
1. 楽曲の概要
「Leaving the Light」は、ガーナ生まれ、オーストラリア・キャンベラ育ちのアーティスト、ジェネシス・オウスが2023年に発表した楽曲である。同年8月発売の2作目のスタジオ・アルバム『STRUGGLER』のオープニング曲であり、アルバムの発表と同時に先行シングルとして公開された。
作詞はオウス、本名コフィ・オウス=アンサーが担当した。制作にはジェイソン・エヴィガンをはじめ、デイヴ・ハマー、アンドリュー・クリッペル、ミッキー・フリーダム・ハート、ソル・ワズら複数のプロデューサーや演奏家が関わっている。アルバムはOurness/AWALからリリースされた。
「Leaving the Light」は約3分10秒の短い楽曲だが、鋭いギター、歪んだベース、機械的なドラム、反復されるボーカルを密集させ、アルバム全体の緊張を一気に提示する。ヒップホップ、ポストパンク、ダンスパンク、インダストリアル・ロックを区切らずに接続したサウンドが特徴である。
題名は直訳すれば「光を離れること」となる。一般に光は救済、真実、安全、希望などを象徴するが、本曲の語り手はその光から遠ざかろうとする。安全な場所へ向かうのではなく、危険や混乱を承知したうえで暗闇へ進む姿勢が示されている。
『STRUGGLER』では、語り手が「ゴキブリ」にたとえられる。巨大な存在に踏みつぶされそうになりながらも、動きを止めず、生存を続ける人物である。「Leaving the Light」は、そのキャラクターが神や運命に追われ始める場面としてアルバムの物語を開始する。
2. 歌詞の概要
歌詞の語り手は、自分がこれまで偽りの人生を送ってきたのではないかと疑っている。光の中にいることが正しく安全であるはずなのに、そこでは自分の感覚を信じられない。そこで語り手は、与えられた道から外れ、光を離れることを選ぶ。
楽曲には、自分を追ってくる「神」が登場する。ただし、この神を特定の宗教における神と限定する必要はない。運命、社会、権力、道徳、成功への期待など、個人よりはるかに大きく、従うことを要求する存在として捉えることができる。
語り手はその力に対して恐怖を感じているが、服従しようとはしない。世界が燃え、周囲の安全が失われても、自分は何とか生き延びると宣言する。ここでの強さは、敵を倒せる力ではなく、倒されても再び動けるしぶとさである。
ゴキブリのイメージは、社会から嫌悪される存在と、極端に高い生存能力を持つ存在という二面性を備えている。語り手は英雄や王ではない。踏まれ、追われ、価値のない害虫として扱われながら、それでも消えない人物として自分を捉えている。
歌詞には舌を武器として使うという発想も現れる。銃のような物理的な武器を持たなくても、言葉によって他者を傷つけ、抵抗できるという意味である。ラッパー、歌手、作家としてのオウス自身の表現方法とも結びつく。
一方、語り手は自分を無敵だとは考えていない。太陽の下で生きながら燃え尽きないようにしているという表現からは、活動を続けること自体が消耗を伴うと分かる。抵抗の高揚と、長くは持たないかもしれないという不安が同時に存在している。
3. 制作背景・時代背景
ジェネシス・オウスは2021年のデビュー・アルバム『Smiling with No Teeth』で広く注目された。同作では、黒人として経験した人種差別や抑うつを「Black Dog」という存在に置き換え、ヒップホップ、ファンク、パンク、ソウルを横断しながら一つの物語を構成した。
『STRUGGLER』でも寓話的な人物と物語を用いる方法は引き継がれている。ただし、前作で内面を追いかけていたのが黒い犬だったのに対し、本作では、人間を簡単に踏みつぶせる巨大な力と、その足元で逃げ続けるゴキブリの関係が中心となった。
オウスは『STRUGGLER』の構想について、フランツ・カフカの小説やアルベール・カミュの不条理思想から影響を受けたことを語っている。特に、人間が自分より大きな世界の論理を理解できないまま、それでも生き続けるという問題がアルバムを支えている。
ゴキブリは英雄的な勝利を目指さない。世界を支配したり、神を倒したりするのではなく、次に踏まれるまで動き続ける。この生存のあり方が、アルバム名の「Struggler」、つまり苦闘する者という言葉へつながっている。
「Leaving the Light」は、オウスがアルバムの世界を最初に提示するための曲である。続く「The Roach」ではゴキブリという存在がより明確になり、「The Old Man」では追跡者や支配者を思わせる人物が登場する。冒頭3曲は、逃げる者と追う者の関係を集中的に描いている。
2020年代前半には、パンデミック、気候危機、政治的分断、生活費の上昇など、個人の努力だけでは解決しにくい問題が重なった。『STRUGGLER』はそれらを直接解説する社会評論ではないが、世界が燃えていても生活を続けなければならないという感覚は、同時代の不安と強く結びついている。
4. 歌詞の抜粋と和訳
Better run, there’s a God
和訳:
逃げたほうがいい、神がいる
この一節では、神は安心や救済を与える存在ではなく、語り手を追いかける脅威として描かれている。宗教的な秩序が反転し、神へ近づくことではなく、神から逃げることが生存の条件となる。
また、語り手は神が存在するかどうかを議論しない。その存在はすでに確定しており、問題はどのように逃げ延びるかである。このため楽曲の緊張は、信仰の有無ではなく、圧倒的な力に追われる身体の感覚から生まれる。
この「神」は、個人を評価し、分類し、従わせようとするあらゆる力としても読める。語り手が光から離れるのは、善を拒否したからではなく、善を定義する側に支配されないためだと考えられる。
歌詞の引用は批評に必要な最小限にとどめている。権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Leaving the Light」は、低く歪んだギターとベースによる切迫したリフから始まる。音は厚いが、滑らかには接続されず、一つひとつが短く切られている。走りながら何度も障害物にぶつかるようなリズムであり、追跡から逃れる歌詞をすぐに身体的な運動へ変える。
ドラムは生演奏の勢いと、プログラミングされたビートの硬さを併せ持つ。キックとスネアは強く圧縮され、自然な部屋鳴りよりも、狭い空間で反響する打撃音として聞こえる。聴き手を踊らせる一方で、落ち着ける場所を与えないビートである。
ベースは低音を長く支えるのではなく、ギターやドラムと同じ短いパターンを反復する。低音域まで打楽器のように扱うことで、楽曲全体が巨大な機械の動きに近づく。語り手はその機械から逃げていると同時に、自分もその運動の一部となっている。
ギターにはポストパンクやダンスパンクの影響が目立つ。複雑なコードを広げるより、鋭い単音リフとノイズを反復し、リズムを強調する。ロックギターでありながら、メロディを歌うより身体を前へ押し出す役割が大きい。
オウスのボーカルは、低く抑えたラップ、叫び、旋律的なフックを素早く切り替える。語り手が一つの安定した人格ではなく、恐怖、挑発、自己暗示の間を移動していることが、声の変化によって示される。
タイトルを含むフレーズでは、声が多重化され、主旋律の背後に別の声が重なる。一人の人物の独白というより、逃亡者の頭の中で同じ警告が何度も反響しているように聞こえる。反復されるほど、言葉は説明から強迫的な命令へ変化する。
「Always thought I was living a lie」という考えが繰り返される部分では、旋律にわずかな開放感が生まれる。しかし、その直後には再び硬いリフと追跡の言葉が戻る。真実に気づいたことで自由になるのではなく、これまでの生活から離れた結果、危険な逃走が始まる構造である。
サウンドの明るさと暗さも単純には分かれていない。曲は重く攻撃的だが、テンポには踊れる推進力があり、ボーカルにはユーモアや誇張も含まれる。絶望を静かに受け入れるのではなく、世界の終わりを見ながら大きく笑うような態度がある。
世界が燃える光景を前にしても語り手が笑う場面は、無関心というより防衛反応に近い。状況が個人の力を越えている以上、恐怖だけでは生き続けられない。笑い、誇張、演技によって自分を動かし続けることが必要になる。
ゴキブリを指す言葉遊びも、重い主題にブラックユーモアを加える。踏みつぶされても「ゴキブリはゴキブリを続ける」と宣言するような表現によって、生存は高潔な行為ではなく、本能的で滑稽な反復として描かれる。
曲の構成は短く、長いギターソロや安定したブリッジを置かない。ヴァース、フック、リフが高速で交代し、聴き手が一つの場面へ落ち着く前に次の衝撃が現れる。この不安定さが、逃亡を主題とする歌詞に適している。
『Smiling with No Teeth』では、オウスはソウルやファンクの滑らかなグルーヴとパンクの衝動を曲ごとに使い分けることが多かった。「Leaving the Light」では、それらが一曲の内部で同時に鳴る。ラップの言葉、パンクの切迫感、ファンクの反復性が分離されていない。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The Roach by Genesis Owusu
『STRUGGLER』の2曲目であり、「Leaving the Light」で提示されたゴキブリのキャラクターをさらに具体化する。シンセサイザー、重い低音、反復するビートを使い、脅威の中で生存する感覚を描いている。
- The Other Black Dog by Genesis Owusu
デビュー作『Smiling with No Teeth』の中心曲である。抑うつを追跡者として擬人化し、激しいギターとラップによって対決する。「Leaving the Light」の寓話的な作詞とパンク的なエネルギーの原型を確認できる。
- What Comes Will Come by Genesis Owusu
不条理な世界の中で、自信と自己疑念の間を揺れながら生き続ける姿を描く。レゲエ、ポップ、ラップを混ぜた軽いグルーヴと、厳しい現実認識の対照が特徴である。
- Never Fight a Man with a Perm by IDLES
反復するポストパンクのリフと、挑発的でユーモラスなボーカルを組み合わせた楽曲である。暴力的な男性性を誇張によって批判し、攻撃性と笑いを同時に扱う点が近い。
- Groundhog Day by Sampa the Great
アフリカ系のアイデンティティ、社会からの期待、自己決定を、ヒップホップと生演奏の強いリズムへ結びつけている。ラップ、歌、演劇的な表現を一人の声の中で切り替える方法にも共通点がある。
7. まとめ
「Leaving the Light」は、光から離れ、巨大な力に追われながら暗闇を走る人物を描いた楽曲である。語り手は英雄ではなく、踏みつぶされる可能性を常に抱えたゴキブリとして自分を捉える。それでも、価値がないと判断されることと、生きることをやめることは同じではない。
鋭く反復するギター、圧縮されたドラム、打楽器的なベース、ラップと叫びを往復するボーカルは、逃亡と生存の感覚を作る。音楽は重いが停滞せず、恐怖を踊れる運動へ変換している。
アルバム『STRUGGLER』では、神や世界のような圧倒的な存在と、その足元で生き延びようとする小さな者の関係が描かれる。「Leaving the Light」は、その寓話を開始すると同時に、作品のポストパンク、ヒップホップ、ファンクが混ざった方向性を提示するオープニング曲である。
本曲が描く生存は、困難を克服して勝者になることではない。世界が燃え、追跡が続き、再び踏まれる可能性があっても、次の一歩を止めないことである。その不格好で執拗な抵抗が、Genesis Owusuの音楽におけるユーモア、怒り、哲学を約3分に凝縮している。
参照元
- Genesis Owusu公式YouTube「Leaving The Light」
- Genesis Owusu公式サイト
- Spotify「Leaving The Light」
- ABC Double J「Genesis Owusu ‘Leaving The Light’」
- Atwood Magazine「Genesis Owusu Seeks New Meaning from an Uncaring World」
- 10 Magazine「10 Questions with Genesis Owusu」
- Pitchfork「What Comes Will Come」
- BrooklynVegan「Genesis Owusu Announces STRUGGLER」

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