1. 歌詞の概要
「What I Want」は、アメリカ・ロサンゼルス出身のクィア・ポップバンドMUNAが2022年にリリースしたセルフタイトルの3rdアルバム『MUNA』に収録された楽曲であり、「自分が本当に望んでいるもの」を正面から宣言する、解放と自己肯定のアンセムである。
ダンサブルでシンセに彩られた高揚感のあるトラックのなかで、語り手は「私は望んでいるものを望んでいい」と繰り返し言い聞かせる。その欲望は自己実現でも恋愛でも性的快楽でもかまわない——重要なのは、自分が何かを「欲している」と言えることなのだ。
この曲では、「もっと慎ましくあれ」「傷つかないように生きろ」といった社会的規範を振り払い、まるで夜のフロアに身を委ねるようにして、解放感と快楽への権利を祝福する。
それはポップソングの皮をかぶった、極めてパーソナルで政治的なステートメントである。
2. 歌詞のバックグラウンド
MUNAは、Katie Gavin(Vo)、Josette Maskin(Gt)、Naomi McPherson(Gt/Syn)による3人組で、全員がクィアであることを公言しているバンドとしても知られる。バンドの3作目にあたるこのセルフタイトルアルバム『MUNA』は、よりポップに、より大胆に、そして何より自由に自分たちのアイデンティティを祝福する作品として作られた。
「What I Want」はその中でも象徴的な一曲であり、Katie Gavinはこの曲を「自分自身への開放状のようなもの」と語っている。彼女は、自分が何かを“欲する”ことに対してこれまで感じていた罪悪感や自己制限を取り払い、「自分のための歓び、自分のための選択」を肯定したいという思いを込めてこの曲を書いた。
LGBTQ+コミュニティにおいて、“欲望”というテーマは時にタブー視されると同時に、解放のキーワードにもなる。その両義性のなかで、MUNAはここで、愛も、快楽も、自己決定も“選んでいい”と高らかに宣言している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I want the fireworks
I want the chemistry
I want that girl right over there to want me
私は花火が欲しい
化学反応みたいな熱も欲しい
あの向こうにいる彼女に、私を欲してほしい
I want the love
I want the rage
I want to feel like I’m burning at both ends
愛が欲しい
怒りも欲しい
両端から燃えてるような感情を抱きしめたい
It’s what I want
It’s what I want
It’s what I want
それが私の望み
それが、私が欲しいもの
I’ve spent too, too many years not knowing what
What I wanted, how to get it, how to live it
私はあまりにも長く
何を欲してるのかも分からずに生きてきた
それをどう手に入れるかも、どう生きるかも知らなかった
歌詞引用元:Genius – MUNA “What I Want”
4. 歌詞の考察
「What I Want」が描いているのは、自己決定と自己解放のストーリーである。とりわけ女性やクィアとして社会のなかで生きていく中で、欲望を口にすること、選び取ることはしばしば“わがまま”や“奔放”と見なされる。しかしこの曲では、その抑圧に対して明確なNOを突きつける。
“愛されたい”だけでなく、“愛したい”、“怒りたい”、“燃え尽きるように生きたい”——そうした感情の熱さが、軽快なダンスポップのリズムに乗せて語られることで、聴き手の体を自然と動かし、心の内側まで満たしてくる。
「何を欲しているのか分からなかった」という告白には、痛みも込められている。これはただの勝利の歌ではない。そこには、かつて“自分の声を持てなかった過去”への回想がある。そしてその上で、ようやく“選び取る”という行為にたどり着いた語り手は、ようやく「私はこれが欲しい」と堂々と言えるようになったのだ。
MUNAの語りにはいつも、祝福とともに影がある。明るさだけでなく、かつての沈黙や混乱の記憶が層をなして存在している。その深みが、この楽曲を単なるパーティーアンセムではなく、「自分の人生を取り戻す」ための祈りに近づけている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Free Yourself by Jessie Ware
自分を縛っているものを踊りのなかで解放する、ディスコ魂のフェミニズム・アンセム。 - Born This Way by Lady Gaga
セクシュアリティとアイデンティティを祝福する、ポップ史上に残る自己肯定ソング。 - Call Your Girlfriend by Robyn
誠実さと欲望のバランスを、泣きながら踊れるポップチューンに昇華した北欧ポップの名曲。 -
Make Me Feel by Janelle Monáe
セクシュアリティの自由さと感情の爆発を同時に描いた、現代的なバイ・アイコンの代表作。 -
Silk Chiffon by MUNA ft. Phoebe Bridgers
ポップとクィアの歓びを祝福した、MUNAの新しい扉を開いたカラフルな傑作。
6. 欲望を肯定するという、革命的なうた
「What I Want」は、“欲していい”というたったひとことを得るまでに、どれだけの沈黙と自制があったのかを知る者のうたである。これはわがままの歌ではない。むしろ、「私には望む権利がある」と口にすることの難しさと、それを乗り越えたときの歓びが、すべて詰め込まれている。
MUNAはこの曲で、「選ばれる存在」ではなく「自ら選び取る存在」としての自己を描いた。それは全ての人にとっての教訓でもある。「What I Want」は、踊るための曲であると同時に、自分の声を取り戻すための曲でもあるのだ。
「What I Want」は、歓び、欲望、怒り、愛——そのすべてを恥じることなく叫べる自由の中に、ようやくたどり着いた新しい自己肯定のアンセムである。体が動き出す前に、心がほどけていく。MUNAはその解放の瞬間を、音楽という形で届けてくれる。
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