発売日: 1991年2月18日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ、パワーポップ
概要
『The Real Ramona』は、Throwing Musesが1991年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、クリスティン・ハーシュとターニャ・ドネリーのソングライティングが最後に並び立った奇跡のバランス点として位置づけられる作品である。
本作は、前作『Hunkpapa』で垣間見えたポップ志向をさらに洗練させ、初期の不協和や破壊衝動は一歩引いた位置に置かれ、メロディの美しさと構造的完成度を強く意識した作風となっている。
しかし、音の“聴きやすさ”の裏側には、心の揺れや家庭の崩壊、記憶と現実の錯綜といったThrowing Muses特有の詩的・神経症的主題がしっかり息づいており、その“異常と正常の狭間”を鳴らすバンドとしての本質は失われていない。
この作品を最後に、ターニャ・ドネリーはバンドを脱退し、Bellyへと歩を進める。
つまり『The Real Ramona』とは、夢見る者たちが現実と対峙する瞬間の、最も美しく儚い証明でもあるのだ。
全曲レビュー
1. Counting Backwards
オープニングから強烈な推進力を持つ、クリスティン・ハーシュ作の代表曲。
リズムの変化がスリリングで、時間を“逆に数える”というコンセプトも彼女らしい時間感覚の逸脱。
2. Him Dancing
内省的なヴォーカルと柔らかいアンサンブルが美しいターニャ作のバラード。
“彼が踊る”という詩的な視点は、外から世界を見る彼女の特性を象徴する。
3. Not Too Soon
ターニャ・ドネリーによるポップソングの最高到達点。
鮮やかなコード進行と覚えやすいメロディは、Bellyへの流れを明確に示す名曲。
4. That’s All You Wanted
パワフルなハーシュのギターリフが印象的なミディアム・ナンバー。
“これがあなたの望んだことだったの?”という問いは、痛みと怒りを含む。
5. Eagle
浮遊感のあるアルペジオが印象的なハーシュ曲。
“わたしは鷲だ”という詩行は、自己の脆さと強さを重ねる象徴となる。
6. Hook in Her Head
アルバム中最も緊張感のあるトラック。
タイトル通り「頭の中に刺さったフック」が、精神の侵食やトラウマを象徴している。
サイケデリックで、不穏な美しさが光る。
7. Say Goodbye
ややスウィングしたリズムと、口語的なリリックが印象的。
別れの歌でありながら、諦めとも祝福ともとれる二重性を持つ。
8. Red Shoes
ハーシュの幼少期の記憶と結びついたような、不思議な情感を帯びた曲。
“赤い靴”は童話的でありつつ、トラウマ的な象徴でもある。
9. Graffiti
最もキャッチーで明快なターニャ作のポップナンバー。
壁に書かれた言葉が自分を語る、という構図が、外部との関係性を示唆する。
10. Golden Thing
儚さと熱情が共存する短編のような曲。
“金色の何か”は、名前を与えられないほどかけがえのないもののメタファーか。
11. Ellen West
アルバムの最後を飾る、ハーシュ作の重くも静謐なナンバー。
実在の詩人をモデルにした楽曲で、精神病と芸術をめぐるテーマを繊細に扱う。
Throwing Musesというバンドの文学的野心と深度が詰まったエンディングである。
総評
『The Real Ramona』は、Throwing Musesの音楽がもっともバランスを保っていた瞬間の記録である。
クリスティン・ハーシュが抱える精神の深い断層と、ターニャ・ドネリーのポップへの憧れと浮遊感が、美しい均衡を保ったまま響き合っている。
これ以上でも、これ以下でもない。
この時点でしか成立し得なかった“現実と幻想の接点”が、このアルバムには確かに息づいている。
ポストパンクの鋭さ、ドリームポップの優しさ、パワーポップの親密さ。
そのすべてが絶妙に折り重なり、リスナーの心をじわりと締めつけてくる。
これを最後にターニャはバンドを離れ、以降Throwing Musesはハーシュのソロ的プロジェクト色を強めていく。
ゆえに『The Real Ramona』は、夢がまだ二人で共有されていた最後の瞬間でもある。
おすすめアルバム
- Belly / Star
ターニャ・ドネリーが本作後に結成したバンドのデビュー作。ポップと幻想の理想形。 - Kristin Hersh / Hips and Makers
ハーシュのソロ初作。内省性とメロディの均衡が『Ramona』の延長線上にある。 - The Breeders / Safari EP
ドネリーとキム・ディールが並び立った初期Breeders。『Ramona』との精神的な連続性が強い。 - Cocteau Twins / Heaven or Las Vegas
4ADの同胞バンド。幻想的サウンドと女性ヴォーカルの多層性において通じるものがある。 -
R.E.M. / Out of Time
同時期のUSオルタナティヴ・ロック代表作。言語と感覚の関係性において共振。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Real Ramona』というアルバムタイトルは、実在する“ラモーナ”が誰なのかは語られず、それゆえに“記憶の中の誰か”あるいは“自分自身の一部”という多重的な意味合いを持つ。
また「Ellen West」や「Hook in Her Head」といった楽曲に込められた精神医療や女性性のモチーフは、90年代のインディー/フェミニズム運動ともリンクし、
“女性による自己の神経的表現”というThrowing Musesのアイデンティティが最も高密度で結晶化したアルバムでもある。
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