
発売日:2018年8月10日
ジャンル:インディー・ロック、パワー・ポップ、ギター・ポップ、インディー・ポップ、オルタナティヴ・ロック
概要
The Bethsの『Future Me Hates Me』は、2018年に発表されたデビュー・アルバムであり、2010年代後半のインディー・ロックにおいて、パワー・ポップの伝統を現代的な感情表現へ接続した重要作である。ニュージーランド、オークランド出身のThe Bethsは、Elizabeth Stokesを中心に結成されたバンドで、明快なギター・リフ、疾走感のあるリズム、緻密なコーラス、そして不安や自己嫌悪を率直に描く歌詞によって、登場時から高い評価を受けた。
本作の特徴は、音の明るさと歌詞の痛みが強く対比されている点にある。楽曲の多くは、きらびやかなギター、軽快なテンポ、爽快なメロディ、コーラスの多幸感を持っている。しかし歌詞の中心にあるのは、恋愛への不安、自己破壊的な思考、未来の自分への恐れ、他者との距離感、感情をうまく扱えないことへの戸惑いである。つまり『Future Me Hates Me』は、表面上は快活なギター・ポップでありながら、内側には現代的な不安と自己認識の鋭さを抱えたアルバムである。
The Bethsの音楽的背景には、Big Star、The Go-Betweens、Teenage Fanclub、The Breeders、The New Pornographers、Alvvaysなどに通じるギター・ポップ/パワー・ポップの系譜がある。明快なコード進行、サビの強いフック、複数声部のコーラス、歪みすぎないギターの質感は、1990年代以降のインディー・ロックの語法と深く結びついている。一方で、Stokesの歌詞は非常に現代的で、感情を美しく理想化するよりも、自己分析、失敗への予感、相手に踏み込むことへの恐れを細かく描く。
このアルバムが特に優れているのは、パワー・ポップの「甘く、速く、明るい」形式を使いながら、その中に弱さや不器用さを自然に入れている点である。従来のパワー・ポップは、青春の高揚、恋愛のきらめき、失恋の甘酸っぱさを扱うことが多かった。しかしThe Bethsは、その形式を使いながら、より神経質で、自意識が強く、傷つく前から傷つくことを想定してしまうような心理を描く。そこに2010年代以降のインディー・ロックらしい感覚がある。
Elizabeth Stokesのボーカルも重要である。彼女の歌声は、過剰に劇的でも、過度に無表情でもない。明るく、少し乾いていて、感情を押しつけずに言葉を届ける。そのため、歌詞にある自己嫌悪や不安は重くなりすぎず、むしろポップ・ソングとして開かれた形で響く。彼女の歌唱は、感情の混乱を整理して歌うのではなく、混乱したままメロディへ乗せる。そのバランスが、本作の大きな魅力である。
バンド演奏も非常に洗練されている。The Bethsは一見するとラフなインディー・バンドに聞こえるが、実際にはアレンジが緻密で、ギターの絡み、リズムの切り替え、コーラスの配置がよく考えられている。Elizabeth StokesとJonathan Pearceを中心とするギター・ワークは、シンプルなコード・ストロークだけでなく、曲ごとに小さなフレーズやカウンター・メロディを配置し、楽曲に立体感を与えている。リズム隊も軽快で、曲の疾走感を支えつつ、歌の明瞭さを損なわない。
キャリア上では、『Future Me Hates Me』はThe Bethsの名刺代わりとなった作品である。のちの『Jump Rope Gazers』や『Expert in a Dying Field』では、より繊細で広がりのある表現へ向かうが、本作にはデビュー作ならではの勢いと凝縮感がある。短く、鋭く、メロディが強く、感情の焦点もはっきりしている。The Bethsというバンドが何を得意とし、どのような感情を鳴らすのかを、最初から明確に示したアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、現代インディー・ロックの中でパワー・ポップがどのように更新されているかを知るうえで非常に聴きやすい作品である。ギター・ポップ、メロディックなオルタナティヴ・ロック、青春感のあるインディー・ポップが好きなリスナーにはもちろん、歌詞の細部を重視するリスナーにも適している。明るい音楽の中に不安を隠すのではなく、不安そのものを明るい音で鳴らす。その手法が『Future Me Hates Me』の核心である。
全曲レビュー
1. Great No One
オープニングの「Great No One」は、The Bethsの魅力を一気に提示する楽曲である。勢いのあるギター、軽快なリズム、鮮やかなコーラスが組み合わされ、デビュー・アルバムの始まりとして非常に効果的に機能している。曲調は明るく、爽快感があるが、歌詞の中には自分が何者でもないという感覚、自己評価の低さ、存在の頼りなさが含まれている。
タイトルの「Great No One」は、直訳すれば「偉大な誰でもない人」といった矛盾した表現である。ここには、何か特別な存在になりたいという願望と、自分は結局何者でもないのではないかという不安が同時にある。The Bethsは、このような自己矛盾を非常にポップな形で表現する。曲の明るさは、自己嫌悪を消し去るものではなく、むしろそれを走りながら抱えていくためのエネルギーとして機能している。
音楽的には、パワー・ポップの基本を押さえた構成で、短い時間の中にフックが詰め込まれている。ギターは歪みすぎず、メロディの輪郭をはっきり支える。コーラスは厚く、バンド全体で歌うことによって、個人的な不安が集団的な高揚へ変換される。この「暗い内容を明るく歌う」構造は、アルバム全体を貫く重要な方法である。
「Great No One」は、The Bethsが単なる爽やかなギター・ポップ・バンドではなく、自己認識の痛みをポップ・ソングへ変えるバンドであることを最初に示す曲である。
2. Future Me Hates Me
タイトル曲「Future Me Hates Me」は、本作の中心的な楽曲であり、The Bethsの代表曲のひとつである。タイトルは「未来の私は今の私を嫌う」という意味で、恋愛や人生の選択において、今の行動が将来の自分を苦しめるのではないかという不安を端的に表している。非常に現代的で、自己分析的なフレーズでありながら、曲自体は明るく疾走感に満ちている。
歌詞のテーマは、傷つくことがわかっていても恋に踏み込んでしまう心理である。語り手は、今の自分が何かを選ぶことで、未来の自分が後悔するだろうと予感している。しかし、それでも感情を止められない。ここに本作全体の核心がある。The Bethsのラブソングは、恋愛を純粋な幸福として描かない。むしろ、恋に落ちる前から失敗の可能性を想定し、その結果に怯えながら、それでも相手へ向かってしまう。
音楽的には、サビのメロディが非常に強い。明快なコード進行、軽やかなテンポ、ギターのきらめき、コーラスの広がりが、歌詞の自己嫌悪をポップな高揚へ変える。普通なら暗い内省になりそうなテーマが、ここでは大きな合唱感を持ったギター・ポップとして提示される。
この曲の優れている点は、自己嫌悪を dramatize しすぎないところにある。悲劇的に沈み込むのではなく、むしろ自分の弱さを認識したうえで、それをメロディに乗せて走り抜ける。だからこそ「Future Me Hates Me」は、現代のインディー・ポップにおける自己不安のアンセムとして機能している。
3. Uptown Girl
「Uptown Girl」は、Billy Joelの同名曲を連想させるタイトルを持つが、The Bethsの楽曲としては、都市的な距離感や憧れ、相手に近づけない不安を扱った曲として響く。タイトルにある「Uptown」は、地理的な位置だけでなく、階層、洗練、自分とは違う世界にいる相手への感覚を連想させる。
歌詞では、相手への憧れと、自分がその相手にふさわしくないのではないかという感情が交錯する。The Bethsの恋愛描写では、相手を理想化するほど、自分自身の不足感が強まることが多い。この曲でも、語り手は相手に惹かれながら、同時に自分の立場を過剰に意識してしまう。
音楽的には、ギター・ポップとしての軽快さがあり、曲全体に明るい推進力がある。リズムは跳ね、メロディは親しみやすい。しかし、歌詞の中にある自信のなさが、曲に単純な陽気さ以上の奥行きを与えている。The Bethsは、明るい曲調の中に小さな心理的なひびを入れることに非常に長けている。
「Uptown Girl」は、アルバムの中で恋愛における自己評価の低さを描く曲である。相手が輝いて見えるほど、自分はその光に耐えられない。この感覚を、The Bethsは重苦しいバラードではなく、軽快なギター・ポップとして鳴らす。その対比が曲の魅力を生んでいる。
4. You Wouldn’t Like Me
「You Wouldn’t Like Me」は、本作の中でも自己不信が特にはっきり表れた楽曲である。タイトルは「あなたは私を好きにならないだろう」という意味であり、恋愛や人間関係において、相手に拒絶される前から拒絶を予想してしまう心理を表している。これはThe Bethsの歌詞世界を理解するうえで非常に重要なテーマである。
歌詞の語り手は、相手に近づきたい気持ちを持ちながら、自分を知られれば嫌われるのではないかと考えている。ここには、自分の内面を見せることへの恐怖がある。人に好かれたいが、好かれるためには自分を隠さなければならない。けれど隠したまま好かれても、それは本当の自分ではない。この矛盾が、曲の感情的な核になっている。
音楽的には、アップテンポでキャッチーなギター・ポップであり、歌詞の不安を軽やかに運ぶ。コーラスは明るく、バンド全体の演奏も非常にタイトである。しかし、その明るさは歌詞の暗さを消すのではなく、むしろ不安を日常的なものとして提示する。重い自己嫌悪ではなく、日々の会話や恋愛の中で何度も顔を出す小さな自己否定として響く。
この曲は、The Bethsが感情を美しく整理しすぎないバンドであることを示している。自分に自信がないこと、相手に見せたくない部分があること、それでも誰かに近づきたいこと。そのすべてが、短く明快なポップ・ソングの中に詰め込まれている。
5. Not Running
「Not Running」は、タイトルが示す通り、逃げないこと、立ち止まること、あるいは逃げたいのに逃げられないことをテーマにした楽曲である。The Bethsの歌詞では、感情から逃げることと、感情に向き合うことの間で揺れる人物がよく登場する。この曲もその流れにある。
歌詞では、問題や関係から逃げるのではなく、その場に留まろうとする姿勢が描かれる。しかし、それは強い決意というより、弱さを抱えたまま踏みとどまるような感覚である。The Bethsの楽曲では、勇気は大げさな勝利としてではなく、小さく震えながらもその場を離れないこととして表現される。
音楽的には、ギターの推進力とメロディの明るさが印象的である。曲は前へ進んでいるように聞こえるが、歌詞は逃げないことを語っている。この対比は興味深い。身体は走っているように感じられるが、心理的にはその場に留まっている。あるいは、逃げないために音楽だけが走っているとも言える。
「Not Running」は、アルバム中盤において、The Bethsの感情表現の誠実さを示す曲である。問題を解決したふりをするのではなく、問題の中に留まる。その不完全な強さが、曲の魅力になっている。
6. Little Death
「Little Death」は、アルバムの中でも特に印象的な楽曲であり、The Bethsのメロディ・センスと歌詞の繊細さがよく表れた一曲である。タイトルの「little death」は、英語圏で快楽、喪失、感情の小さな死を示す表現として用いられることがあり、恋愛や親密さの中で生じる一時的な自己喪失を連想させる。
歌詞では、強い感情に触れることで、自分の一部が崩れたり、消えたりする感覚が描かれる。恋愛の高揚は喜びであると同時に、自分をコントロールできなくなる危険でもある。The Bethsは、恋愛を単純に肯定的なものとして描かず、相手に近づくことで自分が少し壊れていくような感覚を丁寧に表現する。
音楽的には、サビのメロディが非常に美しく、コーラスも効果的である。ギターは明るく鳴っているが、曲全体には少し陰りがある。Elizabeth Stokesのボーカルは、感情を過剰に演出せず、むしろ淡々とした明るさを保ちながら歌う。そのため、歌詞の痛みがかえって自然に響く。
「Little Death」は、『Future Me Hates Me』の中で、恋愛の危険な美しさを描く重要な曲である。相手を思うことで自分が傷つく。けれど、その傷つきやすさこそが生きている感覚でもある。The Bethsはこの矛盾を、軽快で美しいギター・ポップに変えている。
7. Happy Unhappy
「Happy Unhappy」は、タイトルの矛盾がそのまま曲の主題になっている。幸せでありながら不幸せ、不幸せでありながら幸せ。現代の感情は、単純に一つの言葉では表せないことが多い。この曲は、その曖昧な状態を非常に的確に捉えている。
歌詞では、関係や状況に対して、完全には満たされていないが、完全に不幸でもないという感覚が描かれる。The Bethsの歌詞が優れているのは、感情を白黒で分けない点である。人は誰かと一緒にいても孤独を感じることがあり、好きな相手といるのに不安になることがあり、幸せな瞬間の中で失われる予感を抱くことがある。「Happy Unhappy」は、その複雑な感情をタイトルだけで見事に表している。
音楽的には、非常にキャッチーで、アルバムの中でもポップな魅力が強い。軽快なギター、明るいメロディ、コーラスの広がりが、タイトルの不安定さを包み込む。曲は楽しく聞こえるが、その楽しさの中に微妙な違和感がある。これがThe Bethsの得意とする感覚である。
この曲は、本作の中でも特にThe Bethsらしい二重性を示している。明るい音楽と不安定な感情。幸福と不幸の同時存在。単純なポジティブさではなく、矛盾を抱えたまま生きること。その現代的な感情が、見事にポップ・ソングへ結晶している。
8. River Run: Lvl 1
「River Run: Lvl 1」は、タイトルにゲーム的な表記を含むユニークな楽曲である。「Lvl 1」という表現は、レベル1、つまり始まりの段階や初歩的な挑戦を連想させる。川を走る、あるいは川の流れに乗るというイメージと、ゲームのステージのような表現が組み合わされることで、現実の感情を少し距離を置いた形で見つめる曲になっている。
歌詞では、流れに身を任せることと、自分で進路を選ぶことの間の揺れが感じられる。川は自然に流れるものであり、人間が完全に制御できるものではない。一方で、ゲームの「レベル」は攻略すべき課題を示す。つまりこの曲には、人生や関係を自分で操作したい気持ちと、実際には流されてしまう現実との対比がある。
音楽的には、アルバムの中で少し変化球的な位置にある。The Bethsらしいギター・ポップの枠内にありながら、タイトルが示すような遊び心があり、曲の質感にも軽いひねりがある。メロディは親しみやすいが、構成や言葉の選び方には少し奇妙さが残る。
この曲は、The Bethsが単なる恋愛ギター・ポップだけではなく、現代的な比喩やユーモアを使って感情を描くバンドであることを示している。ゲーム的な表現を用いることで、深刻な感情を少し斜めから見る視点が生まれている。
9. Whatever
「Whatever」は、タイトルからして投げやりな態度、諦め、無関心を装う心理を示している。しかし、The Bethsの文脈では、この「どうでもいい」は本当にどうでもいいという意味ではない。むしろ、気にしすぎているからこそ、どうでもいいふりをするという感情に近い。
歌詞では、相手や状況に対する苛立ち、諦め、距離を置こうとする態度が描かれる。人は傷つくことを避けるために、しばしば無関心を装う。しかし、その装い自体が、実は強い関心の裏返しである。「Whatever」は、その心理を短い言葉で的確に表している。
音楽的には、勢いのあるギター・ポップで、曲全体に少し粗さと反抗心がある。タイトルの投げやりさに合わせるように、演奏もややラフなエネルギーを持つ。しかし、メロディはやはり緻密で、単なるガレージ的な荒さにはならない。The Bethsは、どれだけ感情が乱れていても、曲の構造を崩しすぎない。
「Whatever」は、アルバム終盤において感情の疲労を示す楽曲である。未来の自分への不安、相手に嫌われる恐れ、幸福と不幸の混在を経た後で、語り手は一度「もうどうでもいい」と言いたくなる。しかし、その言葉の奥には、まだ諦めきれない気持ちが残っている。
10. Less Than Thou
アルバムの最後を飾る「Less Than Thou」は、タイトルからして自己評価の低さと宗教的・道徳的な言い回しのパロディを含んでいる。「holier than thou」という表現は「自分は他人より高潔だと思っている」という意味で使われるが、「Less Than Thou」はその反転のように響く。つまり、自分は相手より劣っている、自分は十分ではないという感覚が中心にある。
歌詞では、自己否定、他者との比較、価値の低さを感じる心理が描かれる。アルバム全体を通じて、The Bethsは自分を過小評価する人物を繰り返し描いてきたが、終曲ではそのテーマがさらに明確になる。ただし、この曲は単なる沈鬱な自己嫌悪ではない。バンドはそれを明るく、速く、コーラス豊かに鳴らすことで、自己否定を共有可能なポップ体験へ変えている。
音楽的には、アルバムを締めくくるにふさわしい勢いと明快さがある。ギターは軽快に鳴り、リズムは前進し、コーラスは広がる。歌詞の「自分は足りない」という感覚と、音楽の「それでも鳴らす」という力が対比を生む。The Bethsの音楽は、自己肯定の歌を単純に歌うのではなく、自己否定の中にある生きる力を鳴らす。
「Less Than Thou」は、アルバムの最後に置かれることで、『Future Me Hates Me』全体の感情をまとめる役割を持つ。自分を疑い、未来の自分に嫌われると感じ、相手に好かれないと思い、それでも曲は明るく進む。この矛盾した前進こそが、本作の本質である。
総評
『Future Me Hates Me』は、The Bethsがデビュー作にして明確な個性を打ち出した優れたインディー・ロック・アルバムである。明るいギター、疾走感のあるリズム、緻密なコーラス、強いメロディというパワー・ポップの美点を受け継ぎながら、歌詞では現代的な不安、自己嫌悪、恋愛への恐れ、感情の矛盾を描いている。音は爽快だが、心は落ち着いていない。このギャップが本作の最大の魅力である。
The Bethsのソングライティングは、非常に効率的である。多くの曲は短く、無駄がなく、すぐに印象的なフックへ到達する。しかし、その中に含まれる感情は単純ではない。「Future Me Hates Me」では、今の選択が未来の自分を傷つけるという予感が歌われる。「You Wouldn’t Like Me」では、相手に自分を知られることへの恐怖が描かれる。「Happy Unhappy」では、幸福と不幸が同時に存在する感覚が示される。「Less Than Thou」では、他者と比べて自分を小さく感じる心理が扱われる。これらのテーマは、現代のリスナーにとって非常に身近である。
本作の重要な点は、こうした不安を暗い音楽で表現しないことである。The Bethsは、落ち込んだ感情を落ち込んだ音でなぞるのではなく、むしろ明るいギター・ポップの中へ放り込む。これにより、歌詞の痛みは重苦しい告白ではなく、誰もが口ずさめる形になる。自己嫌悪や不安を、ひとりで抱え込むものから、バンド演奏とコーラスによって共有されるものへ変える。その変換こそが、The Bethsの大きな才能である。
音楽史的には、『Future Me Hates Me』はパワー・ポップの伝統を現代の感情へ更新した作品として評価できる。Big StarやTeenage Fanclubが築いた、甘いメロディとギターのきらめき、青春の傷を結びつける系譜は、本作にも明確に受け継がれている。しかしThe Bethsの歌詞は、より自己分析的で、インターネット以後の自意識の強さや、失敗を先回りして想像してしまう現代的な不安を含んでいる。そこに、本作が単なるレトロなギター・ポップではない理由がある。
また、The Bethsのアレンジ能力も見逃せない。曲はシンプルに聞こえるが、ギターの重ね方、コーラスの入り方、リズムの緩急が細かく設計されている。特にコーラスは、The Bethsのサウンドを特徴づける重要な要素である。個人的な不安が、複数の声によって広がることで、孤独な感情が共同体的な響きを持つ。これはインディー・ロックにおける非常に効果的な手法である。
Elizabeth Stokesの歌詞は、知的でありながら過度に難解ではない。比喩や言葉遊びを使いながらも、感情の核は非常に明確である。未来の自分に嫌われる、相手に自分を好きになってもらえない、自分は相手より劣っている。これらは誰もが一度は感じるような感情であり、それを過度に美化せず、かといって雑に扱わず、ポップ・ソングとして提示するところに彼女の作詞の強さがある。
日本のリスナーにとって本作は、ギター・ポップの親しみやすさと、歌詞の細かな感情表現を同時に楽しめるアルバムである。英語の歌詞を細かく追わなくても、曲の明るさと切なさの対比は十分に伝わる。一方で歌詞を読むと、単なる爽やかなインディー・ロックではなく、自己認識の痛みを丁寧に描いた作品であることがわかる。そこに聴き込みの深さがある。
『Future Me Hates Me』は、デビュー作らしい勢いを持ちながら、すでに完成度が高い。The Bethsはここで、自分たちの音楽的な軸を明確に示した。明るく鳴るギター、すぐに口ずさめるメロディ、厚いコーラス、そしてその中で歌われる不安定な自己。未来の自分に嫌われるかもしれないと感じながら、それでも現在の感情を鳴らす。本作は、その矛盾を美しく、軽快に、そして鋭く形にした現代パワー・ポップの名盤である。
おすすめアルバム
1. The Beths『Jump Rope Gazers』(2020年)
The Bethsのセカンド・アルバム。『Future Me Hates Me』の疾走感を受け継ぎながら、より柔らかく、内省的な表現が増えている。恋愛や距離、親密さへの不安がさらに丁寧に描かれ、バンドのソングライティングの成熟を知ることができる作品である。
2. The Beths『Expert in a Dying Field』(2022年)
The Bethsの表現力がさらに拡張されたアルバム。失われた関係、記憶、喪失をテーマにしながら、メロディの強さとギター・ポップの明快さは保たれている。『Future Me Hates Me』の自己不安が、より大人びた別れの感情へ発展した作品として聴ける。
3. Alvvays『Alvvays』(2014年)
現代インディー・ポップにおける重要作。甘いメロディ、ギターのきらめき、切ない歌詞という点でThe Bethsと親和性が高い。よりドリーム・ポップ寄りの質感を持つが、明るい音の中に不安や諦めを含ませる手法は共通している。
4. Teenage Fanclub『Grand Prix』(1995年)
パワー・ポップ/ギター・ポップの名盤。明快なメロディ、柔らかなコーラス、ギターのきらめきがThe Bethsの音楽的背景を理解するうえで重要である。『Future Me Hates Me』の背後にあるメロディ重視のロックの伝統を知るために適した作品である。
5. The New Pornographers『Mass Romantic』(2000年)
複数の声、強いフック、疾走するインディー・ロックの高揚感を持つ作品。The Bethsのコーラス重視のアレンジや、ポップな爆発力と知的なソングライティングの組み合わせを理解するうえで関連性が高い。カナダのインディー・パワー・ポップの代表的な一枚である。

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