I Heard It Through the Grapevine by The Slits(1979)楽曲解説

1. 歌詞の概要

I Heard It Through the Grapevine」は、**イギリスのポストパンクバンド The Slits(ザ・スリッツ)**が1979年にリリースしたデビューアルバム『Cut』に収録された楽曲で、モータウンの名曲をポストパンクとレゲエのスタイルで大胆にカバーしたユニークな作品です。

この曲のオリジナルは、1966年にスモーキー・ロビンソンとノーマン・ホイットフィールドが作曲し、モータウンのソウルシンガーであるグラディス・ナイト&ザ・ピップスが1967年に最初にヒットさせました。その後、1968年にはマーヴィン・ゲイによるバージョンがさらに大ヒットし、ソウル/R&Bの歴史に残るクラシックとなりました。

歌詞の内容は、恋人が浮気していることを直接聞くのではなく、「噂話(grapevine)」を通じて知った主人公のショックと裏切られた気持ちを描いています。オリジナル版では、感情的でソウルフルな歌唱が特徴的でしたが、The Slitsはこの曲を彼女たち流の解釈で、より攻撃的で挑発的なスタイルに変えました

2. The Slitsによるカバーの意義と特徴

The Slitsは、オリジナルのソウルフルな雰囲気を完全に解体し、ポストパンクとレゲエの要素を組み合わせることで、まったく新しい曲として再構築しました。彼女たちのバージョンでは、ファンキーなベースラインとダブ風のリズム、アリ・アップ(Ari Up)の独特なボーカルが融合し、原曲とは全く異なるパンク的なエネルギーが加わっています

特に、このカバーの意義は、当時の男性中心の音楽業界に対する女性の反抗の象徴として機能した点にあります。ソウルの世界では、男性が女性に裏切られる曲が多く、女性が歌うバージョンでも比較的抑制された感情が表現されることが一般的でした。しかし、The Slitsは、より生々しく、怒りと皮肉を込めたスタイルで歌い、女性の視点から新たな解釈を加えました

また、パンクシーンにおいて、女性バンドがR&Bの名曲をカバーするという試み自体が異例であり、これがThe Slitsの型破りな音楽性を象徴するものとなりました

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は、「I Heard It Through the Grapevine」の印象的な歌詞の一部です。

恋人の裏切りを知った衝撃

Lyrics:

I heard it through the grapevine
Not much longer would you be mine

和訳:

噂で聞いたの
もうすぐ君は私のものじゃなくなるって

ここでは、主人公が噂話を通じて恋人の浮気を知るという、ショッキングな状況が描かれています。オリジナルでは、このラインは悲しみと失望が込められていましたが、The Slitsのバージョンでは、より皮肉っぽく、挑発的な響きを持っています

信じたくない現実

Lyrics:

People say, “Believe half of what you see,
And none of what you hear”

和訳:

人々は言うわ、「目で見たことの半分だけ信じて、
耳で聞いたことは全く信じるな」って

ここでは、噂の信憑性についての葛藤が表現されています。しかし、実際にはこの噂が真実であることを悟った主人公の苦悩が感じられます。The Slitsのバージョンでは、このラインがより冷淡でシニカルなトーンで歌われ、悲しみよりも怒りや失望が強調されています。

裏切りの痛み

Lyrics:

It took me by surprise, I must say
When I found out yesterday

和訳:

昨日知ったときは、驚きを隠せなかった

オリジナルのバージョンでは、マーヴィン・ゲイやグラディス・ナイトの歌唱によって、この瞬間の衝撃が情熱的に表現されていました。しかし、The Slitsのバージョンでは、もっとドライで、まるで「もうこんなことには驚かない」と言わんばかりのクールなアティチュードが感じられます。

歌詞全文はこちらから確認できます。

4. The Slitsのバージョンの考察

The Slitsによる「I Heard It Through the Grapevine」は、単なるカバーではなく、原曲をまったく新しい視点から解釈したアート作品とも言えます。

このカバーのユニークな点は、パンクの反抗精神とレゲエのリズムが融合し、従来のソウル/R&Bの世界観とはまったく異なるエネルギーを持っていることです。

また、オリジナルでは、主人公は恋人の裏切りに対して悲しみと絶望を感じていますが、The Slitsのバージョンでは、より冷笑的で、女性が従来の被害者的な立場ではなく、怒りや皮肉を持った主体的な視点で描かれている点が大きな違いです。

さらに、The Slitsの荒々しい演奏と、Ari Upの独特な歌唱スタイルが、この楽曲をより実験的でラディカルな作品へと昇華させています。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Oh Bondage! Up Yours!” by X-Ray Spex
    → フェミニズム的なパンク精神を持つアグレッシブな楽曲。
  • Typical Girls” by The Slits
    → 女性に対するステレオタイプを皮肉った代表曲。
  • “Private Life” by Grace Jones
    → パンクとレゲエを融合させたクールなカバー。
  • “Police and Thieves” by The Clash
    → パンクがレゲエを取り入れた代表的なカバー曲。
  • “The Guns of Brixton” by The Clash
    → レゲエの影響を強く受けたポストパンクの名曲。

6. 「I Heard It Through the Grapevine」の影響と意義

The Slitsの「I Heard It Through the Grapevine」は、パンクとレゲエの融合の成功例であり、単なるカバーではなく、オリジナルを解体し、再構築した実験的な作品として評価されています。

また、女性アーティストが男性中心の音楽業界において、独自の視点とアティチュードを持って名曲を再解釈したことは、フェミニズム的な意味でも重要な出来事でした。

まとめ

The Slitsによる「I Heard It Through the Grapevine」は、オリジナルの感傷的なトーンを壊し、ポストパンクならではの冷笑的でアグレッシブなアプローチを加えたユニークなカバーです。その挑戦的な姿勢とサウンドは、現在でも色褪せることなく、インディー/オルタナティブミュージックの中で語り継がれています。

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