1. 歌詞の概要
「Soaked(ソークト)」は、ニュージーランドのシンガーソングライター BENEE(ベニー)が2018年にリリースした楽曲であり、彼女のブレイクのきっかけとなった初期の代表曲である。
この楽曲では、言葉にできない気持ち、伝えたくても伝わらない感情のもどかしさが、「濡れる(soaked)」というメタファーで象徴的に描かれている。
タイトルの「Soaked」は、「びしょ濡れになった」という物理的状態でありながら、心情的には混乱、羞恥、感情の奔流に呑まれた状態を指している。
語り手は、誰かに対して強く何かを伝えたいのに、それが伝わらず、結局その思いを抱えたまま、自分だけが“濡れてしまう”。
そんな感情の孤立と、内面の暴走を冷静に眺めるような語り口が、この曲には貫かれている。
BENEE特有のクールなヴォーカルと、柔らかくレイドバックしたサウンドが、激しい内面と表面のギャップを印象的に際立たせている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Soaked」は、BENEEの初期のEP『FIRE ON MARZZ』(2019)にも収録されており、彼女にとっては初の本格的ヒットとなった楽曲である。
当時、まだ10代だったBENEEが**思春期特有の「うまく感情を伝えられない苦しさ」や「誤解されてしまう不安」**を繊細かつソウルフルに描いたことが、多くのリスナーの共感を呼んだ。
プロデュースはニュージーランドの気鋭プロデューサー Josh Fountain が手がけており、ネオソウル、R&B、インディーポップが融合した独特の音像を生み出している。
そのサウンドはどこか浮遊感がありつつも、フックはしっかりしており、BENEEの語り口が持つ**“曖昧さ”と“自意識の輪郭”**を美しく浮かび上がらせている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I would run
Shoes off, straight back to you
I just wanna make this right
裸足ででも
まっすぐあなたのもとに戻りたい
ただ、これを正したいだけなの
But you won’t even look at me
You’ll just walk away
でもあなたは私を見てもくれない
ただ背を向けて歩いて行く
Now I’m soaked
And I feel it in my bones
今の私はびしょ濡れ
骨の奥まで、それを感じてる
Guess I’m just soaked
Guess I’m just soaked
そう、私はただ濡れてるだけ
そんな風に思うしかないんだ
歌詞引用元:Genius – BENEE “Soaked”
4. 歌詞の考察
「Soaked」は、**言いたいことが言えなかった後悔、伝わらない感情の悔しさ、そしてそれが生む感情の“濡れ”**を詩的に描いた作品である。
「裸足ででも戻りたい」という表現は、プライドや痛みを超えてでも“もう一度繋がりたい”という衝動の強さを示している。
それにも関わらず相手は視線をくれない。その瞬間、語り手は「びしょ濡れ」になる。
ここでの「濡れる」という表現は、抑えきれなかった感情が外にあふれ出し、身を包むように広がってしまった様子を象徴している。
「Guess I’m just soaked」という繰り返しには、怒りでも悲しみでもなく、それを抱えてしまった事実をどうにもできないという虚無と自己受容が混在している。
そして、その無力さを誰かにぶつけるのではなく、静かに言葉として置いていく——それがこの曲の美学である。
BENEEの歌声もまた、激情を抑えたミドルテンションのトーンでありながら、言葉の端々に感情の“にじみ”がある。
それが、むしろ爆発よりもずっとリアルに、リスナーの心を湿らせていく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Cellophane by FKA twigs
感情の層が重なって剥き出しになる瞬間を、美しくも脆いヴォーカルで描いた曲。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
恋愛の後遺症を、言葉の刃とユーモアで乗り越えようとするパーソナルな作品。 - Shiver by Lucy Rose
感情のしずくが心の奥にまで染みてくるような、抑制されたラブバラード。 -
Retrograde by James Blake
沈黙と空間のなかで感情を浮かび上がらせる、現代的な内省の歌。 -
Still Clean by Soccer Mommy
関係が終わった後も「まだ“きれい”なままでいたい」と願う心の揺れを描いたインディーポップの傑作。
6. 感情に“濡れる”ということの意味
「Soaked」は、涙ではなく、“感情そのものに濡れてしまう”という比喩を使って、語り手の心情を詩的かつ身体的に描いた稀有な楽曲である。
BENEEはこの曲で、「伝えられなかったこと」「向き合ってもらえなかった痛み」「でもまだ感じ続けてしまう感情」を、
大げさな演出に頼ることなく、水たまりのような静かな深さで描き出している。
「Soaked」は、感情があふれて、どうしようもなくなってしまった夜に聴くべき一曲である。
そこには、悲しみを押し付けるのでも、断罪するのでもない、ただ「わかるよ」と言ってくれるような優しく湿った時間が流れている。
そしてその濡れた景色の中で、ようやく心が“乾き始める”のかもしれない。
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