
発売日:1991年5月14日
ジャンル:Neo-Psychedelia / Alternative Rock / Noise Rock
概要
Yerself Is Steamは、Mercury Revが1991年に発表したデビューアルバムである。ニューヨーク州バッファロー周辺で結成された彼らは、Jonathan Donahue、Sean “Grasshopper” Mackowiak、David Bakerらを中心に、ロックバンドの演奏へノイズ、サイケデリア、テープ操作などを大量に持ち込んだ。本作で聞けるのは、後のDeserter’s Songsで知られる繊細でオーケストラ的なMercury Revとはかなり異なる姿であり、美しい旋律と耳を圧迫する騒音がほとんど整理されないまま同居している。
当時DonahueはThe Flaming Lipsにも参加しており、両バンドには轟音のギターとサイケデリックな音響という共通点があった。ただしYerself Is Steamでは、楽曲を整ったポップソングへ収束させるより、演奏が途中で膨張したり崩れたりする過程そのものが重視される。ギター、フルート、電子音、声、効果音が突然前へ飛び出し、静かな部分でも次に何が起こるのか分からない緊張が続く。
その混沌の中心にあるDavid Bakerのボーカルも特徴的だ。端正にメロディを歌うより、つぶやき、叫び、歪んだ声を使い分け、楽器と一緒に音の渦へ巻き込まれていく。一方で、その下には意外なほど甘いメロディや牧歌的な響きが隠されている。ノイズロック、サイケデリックロック、ドリームポップがまだ明確に分離されていないような音であり、1990年代初頭のアメリカン・オルタナティブの中でも特に予測不能なデビュー作である。
全曲レビュー
1. 「Chasing a Bee」
柔らかなギターとフルートが漂う導入から始まり、やがて歪んだ音が周囲を覆っていく。旋律だけを追えば穏やかなサイケデリックポップだが、楽器の音量や距離が不意に変わるため、安定した場所に立っている感覚がない。Bakerの声も半ば眠っているような響きから荒々しい叫びへ移り、美しさと不安を一曲の中で往復する。Mercury Rev初期の特徴である「きれいな歌をノイズで壊し、そのノイズの中から再び歌を見せる」という方法を最初から提示している。
2. 「Syringe Mouth」
前曲の幻想的な広がりから一転し、ざらついたギターと落ち着かないリズムが前面に出る。Bakerのボーカルも歌詞を丁寧に届けるより、演奏へ言葉を投げつけるような調子で、声自体がノイズの一部になる。各楽器が同じ方向へきれいに揃うのではなく、それぞれ別の動きをしながら偶然衝突しているように聞こえるのが面白い。短い尺の中でアルバムの攻撃的な側面を凝縮し、前後の長い曲との落差を作っている。
3. 「Coney Island Cyclone」
遊園地のローラーコースターと同じ名前を持つ曲で、その題名に似合って速度と音の密度が目まぐるしく変化する。ギターはコードの輪郭を保ったまま鳴るというより、歪みや残響によって巨大な塊となり、ドラムがその中を強引に前へ進む。静かな瞬間から突然大きな音へ移るため、単純な疾走感ではなく、上昇と落下を繰り返すような聴感がある。スタジオ加工とバンドの荒い演奏を区別せず、一つのサイケデリックな体験へまとめた曲だ。
4. 「Blue and Black」
アルバム前半の中では比較的ゆっくりとした呼吸を持ち、旋律の美しさが見えやすい。青と黒という色彩的なタイトルに似て、ギターや声も明暗の境界を漂い、明るいコードが現れてもすぐに不穏な音が入り込む。Bakerは叫びを抑えて歌のメロディを前へ出すため、後年のMercury Revにつながる叙情性を早い段階で感じられる。ただし音響はまだ整然とはしておらず、穏やかな景色の周囲で機械や楽器が軋んでいるような奇妙さが残る。
5. 「Sweet Oddysee of a Cancer Cell t’ th’ Center of Yer Heart」
長いタイトルにふさわしく、一つのポップソングというより複数の状態を通過していく小旅行のような曲である。身体内部を進む細胞という奇妙なイメージを掲げ、細かな音から大きなノイズまでを行き来しながら、距離感を次々に変えていく。楽器の役割も固定されず、背景だった音が突然前景へ出るため、聴き手の注意が絶えず動かされる。アルバムの実験性が特に露出した曲であり、後半へ進む前に「曲の形」そのものを一度緩める役割を果たす。
6. 「Frittering」
ゆっくり反復されるギターを中心に、時間の感覚を引き延ばしていく長編曲。序盤では音数が少なく、Bakerの声も遠くから聞こえるが、同じ素材を保ったまま少しずつノイズと楽器を積み重ねるため、気づいたときには巨大な音の中へ入り込んでいる。急激な場面転換より、反復が徐々に別の状態へ変質していく過程を聞かせるところが重要だ。轟音を瞬間的な衝撃ではなく持続する空間として使い、アルバム後半の中心となる没入感を作っている。
7. 「Continuous Trucks and Thunder Under a Mother’s Smile」
題名が示す「母親の微笑みの下で鳴り続けるトラックと雷」という組み合わせそのものが、Mercury Revの美学をよく表している。穏やかさを感じさせる要素と騒音が同時に存在し、どちらか一方がもう一方を完全には消さない。ギターや効果音は巨大な背景を作る一方、旋律には子守歌のような柔らかさが残る。ノイズを美しい部分への妨害として使うのではなく、美しさを成立させる材料として扱っている点で、本作の考え方が最も分かりやすく現れた曲の一つである。
8. 「Very Sleepy Rivers」
最終曲は長い時間を使い、アルバムを明確な結論へ導くのではなく、意識が徐々に別の場所へ移っていくように進む。静かな音の反復、遠くに配置された声、突然入り込む異質な響きが重なり、通常のロックソングにあるヴァースとサビの感覚はほとんど薄れていく。タイトル通り眠りへ近づくような遅さを持つ一方、完全に安心できるアンビエントにはならず、奥では常に不穏な音が動いている。騒々しさと夢見心地を分離できないまま、アルバムそのものが遠ざかっていくようなクロージングである。
総評
Yerself Is Steamの面白さは、ポップなメロディとノイズを対立する要素として扱っていないことにある。普通なら歌を聞かせる部分では楽器を抑え、激しい部分では歌も力を増すところだが、Mercury Revはその関係を頻繁に崩す。優しい旋律の背後で巨大なギターが鳴ったり、演奏が静かになったところへ奇妙な効果音が現れたりする。そのため聴き手は「次はサビが来る」といった通常の予測だけでは曲を追えない。
それでも作品が完全な即興やノイズへ崩れないのは、中心に旋律への強い関心があるからだ。「Chasing a Bee」や「Blue and Black」では、過剰な音響を取り除けばかなり素朴な歌が見えてくる。「Frittering」のような長い曲でも、限られた音型を反復することで最低限の足場を保っている。このメロディと混沌の綱引きが、単純なノイズロックともドリームポップとも違う本作の感触を生んでいる。
David Bakerの存在も初期Mercury Revを理解するうえで欠かせない。後年のJonathan Donahueを中心とする繊細な歌世界とは違い、Bakerの声は美しい演奏の中へ異物を投げ込むように機能する。叫びやつぶやきを含む不安定な歌唱によって、牧歌的な旋律が甘い幻想だけに閉じることを防いでいる。一方、音の情報量が非常に多く、長い曲では構成そのものが曖昧になるため、明快なフックを求める聴き方にはかなり抵抗のある作品でもある。
後のMercury Revはメンバーの変化を経ながら、このアルバムにある「現実離れした音響と美しいメロディ」という組み合わせを徐々に整理していく。やがてDeserter’s Songsではオーケストラ的な楽器まで使った精密なポップへ到達するが、その遠い原型はすでにここにある。Yerself Is Steamは完成された様式を提示した作品というより、バンドが制御しきれないほど多くのアイデアを一度に鳴らしたデビュー作であり、その危うさ自体が後の作品では得られない魅力になっている。
おすすめアルバム
Boces by Mercury Rev
1993年の2作目で、デビュー作のノイズ、サイケデリア、甘い旋律をさらに過密な音へ発展させている。David Baker在籍期の混沌としたMercury Revを続けて聴くなら、最も直接的につながる作品である。
Deserter’s Songs by Mercury Rev
1998年に発表されたバンドの大きな転換作。Yerself Is Steamに隠れていた牧歌的なメロディを前面へ出し、ストリングスや管楽器を用いた精密な音響へ変えており、7年間の変化を比較すると興味深い。
In a Priest Driven Ambulance by The Flaming Lips
Jonathan Donahueも参加した1990年作。荒々しいギター、サイケデリックな音響、奇妙さの奥にあるポップメロディという点で、初期Mercury Revと非常に近い時代の空気を共有している。
Isn’t Anything by My Bloody Valentine
甘い男女ボーカルを巨大なギターノイズの中へ沈め、美しさと騒音を同時に成立させた作品。Mercury Revとはリズムや曲構成が異なるが、ノイズを旋律の敵ではなく質感として使う発想に共通点がある。
Perfect Prescription by Spacemen 3
反復するフレーズとサイケデリックなギターによって、静けさから圧倒的な音響までを長い時間で行き来する作品。Yerself Is Steamほど混沌とはしていないが、単純な反復から恍惚とノイズを作り出す方法をたどることができる。

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