
1. 歌詞の概要
「There She Goes」は、イギリス・リヴァプール出身のバンド、The La’s(ザ・ラーズ)の代表曲であり、1988年にシングルとして初リリースされ、1990年のセルフタイトルのデビューアルバム『The La’s』にも収録された不朽の名作である。
そのタイトルどおり、たった一人の女性が遠ざかっていく様を繰り返し描く非常にシンプルな構造の楽曲だが、その繊細さと鮮烈さは、30年以上経った今なお多くのリスナーの心に刺さり続けている。
歌詞はわずか数行。
「There she goes / There she goes again / Racing through my brain…」
この短く反復的な言葉の中に、“届かない存在”への憧れと焦燥、“何か”を追いかけ続ける人生の儚さが凝縮されている。
その“彼女”が象徴するのは、恋愛の相手かもしれないし、叶わない夢、あるいは抗えない衝動や薬物依存の暗喩だという解釈も存在する。
2. 歌詞のバックグラウンド
The La’sの中心人物でありソングライターのリー・メイヴァース(Lee Mavers)は、当時20代前半にしてこの曲を書き上げた。
「There She Goes」は、1988年にリリースされ、地元イギリスでは一定の注目を集めたものの、最初はチャート的成功には至らなかった。
しかし、1990年のアルバム収録バージョン(再録音)を経て、1991年に再リリースされた際にはイギリスとアメリカで広く認知され、現在に至るまで“インディーポップの金字塔”として評価されている。
歌詞の解釈には議論がある。
最も一般的なのは「失恋の歌」とする説で、“彼女”が去っていく様を繰り返し見つめる無力な視点がそれを裏付ける。
一方で、「There she blows me all the way…」といったフレーズを踏まえて、「“彼女”=ヘロイン」であるという説も根強く、実際に曲はヘロインの使用感覚(高揚、渇望、崩壊)を暗喩しているとも言われてきた。
ただし、リー・メイヴァース本人はその説を否定しており、あくまで“純粋な愛の歌”であると主張している。
とはいえ、解釈の余白を許す簡素な構造だからこそ、聴く人の感情や経験に重ねて響くのだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
この曲の歌詞は非常にミニマルで、何度も同じフレーズが繰り返される構成となっている。
“There she goes / There she goes again”
「彼女が行く / また、行ってしまう」
“Racing through my brain / And I just can’t contain / This feeling that remains”
「僕の脳内を駆け巡ってる / もう抑えきれないんだ / この残された想いを」
“There she blows me all the way…”
「彼女は僕を完全に吹き飛ばしてしまう」
歌詞全文はこちらで確認可能:
The La’s – There She Goes Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「There She Goes」の魅力は、ほとんど何も語らないことによって、むしろあらゆるものを語ってしまうところにある。
誰しもが経験する“失ったもの”“もう手の届かない存在”への未練や美しい記憶が、この曲の「彼女」という抽象的な存在に投影される。
特に、「And I just can’t contain / This feeling that remains」というフレーズは、すでに終わった恋や時間への“感情の残り香”を見事に表している。
忘れられないのではなく、すでに忘れることができないほど、感情が自分の中に染み込んでしまっている。
そのやり場のない思いが、軽やかなギターリフの上に乗って風のように流れていく。
また、曲全体に漂う“懐かしさ”と“痛みのない痛み”のような質感は、パンクやグランジとは異なる、1980〜90年代UKギター・ポップ特有の“甘い喪失”を体現している。
その意味で、「There She Goes」は一過性のヒットではなく、“風景と感情を結びつける歌”として聴き継がれる資格を持っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Just Like Heaven by The Cure
恋の魔法のような瞬間を捉えた、軽やかで切ないギターポップの名作。 - Alone Again Or by Love
恋と孤独が同居する、美しい60年代サイケ・フォーク調の名曲。 - There Is a Light That Never Goes Out by The Smiths
“逃避のロマンス”をテーマにした、90年代前夜の名バラード。 -
Into Your Arms by The Lemonheads
純粋な想いと不安定さが同時に響く、短くも忘れがたいラブソング。 -
She Bangs the Drums by The Stone Roses
彼女へのときめきを疾走感あるギターと共に描いたマッドチェスターの名曲。
6. “言葉よりも、感情の余白”
「There She Goes」は、言葉では語りきれない感情の空白を、そのまま音楽に変えたような曲である。
詩的でもなく、饒舌でもなく、たった数行のリリックに“懐かしさ・痛み・恋しさ・崇拝”といった感情が、塊のように凝縮されている。
誰かが去っていく、その姿をただ見つめるしかないという体験は、恋愛に限らず、人生の多くの場面で訪れる。
「There She Goes」は、その瞬間に吹く風のように、言葉にならない感情をそっと包み込む永遠のポップソングである。
コメント