1. 歌詞の概要
The Stone Rosesの「I Wanna Be Adored」は、1989年にリリースされた彼らのデビュー・アルバム『The Stone Roses』のオープニング・トラックとして収録されている。タイトルが語るように、この楽曲の主題は「崇拝されたい」「愛されたい」という極めてシンプルかつ本能的な欲求だ。しかし、その欲望はただの甘えや願望ではなく、自己の存在価値を問う鋭利な問いとして響いてくる。
歌詞は非常にミニマルで、繰り返しによって構成されている。冒頭の「I don’t have to sell my soul / He’s already in me(魂を売る必要はない/彼はもう僕の中にいる)」というフレーズは、神・悪魔・欲望・音楽といった象徴が混じり合った曖昧なイメージを喚起し、続く「I wanna be adored(僕は崇拝されたい)」という一言に強烈な印象を与える。
この曲の力は、歌詞の少なさにある。少ない言葉が繰り返されることで、むしろ聴き手の中に深い問いや感情を呼び起こす。それはまるで、都市の中で孤独に立ち尽くす若者の内なる叫びのようであり、世俗と宗教、肉体と霊性の狭間で揺れるような感覚を抱かせる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I Wanna Be Adored」は、The Stone Rosesの代表曲であり、彼らの登場そのものを象徴するような楽曲である。マンチェスターで結成された彼らは、80年代末の英国音楽シーンに“セカンド・サマー・オブ・ラヴ”と呼ばれるサイケデリックな風潮とアシッド・ハウス的感性を持ち込み、ギター・ロックとダンス・カルチャーの交差点に立ったバンドだった。
この曲は、ライブでも常にセットリストの冒頭を飾ることが多く、文字通り“始まりの歌”としての役割を担ってきた。イントロは長く、ゆっくりとしたビルドアップが特徴的で、まるで地平線の彼方から何かが近づいてくるような緊張感と高揚感を作り出す。この劇的な始まり方は、彼らの美学そのものであり、The Stone Rosesがただのギター・バンドではなく、音楽と神話をつなぐ装置として機能していたことを物語っている。
また、イアン・ブラウンの無機質で淡々としたボーカル、ジョン・スクワイアのうねるようなギター・リフ、そしてマニとレニによるグルーヴィなリズム隊が一体となり、「I Wanna Be Adored」はスピリチュアルで肉体的、そして抗いがたい中毒性を持つサウンドを形成している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の印象的なフレーズを紹介する。
I don’t have to sell my soul
僕は魂を売る必要はないHe’s already in me
彼はすでに僕の中にいるI wanna be adored
僕は崇拝されたいI wanna be adored
僕は愛されたいんだ
※ 歌詞の引用元:Genius – I Wanna Be Adored by The Stone Roses
この繰り返しは、単なる願望の表明ではなく、反復されることで呪文のような響きを帯びる。宗教的な語彙(soul, he)が登場することで、自己と他者、肉体と信仰、個の存在と世界への承認という多層的な意味が重なっていく。
4. 歌詞の考察
「I Wanna Be Adored」は、ロックにおけるナルシシズムと精神性を同時に扱った楽曲である。主人公は“崇拝されたい”と口にしながらも、同時に「魂を売る必要はない」と宣言する。その矛盾の中に、人間の深層にある承認欲求と自我の対話がある。
この「He(彼)」という代名詞が何を指しているのかは明示されていないが、それが神であれ悪魔であれ、あるいは音楽そのもの、欲望そのものと解釈してもよい。むしろその曖昧さこそがこの曲の核心であり、聴く者の経験や精神状態によって異なる意味を持ち得る。
The Stone Rosesの音楽は、決して説明的ではない。だが「I Wanna Be Adored」は、言葉以上の感情を音と構造で語っている。イントロの長さ、ビートの緩やかな成長、ギターの螺旋、そして最小限の歌詞が繰り返されることで、聴き手は無意識のうちにこの“欲望のマントラ”に巻き込まれていくのだ。
この楽曲の根底にあるのは、“存在の証明”という根源的な問いである。それは単に「有名になりたい」「人気が欲しい」といった表層的な欲求ではなく、“誰かに必要とされたい”“この世界で何者かでありたい”という、誰しもが抱える普遍的な希求のかたちなのだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- She Bangs the Drums by The Stone Roses
より明快でポップな旋律を持ちながらも、同じく愛と存在をめぐるリリックが魅力。 - Fools Gold by The Stone Roses
11分に及ぶサイケデリック・グルーヴ。音とリズムでトランス状態に誘う代表曲。 - There Is a Light That Never Goes Out by The Smiths
承認欲求と愛の葛藤を詩的に描いた、80年代UKの名バラード。 - Soon by My Bloody Valentine
夢の中を漂うような音響と反復構造が、「I Wanna Be Adored」と通じ合う。 - Come Home by James
同時代マンチェスター・シーンからの一曲。混沌と欲望のなかに漂う感情を描く。
6. 「崇拝されたい」という名の呪文:UKロックの神話性
「I Wanna Be Adored」は、The Stone Rosesというバンドそのものの美学と姿勢を象徴する一曲であり、マンチェスター・ムーヴメントの核心にある“神話性”を体現している。この曲には、単なる若者の叫びではなく、時代の空気、都市の孤独、そして音楽という魔法の力への信仰が封じ込められている。
アルバム『The Stone Roses』の1曲目にこの曲を配置したことの意味は決して小さくない。それはまるで、聴く者を儀式の場に招き入れる序章であり、扉のような楽曲である。ここで“崇拝”が告げられることによって、以後の全曲が、その欲望と対峙する試みとなっていく。
そして今なお、「I Wanna Be Adored」は多くの人の心をつかみ続けている。それはこの楽曲が、私たちのもっとも深い場所にある感情に触れてくるからだ。「僕は崇拝されたい」――それは誰かが叫びたくても叫べない願いであり、The Stone Rosesはその言葉を永遠のリフレインとして刻み込んだのだ。
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