アルバムレビュー：Voyager by Current Joys

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 2021年5月14日
ジャンル: インディーロック、ローファイ、シンセポップ、エクスペリメンタル

概要
全曲レビュー
総評
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歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Voyager』は、Current Joysことニック・ラスプーリ（Nick Rattigan）による通算7作目のスタジオ・アルバムであり、
それまでの内省的でローファイな弾き語りスタイルから、よりスケールの大きい音楽表現へと飛躍した作品である。

アルバムタイトルの「Voyager（航海者）」は、ニック自身が体験してきた人生・感情・創作の旅路を象徴しており、
彼の音楽的“宇宙”が大きく広がったことを意味する命名でもある。

この作品では、ローファイ・フォークの静けさに加え、シンセウェイブ、ニューウェイブ、アートロック、ポストパンクといった
より広範なジャンルを飲み込みつつ、映画音楽のようなドラマ性と多層的な音響構成を持ったサウンドへと変貌を遂げている。
また、ニック自身が手がけた映画的なMV群とも連動しており、
視覚と聴覚の両方を使った“人生の映像詩”として構築された作品である。

全曲レビュー

1. Dancer in the Dark

冒頭を飾るダークでシンセ主導のナンバー。
タイトルはラース・フォン・トリアー監督の映画を想起させ、
孤独の中で踊る者＝自分自身の姿を重ねている。
サウンドはまるでポストパンク期のDavid Bowieを彷彿とさせる。

2. American Honey

暖かくも切ないメロディと語りかけるようなボーカル。
“アメリカの蜂蜜”という比喩は、甘くて痛い郷愁や文化的な曖昧さを象徴している。
アメリカーナ的情景と個人の記憶が重なり合う一曲。

3. Naked

不安定なシンセとドライなドラムが、裸＝むき出しの自己を静かに描写する。
歌詞では自己否定と他者への依存が交錯し、愛と破壊の境界線がにじむ。

4. Altered States

実験的なビートと重たいベースライン。
タイトルが示すように、意識変容や感情の揺れ動きをテーマにしており、
曲自体がまるで一種の幻覚体験のような構成になっている。

5. Breaking the Waves

優しく包み込むようなスローバラード。
“波を壊す”という表現には、感情の圧力に抗う意志が宿る。
繊細なストリングスと静かなピアノが印象的で、アルバム中でも特に美しい瞬間のひとつ。

6. Big Star

伝説的バンド“Big Star”を冠したこの曲は、明らかにロック神話と自分との距離感をテーマとしている。
夢を追う者の孤独、そして現実との折り合いを、ラフでダウナーなギターが彩る。

8. Amateur

自分を“アマチュア”と名乗ることで、完璧であることへの抵抗と、未完成であることの美を語る。
メロディはポップだが、ボーカルの裏にある切実さが胸を打つ。

10. Something Real

本作のエモーショナルな核とも言える一曲。
“本物の何か”を求め続ける声が、喪失や不安と闘いながら響き渡る。
ギターの重なりとドラマティックな展開が、まるで最終章のような余韻を残す。

13. Voyager pt. 2

ラストを飾るインストゥルメンタル・トラック。
アルバム全体のテーマである“旅”を締めくくる、宇宙的スケールのアンビエント作品。
言葉を使わずに感情を語る、ニックの作曲家としての成熟を感じさせるフィナーレである。

総評

『Voyager』は、**Current Joysが自己の殻を破り、内的世界から外部宇宙へと飛び出した“音の転機”**である。
これまでのようなローファイな個人の痛みだけでなく、
社会、映像、物語性といった広い枠組みを音楽に統合する試みが見られ、
それはまさに“航海”というテーマにふさわしい表現の拡張となっている。

その一方で、ニックの脆さ、憂鬱、そして感情の透明さは失われていない。
むしろ音楽のスケールが大きくなったことで、それらはよりくっきりと浮かび上がる。
彼の声は今や“ひとりの青年の心の記録”ではなく、
時代に生きるすべての感受性の鋭い人々への共振となっているのだ。