はじめに
The Breeders(ザ・ブリーダーズ)は、1990年代のオルタナティヴ・ロックの中でも、ひときわ自由で、ひときわ曖昧な美しさを放ったバンドである。
前衛とポップの狭間、ノイズと静けさのせめぎあい、甘さと狂気の同居。
彼女たちの音楽は、言葉にできない“中間”の感情を鳴らし続けてきた。
そしてその中心には、Pixiesのベーシストとしても知られるキム・ディールという、圧倒的なカリスマとユーモアの持ち主がいた。
バンドの背景と歴史
The Breedersは1989年、Pixiesのキム・ディールとThrowing Musesのタニヤ・ドネリーによって結成された。
当初はサイドプロジェクト的な立ち位置だったが、1990年にファーストアルバム『Pod』をリリース。
スティーヴ・アルビニのプロデュースによるその作品は、ラフでミニマル、そして異様に親密な質感を持ち、音楽通から高い評価を得た。
だがタニヤは早々に脱退。
キムは双子の姉妹ケリー・ディールをギターに迎え、バンドを新体制で再構築。
1993年のセカンドアルバム『Last Splash』では、「Cannonball」の大ヒットと共に商業的にも成功を収め、The Breedersは一躍オルタナ・シーンのアイコンとなった。
その後もメンバーの脱退や活動休止を経ながら、キム・ディールのペースで不定期に活動を続けている。
音楽スタイルと影響
The Breedersの音楽は一見ラフでシンプルだが、細部に緻密なバランス感覚が宿っている。
不協和音やノイズが混ざり込むギター、タイトで無機質なリズム、そしてその上に乗るキム・ディールの浮遊感あるヴォーカル。
それは“完成されたポップ”とは違う、“どこか不完全だからこそ魅力的な音楽”である。
ジャンル的にはオルタナティヴ・ロック、グランジ、ローファイ、さらにはポストパンクやサーフロック的要素も混在しており、分類不能な混沌こそが持ち味だ。
影響を受けたのはPatti Smith、Velvet Underground、The Raincoats、Sonic Youthなど。
特に女性主導のDIY的アティチュードが音にも態度にも通底している。
代表曲の解説
Cannonball
彼女たちの代名詞的ナンバーであり、1990年代を象徴するオルタナ・アンセムのひとつ。
イントロの謎の咳払い、うねるようなベースライン、ガレージ風の歪んだギターリフ、そして浮遊感のあるキムのヴォーカル。
“壊れそうなポップソング”という形容がぴったりのこの曲は、MTVでも大量にオンエアされ、The Breedersを広く知らしめた。
だがそのキャッチーさの奥には、どこか「これでいいのか?」という不穏さが常に流れている。
Divine Hammer
「Cannonball」と並ぶヒット曲。
こちらはよりストレートなギターポップに近いが、どこか不可思議なメロディと無垢な声が、不思議な浮遊感を生んでいる。
この“純粋さと毒の共存”は、The Breedersらしさの核心と言える。
Do You Love Me Now?
しっとりとしたバラード風の構成だが、そこに潜む情念と切なさは強烈である。
シンプルなコード進行と淡々とした演奏のなかに、むしろ“叫び”のような感情がにじむ。
不器用な愛のかたちを歌った、痛みを持った名曲である。
アルバムごとの進化
Pod(1990)
デビュー作にして、異様な緊張感と静けさが支配する独特な作品。
スティーヴ・アルビニの粗い録音が、曲の生々しさを引き立てている。
Pixiesとはまったく異なるキムの美学が、この時点ですでに鮮明に現れている。
Last Splash(1993)
彼女たちの最大のヒット作であり、オルタナティヴ・ロックの金字塔。
「Cannonball」「Divine Hammer」「Saints」など、奇妙で、可愛くて、狂っている名曲が並ぶ。
混沌とポップのせめぎ合いをこれほどまでに魅力的に鳴らしたアルバムは他にない。
Title TK(2002)
長い沈黙を経てリリースされた復帰作。
よりシンプルで、時にミニマルなサウンドが特徴で、録音もすべてアナログ機材を使用。
キムの詩情と、寡黙なギターリフが絶妙に交差し、歳月を経ても変わらない“ブリーダーズらしさ”を感じさせる一枚。
All Nerve(2018)
オリジナルメンバーでの再結成後に発表された最新作。
かつてのラフな魅力はそのままに、音の強度と集中力が増している。
「Wait in the Car」や「Nervous Mary」など、短く鋭い楽曲が並び、再び“何が起こるかわからない”バンドとして帰ってきたことを証明した。
影響を受けたアーティストと音楽
The Breedersは、Velvet UndergroundやPatti Smithのようなアートロックから、Sonic YouthやThe Raincoatsといった実験的なパンクバンドの影響を受けている。
キム・ディールのルーツには、フォークやサーフロックといったアメリカ的な音楽もあり、それが絶妙に捻じれて表出している。
影響を与えたアーティストと音楽
The BreedersのDIY精神、女性主体のバンドスタイル、そしてジャンルに縛られない音楽性は、Courtney Barnett、Snail Mail、Soccer Mommyなど現代のインディーロック系女性アーティストに大きな影響を与えている。
また、彼女たちのノイズとポップの混ざり合いは、St. VincentやJapanese Breakfastのような新世代にも継承されている。
オリジナル要素
The Breedersの最大の魅力は、「壊れていそうで壊れていない」バランス感覚にある。
演奏はラフだが計算されており、メロディはポップなのに不穏さを孕んでいる。
そして何より、キム・ディールの声と視点が、すべての曲に独自の“曖昧さ”を与えている。
それは不完全で、未完成で、だけど愛さずにはいられない音楽なのだ。
まとめ
The Breedersは、ロックの中心には決して立たなかった。
だが、その“周縁にい続ける強さ”が彼女たちの真価である。
ノイズとメロディ、ポップと実験、笑いと憂い。
そのどれでもあり、どれでもない音楽。
それがThe Breedersの鳴らしてきた音であり、今もなお色褪せない理由なのだ。
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