発売日: 2005年2月14日
ジャンル: インディー・ロック、スローコア、アメリカーナ、ブロークン・ポップ
『Take Fountain』は、The Wedding Presentが2005年に発表した“再始動後”の通算6作目のスタジオ・アルバムであり、
**バンド名義としては8年ぶりとなる復活作にして、失恋の荒野に沈黙と破壊を撒き散らす“モノローグ的ロック詩集”**である。
もともとはDavid Gedgeの別プロジェクトCineramaとして構想されていたが、
録音の荒さと感情の剥き出しさゆえに「これはWedding Presentだ」と本人が認識を改め、
結果的に“もっともCinerama的なWedding Present、そしてもっとも内向的なWedding Present”という異質な作品が誕生した。
タイトルの「Take Fountain(“ファウンテン通りを行け”)」は、
女優ベティ・デイヴィスの「ハリウッドで成功したいなら」というジョークに由来し、
その背景には**“夢を諦めた街で、再び愛を失った者”の沈黙と覚悟**がにじむ。
全曲レビュー
1. On Ramp
霧のように始まる、1分弱の静かなインストゥルメンタル。
物語の導入というより、都市の交差点で立ち尽くす心象風景のよう。
2. Interstate 5
本作の象徴的ナンバーであり、8分超に及ぶドラマティックな展開が圧巻。
“君は彼のところへ戻る、僕は高速5号線をひた走る”──という喪失と移動のイメージが全編を貫く。
轟音ギターと語りかけるようなヴォーカルが、内なる荒野のロードムービーを描く。
3. Always the Quiet One
一見控えめな相手に裏切られたというテーマを、
テンポの良いポップ・ロックに落とし込んだ楽曲。
“静かな人ほど怖い”という逆説が苦く響く。
4. I’m From Further North Than You
Wedding Present史における数少ない“キャッチー”なラヴソング。
だがその明るさは仮面に過ぎず、**地理的距離が象徴する“感情のズレ”**が会話の端々ににじむ。
MVも人気で、“ほろ苦ポップ”としてファンに愛される。
5. Mars Sparkles Down on Me
ぼんやりと浮かぶようなギターとパーカッションの反復が印象的な小品。
夢の中で火星がきらめくような、静かな酩酊感と虚無感がある。
6. Ringway to SeaTac
本作のハイライトにして、デヴィッド・ゲッジが語り続ける「別れの瞬間」の頂点とも言える名曲。
話し言葉に近いヴォーカルがそのまま記録されたかのようで、
“もう行くよ”“タクシーを呼んだんだ”という会話の断片が、胸を裂くほどリアル。
7. Don’t Touch That Dial
バンド・アンサンブルがもっとも厚く展開されるミッドテンポの佳曲。
別れた恋人との再会、それが記憶の中の人か現実か曖昧になっていく感覚が描かれる。
8. It’s for You
電話越しの一言、“君にだよ”というさりげなさのなかに、
すでに壊れてしまった関係の名残りがそっと置かれる。
リズムの軽さが逆に不在を強調する。
9. Larry’s
アメリカ的ダイナーでの沈黙の対話。
言葉がなくてもすべてが伝わってしまう距離感が、
**“もう終わっていることを悟っている者同士の食事”**のように響く。
10. Queen Anne
閉じた部屋の中、過去の記憶が淡く揺れるラストナンバー。
穏やかなギターとピアノが、“失われた普通の日常”への郷愁を呼び起こす。
アルバム全体を通じて滲んでいた“戻らない日々”の輪郭が、ここでぼんやりと締めくくられる。
総評
『Take Fountain』は、The Wedding Presentが再始動後に放った**“沈黙のなかで最も雄弁なアルバム”**である。
これまでのように怒鳴ったり、疾走したりはしない。
代わりに、呼吸の間、沈黙の行間、語られなかった最後の言葉に焦点を当てていく。
そこにこそ、“感情が言葉になりきらない痛み”が宿っているのだ。
本作は、別れの記憶を“ノートPCと一人のギター”で封印した音の私小説のようでもあり、
かつての轟音と激情の代わりに、余白と静けさを武器にした大人のWedding Present像を提示した。
それは、Cinerama的なアレンジとインディー・ロックの芯が融合した、
“喪失以後のロマンス”を描いた最も完成度の高い作品の一つだといえる。
おすすめアルバム
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Cinerama / Torino
Gedgeのもう一つの顔=映画的で官能的なポップ・サイド。 -
Red House Painters / Songs for a Blue Guitar
静寂と喪失をロックで描く、スローコアの名作。 -
The National / Sad Songs for Dirty Lovers
ダウナーなテンションで描く都市的恋愛録。 -
Elliott Smith / XO
ポップとメランコリーの極致を行く歌詞世界。 -
Yo La Tengo / And Then Nothing Turned Itself Inside-Out
会話の隙間を埋める音楽、という意味で最も近い感触の作品。
特筆すべき事項
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本作はバンドとしての再結成作ではあるが、実質的にはDavid GedgeとCineramaの延長線上で制作された。
録音は主にアメリカ・シアトルで行われ、Gedgeのアメリカ生活の終焉と恋愛の終末を記録している。 -
「Interstate 5」や「Ringway to SeaTac」など、具体的な地名や道路が多用されることで、
**“地理的移動と心情の変化がリンクしたストーリーテリング”**となっており、
これが本作を単なる失恋アルバム以上の“地図付きの記憶の記録”へと昇華させている。 -
結果的に本作は、“Wedding Presentは感情のバンドである”という核を再確認させる起点となり、
以降の再評価と活動の継続へとつながっていく。
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