
発売日:1974年2月
ジャンル:ハードロック、ブルース・ロック、ブギー・ロック、ソウル・ロック、R&Bロック
概要
Humble Pieの『Thunderbox』は、1970年代前半の英国ハードロック/ブルース・ロックが、アメリカ南部のR&B、ソウル、ブギー、ゴスペル的な熱量と深く結びついていく過程を示す作品である。Humble Pieは、Small Faces出身のSteve Marriott、The Herd出身のPeter Frampton、Spooky ToothのGreg Ridley、そしてドラマーのJerry Shirleyによって結成されたバンドであり、1969年のデビュー以降、英国ロックの中でも特にアメリカン・ルーツ・ミュージックへの傾倒が強いグループとして発展した。初期にはアコースティックなフォーク・ロックやブルースを含んでいたが、やがてMarriottの圧倒的なヴォーカルと、重量感あるギター・サウンドを軸に、骨太なライヴ・ロック・バンドとして評価を高めていく。
『Thunderbox』は、Peter Frampton脱退後、Clem Clempsonがギタリストとして定着した時期の作品であり、Humble Pieが1970年代中盤に向けて、よりR&B色、ソウル色、ブギー色を濃くしていった段階に位置するアルバムである。Frampton在籍期のHumble Pieには、ツイン・ギターの華やかさや、英国的なメロディの軽さもあったが、Clempson加入後のバンドは、より重く、より黒っぽく、より汗の匂いがするロックへ向かった。『Smokin’』や『Eat It』で示されたその方向性は、『Thunderbox』でも継続されている。
アルバム・タイトルの「Thunderbox」は、英国俗語で屋外便所を意味することもあり、Humble Pieらしい下世話でユーモラスな感覚を含んでいる。タイトルからして、洗練されたアート・ロックや知的なプログレッシブ・ロックとは対照的である。Humble Pieは、身体性、声量、汗、酒場、ステージ、観客との直接的な熱交換を重視するバンドだった。その意味で『Thunderbox』という題名は、彼らのロック観を端的に示している。気取った芸術ではなく、腹の底から鳴る音、下半身に響くグルーヴ、泥臭い笑いと欲望を含んだ音楽である。
本作は、オリジナル曲とカバー曲が混在している点でもHumble Pieらしい。彼らは自作曲だけで完結する作家主義的なバンドというより、ブルース、R&B、ソウル、ロックンロールの既存曲を、自分たちの演奏力とMarriottの声によって再解釈するバンドでもあった。Ann Peebles、Chuck Berry、The Staple Singers、James Brown周辺を思わせるR&B的感覚が、英国ハードロックの音圧と結びつくことで、Humble Pie特有のソウルフルなロックが生まれている。
Steve Marriottのヴォーカルは、本作でも圧倒的である。彼の声は、白人英国ロック・シンガーの中でも屈指のソウルフルさを持ち、ただ大声で叫ぶだけではなく、R&Bシンガーとしての節回し、ブルース的な粘り、ゴスペル的な高揚を兼ね備えている。MarriottはSmall Faces時代からすでに卓越した歌手だったが、Humble Pieではその声がより荒く、より土臭く、より肉体的に使われている。『Thunderbox』では、彼の声がバンド全体を牽引し、楽曲の粗さや散漫さを力でまとめ上げている。
一方で、本作はHumble Pieの最高傑作として語られることは少ない。一般的には『Performance Rockin’ the Fillmore』や『Smokin’』が代表作として挙げられ、『Thunderbox』はやや過渡期的、あるいは後期の荒削りな作品として位置づけられることが多い。確かに、アルバム全体の統一感や楽曲の完成度という点では、ピーク時の作品に比べてむらがある。しかし、そのむらこそが本作の魅力でもある。スタジオ・アルバムでありながら、ライヴ・バンドとしての粗い呼吸、カバー曲を自分たちのものに変えていく力、Marriottの暴力的なまでの歌唱力がそのまま刻まれている。
1974年という時代背景を考えると、『Thunderbox』は興味深い位置にある。英国ハードロックはすでにLed Zeppelin、Deep Purple、Black Sabbathによって巨大化し、プログレッシブ・ロックも大きな商業的成功を収めていた。一方で、アメリカではファンク、サザン・ロック、ソウル、R&Bがロックとの境界をより柔軟にしていた。Humble Pieは、その中で英国出身でありながら、アメリカン・ルーツへの憧れを過剰なほど前面に出したバンドだった。『Thunderbox』は、その憧れが時に豪快に、時に荒っぽく鳴らされたアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、Humble Pieを単なるハードロック・バンドとしてではなく、ソウルやR&Bを強く吸収したブリティッシュ・ロック・バンドとして理解するうえで重要である。ギター・リフの重さだけではなく、Marriottの声、女性コーラスの使い方、ブギーのリズム、カバー曲の選び方に注目すると、本作の魅力はより立体的に見えてくる。
全曲レビュー
1. Thunderbox
オープニングを飾る表題曲「Thunderbox」は、アルバム全体の荒々しい性格を端的に示す楽曲である。タイトル自体が下世話で、ユーモラスで、Humble Pieらしい肉体的なロック観を象徴している。曲は重いリズムとギターを中心に進み、Steve Marriottのヴォーカルが早い段階から強烈な存在感を放つ。
音楽的には、ハードロックとブギー・ロックが結びついた構成である。ギター・リフは骨太で、ドラムは重く、ベースは楽曲の低い部分をしっかり支えている。Clem Clempsonのギターは、Peter Frampton期の流麗さよりも、より直線的で、ブルース・ロック的な粘りを持つ。Jerry Shirleyのドラムも、派手な技巧よりグルーヴを重視し、楽曲を前へ押し出している。
Marriottの歌唱は、曲の粗野な魅力を最大限に引き出している。彼は単にメロディを歌うのではなく、声そのものを楽器のように使い、叫び、煽り、節を回す。R&Bやゴスペルから受け継いだコール・アンド・レスポンス的な感覚があり、スタジオ録音でありながらライヴ会場の熱気を感じさせる。
歌詞の内容は、深遠な物語というより、タイトルが示す通り、下世話なユーモアと身体的なエネルギーを重視している。Humble Pieにとってロックは、知的な謎解きよりも、身体に直接訴える音楽である。この曲はその姿勢を冒頭で明確に示す。アルバムの導入として、非常にふさわしい一曲である。
2. Groovin’ with Jesus
「Groovin’ with Jesus」は、タイトルからしてゴスペルとロックンロール、宗教的イメージと世俗的なグルーヴが混ざった楽曲である。Humble Pieは、アメリカ南部のソウルやゴスペルに深い影響を受けていたバンドであり、この曲ではその要素が非常に分かりやすく表れている。
音楽的には、重いハードロックというより、ソウル・ロック/ゴスペル・ロックに近い感覚を持つ。リズムは弾み、コーラスは教会音楽的な高揚を思わせる。Marriottのヴォーカルは、説教師のように熱く、聴き手を巻き込む力がある。彼の声には、英国人でありながらアメリカ南部のブラック・ミュージックを深く吸収した独特の熱量がある。
タイトルにある「Jesus」は、厳粛な宗教的対象としてだけでなく、グルーヴの中で共に踊る存在として描かれている。これはゴスペルの世俗化というより、Humble Pieらしい乱暴で陽気な宗教的イメージの使い方である。救済は静かな祈りではなく、身体を動かし、声を上げ、バンドと共に盛り上がることの中にある。
本曲は、Humble Pieの音楽が単なるブルース・ロックやハードロックに留まらないことを示している。彼らは黒人音楽の精神性と肉体性を、自分たちのロックに取り込もうとしていた。「Groovin’ with Jesus」は、その試みがストレートに表れた楽曲である。
3. I Can’t Stand the Rain
「I Can’t Stand the Rain」は、Ann Peeblesの名曲のカバーであり、『Thunderbox』の中でも特に重要な楽曲である。原曲はHi Records系の南部ソウルを代表する名曲で、雨音を失恋や記憶の痛みと結びつけた深い情感を持つ。Humble Pieはこの曲を、よりロック的で重いサウンドに変換している。
原曲の持つしなやかなソウル感覚に対し、Humble Pie版はギターとドラムの圧力が強い。Marriottのヴォーカルは、Ann Peeblesの繊細で抑制された表現とは異なり、より激しく、声を張り上げる形で痛みを表現する。これは原曲のニュアンスを完全に再現するカバーではなく、Humble Pieというバンドの体質に合わせた再解釈である。
歌詞のテーマは、雨が過去の恋愛を思い出させることへの苦痛である。雨は自然現象であると同時に、記憶を呼び戻す装置として機能している。失われた相手、空っぽの部屋、かつての親密さ。Marriottの歌唱は、その痛みを繊細に内側へ沈めるのではなく、外へ噴き出させる。ブルース・ロック的な情念が前面に出る。
この曲は、本作におけるHumble Pieのカバー能力を示す代表的な例である。彼らはソウルの名曲を敬意を持って扱いつつ、自分たちのハードなサウンドへ引き寄せる。原曲の滑らかな哀愁とは異なるが、Marriottの声によって新たな熱量が与えられている。
4. Anna (Go to Him)
「Anna (Go to Him)」は、Arthur Alexanderの楽曲として知られ、The Beatlesも初期にカバーした名曲である。Humble Pieがこの曲を取り上げることで、彼らがロックンロール、ソウル、R&Bの古典的レパートリーに深く根ざしていたことが分かる。『Thunderbox』の中では、比較的メロディアスで切ない側面を示す楽曲である。
音楽的には、原曲の持つソウル・バラード的な感触を残しつつ、Humble Pieらしいバンド・サウンドで包み込んでいる。Marriottのヴォーカルは非常に情熱的で、相手を手放さざるを得ない男の苦さを強く表現する。彼は激しいロック・ナンバーだけでなく、こうした情感のある曲でも声の力を発揮できるシンガーである。
歌詞では、愛する女性Annaに対し、別の男のもとへ行くことを受け入れる語り手の姿が描かれる。愛しているからこそ手放す、というテーマは古典的だが、Marriottが歌うことで、そこに強い未練と痛みが加わる。彼の声には、相手の幸福を願う理性と、自分の喪失を受け入れられない感情が同時にある。
このカバーは、本作の中でHumble Pieのソウルフルな側面を際立たせる。ハードロックの力強さだけでなく、R&Bバラードの情感を自分たちの音に変える力があることを示す一曲である。
5. No Way
「No Way」は、アルバム中盤に置かれたHumble Pieらしい力強いロック・ナンバーである。タイトルの「No Way」は、拒絶、否定、譲らない姿勢を示す言葉であり、曲全体にも頑固なエネルギーがある。Marriottの歌唱とバンドの演奏が、ストレートなロックの圧力を作り出している。
サウンドは、ブルース・ロックとブギーの要素が混ざっている。ギターは太く、リズムは腰が据わっており、曲は余計な装飾をせずに進む。Humble Pieの魅力は、複雑な構成よりも、バンドが一体となってグルーヴを作る力にある。この曲でも、その持ち味がよく出ている。
歌詞では、相手の要求や状況に対して「受け入れられない」と言う姿勢が描かれる。これは恋愛関係の拒絶としても、社会的な反発としても読める。Humble Pieの歌詞は必ずしも文学的な複雑さを持つわけではないが、声と演奏によって感情の直接性を強く伝える。
「No Way」は、アルバム全体の粗野なロック感を支える楽曲である。名曲級の突出した個性というより、Humble Pieというバンドの基本的な筋力を示す一曲である。
6. Rally with Ali
「Rally with Ali」は、タイトルからMuhammad Aliを連想させる楽曲であり、ボクシング、闘争、観客の熱狂、時代のヒーロー像を呼び起こす。Humble Pieの音楽にある肉体性やファイティング・スピリットと非常に相性のよい題材である。
音楽的には、ファンキーなグルーヴとロックの力強さが結びついている。リズムは弾み、バンド全体が前のめりに進む。Marriottのヴォーカルは、観客を煽るような力を持ち、曲はスタジオ録音でありながらライヴ的な雰囲気を帯びている。タイトルにある「Rally」という言葉通り、集団的な高揚を作る曲である。
Muhammad Aliは、単なるスポーツ選手ではなく、1970年代の文化的・政治的象徴でもあった。彼は強さ、反権威、黒人の誇り、言葉の力、ショーマンシップを体現した人物であり、ロック・バンドがその名をタイトルに用いることには、時代の空気が反映されている。Humble Pieは、直接的な政治ソングとしてではなく、Aliの持つエネルギーとカリスマ性をグルーヴとして取り込んでいる。
この曲は、Humble Pieのロックがステージ上の闘技にも近いことを示している。歌い、弾き、叩き、観客を巻き込む。音楽とボクシングの身体的な興奮が重なる一曲である。
7. Don’t Worry, Be Happy
「Don’t Worry, Be Happy」は、後年の同名ヒット曲とは別の文脈で聴くべき楽曲であり、Humble Pieらしいリラックスしたブギー/R&B感覚を持つ。タイトルは「心配するな、楽しくいこう」というシンプルなメッセージを示すが、Humble Pieが演奏すると、それは軽い標語ではなく、酒場的な陽気さと疲労を含んだロックになる。
サウンドは、比較的ゆったりとしたグルーヴを持ち、バンドは肩の力を抜いて演奏している。Marriottの声は、ここでも強い存在感を持つが、過剰に叫ぶよりも、曲のリラックスしたムードに合わせている。バックの演奏には、ブルース・バンドが自然にセッションしているような空気がある。
歌詞は、心配や悩みを一時的に脇へ置き、音楽と共に前へ進むことを促す。これはHumble Pieの音楽観そのものにも通じる。彼らのロックは、人生の問題を理屈で解決するものではなく、声とリズムとグルーヴによって一時的に吹き飛ばすものだ。
この曲は、アルバムに軽さを与える役割を持つ。ただし、その軽さは洗練されたポップの軽さではなく、ブルースやR&Bに根ざした生活感のある軽さである。Humble Pieの土臭い魅力が表れた楽曲である。
8. Ninety-Nine Pounds
「Ninety-Nine Pounds」は、ソウル/R&Bのカバーとして知られる楽曲であり、Humble Pieの黒人音楽への愛着がよく表れている。タイトルは「99ポンド」の女性を指す表現で、軽量でありながら魅力的な相手への賛歌として機能している。古典的なR&Bらしい、身体的でユーモラスなテーマを持つ曲である。
Humble Pie版では、原曲の軽快なR&B感覚が、より太いロック・サウンドへ変換されている。リズムは弾み、ギターは厚く、Marriottのヴォーカルは曲に強い色気と熱を与える。彼はこうしたR&Bナンバーを歌うとき、単に模倣するのではなく、自分の声で強引に引き寄せる。その結果、英国ロックとアメリカ南部ソウルの混合物として独特の迫力が生まれる。
歌詞は、女性の身体的な魅力を軽妙に歌うものであり、現代的な視点では古典的な男性目線のR&Bとして受け取られる部分もある。しかし、当時の音楽文脈では、身体性とユーモアを持ったダンス・ナンバーとして機能していた。Humble Pieはそのノリを重視し、重いロック・バンドの演奏で押し出している。
「Ninety-Nine Pounds」は、『Thunderbox』のカバー曲群の中でも、バンドのR&B志向を分かりやすく示す一曲である。Marriottの声がいかにソウル・ナンバーに向いていたかを再確認できる。
9. Every Single Day
「Every Single Day」は、アルバムの中で比較的落ち着いた表情を持つ楽曲であり、日常性や継続する感情をテーマにしている。タイトルの「毎日」という言葉には、派手な事件ではなく、繰り返しの中にある思いが込められている。Humble Pieのような力強いロック・バンドがこうしたテーマを扱うと、派手さの裏にある生活感が見えてくる。
音楽的には、強烈なハードロックというより、ソウル・ロック寄りのミディアム・ナンバーである。ギターとリズムは控えめに曲を支え、Marriottのヴォーカルが前面に出る。彼の声は、ここでは叫びよりも情感を重視しており、言葉の反復によって日常的な切実さを伝える。
歌詞では、毎日続く思い、相手への感情、あるいは変わらない苦しみが描かれる。ロックには一瞬の爆発を描く曲が多いが、この曲は継続する感情を扱っている。毎日続くからこそ、愛や痛みは重くなる。Marriottの声は、その持続する感情に説得力を与えている。
この曲は、アルバムの中でやや控えめながら、Humble Pieのソウルフルな表現力を支える重要な楽曲である。バンドの粗い魅力だけでなく、情感の深さも示している。
10. No Money Down
「No Money Down」は、Chuck Berryの楽曲として知られるロックンロール・ナンバーであり、Humble Pieが自分たちのルーツに立ち返るようなカバーである。Chuck Berryはロックンロールの基礎を作った存在であり、車、欲望、消費、リズム、言葉遊びを結びつけたソングライターだった。Humble Pieはこの曲を、より太く、よりブギー色の強いサウンドで演奏している。
音楽的には、ロックンロールの基本形を保ちつつ、1970年代ハードロック・バンドらしい重みが加えられている。ギターは豪快で、リズムは弾み、Marriottのヴォーカルは原曲の軽妙さに、より荒々しいエネルギーを注ぐ。Chuck Berryの機知あるロックンロールが、Humble Pieの手にかかると酒場のブギーへ変わる。
歌詞のテーマは、車を手に入れること、金を払わずに欲しいものを得ることへのユーモラスな欲望である。これは1950年代ロックンロールらしい消費社会の夢を歌ったものだが、Humble Pie版ではその夢がより肉体的で騒々しいものになる。
「No Money Down」は、Humble Pieが自分たちの音楽的ルーツを隠さないバンドであったことを示している。彼らは最新のロック表現だけでなく、初期ロックンロールのノリやユーモアを、自分たちの重い音へ変換する力を持っていた。
11. Drift Away
「Drift Away」は、Dobie Grayのヒットで知られる名曲のカバーであり、『Thunderbox』の中でも特に穏やかでメロディアスな感情を持つ楽曲である。原曲は、音楽に身を委ねることで現実から離れていく願望を歌ったソウルフルなナンバーであり、Humble Pieの音楽観とも深く響き合う。
Humble Pie版は、原曲の温かいソウル感を残しつつ、Marriottの強い声によってより濃密なロック・バラードに変えられている。ギターやリズムは過度に重くならず、歌を中心に置いている。Marriottはここで、叫びだけではない歌手としての力量を見せる。彼の声には、疲れ、願い、救いを求める感覚がある。
歌詞では、ロックンロールに身を委ね、自分を遠くへ連れていってほしいという願いが描かれる。これはHumble Pieのようなバンドにとって、非常に本質的なテーマである。音楽は単なる娯楽ではなく、現実の重さから一時的に離れるための手段であり、生き延びるための力である。
「Drift Away」は、本作の中で最も普遍的な感情を持つ楽曲のひとつである。荒々しいブギーや下世話なロックの中に、音楽そのものへの切実な信頼が現れる。Humble Pieのソウルフルな側面が美しく表れたカバーである。
12. Oh La-De-Da
アルバムを締めくくる「Oh La-De-Da」は、The Staple Singersの楽曲を取り上げたものであり、ゴスペル/ソウル的な共同体感覚を持つ終曲である。The Staple Singersは、ゴスペルを基盤にしながら、ソウル、R&B、公民権運動の精神性を持ったグループであり、Humble Pieがその楽曲を演奏することには、彼らの音楽的志向が明確に表れている。
サウンドは、アルバムの最後にふさわしく、明るく、開かれたグルーヴを持つ。Marriottのヴォーカルは、ここでも説教師的な熱を帯び、バックの演奏とコーラスが一体となって、祝祭的な雰囲気を作る。Humble Pieはこの曲を通じて、ロック・バンドでありながら、ゴスペル的な集団の高揚へ接近している。
歌詞は、喜びや解放、共同体の中で声を合わせる感覚を持つ。アルバム全体が、欲望、雨、金、闘争、音楽への逃避を扱ってきた後、この終曲ではより大きな祝祭感へ到達する。これはHumble Pieの音楽の核にある、ステージ上の共同体性を象徴している。
終曲としての「Oh La-De-Da」は、本作を重苦しく終わらせず、ソウルフルな余韻で閉じる。Humble Pieにとってロックとは、最終的には声を張り上げ、身体を揺らし、観客と共に熱を作る音楽である。その姿勢が最後に強く示されている。
総評
『Thunderbox』は、Humble Pieのキャリアの中で、最高傑作として最初に挙げられる作品ではない。しかし、Steve Marriottを中心としたバンドの本質、すなわちハードロック、ブルース、R&B、ソウル、ゴスペルを荒々しく混ぜ合わせる力が、非常に生々しく記録されたアルバムである。整った完成度よりも、グルーヴ、声、熱、カバー曲への愛情、バンドとしての肉体性が前面に出ている。
本作の最大の魅力は、やはりSteve Marriottのヴォーカルである。彼の声は、英国ロックの歴史の中でも特別な存在であり、白人シンガーでありながら、ソウルやR&Bの節回しを単なる模倣ではなく、自分の身体を通じて鳴らすことができた。『Thunderbox』では、彼の声がほとんどすべての曲を支配している。カバー曲であっても、Marriottが歌うことでHumble Pieの楽曲になる。その変換力こそが、バンドの最大の武器である。
Clem Clempsonのギターも本作では重要である。Peter Frampton期の華やかでメロディックなギターとは異なり、Clempsonのプレイはより重く、ブルース寄りで、バンドの土臭い方向性に合っている。Greg RidleyのベースとJerry Shirleyのドラムは、派手な技巧を見せるよりも、太いグルーヴを作ることに徹している。Humble Pieは、個々の楽器が細かく競い合うバンドというより、全員で一つの大きな音の塊を作るバンドである。
アルバム全体としては、オリジナル曲とカバー曲が混在し、統一されたコンセプトや緻密な構成があるわけではない。むしろ、Humble Pieがステージで得意としていたレパートリーをスタジオで並べたような感触がある。そのため、芸術的な完成度を求めるリスナーには散漫に感じられる可能性もある。しかし、Humble Pieの魅力は、まさにその散漫さの中にある。ロックンロール、ソウル、ゴスペル、ブルースを、その場の熱でつなぎ合わせる力である。
歌詞面では、深い文学性よりも、身体、欲望、信仰、逃避、日常の苦さ、音楽への信頼が中心にある。「I Can’t Stand the Rain」や「Drift Away」のようなカバーでは、Humble Pieが自分たちのルーツへの敬意を持ちながら、それをロックの熱へ変換する様子がよく分かる。「Groovin’ with Jesus」や「Oh La-De-Da」では、ゴスペル的な高揚と世俗的なロックが自然に混ざる。「Thunderbox」や「No Way」では、バンドの粗野なハードロック的魅力が前面に出る。
1970年代ロックの文脈で見ると、『Thunderbox』は、ハードロックが必ずしも金属的なリフや長いギター・ソロだけで成立していたわけではないことを示している。Humble Pieのロックは、ブラック・ミュージックへの憧れと、英国の労働者階級的な荒っぽさが混ざったものだった。彼らはLed Zeppelinのような神話性や、Deep Purpleのような技巧性、Black Sabbathのような暗黒性とは異なる形で、1970年代ロックの肉体性を体現した。
日本のリスナーにとって『Thunderbox』は、Humble Pieを深く知るための中級編として聴くと魅力が分かりやすい。まず『Performance Rockin’ the Fillmore』や『Smokin’』でバンドのピーク時の迫力に触れたうえで本作を聴くと、彼らがどれほどR&Bやソウルへ傾倒していたかが理解できる。AOR的な洗練やプログレ的な構築美ではなく、荒い声、太いリズム、泥臭いカバー解釈を楽しむアルバムである。
『Thunderbox』は、洗練された名盤ではなく、汗と煙と酒場の匂いがするアルバムである。粗い。むらがある。だが、その粗さの中に、Humble Pieの本質がある。Steve Marriottという稀代のロック/ソウル・シンガーを中心に、英国のバンドがアメリカン・ルーツ・ミュージックを自分たちの肉体で鳴らした記録として、本作は今なお強い熱を放っている。
おすすめアルバム
1. Humble Pie『Performance Rockin’ the Fillmore』
Humble Pieのライヴ・バンドとしての実力を決定的に示した名盤。Steve Marriottの圧倒的なヴォーカル、Peter Framptonとのギターの絡み、ブルース・ロックとソウルを融合したステージの熱気が記録されている。『Thunderbox』の粗い魅力を理解するうえで、まず聴くべき作品である。
2. Humble Pie『Smokin’』
Peter Frampton脱退後、Clem Clempson加入期の代表作。ハードロック、ブルース、ソウルの混合が力強く表れ、「30 Days in the Hole」などの代表曲を収録している。『Thunderbox』の方向性に直接つながる作品であり、Clempson期Humble Pieの魅力を知るうえで重要である。
3. Humble Pie『Eat It』
『Thunderbox』直前の作品で、スタジオ録音とライヴ録音を含む意欲的なアルバム。ソウル、R&B、ゴスペルへの傾倒が非常に強く、女性コーラスの導入なども含めて、Marriottのブラック・ミュージック志向がよく表れている。『Thunderbox』の背景を理解するうえで欠かせない。
4. Small Faces『Ogden’s Nut Gone Flake』
Steve MarriottがHumble Pie以前に在籍したSmall Facesの代表作。サイケデリック・ポップ、モッズ、ソウル、英国的ユーモアが融合した名盤であり、Marriottのヴォーカリスト/ソングライターとしての才能を確認できる。Humble Pieとは違う形で、彼の表現力が輝いている。
5. Faces『A Nod Is as Good as a Wink… to a Blind Horse』
Rod StewartとRonnie Woodを擁したFacesの代表作。酒場的なロックンロール、ブルース、ソウル、荒っぽい演奏、英国的なユーモアという点でHumble Pieと共通する魅力がある。『Thunderbox』のラフで人間味のあるロック感覚に惹かれるリスナーに適した作品である。

コメント