
発売日:2023年3月24日
ジャンル:アートロック/ポストロック/チェンバーポップ/インディーロック
概要
Black Country, New Roadの『Live at Bush Hall』は、2023年に発表されたライヴ・アルバムであり、バンドにとって極めて重要な転換点を記録した作品である。彼らは2021年の『For the first time』で、ポストロック、ポストパンク、クレズマー、ジャズ、ノイズロックを混ぜ合わせた緊張感の高い音楽性を提示し、続く2022年の『Ants from Up There』では、より叙情的で壮大なアートロックへ到達した。しかし、その発売直前にフロントマンのIsaac Woodがバンドを脱退し、Black Country, New Roadは中心的な声と作詞家を失うことになった。
『Live at Bush Hall』は、その喪失後に残されたメンバーが、新しい形でバンドを再構築した記録である。本作に収録された楽曲は、過去作の再演ではなく、Isaac脱退後に作られた新曲群で構成されている。つまりこれは、単なるライヴ盤ではなく、事実上の新作アルバムであり、バンドが「誰かを失った後に、どのように続いていくのか」を示す作品である。
本作の大きな特徴は、複数のメンバーがリード・ヴォーカルを分担している点にある。Tyler Hyde、Lewis Evans、May Kershawらがそれぞれ歌い、バンドの語り口は一人のフロントマンによるものから、共同体的なものへ変化している。その結果、Black Country, New Roadの音楽は以前よりも柔らかく、演劇的で、チェンバーポップ色を強めている。
音楽的には、ヴァイオリン、サックス、ピアノ、ギター、ベース、ドラムが複雑に絡み合いながらも、前作までの張りつめた不安よりも、祝祭性、友情、記憶、演劇性が前面に出ている。もちろん完全な明るさではない。そこには喪失の影がある。しかし本作は、その喪失を直接的な悲劇としてではなく、仲間と歌い直すための場所として提示している。
全曲レビュー
1. Up Song
「Up Song」は、アルバムの幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。冒頭から「Look at what we did together」という共同体的な言葉が響き、本作のテーマが個人の苦悩ではなく、バンドとしての再出発にあることが示される。
音楽は明るく、行進曲のような高揚感を持つ。ホーンやストリングスが加わり、演劇のオープニングのような祝祭性がある。過去作のBlack Country, New Roadにあった不穏な緊張感はここでは抑えられ、代わりに仲間とステージへ戻る喜びが前面に出ている。
ただし、この明るさは単純な楽観ではない。バンドが何を失ったかを知っているからこそ、「一緒に作ったものを見てほしい」という言葉には切実さがある。本作全体の再生のムードを決定づける重要なオープナーである。
2. The Boy
「The Boy」は、物語性の強い楽曲であり、Black Country, New Roadの新しい演劇的方向性をよく示している。タイトルの少年は、具体的な人物であると同時に、成長、無垢、記憶の中の自己を象徴しているように響く。
サウンドは繊細で、ヴァイオリンやピアノが物語を支える。歌詞は童話的な雰囲気を持ちながら、単純な子どもの物語にはならない。そこには、過去を振り返る大人の視線、失われた時間への感情が含まれている。
この曲では、バンドがポストロック的な爆発よりも、ストーリーテリングと室内楽的なアレンジを重視していることが分かる。新生Black Country, New Roadの優しさと不思議さを示す楽曲である。
3. I Won’t Always Love You
「I Won’t Always Love You」は、タイトルからして非常に率直で、愛の有限性を扱う楽曲である。「いつまでも愛するわけではない」という言葉は冷たく聞こえるが、曲全体にはむしろ誠実さがある。
歌詞では、愛が永遠に続くという理想ではなく、変化していく感情を受け入れる姿勢が描かれる。これは恋愛の歌としても、バンドの過去との関係を歌ったものとしても聴ける。過去を愛しているが、その愛に永遠に縛られるわけではない。そうした複雑な感情が込められている。
音楽的には、静かな導入から徐々に広がっていく構成で、Black Country, New Roadらしいダイナミズムがある。ただし、爆発は破壊的ではなく、感情を受け止めるように広がる。
4. Across the Pond Friend
「Across the Pond Friend」は、距離を隔てた友情をテーマにした楽曲である。“Across the pond”は英国から見た大西洋の向こう側、つまりアメリカを指す表現として使われることが多い。タイトルには、遠く離れた友人への親密な呼びかけがある。
曲調は軽やかで、インディーポップ的な親しみやすさを持つ。歌詞では、物理的な距離がありながらも続いていく関係、オンラインや記憶を通じたつながりが感じられる。現代的な友情の歌としても聴ける。
本作において友情は非常に重要なテーマである。バンドが一人の中心人物に依存せず、複数の声で成り立つ共同体へ変化したことを考えると、この曲の意味は大きい。愛よりも友情、個人よりも関係性が前面に出る一曲である。
5. Laughing Song
「Laughing Song」は、笑いをテーマにした楽曲である。しかしその笑いは、単純な楽しさだけではなく、悲しみを乗り越えるための身振りとして響く。喪失後のバンドにとって、笑うことは軽薄さではなく、生き延びるための表現である。
サウンドは穏やかで、メロディには温かさがある。歌詞では、人と人が共有する小さな瞬間、笑いによって関係が保たれる感覚が描かれる。Black Country, New Roadの以前の作品にあった緊張や自己破壊性とは異なり、ここでは人間的な柔らかさが中心にある。
本作の魅力は、こうした小さな感情を大きなアレンジで包み込む点にある。「Laughing Song」は、その優しい側面を代表する曲である。
6. The Wrong Trousers
「The Wrong Trousers」は、タイトルからしてユーモラスで、英国的な軽さを持つ楽曲である。Wallace and Gromitの作品名を思わせる響きもあり、バンドの演劇性と遊び心が強く表れている。
音楽的には、コミカルな要素と複雑なアンサンブルが同居している。Black Country, New Roadは、深刻なテーマを扱いながらも、過度に重くなりすぎないバンドである。本作では特に、ユーモアや舞台的な仕掛けが重要になっている。
この曲は、バンドが悲劇を背負うだけの存在ではなく、奇妙で楽しい表現を続ける集団であることを示している。アルバム全体の空気を軽くしつつ、彼らの多面性を見せる楽曲である。
7. Turbines/Pigs
「Turbines/Pigs」は、本作の中でも特に壮大で、感情的な重みを持つ楽曲である。タイトルには、機械的なタービンと生々しい豚という対照的なイメージが並び、現代性と身体性、人工物と生物の不思議な組み合わせが生まれている。
曲は長めで、静かなピアノや声から始まり、徐々にバンド全体が加わって大きな展開へ向かう。Black Country, New Roadが得意とする、緩やかな構築と爆発の美学がここで最も強く表れる。
歌詞は抽象的ながら、喪失、記憶、関係の変化を強く感じさせる。終盤の盛り上がりは、過去作のドラマ性を受け継ぎながらも、より共同体的で祈りに近い。『Live at Bush Hall』の感情的な中心といえる楽曲である。
8. Dancers
「Dancers」は、踊る人々をテーマにした楽曲であり、身体、集団、祝祭を感じさせる。ダンスは音楽への反応であり、悲しみや不安を一時的に解放する行為でもある。
サウンドはリズミカルで、バンドのアンサンブルが柔らかく躍動する。歌詞では、踊ることが単なる娯楽ではなく、他者と同じ時間を共有する行為として描かれる。本作のライヴ・アルバムとしての性格にもよく合っている。
Black Country, New Roadの音楽はしばしば複雑で知的に語られるが、この曲ではより身体的な喜びが前面に出る。観客とバンドが同じ場所で音楽を共有する意味を示す楽曲である。
9. Up Song (Reprise)
最後に置かれる「Up Song (Reprise)」は、冒頭曲のテーマを再び呼び戻し、アルバム全体を円環的に閉じる役割を持つ。最初に提示された共同体的な高揚が、ここではより深い意味を帯びて戻ってくる。
同じ主題が繰り返されることで、本作が単なる新曲集ではなく、一つのステージ作品として構成されていることが分かる。ライヴ会場という空間、観客の存在、バンドの再出発。そのすべてが最後に再確認される。
このリプライズは、明確な終わりというより、次へ続くための合図である。Black Country, New Roadは過去の形には戻らない。しかし、別の形で続いていく。そのことを静かに、しかし力強く示す終曲である。
総評
『Live at Bush Hall』は、Black Country, New Roadにとって単なるライヴ・アルバムではなく、バンドの再生を記録した特別な作品である。Isaac Wood脱退後、彼らは過去作の曲をそのまま演奏するのではなく、新しい楽曲と複数の声によって、別のバンドとして立ち上がる道を選んだ。本作は、その選択の記録である。
音楽的には、前作『Ants from Up There』の壮大なアートロック性を受け継ぎながら、よりチェンバーポップ、演劇音楽、フォーク的な温かさが増している。緊張感や不穏さは薄れたが、その代わりに、共同体としての柔らかさと物語性が強まった。
本作の中心にあるのは、喪失後の共同体である。誰かがいなくなった後、残された者たちは何を歌うのか。『Live at Bush Hall』は、その問いに対して、悲しみを直接的に叫ぶのではなく、友情、笑い、物語、演劇、合唱によって応えている。
過去のBlack Country, New Roadを期待すると、本作は大きく異なる。しかし、その違いこそが重要である。バンドは過去の成功をなぞらず、メンバー全員の声を使って新しい形を作った。これは非常に勇敢な作品であり、バンドが単なるフロントマン中心のプロジェクトではなく、独自の共同体であることを証明している。
『Live at Bush Hall』は、喪失を終わりではなく、別の始まりへ変えたアルバムである。ライヴ録音ならではの温度、観客との共有感、そして新生Black Country, New Roadの可能性が刻まれた、2020年代アートロックの重要作である。
おすすめアルバム
- Black Country, New Road『Ants from Up There』(2022)
前作にして代表作。壮大な構成と感情の爆発が、本作の背景として重要。
– Black Country, New Road『For the first time』(2021)
デビュー作。ポストパンク、ジャズ、ノイズロック的な初期の緊張感を確認できる。
– Black Midi『Hellfire』(2022)
同時代の英国アートロックの重要作。演劇性、複雑な構成、物語性という点で関連が深い。
– Arcade Fire『Funeral』(2004)
喪失と共同体的な高揚を結びつけたインディーロックの名盤。本作の感情構造と響き合う。
– Sufjan Stevens『Illinois』(2005)
チェンバーポップ、物語性、合奏の豊かさを持つ作品。『Live at Bush Hall』の室内楽的側面と相性が良い。

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