発売日: 1992年7月6日
ジャンル: インディー・ロック、マッドチェスター、サイケデリック・ポップ
概要
『Turns into Stone』は、The Stone Rosesが1992年に発表した編集アルバムであり、デビュー・アルバム『The Stone Roses』(1989年)とセカンド・アルバム『Second Coming』(1994年)を繋ぐ“空白の時代”を埋める、極めて重要な補完作品である。
このアルバムには、1988年〜1990年にリリースされたシングルやB面、EP収録曲がまとめられており、名曲「Fools Gold」「What the World Is Waiting For」などの単独シングルや、ファンの間で評価の高い“非アルバム曲”が一挙に揃っている。
バンドは1989年のブレイク後、レーベルとの法的トラブルによりアルバム制作が遅延し、長期間の沈黙を余儀なくされた。その間に発表されたシングルやリミックス群をまとめた本作は、まさにその空白を“石に変える”ような記録であり、タイトルの『Turns into Stone』もそれを象徴している。
この作品を聴くことで、The Stone Rosesというバンドがいかにして進化し、また周囲の期待に押し潰されつつあったか、その過程を音楽的に追体験することができる。
全曲レビュー
1. Elephant Stone
陽気なビートと幻想的なギターが印象的な、The Stone Roses初期の代表曲。
ラブソングのようでありながら、インド哲学的なモチーフも感じられ、バンドの多層的な美学が垣間見える。
2. The Hardest Thing in the World
軽快なリズムと甘酸っぱいメロディが際立つ佳曲。
ラブソングとしても聴けるが、どこかメランコリックで“うまくいかない関係”を想起させる。
3. Going Down
柔らかくアコースティックな響きに包まれた1曲。
陽だまりのような温かさと、青春の揺らぎを同時に感じさせる優しいポップチューン。
4. Mersey Paradise
リヴァプールにほど近いMersey川をタイトルにしたトラック。
明快なギターと跳ねるリズムは、バンドがいかに“踊れるロック”を志向していたかを示している。
5. Standing Here
「I’m standing here waiting for you」と繰り返されるフレーズが印象的。
恋愛の切なさと期待が、サイケデリックなサウンドスケープのなかで溶け合う。
6. Where Angels Play
ドリーミーなコード進行と耽美的なギターが美しい。
天使が舞う場所——というタイトルにふさわしい幻想的なムードが漂う。
7. Simone
インストゥルメンタルに近い実験曲。
反復とミニマリズムが主導する構成で、初期Stone Rosesの未完成な野心が感じられる。
8. Fools Gold
言わずと知れた彼らの代表曲のひとつ。
長尺のファンク・グルーヴとアシッド・ハウスの感覚を融合させ、マンチェスターのダンスカルチャーとロックを接続した革命的な一曲である。
ギターとパーカッションの絡みは、もはや催眠的ですらある。
9. What the World Is Waiting For
「世界が待ち望んでいるもの」というタイトルとは裏腹に、ニヒリスティックな皮肉を込めた歌詞が魅力。
カラフルなギターと揺らめくベースラインが、軽快な中にも影を感じさせる。
10. One Love
“愛”という抽象概念を、サイケデリックかつダンサブルに表現したナンバー。
構成は比較的シンプルだが、反復の中に陶酔を誘う要素が詰まっている。
11. Something’s Burning
アルバムのラストを飾る、内省的かつ実験的な1曲。
ゆったりとしたテンポ、煙るようなギター、崩壊寸前のバンドの空気感がにじみ出ている。
総評
『Turns into Stone』は、単なる編集盤ではなく、The Stone Rosesというバンドの“もうひとつの正史”である。
デビュー・アルバムで世界を驚かせた彼らは、セカンド・アルバム完成までの空白期間において、シングルという形で自由に音楽的探求を続けていた。その断片をまとめた本作は、むしろアルバムというフォーマットを超えた連作短編集のようでもある。
特に「Fools Gold」や「What the World Is Waiting For」といった作品群は、シューゲイザーやブリットポップとは異なる、マッドチェスターという一時代の感性を体現している。
このアルバムを通して浮かび上がるのは、音楽業界に翻弄されながらも、自らの美学と感覚を信じて突き進んだバンドの姿である。
今なお、この作品群は“過渡期の煌めき”として輝きを失わない。
おすすめアルバム
- Happy Mondays / Bummed
同時代のマンチェスター・サウンド。グルーヴと退廃が魅力の作品。 - New Order / Technique
エレクトロニックとロックの融合。マッドチェスターの前夜的名盤。 - The Charlatans / Some Friendly
The Stone Rosesの系譜に連なる、鍵盤とグルーヴが特徴的なデビュー作。 - Inspiral Carpets / Life
オルガン・サウンドとガレージロックの融合によるアシッドな一枚。 -
Ride / Smile
同時期のEP集でありながら、統一感と強度を持つ。編集盤という点で好対照。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Turns into Stone』は、Silvertone Recordsによってバンドの意思とは独立してリリースされた編集盤であり、当時のレーベルとの対立を象徴するリリースでもあった。
一方で、John Leckieによるプロデュースが多数収録曲に関与しており、その高品質な音響処理が現在でも聴き応えのあるミックスを提供している。
タイトルは、彼らの“動かぬ遺産”が石に変わる、という意味ともとれ、活動停止状態にあった当時のバンド状況を暗示していたとも言える。
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