
楽曲の概要
「Bonnie and Clyde」は、アメリカのインディーロック・バンドLunaが1995年に発表したSerge Gainsbourgの楽曲のカバーである。オリジナルはGainsbourgとBrigitte Bardotが1960年代末に録音したフランス語のデュエットで、実在した犯罪者Bonnie ParkerとClyde Barrowを題材としている。Luna版ではDean WarehamとStereolabのLætitia Sadierが男女のパートを担当した。
Lunaはこの曲を異なるアレンジで2種類録音している。「Clyde Barrow Version」はアルバム『Penthouse』の隠しトラックとして収録され、「Bonnie Parker Version」は同年の『Bonnie and Clyde』EPに収録された。前者はバンドらしいギターとリズムを生かした比較的テンポのある演奏、後者はより遅く、チェロを目立たせた静かな演奏になっている。
原曲が持っていた映画的な犯罪者のロマンと、Luna特有の乾いたギター、力を抜いたボーカルの相性がよく、単なる忠実な再演にはなっていない。特にWarehamとSadierの温度を抑えた歌声によって、BonnieとClydeの物語が情熱的なラブストーリーというより、すでに結末を知っている二人が自分たちの伝説を振り返っているように聞こえる。
歌詞の概要
歌詞はBonnie ParkerとClyde Barrowの物語を、本人たちが語っているような形で進める。冒頭では有名な無法者Jesse Jamesの名前を出し、彼の物語を知っているなら、今度はBonnieとClydeの話を聞いてほしいと聴き手を誘う。
そこから描かれるのは、二人が犯罪者として追われ、警察との衝突を繰り返し、最後には死へ向かっていく過程である。ただし、歌詞は新聞記事のように事件を説明するものではない。二人は自分たちを一方的な悪人とは考えず、社会や警察から追い詰められた人物として自分たちの物語を語る。
歌詞の重要な土台になっているのが、Bonnie Parkerが実際に書いた詩「The Trail’s End」である。Gainsbourgはそこから着想を得て、二人の伝説を男女のデュエットへ作り替えた。そのため歌詞には、犯罪者の武勇伝だけではなく、自分たちが最後には死ぬことを予感しているような感覚がある。
この「結末が最初から見えている」ことが曲の独特な雰囲気を作っている。二人は逃亡を続けながら、自分たちの物語がすでに伝説へ変わり始めていることを知っているように聞こえる。恋愛、犯罪、自己弁護、死の予感が同じ語りの中に並んでいるのである。
制作背景・時代背景
原曲「Bonnie and Clyde」はSerge Gainsbourgが書き、Brigitte Bardotとのデュエットとして1960年代末に発表された。当時は1967年公開のArthur Penn監督による映画『Bonnie and Clyde』も大きな話題となっており、1930年代の実在の犯罪者だった二人が、1960年代の大衆文化の中で反体制的な男女のアイコンとして再び注目されていた。
Lunaがこの曲を取り上げた1995年、バンドは3枚目のアルバム『Penthouse』を制作していた。Lunaは元Galaxie 500のDean Warehamを中心に結成され、激しく歪ませたギターで押し切る当時のオルタナティブ・ロックとは少し違い、The Velvet Undergroundを思わせる反復的な演奏や、淡々とした歌声を特徴としていた。
『Penthouse』はニューヨークのSorcerer Soundで録音され、Patrick McCarthyがプロデュースとエンジニアリングに参加した。アルバム本編にはTelevisionのTom Verlaineもゲスト参加しており、ニューヨークのギターロックの歴史とLunaの音楽が直接つながる作品でもあった。
「Bonnie and Clyde」にはStereolabのLætitia Sadierが参加している。フランス生まれのSadierの抑制された歌声はGainsbourg作品との相性がよく、Warehamの平坦で少し気だるい声と並ぶことで、原曲とは別の男女の距離感が生まれた。二人とも感情を大きく演じないため、歌詞にある死や暴力がかえって不穏に聞こえる。
同じ曲を「Clyde Barrow Version」と「Bonnie Parker Version」という二つの形で発表したことも面白い。人物の名前を付けた二つの演奏は単なる別ミックスではなく、速度や楽器の配置が異なる。「Bonnie Parker Version」は特に遅く、Dean WarehamとSadierのデュエットやJane Scarpantoniのチェロをより前に感じられる作りになっている。
歌詞の抜粋と和訳
“Bonnie and Clyde”
和訳:ボニーとクライド。
この曲では二人の名前そのものが繰り返され、フレーズの中心になる。個人としてのBonnie ParkerとClyde Barrowが、次第に切り離せない一組の名前へ変わっていくところが重要である。
実在した二人についての細かな事実より、「Bonnie and Clyde」という組み合わせ自体が伝説として残っていく。歌の反復は、二人が犯罪者から大衆文化上のキャラクターへ変わっていった過程にも重なって聞こえる。
サウンドと歌詞の考察
Luna版でまず特徴的なのは、犯罪と死を扱っているのに演奏がほとんど興奮しないことだ。逃走劇を題材にした曲なら速いドラムや激しいギターを使うこともできるが、Lunaはそうした方向へ進まない。特にボーカルは落ち着いており、すでに起きた出来事を遠くから眺めているような距離がある。
「Clyde Barrow Version」では、Lunaらしい反復するギターが曲を支える。コードを大きく展開させてドラマを作るというより、同じ感触を保ったまま一定の速度で進んでいく。この反復が、BonnieとClydeが逃げ続ける運命から抜け出せないような感覚を生んでいる。
リズムも重要である。演奏には前へ進む力があるものの、通常のロックのようにサビへ向かって爆発するわけではない。走っているのに目的地へ近づいている感じがしない。この「移動し続けるが、状況は変わらない」という感覚が、追われ続ける二人の物語と自然に重なる。
Dean Warehamの歌声は、感情を強く押し出さない。少し気だるく、言葉を大げさに演じずに置いていくような歌い方である。Clydeを勇敢な英雄として演じることも、残酷な犯罪者として断罪することもしない。この中立に近い温度が、聞き手に物語との距離を考えさせる。
そこへLætitia Sadierの声が加わる。Sadierもドラマチックに歌い上げるタイプではなく、滑らかで平静な声を保っている。男女のデュエットなのに、通常のラブソングにある感情的な掛け合いはほとんどない。二人の声は近くにあるが、互いへ強く感情をぶつけてはいない。
この距離感が、BonnieとClydeという題材にはよく合っている。彼らは後世に「愛し合う犯罪者」というロマンチックなイメージで語られてきたが、実際の物語には強盗、殺人、警察との銃撃戦、そして二人自身の死がある。Luna版は甘い恋愛劇へ寄せすぎず、同時に犯罪映画のような派手さにも寄せない。その中間にある奇妙な冷たさを残している。
一方、「Bonnie Parker Version」ではテンポが落ち、曲の印象が大きく変わる。速い版にあった移動感が弱まり、声と声の間に空間ができる。AllMusicもこの版について、遅く慎重な演奏によってWarehamとSadierのデュエット、そしてチェロが呼吸できる余裕が生まれていると評している。
Jane Scarpantoniによるチェロは、この遅い版の重要な要素である。ギターだけなら乾いたインディーロックとして聞こえるところへ、長く伸びる低い弦の音が加わる。チェロが鳴ることで、物語の最後に待っている死が最初から影を落としているような感覚が強くなる。
二つのバージョンを比べると、同じ歌詞でも速度によって物語の見え方が変わることが分かる。「Clyde Barrow Version」は逃亡している二人の動きを感じさせ、「Bonnie Parker Version」は逃亡の先にある結末を振り返っているように聞こえる。人物名をそれぞれのバージョン名にしたことも、この違いを意識させる。
Lunaがこの曲をカバーしたことは、バンドの音楽的な性格を考えるうえでも興味深い。彼らはロックの歴史から曲を選び、そのまま再現するより、自分たちの乾いたギターと低い温度へ引き寄せるカバーをたびたび録音してきた。「Bonnie and Clyde」でも、Gainsbourg作品の映画的な雰囲気を残しながら、1990年代ニューヨークのインディーロックとして違和感なく成立させている。
その結果、このカバーでは「犯罪者カップルの格好よさ」だけが前面に出ない。反復する演奏と感情を抑えた男女の声によって、二人が自分たちの伝説から抜け出せなくなっているようにも聞こえる。ロマンチックでありながら冷たく、洒落ていながら不吉でもある。その相反する感覚がLuna版「Bonnie and Clyde」の魅力である。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Chinatown」 by Luna
『Bonnie and Clyde』EPにも収録されたLunaのオリジナル曲。Dean Warehamの力を抜いた歌声と、夜の街を漂うようなギターが特徴で、「Bonnie and Clyde」の都会的で少し距離を置いた雰囲気につながっている。
「23 Minutes in Brussels」 by Luna
『Penthouse』を代表する一曲で、静かな反復からギターの音が次第に大きく広がっていく。「Bonnie and Clyde」より激しいが、同じフレーズを繰り返しながら緊張感を作るLunaの演奏方法がよく分かる。
「Bonnie and Clyde」 by Serge Gainsbourg & Brigitte Bardot
Luna版の出発点となったオリジナル。GainsbourgとBardotの男女の声、反復するリズム、映画のような犯罪者のイメージを聴けば、Lunaが何を残し、何を自分たちの音へ変えたのかが分かりやすい。
「French Disko」 by Stereolab
Lætitia Sadierのボーカルをより強いバンドサウンドの中で聴ける曲。反復するリズムと感情を抑えた声の組み合わせは共通しているが、こちらはオルガンやギターを使ってさらに鋭く前進する。
「Some Kinda Love」 by The Velvet Underground
落ち着いたボーカルと反復するギターによって、派手な展開なしに独特の緊張を作る曲。Lunaのサウンドを理解するうえで重要な比較対象であり、「Bonnie and Clyde」の乾いた演奏にも共通する感触がある。
まとめ
Lunaの「Bonnie and Clyde」は、Serge GainsbourgとBrigitte Bardotによるフランス語のデュエットを、1990年代のインディーロックへ自然に移し替えたカバーである。Dean WarehamとLætitia Sadierは感情を大きく演じず、反復するギターや抑えたリズムの中で、Bonnie ParkerとClyde Barrowの物語を淡々と語っていく。
特に興味深いのは、「Clyde Barrow Version」と「Bonnie Parker Version」という二つの録音が存在することだ。前者では逃亡を続けるような前進感があり、より遅い後者ではチェロと声の間に空間が生まれ、死へ向かう物語の陰が濃くなる。同じ歌詞でも、演奏速度と音の密度によって見える風景が変わっている。
原曲にあった犯罪者カップルのロマンを残しながら、それを必要以上に劇的にはしない。むしろLunaらしい冷静な演奏によって、愛し合う二人と、暴力によって伝説になった二人という矛盾をそのまま聞かせる。カバー曲を自分たちのサウンドへ引き寄せるLunaの巧さが、よく表れた録音である。
参照元
- AllMusic『Bonnie and Clyde』
- Apple Music「Bonnie and Clyde (Clyde Barrow Version)」
- Apple Music「Bonnie and Clyde (Bonnie Parker Version)」
- Rhino Records『Lunafied』
- Full of Wishes「Bonnie and Clyde by Serge Gainsbourg and Brigitte Bardot (covered by Luna)」

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