
発売日: 1986年11月
ジャンル: インディーロック、オルタナティブ・ロック、ガレージ・ロック、フォーク・ロック
概要
『Ride the Tiger』は、ニュージャージーを拠点とするインディーロックバンド、Yo La Tengoが1986年に発表した記念すべきデビュー・アルバムである。
当時、ギタリスト兼ヴォーカルのアイラ・カapランとドラマーのジョージア・ハブリーによる夫婦デュオとして活動していた彼らは、この作品で自らの音楽的アイデンティティの“萌芽”を確かに刻みつけた。
本作は、80年代アメリカのアンダーグラウンド・シーンに根差したDIY精神と、60年代ガレージ・ロックやフォーク・ロックへのオマージュが同居する、控えめながら芯の通った作品である。
プロデューサーに元Mission of Burmaのクラントン・コンヴァースを迎え、ノイジーかつ誠実なサウンドが展開される。
Yo La Tengoの後の広大な音楽性――ノイズ、ドローン、ジャズ、アンビエント、ソウル――はこの段階ではまだ見られないものの、彼らの音楽の根底にある誠実な歌心とアナログな温もりは、すでにこのデビュー作で確かな形となって現れている。
全曲レビュー
1. The Cone of Silence
不穏なリズムとカプランのやや神経質なボーカルで幕を開ける。
ダークなギターとパンク的衝動が入り混じる、初期Yo La Tengoの無骨な姿を象徴する一曲。
2. Big Sky(The Kinks カバー)
レイ・デイヴィスの名曲を、よりラフで生々しい演奏で再構築。
オリジナルの皮肉っぽさに対して、Yo La Tengoはもっと切実に、手触りのある演奏を聴かせる。
3. The Evil That Men Do
静と動のコントラストが効いたミディアムテンポのナンバー。
ギターの反復フレーズが印象的で、のちのドローン的アプローチの萌芽が見える。
4. The Forest Green
サイケデリック・フォーク的な影を感じさせる楽曲。
繊細でシンプルな構成が、聴き手の内面を静かに揺らす。
5. Screaming Dead Balloons
本作の中でもひときわ荒削りなガレージロック・ナンバー。
ヴォーカルもギターも前のめりで、“ローファイ・パンク・フォーク”のような混沌が魅力。
6. The Pain of Pain
アコースティック主体の切ないフォーク・バラード。
Georgia Hubleyのドラミングとヴォーカルの支え方が、バンドの“内なるやさしさ”を象徴する。
7. The Way Some People Die
力強くシンプルなコードで構成されたロック・ナンバー。
“死に方”を歌うタイトルに反して、どこか明るさも感じさせる不思議なトーン。
8. Five Years(David Bowie カバー)
大胆にもボウイの名曲を取り上げた本作屈指のハイライト。
感情的な爆発というよりは、あくまで朴訥に、静かに未来への不安を歌い上げる。
9. Always Something
メランコリックなメロディと、曇りがちなコード進行。
タイトル通り、“いつも何かがある”という小さな人生のざらつきを、誠実に音にしている。
総評
『Ride the Tiger』は、後に“アメリカ・インディーの良心”と呼ばれることになるYo La Tengoの音楽の出発点にして、誇張も装飾もない誠実なデビュー作である。
まだノイズや即興性に大きく傾く前の段階とはいえ、このアルバムには既に彼らの本質――日常のかけらを、静かに、丁寧に音にすること――が宿っている。
カバー曲とオリジナルの混在、60年代へのオマージュ、シンプルな楽器編成などが、むしろ新鮮で親密な響きを与え、当時のアメリカ・アンダーグラウンド・ロックの空気を今に伝えてくれる。
まるで家の中で鳴っている音のような、小さくて温かいロックのあり方が、この作品には詰まっている。
派手さはないが、聴けば聴くほど味わいが深まる。
まさに“虎に乗って”旅立った、静かなる第一歩なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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New Wave Hot Dogs / Yo La Tengo
次作にしてより明確にバンドとしてのサウンドが確立。『Ride the Tiger』との対比が興味深い。 -
Let’s Go Eat the Factory / Guided by Voices
ローファイかつ親密な感触が共通。DIYインディー精神を貫いたバンドによる傑作。 -
Alien Lanes / Guided by Voices
破片的で多様性に富んだインディーロックの金字塔。Yo La Tengoの美学に通じるものがある。 -
You’re Living All Over Me / Dinosaur Jr.
同時代に登場したノイジーでメロディアスなギターロック。荒削りな魅力が共鳴。 -
Goo / Sonic Youth
よりアヴァンギャルドではあるが、同じNY地下シーンから出た“ノイズの詩学”として対照的におすすめ。
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