
1. 歌詞の概要
Second Bite of the Appleは、Beady Eyeが2013年に発表した2ndアルバムBEに収録された楽曲である。アルバムからの最初の正式シングルとして2013年4月29日にリリースされ、作曲者はGem Archer、プロデュースはTV on the Radioのメンバーとしても知られるDave Sitekが担当している。
Beady Eyeは、Oasis解散後にLiam Gallagher、Gem Archer、Andy Bell、Chris Sharrockらによって結成されたバンドである。デビュー作Different Gear, Still Speedingでは、Oasis後期の地続きにあるような直球のロックンロールを鳴らしていた。だが2作目のBEでは、Dave Sitekを迎えたことで、音の景色がかなり変わった。
Second Bite of the Appleは、その変化を象徴する曲である。
歌詞の内容は、明快な物語というより、断片的な言葉がリズムに乗って飛び交うタイプだ。リンゴ、木、愛、笑い、タフさ、行列の中の少女、ポケットの中身。言葉はどこか夢の中の看板のように現れ、すぐに流れていく。
はっきりした筋書きはない。
けれど、その曖昧さが曲の魅力になっている。
タイトルのSecond Bite of the Appleは、直訳すればリンゴの二口目、あるいはもう一度リンゴにかじりつくこと。英語圏ではsecond bite at the appleという表現が、再挑戦、もう一度チャンスを得ること、という意味を持つ。
この曲におけるリンゴは、かなり象徴的だ。
それは欲望かもしれない。成功かもしれない。ロックンロールそのものかもしれない。あるいは、Oasisという巨大な物語を終えたあと、もう一度バンドとして世界に噛みつこうとするBeady Eye自身の姿にも見える。
Liam Gallagherの声は、いつものように挑発的で、鼻にかかった響きを持っている。だが曲全体のムードは、単純なロックンロールの快楽だけではない。どこかねじれていて、足元が少し浮いている。ブラスのような響き、ざらついたベース、乾いたパーカッションが絡み合い、60年代サイケデリック・ロックを現代的に組み替えたような空気を作っている。
Apple Musicのアルバム紹介でも、この曲はクラッタリングなパーカッション、ファズの効いたベースライン、ブラス的な装飾を備えた楽曲として説明され、それらがDave Sitekの起用による変化を示す要素として捉えられている。Apple Music – Web Player
歌詞は一見すると意味不明に近い。
しかし、その意味不明さは手抜きではなく、音楽の一部として機能している。Liamの声が言葉を意味として届けるというより、音の塊として投げつける。だからこの曲は、読み解くより先に、まず身体で受けるべき曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Second Bite of the Appleを語るうえで欠かせないのは、Beady Eyeというバンドが置かれていた微妙な立場である。
Oasisは2009年に解散した。その後、Noel GallagherはNoel Gallagher’s High Flying Birdsとして活動を始め、Liam GallagherはOasis末期のメンバーとともにBeady Eyeを結成した。Beady Eyeのデビュー作Different Gear, Still Speedingは2011年に発表され、バンドはOasisとは違う名前で再出発した。
だが、リスナーもメディアも、完全にOasisの影を切り離して聴くことは難しかった。
Liam Gallagherの声が鳴った瞬間、どうしてもOasisの記憶が立ち上がる。Gem ArcherやAndy BellもOasis後期を支えたメンバーである以上、比較から逃れるのはほとんど不可能だった。
その状況の中で作られた2ndアルバムBEは、単なる続編ではなかった。
プロデューサーにDave Sitekを迎えたことが大きい。SitekはTV on the Radioのメンバーであり、インディーロック、アートロック、エレクトロニックな音響処理を横断する感覚を持つ人物である。BEは2012年から2013年にかけて録音され、ロンドンのState of the Ark Studiosで制作された。ウィキペディア
この人選は、Beady Eyeにとってかなり意外性があった。
Oasis直系のギターロックを期待していた人にとって、Dave Sitekの名前は少し左にずれた選択だったはずだ。実際、BEではデビュー作よりもサイケデリックで、音像に奥行きがある。ギターを大きく鳴らすだけではなく、ベースやパーカッション、エフェクト処理された音が曲の中心に入り込んでいる。
Second Bite of the Appleは、まさにその変化がはっきり出た曲である。
この曲の作曲者はGem Archer。Oasis後期の楽曲やBeady Eyeのレパートリーでも重要な役割を担ってきた人物だ。Pitchforkのレビューでも、この曲がGem Archer作であることに触れられており、Liam Gallagher、Gem Archer、Andy BellというBeady Eye内のソングライティング体制の一部として位置づけられている。Pitchfork
Gem Archerの書く曲には、クラシックなロックへの愛情がありつつ、少しひねったメロディ感覚がある。Second Bite of the Appleも、表面上はグルーヴの強いロックだが、メロディの動きやコード感には、すっきり割り切れない不思議な濁りがある。
Liamが歌うことで、それはさらに独特なものになる。
Liam Gallagherの歌声は、意味を丁寧に説明する声ではない。言葉を噛みつくように放り、母音を伸ばし、語尾を投げる。そのスタイルは、曲の曖昧な歌詞と相性がいい。明晰な物語ではなく、態度、匂い、表情を伝える声なのだ。
BEというアルバム自体も、評価は分かれた。Dave Sitekのプロダクションによって音響的な変化を見せた一方で、歌詞や楽曲の完成度については批判的な意見もあった。PitchforkはSitekのクリアなプロダクションが曲の弱点を目立たせていると評している。Pitchfork
ただし、この批判はSecond Bite of the Appleの魅力を裏返しに示しているとも言える。
この曲は、歌詞を文章として読むと、たしかに捉えどころがない。だが、ロックンロールは必ずしも詩集のように読む音楽ではない。意味の断片が、声とリズムと音色の中でどう立ち上がるか。そこにこそ、この曲の面白さがある。
Second Bite of the Appleは、Beady Eyeがもう一度ロックバンドとしてリンゴにかじりつこうとした瞬間の音である。
それはきれいな再出発ではない。少し歪んでいる。少し不安定だ。けれど、その不安定さの中に、Oasis以後のLiam Gallagherたちが別の扉を開けようとしていた気配がある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞全文は権利保護のため掲載しない。ここでは批評・解説に必要な範囲で、短いフレーズのみを引用する。
Shake my tree, where’s the apple for me?
和訳:
俺の木を揺らしてくれ
俺のためのリンゴはどこにある?
この一節は、曲のタイトルと深くつながっている。
リンゴは、ただの果実ではない。欲しいもの、得られるはずの報酬、もう一度手にしたいチャンス。そのすべてを含んでいるように聞こえる。
木を揺らすという動作も重要だ。
待っているだけではリンゴは落ちてこない。揺さぶらなければならない。つまり、欲望は受け身ではなく、身体を使って取りにいくものとして描かれている。
続くフレーズでは、笑う理由が分からないなら笑う意味はない、というようなニュアンスも現れる。ここには、空っぽのポーズや外側だけの態度に対する皮肉がある。ロックンロールの世界では、クールに見せることが重要になる一方で、そのクールさが空洞になる瞬間もある。
Second Bite of the Appleは、そうした空洞を笑いながら、同時に自分もその中にいることを分かっている曲のように聞こえる。
歌詞の確認元としては、Spotify、JOYSOUNDなどで歌詞情報が表示されている。Spotifyの楽曲ページではSecond Bite of the Appleの歌詞冒頭が確認でき、JOYSOUNDにも同曲の歌詞情報が掲載されている。
歌詞の著作権は作詞作曲者および権利管理者に帰属する。本記事では批評・解説の目的で最小限の範囲のみ引用している。
4. 歌詞の考察
Second Bite of the Appleの歌詞は、かなり奇妙である。
いわゆるロックの歌詞にありがちな、分かりやすい愛の告白でも、社会への怒りでも、青春の焦燥でもない。言葉は断片的で、時にナンセンスに近い。だが、そのナンセンスさには妙な引っかかりがある。
たとえば、リンゴというモチーフ。
リンゴはポップミュージックの中で、さまざまな意味を背負ってきた。誘惑、知恵、罪、報酬、若さ、瑞々しさ。聖書的なイメージを連想する人もいるだろうし、ビートルズのAppleを思い浮かべる人もいるかもしれない。
Beady Eyeというバンドが、元Oasisのメンバーによって作られたことを考えると、リンゴをもう一度かじるというタイトルはどうしても意味深に響く。
Oasisという巨大な果実を一度味わった彼らが、もう一度ロックシーンの中心に手を伸ばす。そんな読み方が自然に浮かぶのだ。
ただし、この曲は過去への未練をしっとり歌う曲ではない。
むしろ、少し悪ふざけのようなテンションがある。Liamの歌い方は、深刻な自己分析から遠い。彼は言葉の意味を丁寧に置くのではなく、声の形で空気を切り裂く。そこに、昔から変わらないLiam Gallagherの魅力がある。
彼の声は、いつも少し前のめりだ。
背筋を伸ばして歌うというより、顎を上げ、肩で風を切りながら歌う。Second Bite of the Appleでは、その声がDave Sitekの作る奇妙な音の迷路に放り込まれている。だから、いつものLiamなのに、背景がいつもと違う。ここがこの曲の聴きどころである。
サウンドは、非常にリズム重視だ。
ギターがすべてを支配するというより、パーカッションとベースが曲を引っ張っている。乾いた打楽器の音がカタカタと鳴り、ファズの効いた低音が地面を這う。そこにブラス風の響きが入り、曲全体を少し猥雑なカーニバルのようにしている。
Apple Musicの紹介では、この曲のサウンドについて、鳴り物のようなパーカッション、ファズのかかったベース、ブラスセクション的な装飾が特徴として挙げられている。Apple Music – Web Player
この音作りは、Beady Eyeのデビュー作とはかなり違う。
Different Gear, Still Speedingは、もっとストレートなギターロックだった。The Rolling Stones、The Who、The Beatles、Small Facesといった英国ロックの血筋を、あまり隠さず鳴らしていた作品である。
一方、BEはもっと煙っている。
音の輪郭がゆがみ、ところどころにサイケデリックな色が差し込む。Second Bite of the Appleは、そのアルバムの中でも比較的キャッチーな曲だが、決して単純ではない。踊れる。けれど、まっすぐ踊らせてはくれない。床が少し傾いているようなグルーヴなのだ。
歌詞も同じである。
フレーズは短く、意味は飛ぶ。だが、全体としては欲望と挑発のムードがある。
何かが欲しい。
誰かに見られている。
ポケットの中に何かを隠している。
強くなければ言葉を受け取れない。
愛しているものを見せろ、と迫られる。
こうして並べると、歌詞はロックンロールの舞台裏のようにも感じられる。
ステージ、観客、メディア、欲望、虚勢、愛情、からかい。すべてがごちゃ混ぜになっている。明確なメッセージではなく、ロックバンドが人前に立つときに発生する視線の渦そのものを歌っているようなのだ。
特に印象的なのは、show what you love nowという方向のフレーズである。
ここには、ただ格好つけるだけでは足りないという感覚がある。何が好きなのか。何を信じているのか。どこに本気があるのか。それを見せろ、という声だ。
この曲をBeady Eyeのキャリアに重ねると、その言葉はバンド自身に返ってくる。
Oasisの後に何をやるのか。
Liam Gallagherの声を、どんな音の中で鳴らすのか。
過去の栄光をなぞるのか。
それとも、もう一度違う形でリンゴにかじりつくのか。
Second Bite of the Appleは、その問いに対するひとつの答えだった。
完璧な答えだったかどうかは別として、少なくとも安全な答えではなかった。Dave Sitekのプロダクションは、Liamの声にいつもの革ジャンだけでなく、少し奇妙な照明を当てた。Gem Archerの曲は、伝統的なロックの骨格を持ちながら、そこにゆがんだ装飾をまとわせた。
その結果、この曲には不思議な鮮度がある。
Oasisの延長でもある。
だが、ただのOasisの残響ではない。
Beady EyeがBeady Eyeとして一歩外へ出ようとした音である。
批評的には、Second Bite of the Appleの歌詞は弱点として扱われることもある。Pitchforkはこの曲を、Liam Gallagherらしい不遜さを持った楽しい曲になり得るものとしつつ、歌詞が明瞭に聞こえることでその粗さも目立つと評している。Pitchfork
たしかに、歌詞だけを紙に置けば、強烈な詩的完成度があるとは言いにくい。
しかし、ロックの歌詞には、紙の上ではなくスピーカーの中で完成するものがある。Second Bite of the Appleは、まさにそのタイプだ。
Liamが歌うことで、意味の穴が態度で埋まる。Dave Sitekの音作りによって、ナンセンスな言葉がサイケデリックな映像になる。Gem Archerのメロディが、断片的なフレーズをフックへ変える。
だからこの曲は、理解する曲というより、巻き込まれる曲である。
乾いたパーカッションが鳴った瞬間、少し怪しい路地に足を踏み入れたような感覚がある。ベースがうなり、Liamの声が入ってくると、そこはもうBeady Eyeの世界だ。過去の栄光も、メディアの視線も、ファンの期待も、全部まとめて煙に巻きながら進んでいく。
Second Bite of the Appleは、決して万人が認める大名曲というタイプではない。
だが、Beady Eyeというバンドの挑戦を知るうえでは、とても重要な曲である。Oasis以後のLiam Gallagherが、ただ過去を再演するのではなく、少し奇妙で、少し危うい場所へ向かおうとしていた。その瞬間が、この3分半に詰まっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Flick of the Finger by Beady Eye
BEの冒頭を飾る楽曲であり、Second Bite of the Appleと同じくDave Sitekのプロダクションによる変化を強く感じられる。ブラスの響きと重たいリズムが印象的で、Beady Eyeがデビュー作の直線的なロックから一歩外へ出ようとしたことがよく分かる。Second Bite of the Appleの猥雑なグルーヴが気に入った人には、まずこの曲が合う。
– Soul Love by Beady Eye
同じアルバムBEに収録された、より浮遊感の強い曲。Second Bite of the Appleが地面を跳ねる曲だとすれば、Soul Loveは夜空に煙が上がっていくような曲である。Liam Gallagherの声が、いつもの攻撃性だけでなく、甘さや孤独も帯びて響く。BEというアルバムのサイケデリックな側面を知るには外せない。
– The Roller by Beady Eye
Beady Eyeのデビュー期を代表する曲。Second Bite of the Appleよりもはるかにストレートで、Oasis以後のLiam Gallagherがクラシックな英国ロックンロールへ戻ったような感触がある。メロディは分かりやすく、ギターも大きく鳴っている。BEでの実験性と比較すると、Beady Eyeの変化がよりはっきり見える。
– Bring the Light by Beady Eye
Beady Eyeの最初期のシングル。ピアノ主体の軽快なロックンロールで、バンドがOasisの影から出て、まずは陽気に鳴らそうとしていた空気がある。Second Bite of the Appleのような音響的なひねりは少ないが、Liamの声の存在感とバンドの勢いを楽しめる。よりシンプルなBeady Eyeを聴きたい人に向いている。
– Shock of the Lightning by Oasis
Oasis後期の楽曲で、Liam Gallagherの声とバンドの疾走感が強く結びついた一曲。Beady Eyeの音楽を聴くとき、どうしてもOasisとの関係は避けられない。Second Bite of the Appleの実験的なグルーヴとは違うが、Liamの声がバンドサウンドの中心に立つ迫力を感じるには最適である。
6. もう一度リンゴにかじりつくバンドの音
Second Bite of the Appleというタイトルは、Beady Eyeというバンドの運命をかなり率直に映している。
彼らは一度、Oasisという巨大なリンゴをかじっていた。
それは甘く、強烈で、世界中に知られる果実だった。だが、その果実はもうそこにはない。バンドは終わり、兄弟は別々の道を進み、Liam Gallagherは新しい名前でステージに立つことになった。
その状況で、もう一度リンゴにかじりつく。
これはかなり勇敢な行為である。
なぜなら、聴き手は必ず比較するからだ。Oasisと比べる。Noel Gallagherのソロと比べる。過去のLiamと比べる。どれだけ違うことをしても、どこかで昔の影がついて回る。
Second Bite of the Appleは、その影を完全に振り払う曲ではない。
むしろ、影があることを承知で、別の照明を当てている曲だ。Liamの声は変わらずLiamである。Gem Archerのメロディにも英国ロックの血が流れている。だが、Dave Sitekの音作りがそこに異物感を持ち込む。
この異物感が重要なのだ。
もしBeady Eyeが、ただOasis風の曲を量産していたら、Second Bite of the Appleのような奇妙な魅力は生まれなかっただろう。逆に、完全にLiamの個性を消すほど実験的になっても、曲は成立しなかったかもしれない。
この曲は、その中間にある。
クラシックなロックンロールの身体を持ちながら、皮膚の色だけが少し変わっている。
Liam Gallagherの声なのに、背景がいつもより歪んでいる。
ポップなのに、どこか落ち着かない。
踊れるのに、足元が少しふらつく。
そこがいい。
Second Bite of the Appleは、完成された勝利宣言というより、試しにドアを蹴ってみた音である。ドアの向こうに何があるかは、まだよく分からない。けれど、とにかく蹴った。その衝撃が曲の中に残っている。
Beady Eyeはその後、長く続くバンドにはならなかった。BEは彼らの2作目にして最後のスタジオアルバムとなった。ウィキペディア
だからこそ、Second Bite of the Appleには少し切ない光もある。
もう一度チャンスをつかもうとしたバンド。
過去を背負いながら、別の音を探したバンド。
その試みが完璧ではなかったとしても、確かにそこには前へ進もうとする熱があった。
この曲を聴くと、ロックンロールは成功の物語だけではないのだと分かる。
むしろ、うまくいくか分からないまま、もう一度音を鳴らすこと。批判されるかもしれない場所へ出ていくこと。過去と比べられると分かっていながら、それでもマイクの前に立つこと。
Second Bite of the Appleは、そんな再挑戦のざらつきを持っている。
リンゴの二口目は、一口目ほど甘くないかもしれない。
だが、そこには一口目にはなかった苦みがある。
そして、その苦みこそが、この曲をBeady Eyeらしいものにしている。

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