシックな雰囲気を与えている。
音楽的には、攻撃性よりも陰影が前面に出る。ギターは重いが、曲は単なるヘヴィ・ロックではなく、退廃的なバラードに近い感触も持つ。Mansonのヴォーカルは低く、抑制され、暗い感情を抱え込むように響く。
歌詞のテーマは、愛と破壊、美と死の結びつきである。Marilyn Mansonのラブソングは、一般的な意味でのロマンティックな救済を描かない。愛はしばしば支配、依存、破滅、自己嫌悪と結びつく。「Spade」もその系譜にあり、感情の美しさが同時に死の気配を伴う。
本曲は、アルバムの派手なスローガン性から少し離れ、Mansonの内省的でゴシックな側面を見せる。Mechanical Animalsの「Coma White」や後期作品の暗いバラード群に通じる要素もあり、本作の中で重要な深みを与えている。
11. Para-noir
「Para-noir」は、タイトルが「paranoia」と「noir」を組み合わせたように響く楽曲であり、偏執、暗黒映画、性的取引、権力関係が絡み合ったナンバーである。本作の中でも特に、語りの構造が演劇的で、男女の声の対比が印象的である。
音楽的には、重く、遅く、圧迫感がある。曲はサビで爆発するというより、不快な会話劇のように進む。女性の声が繰り返すフレーズは、欲望と拒絶、商品化された身体、関係性の暴力を浮かび上がらせる。Mansonの声はその周囲で、冷たく、支配的に響く。
歌詞のテーマは、愛や性が取引へ変質することにある。誰が誰を欲望しているのか、誰が誰を利用しているのか、誰が商品で誰が消費者なのかが曖昧になる。これはMarilyn Mansonが長年扱ってきたスター文化にも重なる。ロックスターは欲望される存在であり、同時に観客を欲望する存在でもある。舞台上の身体は商品であり、支配者であり、犠牲者でもある。
「Para-noir」は、アルバムの中でも特に不快で重い曲だが、その不快さは意図的である。グロテスクの黄金時代において、愛も性も清らかなものではなく、黒い取引と演技の一部として提示される。
12. The Bright Young Things
「The Bright Young Things」は、1920年代から30年代の上流階級的な若者文化を思わせる言葉をタイトルに持つ楽曲である。華やかで若く、退廃的で、自己破壊的な人々。Marilyn Mansonはこの言葉を、現代のセレブリティ文化や若者文化への皮肉として用いている。
音楽的には、勢いがあり、比較的ストレートなロック感が強い。タイトルの華やかさに反して、曲の中身は冷笑的で、若さや美しさが消費されることへの批評が感じられる。明るいもの、輝くものは、実際にはすぐに燃え尽きる。Mansonの世界では、若さは祝福であると同時に、見世物として消費される燃料である。
歌詞では、自分たちが新しい世代であり、時代の中心にいるという感覚が、皮肉を帯びて提示される。若者文化はしばしば反抗として売られるが、その反抗もまた市場に取り込まれる。「This Is the New Shit」と同様に、本曲も「新しさ」や「若さ」が商品化される構造を批判している。
13. Better of Two Evils
「Better of Two Evils」は、「二つの悪のうち、よりましな方」という意味を持つタイトルである。通常の表現では「lesser of two evils」と言うが、ここでは「better」という言い方によって、悪そのものが選択肢として積極的に提示されるような皮肉がある。
Marilyn Mansonの作品では、善と悪の二分法が常に疑われる。社会が善と呼ぶものが抑圧や偽善を隠し、悪と呼ばれるものが真実を暴くこともある。この曲では、選択肢がどちらも汚れている世界の中で、どの悪を選ぶのかという状況が描かれる。
音楽的には、ヘヴィで攻撃的なロック・ナンバーであり、アルバム後半に再び強い推進力を与える。Mansonの声は挑発的で、善良さへの不信が前面に出る。グロテスクの黄金時代においては、純粋な善など存在しない。あるのは、どの悪を見せ物にするか、どの悪を隠すかという選択だけである。
14. Vodevil
「Vodevil」は、「vaudeville」を歪めたようなタイトルを持つ楽曲であり、本作のキャバレー/見世物小屋的なテーマを締めくくる重要曲である。ヴォードヴィルは、歌、踊り、コメディ、曲芸などを含む大衆演芸の形式であり、Marilyn Mansonはそれをインダストリアル・ロックと接続している。
音楽的には、ショーの終盤のようなエネルギーがあり、アルバム全体の見世物性を総括する。Mansonはここで、ロック・コンサート、キャバレー、フリークショー、政治演説、メディア・スキャンダルを同じ舞台の上に並べる。観客は何を見ているのか。芸術なのか、猥雑な娯楽なのか、暴力なのか、批評なのか。その境界が曖昧になる。
歌詞では、言葉遊びとスローガン性が強く、意味の明確さよりも舞台上の熱狂が重視される。これは本作全体の核心でもある。The Golden Age of Grotesqueは、論理的なメッセージを静かに伝えるアルバムではなく、過剰な様式、反復、挑発、悪趣味によって時代の姿を映し出す作品である。
15. Obsequey (The Death of Art)
アルバムの終曲「Obsequey (The Death of Art)」は、タイトルからして葬送と芸術の死を思わせる不穏なトラックである。「obsequy」は葬儀、葬送を意味する言葉であり、「The Death of Art」は本作が扱ってきたテーマを最後に冷たく締めくくる。
音響は短く、不穏で、通常のロック曲としてのカタルシスを与えない。アルバム全体がグロテスクなショーとして進んできた後、その最後に残るのは芸術の死である。しかし、ここでの「芸術の死」は単純な悲観ではない。Marilyn Mansonは、芸術が商品化され、見世物化され、スキャンダル化される時代において、芸術が死んでいるのか、それともその死体こそが新しい芸術なのかを問いかけている。
この終曲によって、アルバムは華やかなキャバレーの幕切れではなく、葬儀のような余韻で終わる。グロテスクの黄金時代とは、芸術が最も華やかに見えると同時に、最も空洞化している時代でもある。その矛盾を残して本作は閉じられる。
総評
The Golden Age of Grotesqueは、Marilyn Mansonの作品の中でも、特に美学的なコンセプトが前面に出たアルバムである。Antichrist Superstarの宗教的怒り、Mechanical Animalsのスター神話、Holy Woodの政治的批評に比べると、本作はより様式化され、演劇的で、退廃的である。ここでMansonは、社会を直接告発する預言者というより、腐敗した時代を舞台化するキャバレーの司会者として振る舞っている。
アルバムの中心にあるのは、「グロテスクなものが娯楽として消費される時代」という認識である。スキャンダル、性、暴力、異形、若さ、芸術、政治、戦争、宗教。すべてが見世物になり、広告のように反復され、流行のように消費される。「This Is the New Shit」は新しさの空虚さを暴き、「mOBSCENE」は猥雑な群衆の欲望を音楽化し、「The Golden Age of Grotesque」は醜さが時代の中心にあることを宣言する。これらの曲によって、本作は2000年代初頭のメディア文化への皮肉として機能している。
音楽的には、インダストリアル・ロックとキャバレー的な要素の融合が特徴である。ヘヴィなギターと機械的なビートはMansonらしいが、そこにスウィング感、ショー的な掛け声、ダダ的な言葉遊び、ヴォードヴィル的な演出が加わることで、独自の質感が生まれている。これは過去作の延長でありながら、単なる反復ではない。Mansonは自らの悪趣味を、より洗練された美学へ変換している。
一方で、本作は評価が分かれやすいアルバムでもある。前作までの三部作にあった巨大な物語性や重い社会批評に比べると、内容が表層的、装飾的に感じられる部分もある。しかし、その表層性こそが本作の主題でもある。The Golden Age of Grotesqueは、深い真実を隠した時代を描くというより、表面そのものが過剰に増殖し、すべてがショーへ変わっていく時代を描いている。その意味で、本作の派手さ、軽さ、反復性、スローガン性は、弱点であると同時に批評的な武器でもある。
Marilyn Mansonのキャリアにおいて、本作は「黄金期の終わり」としても読める。1990年代後半から続いた大規模な文化的影響力は、この時期を境に少しずつ変化していく。以後のMansonは、より個人的でブルージー、ゴシックな方向へ進み、巨大な社会的ショックの中心からは距離を置くようになる。その意味でThe Golden Age of Grotesqueは、Mansonが最後に大きなスケールで「時代そのものをショー化」した作品ともいえる。
日本のリスナーにとっては、本作はMarilyn Mansonの中でも比較的入りやすい部分と、非常に癖の強い部分が同居したアルバムである。「This Is the New Shit」や「mOBSCENE」はフックが強く、インダストリアル・ロック入門としても聴きやすい。一方で、アルバム全体のキャバレー的な悪趣味、ナンセンスな言葉遊び、ワイマール的な退廃美を理解すると、単なるヘヴィなロックではない深みが見えてくる。
総じてThe Golden Age of Grotesqueは、Marilyn Mansonが自らのショック・ロック美学を、退廃芸術、キャバレー、ダダイズム、インダストリアル・ロックと結びつけた重要作である。政治的な怒りよりも、時代の猥雑さを舞台化することに重心があり、そこにはMansonならではの皮肉と自己演出がある。美しいものが醜く、醜いものが商品となり、芸術が死んだ後にショーだけが残る。そうした時代感覚を、派手でグロテスクなロック・アルバムとして提示した作品である。
おすすめアルバム
1. Holy Wood (In the Shadow of the Valley of Death) / Marilyn Manson
前作にあたる重要作で、アメリカの暴力、宗教、メディア、殉教者文化を重厚に扱っている。The Golden Age of Grotesqueが見世物化された社会をキャバレー的に描くのに対し、Holy Woodはその背景にある政治性と宗教性をより直接的に掘り下げている。Mansonの社会批評的側面を理解するうえで欠かせない。
2. Mechanical Animals / Marilyn Manson
グラム・ロック、スター神話、薬物的な麻痺、セレブリティ文化をテーマにした作品であり、本作の美学的な方向性とも深くつながる。The Golden Age of Grotesqueがキャバレー的な退廃を描くのに対し、Mechanical Animalsは宇宙的なロックスターの空虚さを描く。Mansonの演劇的キャラクターの変遷を知るために重要である。
3. Antichrist Superstar / Marilyn Manson
Marilyn Mansonの代表作であり、宗教的抑圧と怪物化を描いた暗黒のコンセプト・アルバムである。The Golden Age of Grotesqueよりも重く、混沌としており、インダストリアル・メタルの攻撃性が前面に出る。Mansonのショック・ロック美学の核心を知るには避けて通れない作品である。
4. The Downward Spiral / Nine Inch Nails
1990年代インダストリアル・ロックの金字塔であり、Marilyn Mansonの音響的背景を理解するうえで重要な作品である。ノイズ、機械的ビート、自己破壊、宗教的イメージが緻密に構成されている。The Golden Age of Grotesqueの硬質なインダストリアル感を、より内面的で破壊的な文脈から理解できる。
5. The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars / David Bowie
ロックスターを演じること、架空の人格、グラム・ロックの人工性という点でMarilyn Mansonに大きな影響を与えた古典的作品である。The Golden Age of Grotesqueのキャバレー的な退廃とは異なるが、ロックを演劇化し、スター性を批評的に扱う姿勢に共通点がある。Mansonの美学的ルーツを知るために重要な一枚である。

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