はじめに
Broken Social Scene(ブロークン・ソーシャル・シーン)は、カナダ・トロントを拠点とする大型インディー・コレクティヴである。
メンバーは流動的で、その数は十数名に及ぶことも珍しくない。
ポストロックの繊細さと、オルタナティヴ・ロックの爆発力、そしてポップスの甘やかさとが混ざり合いながら、彼らは“集団であること”の美しさと困難さを音楽に昇華してきた。
カオスでありながらも愛にあふれたその音は、21世紀のインディーロックにひとつの理想形を提示したとさえ言える。
バンドの背景と歴史
Broken Social Sceneは、ギタリストのケヴィン・ドリューとベーシストのブレンダン・カニングを中心に、1999年に結成された。
当初はポストロック寄りのインストゥルメンタル・プロジェクトとして始まったが、徐々に地元トロントのミュージシャンが参加するようになり、巨大な音楽共同体へと成長していく。
参加メンバーには、Feist、Metricのエミリー・ヘインズ、Starsのエイミー・ミランなど、ソロでも活躍する才能が多数含まれており、“トロント・シーンの縮図”とも呼ばれる存在となった。
2002年のセカンド・アルバム『You Forgot It in People』で一躍インディー・ロック界の注目を集め、その後も断続的に活動を続けながら、リスナーと批評家の両面から高い評価を得ている。
音楽スタイルと影響
Broken Social Sceneの音楽は、ポストロック的な構造とアレンジの中に、ロック、ポップ、ジャズ、エレクトロニカ、バロック音楽までもを溶け込ませた雑食性に満ちている。
何人ものメンバーが同時に演奏するため、音はしばしば飽和し、重なり合い、混ざり合う。
だがその“混沌”が、どこか人間的な温もりと多幸感を生み出している。
メロディは甘く、コーラスは重層的。そこに突如として轟音が差し込む。
その構造はまるで、人間関係そのものを音に置き換えたようだ。
影響源としては、Talk Talk、My Bloody Valentine、Pavement、Stereolabなどが挙げられるが、最も特異なのは、“共同体としての音楽”を体現している点である。
代表曲の解説
Anthems for a Seventeen-Year-Old Girl
Feistではなく、Emily Haines(Metric)がヴォーカルを務める名曲で、Broken Social Sceneの繊細で幽玄な一面を象徴する一曲。
声はピッチシフターで加工され、まるで夢の中でささやかれるような響きを持つ。
「Park that car, drop that phone, sleep on the floor…」と繰り返されるフレーズは、若さの儚さと、世界の不安定さを静かに描き出す。
Cause = Time
ロック色の強いアグレッシヴなナンバーで、ギターリフとドラムがドライブ感を牽引する。
だがその中にも、メロディやハーモニーが繊細に仕込まれており、“攻め”と“包み込み”の両方を持ち合わせている。
彼らの“静と動”の美学が結実した曲と言える。
7/4 (Shoreline)
Feistが参加した代表曲のひとつで、変拍子(7/4拍子)という複雑な構造を持ちながら、極めてメロディアスな仕上がりになっている。
演奏は熱量に満ち、声はやさしく、最後にはエクスタシーのような感情の放出が訪れる。
Broken Social Sceneの“みんなで音楽する歓び”が凝縮されたような楽曲である。
アルバムごとの進化
Feel Good Lost(2001)
ポストロック的なインストゥルメンタル中心のデビュー作。
静謐で内省的な空気感が漂い、後の“多幸感ロック”とは異なる、実験的でミニマルな世界が広がる。
この時点では、まだ“シーン”というよりも“プロジェクト”に近い印象を持たせる。
You Forgot It in People(2002)
彼らの名を決定的にしたセカンド・アルバムで、インディー・ロック史に残る傑作。
ヴォーカル曲とインストが交錯し、ポップとノイズが同居する構成は極めて豊か。
アンサンブルは分厚く、だがどこか繊細で、心にそっと触れてくるような音楽だ。
「Cause = Time」「Lover’s Spit」「Anthems for a Seventeen-Year-Old Girl」など名曲揃い。
Broken Social Scene(2005)
タイトル通り、集団としての意識がより強まった3作目。
構成もサウンドも混沌としており、“何が鳴っているのか分からないのに美しい”という独特の快感がある。
どこか政治的で、叫びのような楽曲もあり、ポスト9.11以降の世界に呼応する作品でもある。
Hug of Thunder(2017)
長い沈黙を破ってリリースされた再結集作。
円熟味を増しつつも、初期の瑞々しさや音楽への祝祭的な姿勢は失われていない。
Feistを含む旧メンバーたちも戻り、まさに「ハグ=再会と包摂」をテーマにした、優しさと熱狂が共存するアルバムである。
影響を受けたアーティストと音楽
Talk Talk、Stereolab、My Bloody Valentineなど、構造や音響に対して実験的な志向を持つバンドからの影響が強い。
また、カナダの先人であるNeil YoungやJoni Mitchellのように、個人的な感情と社会的視点を交差させる姿勢も受け継いでいる。
影響を与えたアーティストと音楽
Arcade Fire、The New Pornographers、Polyphonic Spreeなど、“集団性”を生かした音楽づくりを行うバンドにとって、Broken Social Sceneは確実な先駆者である。
また、トロントの音楽シーンを世界的に可視化した点においても、彼らの意義は大きい。
近年のインディー・ポップやチルウェイヴにも、彼らの音の重なりやメロウさが受け継がれている。
オリジナル要素
Broken Social Sceneの特異性は、個人の才能を“集団の中”で鳴らすという姿勢にある。
誰かが前に出すぎることはない。
むしろ、声も音も混ざり合い、分かち合うことで、ひとつの“大きな感情”を作り出している。
それは、孤独や分断の時代において“音楽による共同体”を夢見た、ある種のユートピアのようでもある。
まとめ
Broken Social Sceneは、楽器の数でも、声の数でも、ジャンルでもなく、“共鳴すること”そのものを音楽にしたバンドである。
彼らの音には、ひとりでは生まれない響きがある。
誰かとぶつかり、混ざり、共有することでしか生まれない感情。
それを私たちは、彼らの音楽を通して何度も体験してきた。
耳を澄ませば、いつでも彼らの音は、遠くで、そしてすぐ近くで鳴っている。
それは、音楽と人との関係がまだ希望を持ち得ることを、静かに、けれど力強く証明してくれるのだ。
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