1. 歌詞の概要
「Road to Nowhere」は、Talking Headsの1985年のアルバム『Little Creatures』からのシングルであり、彼らの楽曲の中でも特に哲学的で皮肉に満ちた名曲である。タイトルの通り、この曲は「どこにも通じていない道」について歌われており、その響きは一見すると虚無や絶望を想起させるかもしれない。だが実際には、この曲にはある種の受容、開き直り、そして人間らしさへの優しい視点が宿っている。
「人生は無意味であるかもしれないが、それを悲しむ必要はない。なぜなら、我々はその“無意味な道”を共に歩いているからだ」。そんなテーマが、軽快で明るいサウンドに包まれて描かれている。歌詞の中では「地獄」「啓示」「愛」「祈り」といった宗教的で終末的なイメージが次々に現れるが、それらは恐怖の対象としてではなく、ユーモアや達観とともに受け入れられている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Road to Nowhere」は、デヴィッド・バーンが意図的に「明るく始まり、終末を歌う曲を作りたかった」と語っている通り、パラドックスと二面性に満ちた構造を持っている。イントロ部分はゴスペル風のコーラスで始まり、聖歌のような祈りと希望の雰囲気を醸し出す。しかしその後、楽曲は徐々にテンポを上げ、アメリカーナ的な要素も含んだフォーク・ロック調のサウンドへと変化していく。
この楽曲が収録されたアルバム『Little Creatures』は、Talking Headsにとってそれまでの実験性やアバンギャルドさをやや抑え、よりポップで聴きやすい方向へと舵を切った作品であった。その中で「Road to Nowhere」は、非常にキャッチーでラジオフレンドリーでありながら、皮肉と深いメッセージを併せ持つという、彼らの成熟した作家的アプローチがよく表れている。
この曲はイギリスでは大ヒットを記録し、UKチャートでは6位を獲得するなど、商業的にも成功を収めた。また、ミュージックビデオもデヴィッド・バーン自身の演出によるもので、彼の奇抜なビジュアルセンスが存分に発揮された作品となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、歌詞の一部を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
Well we know where we’re goin’
僕らはどこに向かっているか分かってるBut we don’t know where we’ve been
でもどこから来たのかは分かっていないAnd we know what we’re knowin’
自分たちが知ってることだけは確かでBut we can’t say what we’ve seen
だけど見たものを説明することはできないWe’re on a road to nowhere
僕らはどこにも通じない道を進んでいるCome on inside
さあ中に入っておいでTakin’ that ride to nowhere
無意味な旅に出かけようWe’ll take that ride
その旅に、僕らは共に乗り込むんだ
出典:Genius – Talking Heads “Road to Nowhere”
4. 歌詞の考察
「Road to Nowhere」のリリックは、一見すると希望のない人生観を描いているように思える。だが、その本質はむしろ“絶望の受容”であり、全体としては温かく、どこか微笑ましい開き直りの感覚がある。
「どこへ向かっているかは分からないけれど、みんなで一緒にその道を進んでいるのだから、それでいいじゃないか」というこの歌詞の姿勢は、現代社会の混沌と不確かさを生きる我々にとっても響くものがある。バーンの冷静でユーモラスな語り口は、宗教や政治、歴史的災厄までも軽やかに包み込み、最後には“どうにかなるさ”という楽観的な境地へとリスナーを導いてくれる。
また「地獄」や「神の怒り」といった宗教的イメージは、それ自体が恐怖を喚起するというよりも、むしろ日常の中に潜む無意味さや、社会の虚構性を戯画的に描き出すための装置として機能している。それゆえ、終末的なテーマでありながらも、「Road to Nowhere」は不思議と慰めに満ちているのだ。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- And She Was by Talking Heads
アルバム『Little Creatures』からのもうひとつの代表曲で、夢の中を浮遊するような女性の物語が印象的。 - This Must Be the Place (Naive Melody) by Talking Heads
より内省的で優しい世界観を持つバラード。シンプルなメロディの中に深い感情が宿る。 - Once in a Lifetime by Talking Heads
人生の意味やアイデンティティに向き合うという点で、「Road to Nowhere」との共通点が多い。 - The End by The Doors
終末的で哲学的な歌詞を持つロックの金字塔。混沌と破壊を静かに描いた作品。 -
The Future by Leonard Cohen
冷笑と予言が交錯する名曲。「先の見えない時代」を歌うという意味で通じ合う。
6. 楽観的ニヒリズムという視点——不安の時代の処方箋
1980年代半ば、冷戦の緊張や経済的不安定さの中で、多くの人々は未来に対して漠然とした不安を抱いていた。そんな中で「Road to Nowhere」が放ったメッセージは、シニカルでありながらもどこか救いを与えるものだった。
特に、デヴィッド・バーンの演出によるミュージックビデオは、回転するオフィスチェア、空中を浮遊する人物、そして無表情の顔が絶えず変化する映像など、意味不明でありながらも魅了されるシュールな世界観を提示していた。それは、秩序立った説明を拒否し、むしろ“意味のなさ”に意味を見出そうとする姿勢そのものであり、楽曲のテーマとも深く共鳴していた。
この曲は、単なるニヒリズムではなく、「道がないことを受け入れる強さ」「出口がないからこそ踊る」という、楽天的ニヒリズムの典型である。その感覚は、社会が複雑さと不安定さを増している今日においても、非常にタイムリーである。
「Road to Nowhere」は、目的地にたどり着くことよりも、“旅を続けること”の意味を私たちに問いかけているのだ。たとえそれがどこにも続いていなくても。
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