アルバムレビュー:The Great Escape by Blur

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発売日: 1995年9月11日
ジャンル: ブリットポップ、アートロック、オルタナティヴ・ロック


逃げ場のない時代の“偉大なる逃走”——ブリットポップの絶頂と、その終焉の予感

Blurの4作目となるThe Great Escapeは、ブリットポップの頂点に位置づけられると同時に、
その内部にすでにブリットポップという夢の崩壊の兆しを孕んでいた作品である。

前作Parklifeで市民生活を賛美と皮肉で描き出した彼らは、
このアルバムでさらに一歩進み、“消費社会の孤独”と“逃避”というテーマを前面化させた。

音楽的には華やかでキャッチー、だが歌詞の世界は冷笑的で傷ついていて、
まるで笑いながら溺れていくイギリス人の肖像画のようだ。
それはまさに、90年代イギリスという国の気分そのものであった。


全曲レビュー:

1. Stereotypes

オープニングから加速するギター・ポップ。
中産階級の性生活と倦怠を題材に、アイロニカルに描写。
“典型”の中で崩れていく個人の肖像。

2. Country House

Blur最大のヒット曲にして、Oasisとの“チャート対決”でも話題に。
田舎の豪邸に“逃げ込んだ”男の空虚さを、サーカスのような音像で風刺。
「He’s got morning glory and life’s a different story」——後の皮肉にも。

3. Best Days

憂いと回想をたたえたバラード。
“過去こそが最良の日々だった”という、内向する世代の感覚が染み込む。

4. Charmless Man

洗練されすぎた都会人=“魅力のない男”をテーマにしたスウィンギン・ポップ。
モッズと60年代ブリティッシュ・ビートのオマージュであり、風刺。

5. Fade Away

リズミカルでスカ風味のビートに乗せて、老いていく恋人たちの物語を描く。
過ぎていく時間、色あせる感情。

6. Top Man

奔放なアレンジと歪なメロディが癖になる奇曲。
“できる男”の仮面と滑稽さを浮き彫りにする。

7. The Universal

オーケストラを取り入れた壮麗なバラード。
「これはすべての人のための歌」と謳いながら、ユートピアの脆さと皮肉を描く。
MVは時計じかけのオレンジ風。バンド史上屈指の名曲。

8. Mr. Robinson’s Quango

政治家やエリートの腐敗と退廃を描いたジャジーなナンバー。
“Quango”とは英国の準政府組織のこと。政治風刺の塊。

9. He Thought of Cars

車=移動=逃避という構造をなぞりながら、現代人の“実存的無力感”を描く。
バンドの中でも屈指の深淵なリリック。

10. It Could Be You

ロトくじと運命、偶然性と幻想。
誰でも“選ばれる”かもしれない社会の残酷な真理を、明るいメロディで逆説的に表現。

11. Ernold Same

俳優Ken Livingstoneの語りで始まる、日常と習慣に埋もれる中年男性の物語。
繰り返しと変化のなさ=死と隣り合わせのルーティン。

12. Globe Alone

突進するガレージ・ロック。
テクノロジーと孤独、自意識過剰な若者像。
「彼女なんて要らない、コンピューターがあればいい」——時代の風刺。

13. Dan Abnormal

Damon Albarnのアナグラム=自己風刺ソング。
バロック・ポップ的構造と奇妙な歌詞が耳に残る。

14. Entertain Me

欲望と退屈の連鎖に身を委ねるポスト・ディスコ風楽曲。
“私を楽しませて”という依存と、エンタメ社会の冷たさ。

15. Yuko and Hiro

日本の企業社会で働く“ゆうこ”と“ひろ”を描いた、異国的で静かなクロージング。
個人性を失った労働者たちの静かな哀しみ。
まるで音がフェードアウトするように、“逃走”が終わっていく。


総評:

The Great Escapeは、Blur“逃げること”を描きながら、“逃げられない現実”を突きつけたアルバムである。

前作Parklifeのような多幸感の影で、
ここにはすでに“都市の孤独”“中産階級の倦怠”“虚構の幸福”といったテーマが明確に芽生えている。
それをポップな音楽に乗せたことで、むしろその空虚さは深く響くのだ。

まさに“偉大なる逃走”——だがそれは、逃げ場のない時代の出口なきランでもあった。


おすすめアルバム:

  • Suede / Coming Up
     ブリットポップの快楽とその刹那をパンク・グラムで描いた作品。
  • Radiohead / The Bends
     表面的な快活さの裏に潜む現代の孤独と不安を描いた名作。
  • Pet Shop Boys / Behaviour
     エンターテイメントと感情のあわいを見つめた静かな傑作。
  • The Kinks / Lola Versus Powerman
     音楽産業と市民生活の断面を描いた英国ポップの古典。
  • Blur / 13
     本作の反動として生まれた、実験性と内面性に満ちたブリットポップ以後の作品。

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