
1. 歌詞の概要
Hocus Pocusは、オランダのプログレッシブ・ロック・バンド、Focusが1971年に発表した楽曲である。
アルバムMoving Wavesの冒頭を飾る曲で、作曲はThijs van LeerとJan Akkerman。ロック史の中でもかなり特殊なヒット曲として知られている。
なぜ特殊なのか。
それは、この曲がほとんど普通の意味での歌詞を持たないからだ。
一般的なロックソングなら、恋愛、怒り、社会批判、孤独、自由への憧れなど、言葉によってテーマが語られる。
しかしHocus Pocusでは、言葉は主役ではない。
主役はリフであり、ヨーデルであり、フルートであり、口笛であり、スキャットであり、突然飛び出す奇声であり、そしてバンド全体の暴走するような推進力である。
歌詞を読む曲ではない。
声を楽器として聴く曲である。
曲は、Jan Akkermanの強烈なギターリフから始まる。
重く、荒く、鋭い。
ハードロック的な迫力を持ちながら、どこかユーモラスでもある。
そのリフのあとに現れるのが、Thijs van Leerのヨーデルだ。
ここで、多くの聴き手は一瞬混乱する。
これは本気なのか。
冗談なのか。
ロックなのか。
民謡なのか。
プログレなのか。
コメディなのか。
その答えは、おそらく全部である。
Hocus Pocusは、真剣に演奏された冗談のような曲だ。
あるいは、冗談の形をした本気のロックである。
タイトルのHocus Pocusは、手品や呪文のような言葉として知られる。日本語で言えば、ちちんぷいぷいに近い感触もある。意味よりも響き、理屈よりも魔法の合図として機能する言葉だ。
この曲もまさにそうである。
論理的に説明するより先に、音が身体に飛び込んでくる。
ギターが鳴り、ドラムが走り、声が跳ね、フルートが切り込み、曲はどんどんおかしな方向へ進んでいく。
そのすべてが、Hocus Pocusという呪文の中に吸い込まれていくのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Hocus Pocusが収録されたMoving Wavesは、Focusの2作目のスタジオ・アルバムである。
Focusはオランダ出身のバンドで、クラシック、ジャズ、ロック、フォーク的な要素を自在に混ぜるプログレッシブ・ロック・バンドとして知られる。中心人物は、キーボード、フルート、ボーカルを担当するThijs van Leerと、ギタリストのJan Akkermanである。
Hocus Pocusは、アルバムMoving Wavesのオープニング曲として置かれている。つまり、アルバムの扉を開けた瞬間、いきなりこの奇妙なロック・マジックが始まるわけだ。
普通のバンドなら、もっと分かりやすく代表的な雰囲気を示す曲を1曲目に置くかもしれない。
しかしFocusは、リスナーをいきなり混乱の渦に放り込む。
それがいい。
この曲は、1971年にヨーロッパでシングルとしてリリースされ、のちに1973年にアメリカでもヒットした。アメリカのBillboard Hot 100ではトップ10入りを果たしており、これほど変則的な曲がポップチャートに入り込んだこと自体が驚きである。
1970年代前半は、ロックが大きく広がっていた時代だった。
ハードロックはより重くなり、プログレッシブ・ロックはより複雑になり、ジャズ・ロックやクラシックとの融合も進んでいた。
ラジオでも、今よりずっと変わった曲がヒットする余地があった。
とはいえ、Hocus Pocusはその中でもかなり異様である。
ギターリフはハードロック的。
構成はロンド形式に近く、同じリフとさまざまな声や楽器のソロ的パートが交互に現れる。
ボーカルは歌詞を歌うというより、ヨーデル、スキャット、奇声、口笛として機能する。
途中にはフルートも飛び出し、クラシックやジャズの訓練を受けたミュージシャンらしい技術も感じられる。
つまりHocus Pocusは、バカバカしいほど楽しい曲でありながら、演奏は非常に高度なのだ。
ここが重要である。
この曲は、単なるコミックソングではない。
ふざけているように聞こえるが、演奏が甘ければ絶対に成立しない。
むしろ、驚異的な技量があるからこそ、ここまで無茶なことができる。
Focusは、この曲でプログレッシブ・ロックの仰々しさを少し茶化しているようにも聞こえる。
長大な組曲。
難しいテーマ。
重々しい神話性。
クラシック由来の構成美。
そうしたプログレの要素を持ちながら、Hocus Pocusは突然ヨーデルする。
つまり、真面目な顔で冗談をやる。
この姿勢が、曲の生命力になっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
著作権に配慮し、ここではタイトルにもなっている短い言葉のみを取り上げる。
Hocus Pocus
和訳:
ちちんぷいぷい > > あるいは、呪文のような合図
この曲におけるHocus Pocusという言葉は、意味を説明するための言葉ではない。
むしろ、意味を消してしまう言葉である。
Hocus Pocusと唱えた瞬間、現実のルールが少し緩む。
普通のロックソングである必要がなくなる。
歌詞が物語を語る必要もなくなる。
声は言葉から解放され、楽器になる。
この曲でThijs van Leerの声は、メッセージを伝えるためのものではない。
驚かせるためのものだ。
笑わせるためのものだ。
そして、音楽の流れを別の場所へワープさせるためのものだ。
ヨーデルは山岳音楽のイメージを持つ発声法である。
それをハードロックのリフの上に乗せるという発想自体が、すでにかなり奇妙だ。
けれど、聴いているうちに、その奇妙さがクセになる。
ギターの重さと、声の軽さ。
リフの攻撃性と、ヨーデルの滑稽さ。
ロックの肉体性と、呪文のような非現実感。
その対比が、Hocus Pocusという曲を唯一無二のものにしている。
歌詞全文というより、ボーカル表現の全体は、正規の音源や公式に認められた配信サービスで確認できる。引用部分の著作権は、作曲者および権利者に帰属する。
4. 歌詞の考察
Hocus Pocusを歌詞の曲として分析しようとすると、少し肩透かしを食らう。
なぜなら、この曲には通常の意味での歌詞がほとんどないからである。
しかし、それはこの曲に意味がないということではない。
むしろ、言葉が少ないからこそ、別の意味が強く立ち上がる。
Hocus Pocusで重要なのは、声が意味から解放されていることだ。
ロックにおけるボーカルは、しばしば感情の中心になる。
怒りを叫ぶ。
愛を歌う。
孤独を吐き出す。
社会に反抗する。
だが、この曲の声は、そのどれとも少し違う。
声は、音の事件を起こす。
ヨーデルが出てくるたびに、曲の空気が変わる。
フルートが出てくるたびに、別の風景が開く。
スキャットや奇声が入るたびに、聴き手の予想がひっくり返される。
これは、歌詞の意味ではなく、音そのものによるユーモアである。
Hocus Pocusの面白さは、緊張と脱力の繰り返しにある。
まずギターリフが非常に強い。
このリフだけなら、かなり硬派なハードロック曲として成立する。
Jan Akkermanのギターは鋭く、音も太い。
ドラムも前のめりで、バンドはかなり本気で突っ走る。
そこへ、突然ヨーデルが入る。
この瞬間、曲は真顔でふざける。
リフの重さがあるから、ヨーデルが余計におかしい。
ヨーデルの軽さがあるから、リフが戻ってきたときに余計にかっこいい。
この往復運動が、曲全体の快感を作っている。
真剣さだけでは疲れる。
冗談だけでは軽すぎる。
Hocus Pocusは、その両方を高速で切り替える。
だから聴いていて飽きない。
むしろ、次は何が来るのかと身構えてしまう。
この曲を一種の音楽的コメディとして聴くこともできる。
ただし、それは笑いだけを狙ったコメディではない。
高度な演奏力を持つミュージシャンたちが、自分たちの技術とロックの形式を使って遊んでいる。
その遊びが、結果的に強烈な作品になっている。
ここに、プログレッシブ・ロックの本来の自由さがある。
プログレというと、難解で、長くて、真面目で、構えた音楽という印象を持つ人もいるかもしれない。
もちろん、そういう側面もある。
しかし本来のプログレッシブという言葉には、前へ進む、既存の枠を越えるという意味がある。
ならば、ハードロックのリフにヨーデルをぶつけるHocus Pocusは、かなり本質的にプログレッシブである。
誰もそんな組み合わせを求めていない。
でも、やってしまう。
そして、やってみたら異様にかっこいい。
その無茶がロックなのだ。
また、Hocus Pocusにはヨーロッパのバンドらしい混血性もある。
英米のブルース・ロックだけを土台にしていない。
クラシックの訓練、ジャズ的な即興性、フォーク的な声の使い方、そしてハードロックの破壊力が混ざっている。
Focusは、ロックを英語圏の型に閉じ込めなかった。
声は英語の歌詞を歌う必要すらない。
ヨーデルでいい。
フルートでいい。
口笛でいい。
笑ってしまうような音でも、曲の中で機能すればいい。
この開き直りが、Hocus Pocusを時代を超えて新鮮にしている。
5. サウンドの特徴
Hocus Pocusのサウンドを支配しているのは、まずギターリフである。
Jan Akkermanのリフは、単純だが強烈だ。
重く、硬く、直線的。
余計な装飾を削ぎ落とした、剛腕のフレーズである。
このリフが曲の土台になっているから、どれだけ上に奇妙な要素が乗っても崩れない。
普通なら、ヨーデルやフルートや口笛が次々に入れば、曲は散漫になりそうなものだ。
しかし、Hocus Pocusは散らからない。
なぜなら、リフが巨大な杭のように曲を地面へ打ち込んでいるからだ。
そこへ、Pierre van der Lindenのドラムが加わる。
ドラムはかなりアグレッシブで、曲を前へ前へと押し出す。
短いドラムのブレイクも挟まれ、曲全体にライブ感のある緊張が生まれる。
ベースも、ギターリフを支えながら、全体の重量を保つ。
この低音の安定があるからこそ、上物の奇行が自由に暴れられる。
そしてThijs van Leerである。
この曲における彼は、ほとんど一人サーカス団のような存在だ。
ヨーデルする。
フルートを吹く。
オルガンを鳴らす。
スキャットする。
口笛を吹く。
声を楽器のように変形させる。
そのたびに、曲は別の顔を見せる。
特にフルートは重要だ。
ロックにおけるフルートというと、Jethro TullのIan Andersonを思い浮かべる人も多いだろう。
FocusのThijs van Leerもまた、フルートをロックの中で非常に個性的に使った人物である。
Hocus Pocusのフルートは、優雅に飾るためのものではない。
切り込む。
突き刺す。
空気を裂く。
ギターと同じくらい攻撃的に響く瞬間もある。
このフルートの鋭さが、曲の奇妙な疾走感をさらに強めている。
また、曲の構成も面白い。
基本的には、力強いリフのパートと、Thijs van Leerによるさまざまな声や楽器のパートが交互に出てくる。
これはロンド形式に近い作りで、同じテーマが何度も戻ってくることで、曲に統一感が生まれている。
リフが戻ってくるたびに、聴き手は安心する。
しかし、その次に何が飛び出すかはわからない。
安心と予測不能。
この組み合わせが、曲を非常にスリリングにしている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Sylvia by Focus
Hocus Pocusとは違い、よりメロディアスで叙情的なインストゥルメンタル曲である。Jan Akkermanのギターの美しさ、Focusらしいクラシカルな構成感を味わえる。Hocus PocusでFocusの演奏力に驚いた人は、Sylviaで彼らの優雅な側面に触れることができる。
- Eruption by Focus
Moving Wavesに収録された長大な組曲で、Focusのプログレッシブ・ロック・バンドとしての本格的な構成力を味わえる。Hocus Pocusが短い爆発だとすれば、Eruptionは巨大な建築物のような曲である。クラシック的な展開、ジャズ的な演奏、ロックの熱量が複雑に絡み合う。
- Locomotive Breath by Jethro Tull
フルートをロックの中で攻撃的に使うという意味で、Hocus Pocusと並べて聴きたい一曲である。Ian Andersonのフルートと、重いロック・グルーヴが強烈にぶつかる。Focusの奇妙なヨーロッパ的感覚が好きなら、Jethro Tullの劇場的なロックにも引き込まれるはずだ。
- Frankenstein by The Edgar Winter Group
インストゥルメンタル中心で、シンセサイザーやサックス、ドラムソロが入り乱れる70年代ロックの怪作である。Hocus Pocusと同じく、言葉よりも演奏の勢いで押し切るタイプの曲だ。ロックがまだ何でもありだった時代の空気を感じられる。
- Roundabout by Yes
Hocus Pocusほどコミカルではないが、演奏技術、構成の妙、ポップなフックを兼ね備えたプログレッシブ・ロックの代表曲である。複雑でありながら耳に残るという点で、Focusの魅力と通じる。70年代プログレの華やかさを知るには欠かせない一曲だ。
7. Focusのキャリアにおける位置づけ
Hocus Pocusは、Focusの名前を世界に広めた決定的な曲である。
オランダのバンドが、ヨーデル入りのプログレ・ハードロックで国際的な注目を集める。
冷静に考えると、かなり不思議な出来事だ。
しかし、それが1970年代ロックの面白さでもある。
この時代のロックは、まだジャンルの境界が現在ほど固定されていなかった。
ハードロック、ジャズロック、クラシックロック、フォーク、サイケデリック、実験音楽。
それらが互いに影響し合い、ラジオやアルバム文化の中で大胆な作品が聴かれていた。
Focusは、その中でヨーロッパ的な知性と遊び心を持ったバンドだった。
彼らは演奏がうまい。
構成力もある。
クラシックやジャズの素養もある。
しかし、Hocus Pocusでは、その技術をひけらかすだけで終わらせない。
むしろ、技術を使ってふざける。
これは非常に大事なポイントである。
上手い人が真面目に難しいことをするのは、ある意味で自然だ。
だが、上手い人が本気でふざけると、もっと面白いものが生まれる。
Hocus Pocusは、その典型である。
Focusのキャリア全体を見ると、彼らにはHocus Pocus以外にも優れた曲が多い。
Sylviaのような美しいインスト曲もある。
Eruptionのような本格的な長編プログレもある。
TommyやHouse of the Kingなど、叙情的でヨーロッパ的な魅力を持つ楽曲もある。
それでも、一般的な知名度ではHocus Pocusが突出している。
その理由は明白だ。
一度聴いたら忘れられないからである。
ギターリフ。
ヨーデル。
フルート。
突然の声。
高速で転がるような構成。
この曲は、記憶に引っかかる要素しかない。
しかも、それらが単なるネタとしてではなく、演奏の迫力によって成立している。
だからこそ、Hocus Pocusは時代を超えて何度も再発見されてきた。
映画、テレビ、CM、スポーツ映像などでも使われ、後の世代にも強烈な印象を残している。
特に高速なライヴ演奏やテレビ出演映像でのパフォーマンスは、Focusというバンドの異様なテンションを伝えるものとして語られ続けている。
Hocus Pocusは、Focusにとって祝福であり、ある意味では呪文でもある。
この曲があまりにも強烈だったため、バンドのイメージを決定づけてしまった。
だが、それは悪いことばかりではない。
たった一曲で、世界中の人に何だこれはと思わせる。
それは、ロックバンドにとって最高の勝利のひとつである。
8. ふざける勇気と、ロックの自由
Hocus Pocusを聴いていると、ロックとは本来かなり自由な音楽だったのだと改めて感じる。
かっこよくなければいけない。
真面目でなければいけない。
歌詞に深い意味がなければいけない。
ジャンルの作法に従わなければいけない。
そんな決まりは、ここにはない。
ギターリフがかっこよければ、そこにヨーデルを乗せてもいい。
フルートを吹いてもいい。
口笛を入れてもいい。
変な声を出してもいい。
しかも、それを全力でやればいい。
Hocus Pocusは、その自由を鳴らしている。
そして、この曲のすごさは、自由であることと、雑であることを混同していない点にある。
演奏は非常にタイトだ。
構成も計算されている。
リフは強く、展開は明快で、各パートの出入りも鮮やかである。
つまり、めちゃくちゃに見えて、実はよくできている。
ここが長く聴かれる理由だ。
本当にただの悪ふざけなら、何度も聴く曲にはならない。
しかしHocus Pocusは、何度聴いても新鮮な驚きがある。
それは、曲の土台が強いからだ。
特にギターリフの強さは決定的である。
もしこのリフが弱ければ、ヨーデルはただの変なアイデアで終わっていただろう。
しかしリフがあまりにも強いから、どんな奇妙な要素も受け止めてしまう。
まるで巨大な岩の上で、サーカスが繰り広げられているような曲である。
この曲を聴くと、ユーモアと技巧は対立しないのだとわかる。
笑える音楽は、軽い音楽とは限らない。
ふざけた曲は、浅い曲とは限らない。
むしろ、笑いを成立させるには高度な間合いと技術がいる。
Hocus Pocusには、その間合いがある。
リフが来る。
少し間が空く。
ヨーデルが飛ぶ。
またリフが戻る。
次はフルート。
またリフ。
次は別の声。
その予測できそうでできないリズムが、聴き手を巻き込む。
これは音楽による手品である。
Hocus Pocusというタイトルは、やはり完璧だ。
曲の中で何が起きているのか、理屈ではうまく説明できない。
でも、気づけば引き込まれている。
笑っている。
身体が動いている。
そして、あのリフとヨーデルが頭から離れなくなる。
まさに呪文なのだ。
9. 参考情報
- Hocus Pocusは、Focusの2作目のスタジオ・アルバムMoving Wavesのオープニング曲として1971年に発表された。作曲はThijs van LeerとJan Akkerman、プロデュースはMike Vernonである。ウィキペディア
- 楽曲は、強力なロック・リフと、ヨーデル、フルート、口笛、スキャットなどが交互に登場する構成で知られる。ロンド形式に近い作りとして説明されることが多い。ウィキペディア
- Hocus Pocusは1973年にアメリカでもシングルとして広まり、Billboard Hot 100で最高9位を記録したとされる。エルピー
- Moving WavesはApple Music上でも1971年のFocusのアルバムとして確認でき、Hocus Pocusや長編曲Eruptionを含む作品として紹介されている。Apple Music – Web Player
- Jan Akkermanはこの曲について、ロックバンドを茶化すような意図があったという趣旨の発言をしており、楽曲のユーモラスな性格を考えるうえで重要な手がかりになる。

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