The Hills by The Weeknd(2015)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「The Hills」は、The Weekndが2015年にリリースしたアルバム『Beauty Behind the Madness』に収録されたダークで重厚なヒット曲であり、表面的なラブソングとは一線を画す欲望と二面性、そして人間の影の部分を剥き出しにした作品である。

この曲では、主人公は昼と夜、表と裏、愛と快楽、真実と偽りの境界で揺れ動く。歌詞の冒頭では、“昼の俺には近づくな”と冷たく言い放ち、夜の世界に生きる自分こそが“本当の姿”だと告げる。つまりこれは、表向きの顔を装いながら、裏では秘密と依存に満ちた関係を持つ者の告白であり、The Weekndが描き続けてきた“快楽と自己破壊”のテーマを凝縮した楽曲でもある。

サウンドもまた、このテーマにぴったりと寄り添うように、ダークで不協和音的なベースラインと、痛みを滲ませたファルセットが交差し、まるで深夜のカタルシスを体感するような音像を作り上げている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「The Hills」は、The Weekndの2ndスタジオ・アルバム『Beauty Behind the Madness』からのセカンドシングルとして2015年にリリースされ、Billboard Hot 100で1位を獲得。それまでのR&Bシーンにおける甘美なイメージを裏切るような、暴力的で退廃的な作風は、The Weekndの名を世界に強烈に知らしめた。

タイトルの「The Hills」は、ロサンゼルスの高級住宅地“ハリウッド・ヒルズ”を意味しており、そこはセレブの世界と、その裏に隠された闇の象徴でもある。The Weeknd自身も、この曲が“都会の快楽と破滅の交差点”を描いていると認めており、実際にミュージックビデオでは、事故車から這い出る彼の姿や、赤い部屋で不気味に佇む女性など、象徴的な映像表現が満載である。

この曲はまた、彼が当時直面していた名声とアイデンティティの葛藤をそのまま投影したものであり、「スターになった代償」としての孤独や偽りを、最も正直に表現した一作と言える。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「The Hills」の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。

Your man on the road, he doin’ promo
 君の彼氏は今、出張でプロモーション中

You said, “Keep our business on the low-low”
 君は言ったね、「私たちの関係は秘密にして」と

I’m just tryna get you out the friend zone
 俺は君と“友達”以上になりたいだけ

‘Cause you look even better than the photos
 写真よりも君はずっと魅力的だから

I only call you when it’s half-past five
 俺が君に電話するのは、午前5時半だけ

The only time that I’ll be by your side
 俺が君のそばにいるのは、その時間帯だけ

I only love it when you touch me, not feel me
 君が俺に触れている時だけ、俺は愛を感じる——心じゃなく、身体でね

When I’m f***ed up, that’s the real me
 酔っている時、それが本当の俺さ

When I’m f***ed up, that’s the real me, babe
 理性を失ったときこそ、本音が出るんだ

引用元:Genius Lyrics – The Weeknd “The Hills”

4. 歌詞の考察

「The Hills」は、秘密の関係を持つ二人の間に横たわる虚無感と肉体的な依存をリアルに描写した楽曲である。語り手は、“酔っているときこそが本当の自分”だと繰り返し語るが、それは裏を返せば、素面では偽りの仮面をかぶらざるを得ないことを意味している。

彼が相手の女性を呼び出すのは“午前5時半”という奇妙な時間帯であり、それは明け方、夜が終わる瞬間、つまり現実と幻想の境界にある時間である。この“境界性”こそが、この楽曲の重要なテーマであり、愛でも友情でもない“関係のあいまいさ”がリリック全体を覆っている。

さらに、「I only love it when you touch me, not feel me」という一節には、感情を拒否し、肉体だけに快楽を見出す主人公の諦念が込められている。これは恋愛ではなく、空虚な心を埋めようとする行為としての性愛であり、そこにThe Weekndの“ロマンスではない愛の形”が浮き彫りとなる。

また、冒頭の「君の彼氏は外出中」という設定からも、この関係が社会的に許されないものであることが分かる。だが語り手はそれを咎めることなく、むしろ冷静に受け入れており、そこにモラルや倫理を超えた愛の病理が潜んでいる。

※歌詞引用元:Genius Lyrics – The Weeknd “The Hills”

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • High for This by The Weeknd
     同じく快楽と依存を描いた初期代表曲。性的な暗示とドラッグの影が交錯する。

  • Earned It by The Weeknd
     支配と献身の間で揺れる愛を描いたスローバラード。破滅的ロマンスの続編的要素がある。
  • Wicked Games by The Weeknd
     愛の駆け引きと自己嫌悪を描いたダーク・バラード。感情と欲望の境界線が類似。

  • Drunk in Love by Beyoncé feat. Jay-Z
     情熱的な愛と快楽を深夜の海辺で描く。感情の濃度と時間帯の演出が似ている。

6. “夜に現れる本当の自分”──快楽と告白の狭間で

「The Hills」は、The Weekndが“ポップスター”へと進化する前の、最も暗く、最も誠実だった時代の象徴的作品である。この曲の主人公は、昼間の仮面を捨て、夜にだけ本当の自分を露わにする。そしてその“本当の自分”は、他者を愛する資格も、自分自身を愛することもできない、壊れた存在なのだ。

にもかかわらず、その壊れた存在が求められ、欲望されるという矛盾した関係性の中に成立する愛が、The Weekndの美学の中核にある。「The Hills」は、まさにその核心を打ち出した、鋭くて美しい告白である。

ポップでもなく、ラブソングでもなく、倫理的でもない——だが、誰にも語れない感情に、静かに寄り添う楽曲。それが「The Hills」なのだ。夜の闇の中でしか出会えない自分と誰かの姿を、この曲は容赦なく、そして美しく描き切っている。

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