Thholyghst by Crosses (†††)(2014)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Thholyghst」は、Crosses (†††)が2014年にリリースしたセルフタイトル・アルバム『††† (Crosses)』に収録された楽曲であり、信仰、憑依、愛と霊性のあいだで揺れる内的ビジョンをサウンドと詩で構築した、神秘的で陶酔的な一曲である。

タイトルの「Thholyghst(ザ・ホーリー・ゴースト)」は、正規の綴りである“The Holy Ghost(聖霊)”を歪めた造語であり、これは明らかに宗教的な象徴性を孕みながら、同時にそれを壊す意図を含んでいる。
十字(†)をバンド名に冠するCrossesにとって、この曲は単なる宗教の言及ではなく、“信仰という名の幻影”と“愛による憑依”の二重性を描く試みでもある。

歌詞には「声にならない声」「内側に入り込む存在」「夜を彷徨う魂」などのイメージが散りばめられ、霊的かつ官能的な“訪れ”の物語が静かに進行していく。
この“Thholyghst”とは、外から来る霊ではなく、自分の中にいつの間にか根を張っていた誰か=かつて愛した存在の影とも言えるのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

Crosses (†††)は、Deftonesのチノ・モレノと、プロデューサー/ギタリストのショーン・ロペスによって結成されたダーク・エレクトロニック・プロジェクトであり、「Thholyghst」は彼らの楽曲の中でも特に霊性と感情の狭間にある曖昧さと美しさを最も強く表現した楽曲のひとつである。

本作では、シンセベースの重低音、淡いビート、そして囁くようなボーカルが混ざり合い、まるで夢と現実が交差するような音像が展開される。
チノ・モレノはここで、信仰や宗教と個人の感情的体験との緊張関係を、非常に私的で詩的なかたちで描写している。
それは教会で語られる神の声ではなく、個人の心の奥底で囁く“自分だけの聖霊”のような存在なのだ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“You’re in my body / That’s where I think about you”
君は僕の体の中にいる
僕が君のことを想うのは いつもそこなんだ

“With all your voices / You whisper like a ghost to me”
たくさんの声で
幽霊のように囁きかけてくる

“You float in and out / I never know what’s real”
君は出たり入ったりして
僕は何が現実か もうわからない

“Thholyghst / Come down and haunt me”
聖なる幽霊よ
降りてきて 僕を取り憑いてくれ

※ 歌詞引用元:Genius

4. 歌詞の考察

この曲は一貫して、“幽霊”のような存在と自分の関係性を語るが、その幽霊は死者ではなく、消えてしまった愛、あるいはかつての自分自身の一部を象徴しているようにも思える。

「You’re in my body」「You whisper like a ghost」というラインは、肉体という現実と霊という非現実が重なる瞬間を描写しており、それは同時に、**愛することによって自分の内側に取り込まれた“他者の痕跡”**でもある。

「Thholyghst」という造語は、神聖なものと不敬なものが共存する響きを持ち、まさにこの曲が示す**“神秘と欲望の二重性”**を象徴している。
その存在は祈りの対象であると同時に、破壊者でもある。そして語り手はその両方を受け入れているのだ。むしろ「取り憑かれていたい」とすら願っている。

「I never know what’s real」という一節が示すのは、精神と感覚の不安定さであり、恋愛や記憶、信仰といったものがすべて“知覚の中でしか存在しない”という事実への深い自覚である。
つまり、この曲における“聖霊”とは、現実から逃れたいと願う心が作り出した幻影であり、同時にその幻影に救われてしまう人間の矛盾を映し出す鏡でもある。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Cherry Waves” by Deftones
     感情と意識が波のように重なりながら消えていく、チノ・モレノの幻想的叙情。

  • “Teardrop” by Massive Attack
     霊性と肉体性が混じり合う、トリップホップの象徴的名曲。
  • “Heaven” by UNKLE
     祈りと破滅が同居する、崇高なノイズの中に響く魂の声。

  • “Witching Hour” by TOPS
     夜の魔力と恋の残像が重なり合う、夢幻的エレクトロ・ポップ。

  • “God Is a Woman” by Ariana Grande(異ジャンルではあるが、同様に“霊性と官能”の交差点を描いた楽曲)

6. 信仰と欲望の狭間で——「Thholyghst」が描く“美しい憑依”の詩学

「Thholyghst」は、Crossesが持つ耽美的退廃美と霊的なリリシズムの交錯点にある楽曲であり、
それは単なる恋愛の歌でも、単なる宗教的賛歌でもない。自己の中に宿る幻影=“愛と痛みの化身”への祈りであり、受容の詩なのだ。

この楽曲において、聖なるものは救いではなく憑依そのものとして描かれる。だがそれは、**世界から逃れたいという願いを叶えるための“選ばれた苦しみ”**でもある。

「Thholyghst」は、神に祈るように、かつての愛に取り憑かれたまま生きることを肯定する、静かで荘厳な祈祷曲なのである。

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