アルバムレビュー:The Ascension by Sufjan Stevens

Spotifyジャケット画像

発売日: 2020年9月25日
ジャンル: エレクトロポップ、アートポップ、エクスペリメンタル・ポップ


信仰は続く、だが神はいない——Sufjan Stevensが問い直す“現代の黙示録”

Sufjan Stevensの8作目となるThe Ascensionは、
彼のキャリアの中でも最も政治的かつ個人的、かつ霊的であるにもかかわらず無神論的な作品といえる。

前作Carrie & Lowellが死と家族をめぐる極私的なフォーク作品だったのに対し、
本作ではシンセサイザーとエレクトロニクスが支配するデジタルな音世界のなかで、
愛、信仰、社会、資本主義、自己、そして「神の不在」をめぐる鋭い問いが発せられる。

“昇天(The Ascension)”というタイトルは、キリスト教的な高揚ではなく、
崩壊と空虚の先にある“諦めと再生”の隠喩なのだ。


全曲レビュー:

1. Make Me an Offer I Cannot Refuse

祈りのようなタイトルとは裏腹に、不穏で歪んだエレクトロサウンドで幕を開ける。
「Take it, leave it, write my name in cursive on it」——
アイデンティティと支配の交錯を訴える導入曲。

2. Run Away with Me

ロマンティックなタイトルとは裏腹に、
逃避というより“崩壊と共にある関係性”が描かれる。
繊細なビートと淡いメロディが印象的。

3. Video Game

「I’m not a video game / I’m not a spectacle」
SNS時代の自己イメージと“パフォーマンス”への抵抗を込めたミドルテンポのエレクトロ・アンセム。

4. Lamentations

旧約聖書“哀歌”を想起させるタイトル。
断片的な言葉とミニマルなコード進行が、個人的な喪失感と政治的失望を重ね合わせる。

5. Tell Me You Love Me

繰り返される「Tell me you love me」は、甘えではなく切迫した要求。
愛は癒しではなく、時に暴力の構造にもなりうることが浮き彫りになる。

6. Die Happy

「I want to die happy」という単一のフレーズが延々と繰り返される。
幸福の欲望がループすることで、その不気味さと滑稽さが逆に強調される。

7. Ativan

抗不安薬“アチバン”をタイトルにした現代的ノイローゼの描写。
音が増殖し、リズムが乱れ、精神の崩壊と浮遊が音で具現化されていく。

8. Ursa Major

“北斗七星”を意味するタイトル。
宇宙的スケールの中で人間の存在の小ささと無力さを静かに歌う。

9. Landslide

感情の崩壊、または社会の断絶。
Sufjan特有の繊細な語り口が、電子音の中でかき消されそうになりながらも響く。

10. Gilgamesh

シュメール神話を題材にしたトラック。
人類最古の英雄譚を引用しつつ、“不死”への執着とそれに続く虚無を現代に照射する。

11. Death Star

スター・ウォーズの“死の星”ではなく、社会そのものが“破壊の装置”であるという暗喩。
ミニマルかつ攻撃的なビートに、Sufjanの冷静な視線が走る。

12. Goodbye to All That

ジョーン・ディディオンの同名エッセイを想起させる別れの物語。
すべてに“さようなら”を告げる潔さと悲しみ。

13. Sugar

「Come on baby, give me some sugar」——
一見甘い言葉だが、支配と承認欲求の裏返し。
緻密なアレンジと長い尺でじわじわと感情を侵食する。

14. The Ascension

タイトル曲。
静かなイントロと長尺の展開で、崇高さよりも“空虚な上昇”のイメージが広がる。
問いかけはあるが、答えはない。

15. America

12分を超える壮大なクロージング。
「I have loved you, I have grieved / I’m ashamed to admit I no longer believe」——
祖国と信仰への“失恋ソング”。
憧れと喪失、怒りと赦しが全て溶け合う、アルバムのエピローグ。


総評:

The Ascensionは、Sufjan Stevensが“神なき時代に、祈ることの意味”を問い直した電子聖歌集である。

このアルバムは救いを歌っていない。
だがそれでも、愛を欲し、赦しを求め、言葉を探し続ける声がここにある。

ミニマルなエレクトロポップと長尺の構成は、ときに冷たく、ときに祈りのようで、
聴き手に“あなたはまだ信じられるか”という問いを突きつける。

この“昇天”には終着点がない。
それでもなお、Sufjanは“上”を目指す——
その不完全な魂の震えが、現代における最もリアルな祈りかもしれない。


おすすめアルバム:

  • James Blake / Assume Form
     エレクトロニカと内省、愛と孤独の交差点。
  • ANOHNI / Hopelessness
     政治と信仰、希望と破壊をポップで包んだ現代の黙示録。
  • Perfume Genius / Set My Heart on Fire Immediately
     身体性と霊性が交錯する耽美なアートポップ。
  • Oneohtrix Point Never / Age Of
     崩壊と構築、神話とノイズの現代音楽的探求。
  • Sufjan Stevens & Angelo De Augustine / A Beginner’s Mind
     The Ascensionの次に訪れた、より穏やかで象徴的な“映画的信仰録”。

コメント

タイトルとURLをコピーしました