
発売年:2011年
収録アルバム:『Different Gear, Still Speeding』
ジャンル:ロック、ブリットポップ以後のギター・ロック、サイケデリック・ロック、ガレージ・ロック、パワー・ポップ
概要
Beady Eyeの「Millionaire」は、Oasis解散後にLiam Gallagher、Gem Archer、Andy Bell、Chris Sharrockによって始動した新バンドが、“Oasisの残像”を抱えながらも、別のかたちで自分たちのロックンロール観を提示しようとしていた時期を象徴する楽曲のひとつである。Beady Eyeというプロジェクト全体は、どうしてもその出自ゆえに“Oasisの続きではないか”“Noel不在で何ができるのか”という視線の中で受け取られた。実際、デビュー作『Different Gear, Still Speeding』は、Oasis後期の巨大なアンセム志向とは少し距離を置きながら、もっと60年代的で、もっと雑多で、もっと生のバンド感覚を押し出した作品として作られていた。「Millionaire」もその文脈の中にあり、華やかな成功者像を真正面から讃えるのではなく、むしろLiam Gallagher流の気怠さ、挑発、ロックンロール的な自己像が交錯する曲として響く。
Beady Eyeの魅力は、Oasisほどソングライティングの神話性や普遍的アンセム性に依存せず、もっと断片的で、もっとフィジカルなロックの快楽を前面に出していた点にある。特にデビュー期の彼らには、The Beatles、The Rolling Stones、The Who、T. Rex、The Kinks、Small Faces、さらにはサイケデリアやガレージ・ロックへの露骨な愛着があった。「Millionaire」は、その雑食性が比較的ストレートに表れている曲であり、巨大な人生哲学を歌うというより、“いまこの瞬間に鳴っているロックンロールの態度”を提示するタイプの楽曲である。だからこの曲の価値は、完成されたポップソングとしての緻密さ以上に、バンドがどういう空気で鳴っているか、その感触にある。
タイトルの「Millionaire」は、一見すると成功、富、勝者、派手な生活といったイメージを連想させる。だが、Beady Eyeにおいてこうした言葉は、素朴な憧れや自己顕示としてだけは機能しない。とりわけLiam Gallagherが歌う場合、“millionaire”という単語には、金や地位そのものよりも、ロックンロールの世界で自分をどう見せるかというポーズの問題がつきまとう。つまりここでの“億万長者”は、経済的成功者というより、自分の態度そのものを誇示するキャラクターとして響く。そのため「Millionaire」は、豊かさの歌である以上に、“俺はこういうやつだ”という提示の歌として聴いた方がしっくりくる。しかもその提示は、Oasis時代の巨大な自信とは少し違い、もっと軽く、もっと投げやりで、少し皮肉も混じっている。
2011年というタイミングも重要である。この頃のUKロックは、もはや90年代ブリットポップの延長では動いていなかった。Arctic Monkeys以降のより鋭いインディー・ロック、Kasabian的なサイケとダンスの混交、さらにはガレージやレトロ趣味を含んだ若いバンドの台頭があり、Oasis的アンセム・ロックの時代はすでに終わっていた。そうした中でBeady Eyeは、時代の中心へ完全にフィットしようとするのではなく、自分たちのルーツである60年代ロックンロール、サイケ、グラム、ブリティッシュ・ビートを、そのまま現在へ持ち込もうとしていた。「Millionaire」にもその姿勢がよく表れていて、これは“現代的なロック・シングル”というより、“ロックンロールの古典的快楽を2011年に鳴らした曲”として聴くべきだろう。
音楽的には、この曲はBeady Eyeらしいラフな推進力を持っている。ギターは厚みがありながらも過剰にヘヴィではなく、あくまでビートとリフの感触が前面に出る。リズム隊もタイトだが、機械のような正確さより“バンドで押し出す感じ”を大事にしている。そこにLiam Gallagherのヴォーカルが乗ることで、曲はさらに独特の質感を持つ。Liamの声は若い頃の切れ味を完全には保っていないが、そのぶんザラつきや居直りの感じが強くなっており、Beady Eyeのこうした曲にはむしろよく合っている。整った歌唱より、“歌っているだけで態度になる声”として機能しているのである。
「Millionaire」は、Beady Eyeのカタログの中で最も有名な曲というわけではないし、代表曲として真っ先に挙がるタイプでもないかもしれない。しかし、この曲にはBeady Eyeというバンドの本質がかなりよく出ている。つまり、過去の巨大なバンドの残響を背負いながら、なお“ロックンロールを鳴らすこと”そのものを信じていた集団の空気がある。『Different Gear, Still Speeding』全体がそうであるように、この曲もまた、完成された傑作というより“いま鳴っていること”の勢いで意味を持つタイプの楽曲だ。そしてそこにこそ、Beady Eyeというプロジェクトの面白さがある。
楽曲分析
1. リフの押し出しとロックンロール感覚
「Millionaire」は、まずギターの押し出し方が非常に分かりやすい。The Beatles的なコード感や、T. Rex以降のグラム寄りのルーズな色気、さらにOasis以後のUKギター・ロックの厚みが同時に混ざっているが、全体としてはかなり素朴なロックンロールのリフ感覚に立脚している。Beady Eyeのデビュー期には、洗練された現代的プロダクションよりも“古典的なバンドの鳴り”を前に出す傾向があったが、この曲はその傾向がよく分かる。大きな仕掛けがあるわけではない。だが、シンプルな押し出しがある。その潔さが魅力だ。
2. Liam Gallagherのヴォーカルの態度
Liam Gallagherの声は、Oasis期の途中からすでに“メロディを美しく歌う”というより、“声そのものがスタンスになる”方向へ進んでいた。「Millionaire」でもその特徴がはっきり出ている。ここで彼は繊細な感情を描くのではなく、フレーズを吐き捨てたり、引っ張ったりしながら、曲そのものに態度を与えている。歌唱としてはかなりラフだが、そのラフさがこの曲には必要だ。もしもっと器用なシンガーが歌ったら、「Millionaire」は単なるロック曲になってしまっただろう。Liamが歌うことで、この曲は“音以上の何か”を持つ。
3. “Millionaire”という言葉の響き
この曲で使われる“millionaire”という単語は、文字どおりの経済的な意味以上に、ロックンロール的キャラクターの記号として響いている。Beady EyeはOasisほど大きな神話を背負わないぶん、こうした言葉の使い方にも少し軽さがある。だからこのタイトルは“成功者宣言”というより、“そう見えるだろ?”という半ば茶化した見せ方に近い。その曖昧さが、この曲を単純な自慢話にしていない。Liam Gallagherのキャラクター性も相まって、この“millionaire”という言葉には、成功そのものより“成功者っぽくふるまうこと”への意識がにじんでいるように聞こえる。
4. メロディの作り方
Beady Eyeの楽曲は、Oasisのように大きなサビで空へ抜けていくタイプのメロディより、もっと横に流れ、態度で押していくタイプのメロディが多い。「Millionaire」もその系譜にある。サビで劇的に景色が変わるというより、全体のグルーヴと反復の中でじわじわフックを強めていく。そのため、初聴で圧倒するタイプではないが、何度か聴くと癖になる。この“瞬時の大感動”ではなく“態度の中毒性”に寄っているところが、Beady Eyeらしい。
5. Oasisとの距離感
この曲を聴くと、Beady EyeがOasisと完全に断絶していたわけではないことはよく分かる。ギターの壁、Liamの声、60年代ロックへの傾倒といった要素は確かに共通している。しかし「Millionaire」が面白いのは、そこから巨大アンセムへ行かないところだ。Noel Gallagherならもっと明確なメロディの山を作ったかもしれないし、歌詞にももう少し決定的なフレーズを置いたかもしれない。だがBeady Eyeは、そこまで行かず、もっとラフな“バンドのノリ”のところで止まっている。その差こそがBeady Eyeの個性であり、この曲にもはっきり表れている。
6. 2010年代初頭の“古さ”の意味
「Millionaire」は2011年の曲だが、音だけを聴けばもっと前の時代のロックの感触をかなり意識している。それは時代遅れという意味ではなく、むしろ意図的な“古さ”である。Beady Eyeは当時の最先端サウンドへ合わせることより、ロックンロールのクラシックな快感を再提示することに興味があった。「Millionaire」はその姿勢を端的に示している。2010年代初頭にこれをやること自体が、ある意味では逆張りだった。だが、そこにバンドの誠実さも見える。流行に寄せるより、自分たちの好きなロックの鳴り方を信じる。その態度がこの曲にはある。
総評
「Millionaire」は、Beady Eyeの楽曲の中で最も緻密に作り込まれた名曲、というタイプではない。だが、この曲にはBeady Eyeというバンドの魅力がかなり素直に表れている。すなわち、Oasisという巨大な物語を失った後でも、なおLiam Gallagherたちがロックンロールを鳴らす意味を手放していなかったこと、その意味を“でかい物語”ではなく“いま鳴る音の勢い”に置き直していたことが分かる。
音楽的には、60年代のビート・ミュージック、70年代のグラム、90年代以降のUKギター・ロックが緩く混ざり合っており、新しさより手触りの良さ、完成度よりバンド感覚が前に出ている。そのため、楽曲単体での決定力ではなく、バンドの空気を含めて聴くことで魅力が増すタイプの曲だろう。Liam Gallagherの声も、昔のような無敵感ではないが、そのぶんザラつきや意地が出ていて、こうした曲にはよく合っている。
Beady Eyeというプロジェクト自体、評価が分かれやすい。Oasisの代用品としては足りず、完全な新バンドとしても見られにくかったからだ。しかし「Millionaire」のような曲を聴くと、その曖昧さこそが面白さでもあったと分かる。ここには大きな成功を目指す必死さより、ロックンロールを鳴らすこと自体への執着がある。そしてその執着は、時に傑作よりも、生身のバンドの輪郭をよく見せる。
「Millionaire」は、Beady Eyeの核心を知るための小さく重要な一曲である。大げさな代表曲ではない。だが、過去の残響の中でなお前へ進もうとするバンドの、ラフで不格好で、それゆえに本物らしい瞬間がここにはある。

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