1. 歌詞の概要
「Run & Hide（ラン・アンド・ハイド）」は、カナダのオルタナティブ・ロックバンド、The Watchmen（ザ・ウォッチメン）の1998年作『Silent Radar』に収録された楽曲で、逃げること、隠れること、そしてそこから何かを見出そうとする葛藤をテーマにした、内省的で情熱的なナンバーである。
タイトルが示すとおり、この曲では語り手が「走って、隠れる」ことを選ぶ。
それは臆病さや弱さの象徴かと思いきや、曲が進むにつれて「それもまた、生きるための選択」であるという認識が浮かび上がってくる。
誰かに対して正直になれない瞬間、自分の感情に耐えきれない瞬間、現実から目を逸らしてしまいたいとき――そんな心の動きをそのまま描き出したような作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Run & Hide」が収録された『Silent Radar』は、The Watchmenがキャリア中期において音楽的な成熟を見せた作品であり、内省的なリリックと、洗練されたプロダクションが高く評価されたアルバムである。
当時のオルタナティブ・ロックは、単なる怒りや反骨から、より感情の奥に踏み込む時代へと移行していた。
この曲も、そうした変化の中で生まれた作品であり、「逃げること＝敗北」ではなく、「静かに自分を守る手段」として肯定的に描かれている点において非常に先鋭的だった。
ヴォーカリストであるDaniel Greavesの表現力は本作でも冴えわたり、抑制の効いたパフォーマンスのなかに抑えきれない感情のうねりが見え隠れする。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的なフレーズを抜粋し、その和訳を紹介する。
“Run and hide, that’s all I seem to do”
「走って隠れて、そればかりしている気がする」
“I can’t face the truth / Not when it’s about you”
「真実に向き合えない / それが君のことになると特にね」
“It’s easier to run / Than stand and watch you go”
「立ち尽くして君を見送るよりも / 走って逃げるほうがまだマシなんだ」
“I build these walls / So I don’t have to know”
「壁を築いてきたんだ / 何も知らなくて済むように」
歌詞全文はこちら：
The Watchmen – Run & Hide Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
この曲は、恋愛や人間関係、あるいは自己との向き合いのなかで、「逃げたい」という気持ちを正面から取り上げている。
興味深いのは、語り手がその逃避的行動を否定も肯定もせず、ただ“あるもの”として描いていることだ。
つまり、「逃げている」という事実そのものがテーマであり、それを恥じたり美化したりするのではなく、淡々と歌いあげる姿勢に真実味がある。
「It’s easier to run than stand and watch you go」という一節は、逃げることで傷を浅くしようとする人間の心理を的確に捉えており、そこには誰しもが共感できる切実なリアリティがある。
また、「壁を築いてきた」という比喩も、感情の防御機制としての“沈黙”や“距離”を象徴しており、人間関係における**“わかりあえなさ”と、それを受け入れるための時間**を示唆している。
この曲が持つ力は、弱さを歌いながら、それを「悪」とは断じないところにある。
それは、“逃げることでしか救われない夜”があることを、そっと肯定してくれるような温度を持っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Drive by Incubus
逃避と向き合いのあいだで揺れる心を、自問自答しながら描くモダン・オルタナティブの名作。 - Creep by Radiohead
「どうしようもない自分」をそのまま差し出すことで共感を呼んだ、自己否定の金字塔。 - Name by Goo Goo Dolls
名前のない関係、言葉にできない感情を静かに描いた90年代オルタナの名バラード。 -
Runaway Train by Soul Asylum
現実から逃げ出したいという感情を、社会性とパーソナルな痛みの両面で描いた楽曲。 -
Disarm by The Smashing Pumpkins
自分の中にある“壊したい部分”と、守りたいものとの対話を描いた、感情の静かな爆発。
6. “逃げることもまた、誠実な選択肢である”
「Run & Hide」は、何かから逃げ出したいとき、誰かと距離を置きたいとき、その感情を否定しないための楽曲である。
それは敗北や無責任ではなく、「まだ立ち向かえる強さがない」という、成熟への途中段階としての逃避なのだ。
この曲は、“立ち向かえない夜”に寄り添ってくれる、やさしいオルタナティブ・ロックである。
逃げたっていい。隠れたっていい。
でも、それを認めるところから、きっと何かが変わり始める――そんな“静かな回復の物語”を、この曲は私たちの心にそっと語りかけてくれる。
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