
1. 歌詞の概要
She Plays Bassは、beabadoobeeが2019年に発表した楽曲である。
2019年8月に公開され、同年10月リリースのEP Space Cadetに収録された。配信上ではSpace Cadetの4曲目として位置づけられ、beabadoobeeがベッドルーム・ポップから、よりバンド感のある90年代オルタナティブ/インディー・ロックへ踏み出していく時期の重要曲である。
この曲は、タイトル通り「ベースを弾く彼女」についての歌だ。
ただし、単なるバンドメンバー紹介ではない。
そこにあるのは、憧れ、友情、恋に似たときめき、そして自分も彼女みたいになりたいという切実な願いである。
歌詞の語り手は、誰かからの返信を待っている。
連絡が来ないことで頭が痛くなるほど、気持ちは相手に向いている。
その相手はベースを弾く女の子だ。
彼女はただ楽器を持っているだけではない。
語り手にとって、彼女は自由で、かっこよくて、自分とは少し違う場所にいる存在である。
そして曲は、彼女への憧れをとても素直に歌う。
beabadoobeeは、この曲について、自分の親友でありバンドのベーシストであるElianaへの思いを書いた曲だと語っている。Teen Vogueのインタビューでは、Elianaとの友情が自分にとってとても大切で、彼女と一緒にいる時間が楽しいと話している。Coup de Mainでも、この曲は親友への感謝や、お互いの存在を大切に思う気持ちについて書かれた曲として紹介されている。Teen つまりShe Plays Bassは、ラブソングの形をした友情の歌でもある。
その曖昧さがいい。
友達なのか。
憧れの人なのか。
恋なのか。
自分がなりたい姿なのか。
曲は、そこをひとつに決めない。
10代の感情は、しばしばそういうものだ。
好き、憧れ、尊敬、嫉妬、親密さ、真似したい気持ち。
それらが分かれる前の、まだ名前のついていない感情がある。
She Plays Bassは、その未分類の感情をギター・ポップにした曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
beabadoobee、本名Beatrice Kristi Lausは、フィリピン・マニラ生まれ、ロンドン育ちのシンガーソングライターである。
2017年にCoffeeを公開し、やがてDirty Hitと契約。Lice、Patched Up、LovewormといったEPを経て、2019年のSpace Cadet期には、よりバンド・サウンドに接近していく。2019年にはClairoのImmunity Tourのサポートも務め、同年末にはBBC Sound of 2020のロングリストにも選ばれている。
She Plays Bassが収録されたSpace Cadetは、その転換を象徴するEPである。
それ以前のbeabadoobeeには、アコースティック・ギターを中心としたベッドルーム感が強かった。
小さな部屋で書いた日記のような歌。
柔らかい声。
少し内向きで、傷つきやすいメロディ。
しかしSpace Cadetでは、ギターがもっと前へ出る。
ドラムが鳴り、ベースが動き、90年代オルタナティブ・ロックへの憧れがはっきり見える。
She Plays Bassは、その中でも特にストレートなギター・ポップである。
サウンドには、PavementやThe Breeders、Lush、Juliana Hatfield、あるいは90年代のティーン映画に流れていそうなインディー・ロックの香りがある。
しかし、ただの懐古ではない。
beabadoobeeの歌声には、現代のベッドルーム・ポップ以降の近さがある。
録音が大きくなっても、声はまだ部屋の中にいるように聞こえる。
この距離感が、She Plays Bassを特別にしている。
90年代的なギターのざらつきと、2010年代後半の若いソングライターらしい親密さ。
その両方が、ひとつの曲の中で鳴っている。
Cool HuntingはShe Plays Bassについて、90年代から影響を受けたサウンドを持ちながら、beabadoobeeの友人でバンドのベーシストであるElianaへ捧げられた曲であり、友情へのオードでありつつ、切ないラブソングとしても響くと紹介している。COOL HUNTING®
この「友情であり、ラブソングでもある」という説明は、とても正確だ。
She Plays Bassには、はっきりした恋愛の結末はない。
けれど、胸が鳴る。
相手のことを考えている。
相手みたいになりたい。
相手に近づきたい。
それは恋と呼んでもいいし、友情と呼んでもいいし、憧れと呼んでもいい。
重要なのは、曲がその揺れをそのまま残していることだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、SpotifyやDorkなどの歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Dork She Plays Bass Lyrics、Spotify掲載歌詞
作詞・作曲:Beatrice Laus
収録:Space Cadet
リリース:2019年
レーベル:Dirty Hit
Hey, won’t you call me back?
和訳:
ねえ、折り返してくれない?
冒頭から、語り手は誰かを待っている。
この「待つ」感じが、曲の始まりにある。
メッセージを待つ。
返信を待つ。
自分の存在が相手に届くかどうかを待つ。
とても現代的で、とても10代的な場面だ。
スマホを見ている。
通知が来ない。
頭では「大したことじゃない」と思いたい。
でも、心はそこに引っかかっている。
この小さな不安が、曲全体のかわいさと切なさを作っている。
This chick who plays bass
和訳:
ベースを弾くあの子
ここで、相手の輪郭が出てくる。
名前ではなく、特徴で呼ばれる。
ベースを弾く子。
楽器を弾くことが、その子の魅力そのものになっている。
ギターではなくベースというところも大きい。
ベースは、バンドの低音を支える楽器でありながら、しばしば前面には出にくい。
でも、そこにいると曲の身体が変わる。
She Plays Bassの「彼女」も、そういう存在なのかもしれない。
派手に中心へ出るのではなく、でも確かにかっこいい。
その姿に、語り手は惹かれている。
Nothing matters ‘cause we’re both in space
和訳:
私たちはふたりとも宇宙にいるから、何も問題じゃない
この一節は、Space CadetというEP全体の空気にもつながる。
宇宙にいる。
地上のルールから少し離れている。
周りの人には理解されなくても、ふたりだけは同じ場所に浮かんでいる。
これは、疎外感の表現でもあり、親密さの表現でもある。
世界から少しずれている。
でも、そのずれを共有できる相手がいる。
だから何も問題じゃない。
この感覚は、若い友情の美しさそのものだ。
Pretty sure we could never date
和訳:
たぶん私たちは付き合えない
ここが、この曲の甘酸っぱいところである。
相手に惹かれている。
でも、付き合うことはできないのかもしれない。
理由は明かされない。
友達だからかもしれない。
関係を壊したくないからかもしれない。
相手が自分をそう見ていないからかもしれない。
あるいは、これは恋愛というより憧れだからかもしれない。
この曖昧さが、曲をただのラブソングから広げている。
Wish I was more like you
和訳:
もっとあなたみたいだったらいいのに
この曲の核心である。
好き、というよりも、あなたみたいになりたい。
そこには、強い憧れがある。
相手を手に入れたいというより、相手の自由さやかっこよさを自分の中にも持ちたい。
この感情は、恋愛と自己形成のあいだにある。
若いころ、誰かに惹かれることは、自分が何になりたいかを知ることでもある。
She Plays Bassは、その瞬間を歌っている。
4. 歌詞の考察
She Plays Bassは、恋愛よりも少し手前にある感情の曲である。
相手のことが好き。
でも、ただ「好き」と言うだけでは足りない。
相手に憧れている。
相手みたいになりたい。
相手と同じ宇宙に浮かんでいたい。
その感情は、恋愛にも友情にも分類しきれない。
特に大事なのは、「She plays bass」という反復である。
この曲では、相手の人格を細かく説明しない。
どんな性格なのか、どんな会話をしたのか、どんな過去があるのか。
そういう情報は少ない。
代わりに、彼女はベースを弾く。
それだけで十分なのだ。
ベースを弾く姿が、語り手にとってはひとつの理想像になっている。
楽器を持ち、音を出し、バンドの一部としてそこにいる。
その姿が、かっこよくて、遠くて、近い。
beabadoobee本人が、Elianaとの友情を大切にしていると語っていることを考えると、この曲はかなり具体的な相手へのオードである。Teen しかし、リスナーにとっては、もっと普遍的に聴ける。
誰にでも、「あの人みたいになりたい」と思った瞬間がある。
友達。
先輩。
バンドメンバー。
クラスメイト。
ネットで見た誰か。
自分より少し自由に見える人。
その人が持っている雰囲気、服の着方、話し方、音楽の趣味、楽器を弾く姿。
そういうものに、自分の未来を少し見ることがある。
She Plays Bassは、その感情をとても素直に歌っている。
また、この曲の「宇宙」も重要だ。
「ふたりとも宇宙にいる」という言葉は、かわいい比喩でありながら、孤独も含んでいる。
宇宙は広い。
でも、広すぎて孤独でもある。
地上の人々とは距離がある。
誰にも理解されないような浮遊感がある。
その中で、同じ宇宙にいる相手を見つけること。
これは大きな救いだ。
The world doesn’t seem to get usという感覚も、10代の孤独そのものである。
周りの世界はわかってくれない。
でも、この子だけは同じ船に乗っている。
同じ空間に浮かんでいる。
だから、She Plays Bassは友情の曲として強い。
恋愛のように燃えるのではなく、同じ孤独を共有することの安心がある。
サウンド面では、曲は非常に軽快だ。
ギターはざらつきすぎず、明るく鳴る。
ドラムはシンプルに前へ進み、ベースはタイトル通り、曲の中で大切な身体感を作る。
メロディはすぐに口ずさめるが、少しだけぼんやりした影もある。
この影が、beabadoobeeらしい。
彼女の曲は、明るくてもどこか内向きだ。
大声で勝利宣言するのではなく、自分の部屋から世界を見ている感じがある。
She Plays Bassも、バンド・サウンドで鳴っているのに、視点はとても個人的で、近い。
親友に向けた小さなラブレター。
でも、アンプを通して鳴らしたラブレター。
そこがこの曲の美しさである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- I Wish I Was Stephen Malkmus by beabadoobee
Space Cadet収録曲で、She Plays Bassと並んでbeabadoobeeの90年代インディー・ロック愛がはっきり出た曲。タイトル通りPavementのStephen Malkmusへの憧れを込めた曲であり、She Plays Bassの「あなたみたいになりたい」という感情とも通じる。Teen Vogueのインタビューでbeabadoobeeは、この曲を書いた時期に自己受容へ向かっていたこと、周囲に自分を否定されることに疲れていたことを語っている。Teen Vogue
- Space Cadet by beabadoobee
同名EPのタイトル曲。自分が周囲から少し浮いている感覚、自分を受け入れていく過程がテーマとして響く。She Plays Bassの「ふたりとも宇宙にいる」という感覚が好きなら、この曲の浮遊感と自己受容のメッセージも自然に届くはずだ。
- If You Want To by beabadoobee
Loveworm期の楽曲で、より柔らかいベッドルーム・ポップの側面を持つ曲。She Plays Bassよりも内向きだが、beabadoobeeの声の近さ、素直なメロディ、少し不安げな恋愛感覚がよく出ている。
- Deceptacon by Le Tigre
女性の声、バンド的なエネルギー、少し遊びのあるパンク感という意味で並べて聴きたい曲。She Plays Bassのかわいらしいインディー・ロック感よりもずっとダンスパンク寄りだが、女の子が音を鳴らして場を変える快感がある。
- Cannonball by The Breeders
90年代オルタナティブ・ロックの代表曲のひとつ。ベースのフレーズが印象的で、She Plays Bassにある90年代ギター・バンドへの憧れを掘るなら外せない。ざらつき、ポップさ、少し変なかわいさが同居している。
6. ベースを弾く彼女への、友情と憧れのラブレター
She Plays Bassは、beabadoobeeの初期曲の中でも、とても大切な一曲である。
ここには、彼女のその後の方向性がはっきり見える。
ベッドルームからバンドへ。
アコースティックな独り言から、ギター・ロックのきらめきへ。
内向的な感情を、少し大きな音で鳴らす方向へ。
それでも、曲の核はとても小さい。
親友のこと。
返信を待つ気持ち。
ベースを弾く姿への憧れ。
同じ宇宙にいるような感覚。
付き合えないかもしれないけれど、もっと相手みたいになりたいという願い。
この小ささがいい。
She Plays Bassは、大きな愛の歌ではない。
むしろ、誰にも説明しにくい感情の歌だ。
友達なのに、少し恋みたい。
恋みたいなのに、手に入れたいというより、憧れに近い。
相手に近づきたいのに、同時に相手を見上げている。
自分がまだ未完成だから、相手の姿がまぶしい。
この感情は、若い時期にとてもよくある。
誰かに憧れることは、自分の形を探すことでもある。
She Plays Bassの語り手は、「あなたみたいになりたい」と歌う。
この一言には、愛情と自己形成が重なっている。
beabadoobeeの魅力は、そうした複雑な感情を難しくしないところにある。
難しい理論で説明しない。
重い告白にも振り切らない。
ただ、ギターを鳴らして、メロディに乗せる。
その結果、曲はとても軽やかに聴こえる。
でも、聴き終えたあとには、誰かに憧れていた頃の感覚が残る。
バンドの練習室。
小さなライブハウス。
友達のベース。
返信の来ないスマホ。
自分だけが少し浮いているような学校帰り。
そして、同じ宇宙にいる相手を見つけたときの安心感。
She Plays Bassには、そういう風景がある。
この曲は、ベーシストへの賛歌であると同時に、親友への感謝の歌でもある。
そして、自分がなりたい姿を他人の中に見つけた瞬間の歌でもある。
そこに、beabadoobee初期の瑞々しさが詰まっている。
She Plays Bassは、ただかわいいだけのインディー・ポップではない。
友情の中にある恋のような揺れ。
憧れの中にある自己発見。
90年代ギター・ロックへの愛。
そして、若い心が誰かに向かって伸びていく瞬間。
それらを、短く、まっすぐ、少し照れくさく鳴らした曲である。

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