1. 歌詞の概要
「Still Beating」は、マック・デマルコが2017年にリリースしたサード・アルバム『This Old Dog』に収録されている楽曲であり、彼の中でも特に“パーソナル”かつ“愛情深い”一曲である。タイトルの「Still Beating(まだ鼓動している)」という言葉は、心臓が動き続けているという直訳以上の意味を持ち、壊れそうな愛、あるいは壊れてしまった愛の“残響”を静かに伝えてくる。
歌詞は非常にシンプルで繊細な構造を持っており、過去に愛した相手との関係性を手放せない主人公が、諦めと希望のあいだを行き来しながら、自らの感情を整理しようとする様子が綴られている。そこには、愛を失った痛み、しかしそれでもなお“心はまだ動いている”という、静かな生命感が滲んでいる。
この曲は、マック・デマルコの中でも特に感傷的なトーンを帯びており、彼の音楽が持つ“スラックさ”の裏にある、深い感情の複雑さを覗かせる作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
『This Old Dog』は、マック・デマルコがロサンゼルスへ拠点を移し、自身の家族関係──とくに疎遠だった父親との確執や死を背景に──内省的なテーマに大きく舵を切ったアルバムである。サウンドも以前のローファイでジャングリーな印象から、よりアコースティックで落ち着いたものへと変化し、全体として大人びた印象を残している。
「Still Beating」もまた、こうした変化の一端を担っており、恋愛における未練や後悔、あるいは自らの不完全さへの認識が、淡々と、しかし心から吐露されている。
この曲は、デマルコ自身が語るところによると「別れた恋人との関係修復を願って書いた曲」でもあり、そのリアリティがダイレクトに伝わってくる。感情をオーバードライブせず、すべてを微細な震えの中で語るような彼のスタイルは、多くのリスナーの共感を呼び続けている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的なリリックを抜粋し、和訳とともに紹介する。
My heart still beats for you
僕の心は、今でも君のために鼓動してるThough I know that you don’t feel it
君がそれを感じていないことも、わかってるけどThat’s okay
それでもいいんだI’ve been wrong before
僕だって過去に何度も間違ってきたI’ll be wrong again
きっとまた間違えるだろうI don’t want to hold you back
君の邪魔はしたくないんだNo, I just want to hold on
ただ、少しでも繋がっていたいだけ
出典:Genius – Mac DeMarco “Still Beating”
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心にあるのは、「愛は終わっても、心はまだ動いている」というパラドックスである。主人公は、かつて愛した相手を完全には手放せていない。それは執着というよりも、“生きた証”としての愛情の痕跡であり、誰にでも訪れる“別れのあと”に残る感覚である。
「君の邪魔はしたくない、でもまだ心は繋がっていたい」というラインには、自己犠牲的な愛情と、諦めきれない人間的な弱さが共存している。そこには、誰かを心から愛したことのある人なら誰しもが感じる痛みと優しさが込められている。
マック・デマルコの声は、感情を押しつけることなく、それでいて聴く者の心を掴むようなニュアンスを持っている。ギターのシンプルなアルペジオ、柔らかく揺れるリズム、そして余計な言葉を削ぎ落としたリリックが、“何も起きないけれどすべてが伝わる”という、言葉以上のコミュニケーションを成立させている。
また、「間違ってきたし、これからもきっと間違える」という自己認識は、愛に対する“未完成さ”を認めることでもあり、そこにマック・デマルコの成熟が見て取れる。完璧な関係ではなく、壊れてもなお繋がろうとする意志──それが「Still Beating」なのだ。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Let My Baby Stay by Mac DeMarco
同じく愛情を繊細に描いた、マックのロマンティックな代表曲。 - Heartbeats by José González
愛の終わりと記憶の美しさを、アコースティックな音像で描いた珠玉のカバー。 - Don’t Know Why by Norah Jones
未練と優しさが共存する、時間の流れを受け入れるようなバラード。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
過去の恋愛への葛藤と愛憎が、ウィットと悲しみを伴って歌われる一曲。 - Sea of Love by Cat Power
シンプルな愛の願いと、その儚さを小さな声で歌い上げる名演。
6. 静かに続く鼓動——マック・デマルコの感情の奥行き
「Still Beating」は、マック・デマルコが“おちゃらけたイメージ”の裏に隠し持っていた、真摯な感情表現を静かに開示した一曲である。彼はこの曲を通じて、“恋愛の終わり”という普遍的なテーマを扱いながら、どこかしら“人生の美しさ”をも描いてみせている。
この曲には、大きなドラマも、劇的な展開もない。ただ、ひとりの男が、心の中で響き続ける鼓動を静かに受け止めているだけだ。それでも、その“まだ動いている”という事実こそが、生きている証であり、愛していた証でもある。
マック・デマルコの「Still Beating」は、別れの歌でありながら、“生”の歌である。そしてその静けさの中に、誰もが共感できるような、壊れてもなお続いていく愛の形が息づいているのだ。
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