1. 歌詞の概要
「A Song About Fishing（ア・ソング・アバウト・フィッシング）」は、オーストラリアのアーティスト Genesis Owusu（ジェネシス・オウス）が2021年に発表したデビューアルバム『Smiling With No Teeth』に収録された楽曲であり、表層的には「釣り」についての歌でありながら、実際には“自分を見失った精神”と“癒えない孤独”を寓話的に描いた作品である。
この曲の語り手は、海辺に一人佇み、釣り竿を垂らしながら、何かを待っている。しかしその「何か」は魚ではない。それは、かつての自分自身かもしれないし、愛情、理解、あるいは失った希望かもしれない。
静かに反復されるメロディと穏やかなビート、そして囁くようなボーカルは、内省と喪失の中に沈んでいく精神の風景そのものを写し出しており、
「Gold Chains」や「Whip Cracker」のような攻撃的な楽曲とは一線を画する、アルバム随一のスローダウン・モーメントとして位置付けられている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「A Song About Fishing」は、Genesis Owusuが『Smiling With No Teeth』というアルバム全体を通して描いてきたテーマ——うつ（Black Dog）や自己喪失、抑圧と孤独——を、
より内面的・詩的に表現したトラックである。
アルバムの中では、攻撃性や怒り、皮肉といった外向的な表現も多く見られるが、この曲はその対極にあり、語り手が自らの内側に沈み込み、沈黙の中で自問自答を繰り返す構造となっている。
タイトルにある“釣り”は、あくまでメタファーであり、人生や精神の深みに潜む何かを“待つ行為”そのもの。
動かず、ただ静かに漂い、何かが引っかかるのを待ち続ける——それは、生きること、感じること、そして“まだ終わっていない”という確信を探る時間でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’m fishing for something
I don’t know what
何を釣ろうとしてるのか
自分でもわからない
I just wait here in silence
Until something bites
ただ静かにここで待ち続ける
いつか何かが食いついてくるのを
And the water’s so still
I think I see myself
水面はあまりにも静かで
そこに映る“自分”が見える気がした
But I can’t move
I just keep on fishing
でも、動けない
俺はただ、釣りを続けるだけなんだ
歌詞引用元：Genius – Genesis Owusu “A Song About Fishing”
4. 歌詞の考察
「A Song About Fishing」は、その名のとおり“釣り”という静的な行為を用いながら、**人間の精神が抱える「目的の喪失」や「待つことの不安と希望」**を象徴的に描いた、内面性に満ちた楽曲である。
この曲における“釣り”は、時間をかけて何かを待つこと、何かを得ようとすること、そして同時に“得られないかもしれない”ことへの覚悟を意味している。
語り手は、「何を待っているのか自分でもわからない」と告白することで、自己認識の崩壊と、それでも生き続けるという意思を両立させている。
また、「I think I see myself（自分が見える気がする）」というフレーズは、自我の断片が水面の反射のように不確かに現れる瞬間を示しており、
精神的なアイデンティティの揺らぎや、うつ状態における“自己像の輪郭の喪失”といった心理を鋭く捉えている。
音楽的には、ミニマルで淡いシンセとスローなビートが、語り手の“動かないこと”を際立たせ、抑えたエモーションの中に深い静寂と痛みを湛えた構造となっている。
その沈黙こそが、この曲の真の力であり、大きな叫びがないからこそ、より深く刺さってくるのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Everything In Its Right Place by Radiohead
秩序の中に潜む不安と混乱を、ミニマリズムで描いた名曲。 - Someone New by Helena Deland
感情の小さな波を丁寧にすくい上げた、繊細でパーソナルなインディー・バラード。 - Idle Town by Conan Gray
動かないこと、変わらないことの中に息づくノスタルジアと孤独を描いた静謐な作品。 -
Nude by Radiohead
夢のようなコード進行とともに、自分自身を見失っていく“消える感覚”を音にしたバラード。 -
Waiting Room by Phoebe Bridgers
“待つこと”そのものに取り込まれてしまった人間の内側を、静かに語り続けるリリックが心に残る。
6. 「何かを待っている時間」そのものを描くということ
「A Song About Fishing」は、目に見える答えや成果が一切出てこない、ただ“待ち続ける”ことそのものを主題にした、極めて静かで詩的な楽曲である。
Genesis Owusuはこの曲で、「動かないこと」「わからないこと」「答えが来ないこと」さえも、ひとつの尊い生のかたちであるということを、決して声高に叫ぶことなく、
まるで釣りをするかのように、淡々と、しかし確かに伝えている。
「A Song About Fishing」は、何かを求めながらも、その“何か”がわからないまま生きているすべての人に贈られた、沈黙と共にある祈りの歌である。
それは、動きのない風景の中で、“あなた自身”が水面に揺れて見える——そんな瞬間にだけ聴こえてくる音なのかもしれない。
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