アルバムレビュー：The Black Swan by The Triffids

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 1989年4月11日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、アート・ポップ、チェンバー・ポップ、フォークロック

『The Black Swan』は、The Triffidsが1989年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
結果的に彼らのラスト・アルバムとなった、“野心の集大成”にして“終わりの音楽”である。
本作はその名の通り、“黒い白鳥”という逆説的な美と不穏の象徴をタイトルに掲げ、
デヴィッド・マッカンビーが構想していた3部作の序章として制作されたが、商業的・精神的プレッシャーのなかでそれは実現されず、
このアルバムが彼らの最終作となってしまった。

音楽的には、過去のカントリー的ルーツやドリーミーな響きを保ちつつも、
ヒップホップ風ビート、プログラミング、シンフォニックな展開、キャバレー風サウンドなど、
ジャンルと美学を自在に飛び越えるコラージュ的な構成が際立っている。
プロデュースは前作『Calenture』と同様、ギル・ノートンが手がけ、
スタジオでの実験性とマッカンビーの詩的ヴィジョンが濃密に交錯するアルバムである。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
特筆すべき事項
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全曲レビュー

1. Too Hot to Move, Too Hot to Think
静かな導入と囁くような歌声から始まり、徐々に高揚していく情緒の波。
炎天下の無力感と心のざわめきを対比させる、詩的なスローバーナー。

2. American Sailors
軍歌的モチーフとバロック・ポップ的構成が同居した実験作。
“アメリカの船乗りたち”という象徴を通して、外部への憧れと疲弊を描く。

3. Falling Over You
ジル・バーツのコーラスが印象的な甘やかなラヴソング。
キャッチーなメロディの裏に、愛の崩壊や記憶の断片が散りばめられている。

4. Goodbye Little Boy
バーツがリード・ヴォーカルを務めるキャバレー調ポップ。
女性の視点から語られる別れの歌で、メランコリーと皮肉が共存する。

5. The Spinning Top Song
サイケデリックなコード進行とメカニカルなアレンジが融合。
回り続けるコマのように、停止しない感情の混乱を表現する。

6. Butterflies Into Worms
寓話的タイトルにふさわしい、不協和と静謐が交差する1曲。
“変化”が必ずしも進化ではないという逆説を、音で描いている。

7. New Year’s Greetings
人生の節目における孤独と希望を描くバラード。
ストリングスとピアノが美しく、過去への手紙のような儚さが漂う。

8. Good Fortune Rose
西部劇を思わせるギターとリズムが特徴の異色作。
“幸運の薔薇”というタイトルに反し、歌詞はむしろ絶望的で毒を含んでいる。

9. One Mechanic Town
機械仕掛けのような冷たい都市を舞台にした、ポスト・インダストリアルな楽曲。
抑制されたヴォーカルと歪なビートが都市の孤独を浮き彫りにする。

10. Open for You（再録）
『Calenture』収録曲の再解釈。よりミニマルで内省的な編曲となっており、
歌詞の親密さが一層際立っている。

11. You Minus Me
別れの後に残された空白を描くセンチメンタルなポップ・ソング。
抑制されたリズムのなかに、むしろ強烈な感情の振動が感じられる。

12. Save What You Can
アルバムのラストを飾るにふさわしい、希望と諦念が交錯するトラック。
「救えるものだけを救え」と繰り返されるフレーズが、
過去、自己、世界に対する総括のように響く。

総評

『The Black Swan』は、The Triffidsが築き上げた音楽的世界を、最大限に拡張・変奏した野心作である。
一見して統一感に欠けるようにも思える多様な楽曲群は、しかしそれぞれが**“崩れゆく美”を別の角度から捉えた断章として響き合っており、
その中心には常にデヴィッド・マッカンビーの詩人としての目線と声**がある。

これは“ポストポップのバラバラな夢”であり、
バンドが最後に遺したモザイクのような音楽的遺言なのだ。
確かにまとまりはない。しかし、その断片のすべてにThe Triffidsの情熱と疲弊、夢と焦燥が刻まれている。

特筆すべき事項

アルバムはもともと、マッカンビーの構想による三部作の第一章として計画されていたが、
　商業的プレッシャーと精神的負荷の蓄積により、実現せずに終わった。
タイトルの「Black Swan（黒い白鳥）」は、**“不可能の中の可能性”**という意味合いも持ち、
　マッカンビーの持つ夢想と敗北の詩学を象徴している。
リリースから数ヶ月後、The Triffidsは活動を停止。
　フロントマンであるデヴィッド・マッカンビーは1999年に心不全で他界し、
　本作は彼の生前に完成された最後のアルバムとなった。
後年の再評価が進み、現在では**“崩れた美学”の先駆けとなるアート・ロック作品**として称賛されている。