1. 歌詞の概要
「23 Minutes in Brussels（23ミニッツ・イン・ブリュッセル）」は、Lunaが1995年にリリースした4枚目のスタジオ・アルバム『Penthouse』に収録された楽曲であり、彼らのディスコグラフィーの中でも特にダークで神秘的な雰囲気をたたえる作品である。タイトルの「23分」は、都市名ブリュッセルと組み合わせることで、抽象的かつ具体的な“何かが起こった瞬間”を想起させる。しかし、歌詞の内容は明示的な物語を提示するわけではなく、むしろ語られない“空白”を描くことで、喪失や焦燥、逃避といった感情を浮かび上がらせている。
この曲の語り手は、ある都市に滞在するあいだに誰かとの関係性が音もなく崩壊していく様を、淡々と、しかし決定的に歌い上げる。空港のゲートやホテルの部屋、あるいは沈黙のまま別れた夜のこと。それらの断片は、決して語り尽くされず、ただ「23分」という曖昧な単位として記憶されていく。
音楽はゆったりとしたテンポに乗せたメロウなギターが流れ、Dean Warehamの無機質とも言えるヴォーカルが重なっていく。この曲はLunaが持つ“都市的な憂鬱”と“抑制されたロマンス”の魅力を凝縮したような一曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「23 Minutes in Brussels」というタイトルは、1978年にイギリスのポストパンク・バンドTelevisionがベルギー・ブリュッセルで行ったライブ中、観客が暴動を起こしてステージが中断された“事件”からインスパイアされたものとされる（その公演も約23分で終了したと言われている）。だが、Lunaのこの楽曲がそれを直接描いているわけではない。
むしろこの曲は、その“事件”の記録性を借りつつ、“都市における刹那的な出来事”や“言葉にならなかった別れ”を記憶するための比喩的な構造を持っている。WarehamはかつてのバンドGalaxie 500でもそうだったように、明確な感情の説明を避け、“語られない部分”に物語を託すタイプのソングライターであり、この曲もまた、その静けさの中に深い痛みと喪失感が漂っている。
『Penthouse』というアルバム自体が、摩天楼的な孤独感、ニューヨーク的な夜の静けさをテーマにした作品であり、「23 Minutes in Brussels」はその中心に据えられるような楽曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I was drunk
I dropped my flashlight
酔ってたんだ
懐中電灯を落としたOn the boulevard
In the twilight
大通りで
たそがれのなかShe said “Don’t”
She said “Don’t go”
彼女は言った、「やめて」
「行かないで」ってI said “Why?”
I said “I don’t know”
僕は訊いた、「なぜ？」
でも答えは「わからない」だった23 minutes in Brussels
Why can’t they just leave us alone?
ブリュッセルでの23分
どうしてあいつら、俺たちを放っておいてくれないんだ？
※ 歌詞引用元：Genius – Luna “23 Minutes in Brussels”
この一節は、何気ない夜の断片のように聞こえるが、その中に込められた感情は深い。語り手と「彼女」の間にはすでに“別れの兆し”があり、それは言葉ではなく「わからない」という一言で、切り捨てられてしまう。
「Why can’t they just leave us alone?」というフレーズは、第三者的な圧力、社会的な期待、あるいは過去の亡霊のようなものが、関係を壊していったことをほのめかしている。語り手が本当に恐れているのは、相手を失うことではなく、自分自身が“どうしてそうしたのか分からないまま別れてしまう”ことなのかもしれない。
4. 歌詞の考察
「23 Minutes in Brussels」は、Lunaの抑制された美学が極限まで研ぎ澄まされた楽曲である。恋愛、別れ、都市の空気、時間の流れ――そのすべてが言葉少なに描かれることで、むしろ雄弁な情景が浮かび上がる。
この曲のすばらしさは、なにかがはっきりと“終わった”という確証がないまま、関係性が静かに崩れていくあの瞬間――それを「23分」という単位で切り取った点にある。短すぎて語れない、でも確かに記憶の底に沈んでいる時間。それは、多くの人が一度は経験したことのある、“言葉にならない喪失”の象徴でもある。
また、Lunaの音楽的特徴である“都市性”と“無重力感”も、この曲で見事に表現されている。ギターは空気のように漂い、ドラムは足音のように遠く響き、Warehamの声はまるで誰かの記憶を語るかのように、感情を遠ざけながらも強く残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Disorder by Joy Division
説明しきれない不安と自己喪失を静かに描いたポストパンクの代表作。 - Blue Thunder by Galaxie 500
流れるようなギターと焦燥感が溶け合う、Dean Warehamの原点とも言える楽曲。 - Strange Overtones by David Byrne & Brian Eno
都市と孤独と距離をテーマにした、静かな再構築の美学。 - Racing Like a Pro by The National
社会や他人に押しつぶされそうな日常のなかでの、無力な美しさを描く歌。 - All My Friends by LCD Soundsystem
時間と記憶と人間関係に対するアンセム的なメタ視点が、Lunaと重なる。
6. 記憶という名の都市に取り残されて
「23 Minutes in Brussels」は、Lunaの中でもひときわ静かで、だが確かな痛みを伴う名曲である。その“23分”のなかで起きたことは、はっきりとは語られない。けれど、その曖昧さこそが私たちの記憶に残り続ける。
この曲を聴くとき、私たちは誰かとの別れ、あるいは何かを失った瞬間の“理解できなさ”に向き合わざるを得ない。それは決して劇的ではないが、あとになってじわじわと効いてくるような感情――そのすべてが、この曲には凝縮されている。
Lunaは、そんな曖昧で繊細な記憶の断片を、都市の風景と静かな旋律に乗せて、そっと私たちの耳元に届けてくれるのだ。
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