オランダのアムステルダムで結成され、1970年代のプログレッシブ・ロックシーンに強烈な個性を刻み込んだバンドがFocusである。
ギタリストのヤン・アッカーマンと、フルートやキーボード、さらには独特のヨーデル混じりヴォーカルまで操るティス・ファン・レールを中心に、国際的な成功を収めたのだ。
彼らの音楽には、洗練されたメロディラインとエネルギッシュなハードロック要素、さらにヨーロッパの伝統音楽やクラシックのエッセンスまでもが溶け合っている。
その代表的なシングル「Hocus Pocus」は、激しいギターリフと陽気なヨーデルを融合させるという斬新な試みが大きな話題を呼んだ。
また、美しく透明感のあるインストゥルメンタル「Sylvia」は、ヤン・アッカーマンのギターとファン・レールのフルートが織りなす叙情的なサウンドを凝縮した名曲である。
このように一曲ごとに表情を変えながら、プログレッシブ・ロックという枠組みを超えて幅広い音楽ファンを魅了してきたのがFocusなのだ。
アーティストの背景と歴史
Focusの結成は1969年頃に遡る。
フルートやキーボードを担当するティス・ファン・レールは、クラシックやジャズなど多方面の音楽を吸収し、従来のロックバンドに新風を吹き込むアイデアを温めていた。
一方でギタリストのヤン・アッカーマンは、オランダ国内で早くから“天才少年ギタリスト”として注目を集めており、その研ぎ澄まされたプレイは当時まだ珍しかったエレクトリックギターの多彩な可能性を示していた。
初期のアルバム『In and Out of Focus』（国によっては『Focus Plays Focus』として発売）は、ポップなナンバーと実験的なインストゥルメンタルが混在し、バンドが模索段階にある様子を伝えている。
しかし次作『Moving Waves』（1971年）で「Hocus Pocus」が大ヒットを記録し、バンドは一気に国際的な知名度を獲得。
その後もヨーロッパとアメリカを中心にツアーを重ね、プログレ・シーンの主要バンドとして地位を築いていく。
とはいえ音楽性の拡張やメンバー間の意見の違いなどが重なり、1970年代半ばにはヤン・アッカーマンが脱退。
活動が停滞しつつも、ティス・ファン・レールを中心に形を変えながらバンド名を存続し、断続的にアルバムをリリースしている。
何度か再編や復活ツアーを経て、現代でもヨーロッパ各地でライブを行うなど、長寿バンドとして息長く音楽を届け続けているのだ。
音楽スタイルと特徴
Focusの音楽を語るとき、まず注目されるのがギターとフルートの掛け合いである。
ヤン・アッカーマンのギターは、時にハードロックさながらのリフを轟かせ、時にクラシカルなフレージングを織り交ぜる。
一方でティス・ファン・レールのフルートが浮遊感あふれる旋律を奏でつつ、ヨーデルやスキャット的なヴォーカルを繰り出すことで、一曲の中でまったく異なる表情を見せるのだ。
また、Focusはアルバムごとに企画色を強めたり、長尺のインストゥルメンタルに挑戦したりと、プログレッシブ・ロックの特性である“実験精神”を存分に発揮してきた。
そこに欧州伝統音楽やジャズの匂いを持ち込むため、オーソドックスなプログレバンドとは一線を画すエキゾチックな雰囲気が漂う。
時に激しく、時にリリカルな演奏がバンドのダイナミズムを支え、聴き手は飽きる暇もなく変化するサウンドに引き込まれていくのである。
代表曲の解説
「Hocus Pocus」
1971年のアルバム『Moving Waves』に収録された大ヒット曲。
ギターの強烈なリフで幕を開けるこのナンバーは、ティス・ファン・レールが飛び出すようなヨーデルやスキャット、フルートを使ってめまぐるしく展開を変えていく。
ユーモアとハードロックの迫力が融合した秀逸な一曲で、ライブでは必ずといっていいほど披露される定番の盛り上げ曲である。
「Sylvia」
1972年のアルバム『Focus 3』からシングルカットされた、バンドの代表的なインストゥルメンタル。
美しく耳に残るギターメロディを中心に、フルートやシンセサイザーが上品に彩りを添える。
「Hocus Pocus」とは対照的に、優雅で叙情的な側面を前面に押し出しており、Focusの多面的な音楽性を象徴する名曲だ。
「Focus II」「Focus III」
バンド名を冠しつつ連作的に展開される“Focus”シリーズの曲たちもファンから人気が高い。
特に「Focus II」と「Focus III」は、クラシカルかつスケールの大きいメロディ構成が魅力で、ギターとフルートの対話がじっくり堪能できる。
プログレ的な長尺組曲のようにドラマチックな展開を持ちつつ、ジャズや民謡の雰囲気も感じられるアレンジが秀逸である。
アルバムごとの進化
『In and Out of Focus』 (1970)
デビューアルバムにあたる本作では、フォークやポップス的な色彩も見え隠れし、バンドがまだ方向性を模索している段階がうかがえる。
それでもアルバム終盤にインストゥルメンタル曲が収録されるなど、後の“Focusらしさ”を垣間見ることができる。
『Moving Waves』 (1971)
「Hocus Pocus」の大ヒットにより、バンドが一躍世界的な注目を浴びた出世作。
組曲「Eruption」では、クラシック的なダイナミズムとプログレの実験性を大胆に融合。
アルバム全体を通じてバンドの演奏力と多彩なアイデアが花開き、Focusの名を確固たるものにした作品と言える。
『Focus 3』 (1972)
2枚組として制作され、バンドの演奏意欲とアイデアを存分に詰め込んだ大作アルバム。
「Sylvia」や連作インスト「Focus III」などの楽曲に加え、長尺のジャムセッション風トラックもあり、実に多面的な内容を楽しめる。
ヤン・アッカーマンとティス・ファン・レールのコンビネーションが完成形に近づいた印象がある。
『Hamburger Concerto』 (1974)
タイトル曲「Hamburger Concerto」は、クラシックの組曲をオマージュした構成を取り、ユーモアと壮大さが同居する名作。
バンドのピーク期にあたる作品で、ギターと鍵盤、フルートが絶妙のハーモニーを織り成す場面が多い。
ただし商業的には前作ほどの成功を得られず、アッカーマン脱退への流れを暗示する転換点ともなった。
まとめ
Focusは、オランダという“英国ロックの本拠地からはやや離れた場所”で結成されたこともあってか、ヨーロッパの伝統音楽やクラシック、さらにはプログレッシブ・ロックのエネルギーを独自のセンスで混ぜ合わせることに成功したバンドである。
ヤン・アッカーマンのギターとティス・ファン・レールのフルート＆ヨーデルによって生まれる多彩なサウンドは、時に激しく、時に幻想的。
そして「Hocus Pocus」や「Sylvia」のように、キャッチーかつ個性的な楽曲が大衆にも受け入れられ、世界的ヒットを記録したのは特筆に値する。
1970年代後半以降はメンバーチェンジや音楽シーンの変化などによって活動が停滞したが、ファン・レールを中心としたラインナップは今でも再編を重ねながら音楽を発信し続けている。
かつてのアルバムを聴けば、インストゥルメンタル曲に隠された奥深い構成や、ライブでの即興演奏の妙味に感嘆させられるはずだ。
もしFocusを初めて知るなら、まずは「Hocus Pocus」の衝撃に耳を傾けてみてほしい。
その愉快なヨーデルと屈強なリフに心が躍る瞬間こそ、このバンドの本質的な魅力であり、“ヨーロッパ流プログレ”の可能性を体現した一つの奇跡と言えるだろう。
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