1. 歌詞の概要
「Twin Plagues」は、アメリカ・ノースカロライナ州アシュビルのインディーロック・バンド、Wednesdayが2021年に発表したセカンド・アルバム『Twin Plagues』のタイトル曲であり、痛みと愛情、喪失と衝動が並走する、深い感情の井戸のような楽曲である。
タイトルの“Twin Plagues（二つの疫病）”は、比喩的な意味で用いられており、人生を蝕む2つの病——たとえば愛と自己否定、過去と現在、依存と孤独、希望と幻滅——といった二重性を象徴している。歌詞は断片的かつ詩的なイメージで構成されており、カーリー・ハーツマン（Karly Hartzman）の語りはどこまでも個人的で、どこか夢遊病的でもある。
本楽曲は、愛しているのに壊れてしまう関係や、自分自身の壊れやすさをどう受け入れるかという問いを投げかけるように進行する。そして、その苦しみは爆発するのではなく、むしろ静かに、じわじわと広がっていく。Wednesday特有の轟音ギターと耽美的なボーカルのコントラストが、リスナーを感情の深層へと引き込んでいく作品だ。
2. 歌詞のバックグラウンド
アルバム『Twin Plagues』は、パンデミック以降の世界と個人的な痛みの重なりのなかで制作され、2020年の隔離と混乱の感覚が作品全体に影を落としている。とくにタイトル曲は、アルバム全体の象徴的な楽曲として機能しており、「疫病＝外的脅威」と「心の病＝内的崩壊」が交差する、内面の風景と時代の気配を融合させた構造を持っている。
また、Wednesdayのサウンドはこの頃から顕著にシューゲイズやスロウコアの影響を取り入れつつ、カントリーやフォークの物語性とローファイな質感を組み合わせる独自の表現スタイルへと進化しており、「Twin Plagues」はその転換点を象徴する曲でもある。
この曲では、明確な物語は語られない。しかし、不安定な愛、失われた信頼、自己に対する疲弊といった感情が、言葉にならない“情緒の痕跡”として響き続ける。まさに「歌詞の隙間に、感情が染み出すような歌」なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“You can forget me / Just like everyone else did”
私のことなんて忘れていいよ みんながそうしたようにね
“I know I don’t need to feel like this / But I do”
こんなふうに感じる必要なんてないってわかってる でも感じてしまうんだ
“Don’t say you love me / It’s not enough this time”
「愛してる」なんて言わないで 今の私にはそれだけじゃ足りないの
“I’m sick of waiting / For something to change”
もう待つのはうんざり 何かが変わるのを
“I thought if I got healthy / I could be a different person”
健康になれば 違う自分になれると思ってた
歌詞引用元：Genius – Wednesday “Twin Plagues”
4. 歌詞の考察
「Twin Plagues」の歌詞は、自己否定と自己回復のジレンマを鋭く突き刺す。たとえば、「健康になれば、違う自分になれると思ってた」というラインには、“病気＝現状”で、“健康＝理想”という社会の押し付けた構造を内面化しすぎた語り手の葛藤が見てとれる。
しかし、その幻想はすぐに打ち砕かれる。「違う自分」にはなれなかったし、愛を語られても信じられない。つまりここで描かれているのは、自分自身と世界の両方に対する根源的な信頼の欠如であり、それは現代を生きる多くの若者の共通した感覚でもある。
「Don’t say you love me / It’s not enough this time」というフレーズは、愛を信じたいが信じられない、という感情の断絶を如実に表現しており、それでも「愛されたい」「誰かに理解されたい」と願っていることが逆説的に浮かび上がってくる。
音楽的にも、この曲は終始“くぐもった悲しみ”のなかにあり、爆発することなくただ沈んでいく。それがかえって、**感情が蓄積されたまま浮上しない“水底の痛み”**として深く心に残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Savior Complex by Phoebe Bridgers
自己破壊的な恋愛感情とその静けさが共鳴する、精緻な心理描写のバラード。 - Glass House by Screaming Females
愛と自己崩壊をパワフルに歌い上げた、フェミニズム・パンクの逸品。 - Masterpiece by Big Thief
破壊的な関係の中に見える美しさと暴力性の同居が、「Twin Plagues」とリンクする。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
繰り返しと矛盾のなかに生きる人間のリアルな感情を描いた、エモーショナルな名曲。
6. “二つの疫病”という生きづらさの寓話
「Twin Plagues」は、単なる恋愛の痛みを超えて、現代に生きる人間の“感情の不安定さそのもの”を描いた寓話である。二つの疫病とは、きっと“生きていること”と“感じすぎること”。この二重の苦しみを背負いながら、それでも誰かに愛されたいと思う、その矛盾と真実が、カーリー・ハーツマンの声には宿っている。
この曲は、悲しみを声高に訴えたり、美しく昇華したりはしない。そのかわり、日常に潜む崩壊と、見えない希望の不在を、音としてただそこに“置いて”いる。それゆえに、この曲は多くを語らず、しかし深く響く。
「Twin Plagues」は、誰にも見せられない心の奥底にある“二つの痛み”を、音としてそっと提示する。誰かに癒されるのではなく、ただ分かってもらいたい——そんな声が、ギターの残響のなかで消えていく。
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