アルバムレビュー:The Whole Love by Wilco

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発売日: 2011年9月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、インディーフォーク


“愛の全体”とは何か——Wilcoの多面性が融解するカラフルな野心作

The Whole Loveは、Wilcoが自主レーベル「dBpm Records」から初めてリリースした作品であり、創造的独立と自由の象徴としても記念すべきアルバムである。
前作Wilco (The Album)がバンドの自己紹介的な落ち着きを見せたとすれば、本作はそこから再び飛躍し、ポップ、ノイズ、フォーク、実験といったWilcoのすべてを“愛”という曖昧で多義的なテーマのもとに統合しようとする試みである。

このアルバムの魅力は、そのバリエーションの広さと統一感の共存にある。
冒頭でいきなりプログレ的構成を取り入れたかと思えば、キャッチーなメロディが続き、ノスタルジックなバラード、エレクトロニカ風のサウンドスケープまで現れる。
つまりこれは、Wilcoがそのキャリアの中で育んできた音楽性の“総括”であり、なおかつ“今”を生きるための新しいアプローチでもあるのだ。


全曲レビュー

1. Art of Almost

8分に及ぶ実験的オープニング。
不穏なエレクトロノイズと不規則なリズムが漂う中、終盤にはナイルズ・クラインによるフリージャズ的ギターが爆発。
Wilcoの冒険心が全開。

2. I Might

キャッチーなベースラインとオルガンが引っ張る、ソリッドなポップロック。
タイトルに込められた「かもしれない」という曖昧な表現が、現代的な不確かさを象徴する。

3. Sunloathe

ジェフ・トゥイーディの儚げなボーカルが映える、ドリーミーなバラード。
太陽を“憎む”という倒錯的なイメージが、内面の傷を象徴する。

4. Dawned on Me

爽快なギター・ポップ。
恋愛の高揚感と軽やかさをストレートに表現した、アルバム随一の親しみやすさ。

5. Black Moon

不穏な静けさが支配する、ドローン的フォークバラード。
「黒い月」という象徴が、死や沈黙を連想させる。

6. Born Alone

“孤独に生まれた”というタイトル通り、自己存在の根源を見つめる力強いロックナンバー。
ギターとメロディの展開が鮮やか。

7. Open Mind

カントリーフォーク的な穏やかさを持つ、やさしいラブソング。
トゥイーディのヴォーカルが特に親密に感じられる。

8. Capitol City

70年代風ラウンジポップとバロックポップが混ざったようなユニークな一曲。
奇妙な楽しさと都会的な空気が入り混じる。

9. Standing O

ガレージロック風の攻撃的でノイジーなナンバー。
軽快なテンポと逆説的なタイトル(Standing Ovation=大喝采)が皮肉っぽく響く。

10. Rising Red Lung

アコースティック・ギターとストリングスによる静謐な構成。
呼吸や身体感覚をモチーフにした、内省的で詩的な作品。

11. Whole Love

タイトル曲にして、ポップでキラキラとしたラヴソング。
アルバム全体の中で最も“希望”を明るく描いた楽曲といえる。

12. One Sunday Morning (Song for Jane Smiley’s Boyfriend)

アルバムのラストは、12分超におよぶ穏やかな叙情詩。
日曜の朝の記憶と対話をめぐる、トゥイーディの語り口が淡々と、そして深く心に響く。
この1曲だけで一枚のアルバムのような奥行きがある。


総評

The Whole Loveは、Wilcoがあらゆるスタイルと感情、そして記憶を集約し、「愛」というひとつの概念に昇華しようとしたアルバムである。
それは単なるロマンティックな愛ではなく、喪失や痛み、希望、記憶、赦しといった人生の総体を含む“全体としての愛”だ。

音楽的にも、Wilcoのロックバンドとしてのダイナミズムと、芸術家としての繊細さが見事に同居しており、キャリアの中でも最もバランスの取れた作品のひとつといえる。
だからこそ、このアルバムは“Wilcoらしさ”の到達点であると同時に、新たな旅の始まりでもあるのだ。


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