
1. 歌詞の概要
「Surf Marmut(サーフ・マルムット)」は、インドネシアのバンド The Panturas(ザ・パンチュラス) が2019年のデビューアルバム『Mabuk Laut』に収録したインストゥルメンタル曲であり、バンドの音楽的ルーツとユーモア精神を象徴するような、躍動感あふれるサーフ・ガレージロック・インストゥルメンタルである。
“マルムット(marmut)”とはインドネシア語で“モルモット”のこと。つまりタイトルは直訳すると「モルモット・サーフィン」。一見、奇抜でナンセンスな組み合わせに見えるが、ここにはThe Panturasが持つ遊び心と“サーフ文化の軽やかさ・自由さ”を称える精神が詰まっている。
リリックは存在せず、音そのものが語り手となり、コミカルかつエネルギッシュなメロディとリズムが、まるで海を走るモルモットのように駆け回る。
2. 曲のバックグラウンド
The Panturasはサーフロックを基軸に据えながらも、東南アジアの伝統音楽、インドネシアのポップ文化、そして1960年代のアメリカン・インスト・ロックのエネルギーを独自に消化するスタイルを確立してきた。
「Surf Marmut」は、バンドのそうした音楽的ユーモアとエキセントリックな感性をストレートに体現した楽曲であり、同時に彼らの技術的な実力を示す名刺代わりの1曲でもある。
このトラックはアルバム『Mabuk Laut(海酔い)』の中でも特に異彩を放っており、言葉なしで感情を伝えるインストゥルメンタルが持つ表現の豊かさを証明している。
3. 楽曲構成と印象的な特徴
「Surf Marmut」は、約3分の短い時間の中に、高速サーフビート、リバーブたっぷりのギター、変則的なブレイク、そして突飛なリズム展開を詰め込んでいる。
- 冒頭から炸裂するギターリフは、The VenturesやDick Daleなどの古典的サーフギタリストの影響を感じさせる。
- ベースラインは動きが激しく、ギターとのコール&レスポンスのような対話が印象的で、まるで小動物が疾走するようなスピード感を生んでいる。
- 中盤には突如としてリズムが崩れ、クラシカルなサーフ・ロックからラウンジ的なムード、そしてサイケデリックな浮遊感へと移り変わる。
- ラストに向かって再びテンションが上がり、ビートが疾走しながら幕を閉じる展開は、まるでひとつの短編映画を見終えたような感覚を与える。
楽曲全体が映像的でアニメーション的でもあり、聴いているだけで、“モルモットがサーフボードに乗って海を滑っていく”というイメージが自然と頭に浮かぶような構成となっている。
4. 曲の考察
「Surf Marmut」は、サーフロックというジャンルを通じて、The Panturasがいかに自由で遊び心に満ちた音楽を作り出しているかを象徴する一曲である。
インドネシアの音楽シーンにおいては、政治的・社会的メッセージを込めた楽曲が多く支持される一方で、このように**“意味よりも体感”“言葉よりもイメージ”を優先したインストゥルメンタルがユニークな存在感を放つ**ことは非常に興味深い。
タイトルに込められた動物的なモチーフは、聴き手の想像力を刺激する装置として機能しており、そこには意味の重さに縛られないロックの快楽性が宿っている。
また、テクニカルなプレイに頼るのではなく、あくまでグルーヴとキャラクターで曲を動かす構成には、60年代ガレージロック的な“素朴で野蛮な表現力”が脈打っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Misirlou” by Dick Dale
サーフロックの代名詞。ギターのダウンピッキングが共通するスピード感。 -
“Wipe Out” by The Surfaris
エネルギッシュでリズミカルなインスト・サーフの代表曲。笑い声まで含めて遊び心が共通。 -
“Surf Rider” by The Lively Ones
メロディックなインスト・サーフ。The Panturasの音像の原型に近い。 -
“Perempuan Patah Hati” by White Shoes & the Couples Company
インドネシア的レトロ感覚とローファイなサウンド美が味わえる好例。 -
“Peninsula” by Sore
サーフ/ポップ/トロピカルが混ざるインドネシア・バンドの傑作インスト。
6. 言葉はいらない——ユーモアとスピードで描くサーフ・スピリット
「Surf Marmut」は、サーフロックの持つ“音だけで物語を描く力”を最大限に引き出した小さな名作である。
そこに言葉はない。けれど、スピード感とユーモア、そしてバンドの遊び心が全編に溢れていて、聴く者の身体と想像力を同時に動かす。
モルモットがサーフィン?
意味なんてどうでもいい。
重要なのは、音が楽しく、そしてちょっと狂っていること。
The Panturasはこの曲で、音楽が“意味”を超えて“感覚”になる瞬間の魔法を、見事に鳴らしてみせたのだ。
そしてその魔法は、聴き終わった後も、しばらく耳の奥でリズムを刻み続けてくれる。
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