
発売日:2015年8月28日
ジャンル:インディー・ロック、インディー・ポップ、フォーク・ロック、ドリーム・ポップ、カバー・アルバム
概要
Yo La Tengoの『Stuff Like That There』は、2015年に発表されたアルバムであり、バンドの長いキャリアの中でも特に親密で静かな魅力を持つ作品である。Yo La Tengoは、1980年代半ばにニュージャージー州ホーボーケンで結成され、Ira Kaplan、Georgia Hubley、James McNewを中心に、インディー・ロック、ノイズ・ポップ、フォーク、ドリーム・ポップ、ガレージ・ロック、実験音楽を横断してきたアメリカの重要バンドである。彼らの音楽は、激しいフィードバック・ノイズを伴う長尺曲から、ささやくようなアコースティック・バラードまで幅広く、その振れ幅の大きさが独自性となっている。
『Stuff Like That There』は、1990年のアルバム『Fakebook』を思わせる構成を持つ作品である。『Fakebook』は、カバー曲、再録曲、新曲を組み合わせたアコースティック寄りのアルバムであり、Yo La Tengoのカタログの中でも長く愛されてきた一枚だった。『Stuff Like That There』も同様に、他アーティストの楽曲のカバー、自身の過去曲の再解釈、新曲を交えた内容になっており、バンドが音楽史や自分たち自身の歴史を静かに見つめ直す作品といえる。
本作の録音には、かつてのメンバーであるDave Schrammが参加している。彼のギターは、Yo La Tengoの初期作品におけるカントリー・ロックやフォーク・ロック的な響きを思い出させる重要な要素である。Ira Kaplanの柔らかなギター、Georgia Hubleyの穏やかなボーカルとドラム、James McNewの低音とハーモニーに、Schrammの温かいギターが加わることで、本作には小編成の室内楽的な親密さが生まれている。
2010年代半ばのインディー・ロックは、デジタル録音やシンセサイザーを積極的に取り入れる方向へ進む一方で、アナログ的な質感やローファイな親密さへの再評価も続いていた。『Stuff Like That There』は、新しい音響を追求する作品ではない。むしろ、声、ギター、控えめなリズム、穏やかなハーモニーによって、曲そのものの輪郭を丁寧に浮かび上がらせるアルバムである。その意味で、本作はYo La Tengoの実験性の“静かな側面”を示している。
アルバム・タイトルの『Stuff Like That There』は、曖昧で会話的な表現である。「そういう感じのもの」といった軽い言い回しは、強い主張や大きなコンセプトを掲げるのではなく、日常の中にある音楽、記憶、好み、親密な感情を拾い上げる本作の姿勢とよく合っている。ここでのYo La Tengoは、ロック・バンドとしての力強さを誇示するのではなく、好きな曲を静かに演奏し直し、自分たちの曲も別の角度から照らすことで、ポップ・ソングの持つ時間の層を示している。
本作は、派手な代表作として語られるタイプのアルバムではない。しかし、Yo La Tengoというバンドの本質を理解するうえでは非常に重要である。彼らは単にインディー・ロックの革新者であるだけでなく、音楽を聴き、記憶し、演奏し直すことそのものに深い愛情を持つバンドである。『Stuff Like That There』は、その愛情が最も穏やかな形で表れた作品である。
全曲レビュー
1. My Heart’s Not in It
オープニングを飾る「My Heart’s Not in It」は、もともとDarlene McCreaによって知られる楽曲のカバーであり、本作全体の空気を決定づける重要な一曲である。タイトルは「私の心はそこにない」という意味を持ち、恋愛関係や感情の不一致を静かに告げる言葉として響く。Yo La Tengoはこの曲を、過剰なドラマにせず、淡々とした哀しみとして表現している。
Georgia Hubleyのボーカルは、感情を押し出すというより、言葉の間に沈黙を置くように歌われる。彼女の歌声には、強い技巧や劇的な抑揚ではなく、距離を保ったまま心の疲れを伝える力がある。恋愛の終わりを叫ぶのではなく、すでに心が離れてしまった状態を静かに認める。この抑制された表現が、楽曲の切実さを高めている。
音楽的には、柔らかなギターと控えめなリズムが中心である。演奏はほとんど室内楽的で、音数は少ないが、それぞれの音が丁寧に配置されている。アルバムの冒頭にこの曲を置くことで、『Stuff Like That There』が華やかなカバー集ではなく、感情の微細な変化を聴かせる作品であることが示される。
2. Rickety
「Rickety」は、Yo La Tengo自身による新曲のひとつであり、タイトルが示す通り、どこか不安定で壊れやすい感覚を持った楽曲である。“Rickety”は、ぐらついた、今にも壊れそうな状態を意味する言葉であり、本作の静かな演奏にもよく合っている。強固なロック・サウンドではなく、揺らぎながら続いていく音楽としての魅力がここにある。
曲はシンプルな構成で、メロディの柔らかさと演奏の余白が重視されている。Yo La Tengoは長いキャリアを通じて、轟音の中にも繊細さを、静けさの中にも緊張感を持ち込むことに長けてきた。「Rickety」では、その静けさの側面が前面に出ている。音が少ないからこそ、ギターの一音、声の揺れ、リズムのわずかな遅れが意味を持つ。
歌詞の面では、関係性や心の状態が確かなものではなく、いつ崩れてもおかしくないものとして描かれている。だが、その不安定さは否定されていない。むしろ、完全ではないものをそのまま受け入れる感覚がある。Yo La Tengoの音楽には、壊れやすいものを大きな音で補強するのではなく、その弱さを抱えたまま演奏する姿勢がある。「Rickety」は、その美学をよく示す曲である。
3. I’m So Lonesome I Could Cry
「I’m So Lonesome I Could Cry」は、Hank Williamsの代表曲として知られるカントリー・クラシックのカバーである。アメリカ音楽史において非常に重要な楽曲であり、孤独を最も簡潔で美しい言葉にした作品のひとつといえる。Yo La Tengoがこの曲を取り上げることは、彼らがインディー・ロックのバンドであると同時に、アメリカン・ソングブックへの深い理解を持つ存在であることを示している。
原曲はカントリーの哀切な歌唱によって孤独を表現するが、Yo La Tengoの演奏では、より内省的で静かな陰影が強調される。声は張り上げられず、ギターも控えめに響く。そのため、孤独は劇的な悲劇ではなく、夜の部屋に残るような静かな感情として伝わる。これはYo La Tengoらしい再解釈であり、名曲を自分たちの音響へ自然に溶け込ませている。
歌詞には、月、鳥、夜、涙といったカントリー的な象徴が登場する。これらは古典的なイメージでありながら、Yo La Tengoの手にかかると、古臭さよりも普遍性が前面に出る。孤独は時代やジャンルを越える感情であり、このカバーは本作の中でも特に音楽史との対話を感じさせる一曲である。
4. All Your Secrets
「All Your Secrets」は、Yo La Tengoの過去曲の再録にあたる楽曲であり、バンドが自身のカタログを新しい角度から見直す姿勢を示している。原曲では別の質感を持っていた楽曲が、本作ではより穏やかで親密なアレンジに置き換えられている。これは単なるセルフカバーではなく、時間の経過によって曲の意味が変わることを示す再解釈である。
タイトルにある「すべての秘密」は、親密な関係における信頼や不安を連想させる。相手の秘密を知ることは、距離が近づくことでもあり、同時に傷つく可能性を引き受けることでもある。Yo La Tengoの歌詞はしばしば明確な説明を避けるが、この曲でも、秘密という言葉が恋愛、友情、記憶、自己防衛といった複数の意味を帯びている。
アレンジは柔らかく、ボーカルとギターの距離が近い。過去の楽曲を静かに演奏し直すことで、若い頃の感情が成熟した視点から見直されているようにも聞こえる。Yo La Tengoの長いキャリアにおいて、同じ曲が時間を経て別の表情を持つことは重要である。「All Your Secrets」は、本作が単なる懐古ではなく、記憶の更新を行うアルバムであることを示している。
5. The Ballad of Red Buckets
「The Ballad of Red Buckets」も、Yo La Tengo自身の過去曲の再解釈である。もともとは1995年の『Electr-O-Pura』に収録されていた楽曲であり、バンドの中期を代表する繊細な曲のひとつである。本作では、よりアコースティックで穏やかな演奏に置き換えられ、曲の内面性がさらに強調されている。
タイトルにある“Ballad”は物語歌を示す言葉だが、Yo La Tengoのバラードは伝統的な物語を明快に語るというより、記憶の断片や感情の残像を並べるような形式を取る。「Red Buckets」という具体的で少し不思議なイメージは、日常的な物体でありながら、歌の中では象徴的な存在に変化する。はっきりした意味を説明しきらないことが、曲の余韻を生んでいる。
音楽的には、静かなギター、抑えたボーカル、柔らかなハーモニーが中心である。原曲が持っていたインディー・ロック的な空気は残しつつ、ここではよりフォーク・ロック的な親密さが前面に出ている。過去の曲を小さく演奏し直すことで、その曲が持つ骨格やメロディの強さが浮かび上がる。Yo La Tengoのソングライティングが、ノイズやアレンジの奥に確かな叙情性を持っていることを示す一曲である。
6. Friday I’m in Love
「Friday I’m in Love」は、The Cureの1992年のヒット曲のカバーである。原曲はThe Cureの中でも特に明るくポップな楽曲として知られ、曜日を並べながら金曜日の恋する気分を歌う、軽やかなギター・ポップの名曲である。Yo La Tengoはこの曲を、大幅にテンポや質感を変え、静かで夢見心地のバラードとして再構築している。
このカバーの面白さは、原曲の明るさをそのままなぞるのではなく、メロディの奥にある甘さと儚さを取り出している点にある。The Cure版では高揚感と祝祭性が前面に出ていたが、Yo La Tengo版では、恋をしている瞬間がすでに記憶の中にあるかのように響く。金曜日の喜びは、現在進行形であると同時に、失われやすい時間として感じられる。
Georgia Hubleyの穏やかな歌唱は、曲に新しい意味を与えている。明るいポップ・ソングを小さな声で歌うことによって、歌詞の無邪気さが少しだけ切なく聞こえる。カバーとは、原曲への敬意と同時に、別の感情を見つけ出す行為である。この「Friday I’m in Love」は、本作の中でも特にYo La Tengoの解釈力が分かりやすく表れた楽曲である。
7. Before We Stopped to Think
「Before We Stopped to Think」は、Great Plainsの楽曲のカバーであり、本作の中でもインディー・ロック史の深い掘り下げを感じさせる選曲である。Yo La Tengoは有名曲だけでなく、アンダーグラウンドなバンドや忘れられがちな楽曲を取り上げることが多い。これは、彼らのカバーが単なる知名度頼みではなく、音楽への長年のリスナー的愛情から生まれていることを示している。
タイトルは、「立ち止まって考える前に」という意味を持ち、衝動、若さ、無意識の選択を連想させる。考える前に行動してしまうことは、自由でもあり、後悔の始まりでもある。Yo La Tengoの静かな演奏では、このタイトルが持つ時間の感覚がより強く浮かび上がる。過去のある瞬間を振り返り、まだ言葉や理屈が介入する前の感情を見つめているように聞こえる。
サウンドは穏やかで、曲のメロディを丁寧に浮かび上がらせている。演奏には派手なアレンジはないが、その分、歌そのものが持つ素朴な魅力が伝わる。Yo La Tengoのカバーは、原曲を大きく破壊するのではなく、自分たちの音の温度へ移し替えることに特徴がある。この曲も、バンドの選曲眼と解釈の自然さを示している。
8. Butchie’s Tune
「Butchie’s Tune」は、The Lovin’ Spoonfulの楽曲のカバーであり、1960年代のフォーク・ロック/ポップへの敬意が感じられる一曲である。The Lovin’ Spoonfulは、ニューヨークのフォーク・シーンとポップ感覚を結びつけた重要なバンドであり、Yo La Tengoが長年影響を受けてきたアメリカン・ポップの源流のひとつといえる。
この曲では、メロディの柔らかさと少し古風なロマンティシズムが丁寧に表現されている。Yo La Tengoは、1960年代ポップの甘さを過度に懐古的に扱うのではなく、現在の静かなインディー・ポップとして自然に響かせている。ギターの響きは温かく、ボーカルも控えめで、曲全体に穏やかな時間が流れている。
歌詞のテーマは、恋愛の揺らぎや相手への思いを中心にしている。1960年代のポップ・ソングらしい素直な感情表現があるが、Yo La Tengoの演奏では、その素直さが少し遠くから見つめられているように聞こえる。過去の楽曲を現在の耳で演奏することで、古いポップ・ソングが持つ普遍性と、時代を経た儚さの両方が浮かび上がる。
9. Automatic Doom
「Automatic Doom」は、Special Pillowの楽曲のカバーである。タイトルは非常に印象的で、「自動的な破滅」という意味を持つ。日常の中で避けられないように進んでいく悪い結末、あるいは自分では止められない感情や関係の崩壊を連想させる。Yo La Tengoはこの曲を、本作の穏やかなトーンに合わせながらも、タイトルの不穏さを残している。
サウンドは激しくはないが、どこか影を含んでいる。柔らかな演奏の中に、終わりへ向かう感覚が静かに織り込まれている。Yo La Tengoは、暗いテーマを大げさなサウンドで表現するのではなく、小さな音の中に不安を潜ませることができるバンドである。この曲でも、その抑制された不穏さがよく出ている。
歌詞のテーマは、避けられない流れに対する諦念と観察である。破滅は突然訪れるというより、いつの間にか仕組まれていたように進む。人はそれに気づいても、必ずしも止められるわけではない。『Stuff Like That There』は全体として穏やかなアルバムだが、この曲のように、穏やかさの奥に暗い認識を含む楽曲があることで、作品に奥行きが生まれている。
10. Awhileaway
「Awhileaway」は、Yo La Tengoによる新曲であり、本作の中でも特にタイトルの語感が美しい楽曲である。“A while away”という言葉の結合は、少し離れた時間、しばらくの間、あるいは遠ざかる時間を思わせる。Yo La Tengoの音楽には、時間の流れや記憶の曖昧さを扱う曲が多く、この曲もその系譜に属している。
サウンドはゆったりとしており、声とギターの距離が近い。新曲でありながら、まるで昔から存在していたフォーク・ソングのような自然さがある。Yo La Tengoの成熟は、派手な技術の誇示ではなく、音を置く場所を知っていることにある。この曲でも、何も過剰に足されず、曲の余白がそのまま情感になっている。
歌詞では、時間の経過、離れていく感情、記憶の中に残るものが描かれているように響く。明確な物語が語られるわけではないが、聴き手は過ぎ去った時間を見送るような感覚を受け取る。『Stuff Like That There』の中で、新曲がカバー曲や再録曲と自然に並んでいるのは、Yo La Tengoの音楽が常に過去のポップ・ソングと対話しているからである。「Awhileaway」は、その対話の中から生まれた静かな新しい歌である。
11. I Can Feel the Ice Melting
「I Can Feel the Ice Melting」は、The Parliamentsの楽曲のカバーであり、ソウル/R&Bの文脈をYo La Tengoの柔らかな音像へ移し替えた一曲である。The Parliamentsは、後にParliament-FunkadelicへつながるGeorge Clinton周辺のグループとしても重要であり、この選曲にはYo La Tengoの幅広い音楽的関心が反映されている。
タイトルは「氷が溶けていくのを感じる」という意味で、冷たく固まっていた感情や関係が少しずつ解けていく様子を象徴している。ソウル・ミュージックにおいて、冷たさと熱、心の解放、恋愛による変化は重要なテーマである。Yo La Tengoの解釈では、その情熱は抑えられ、静かな温度上昇として表現される。
演奏は柔らかく、原曲のソウルフルな要素をそのまま再現するのではなく、インディー・ポップ的な穏やかさに変換している。これはジャンルの表面を模倣するのではなく、曲の感情的な核を別の音楽語法で伝える方法である。氷が一気に砕けるのではなく、少しずつ溶ける。その微細な変化を、Yo La Tengoは控えめな演奏で丁寧に表している。
12. Naples
「Naples」は、Antietamの楽曲のカバーである。Antietamはアメリカのインディー・ロック/ポスト・パンク系のバンドであり、Yo La Tengoとも精神的な近さを持つ存在である。こうした選曲からも、本作が単なる有名曲集ではなく、バンドが長い時間をかけて聴き続けてきた音楽の地図を提示するアルバムであることが分かる。
タイトルの「Naples」は、イタリアの都市ナポリを連想させるが、曲の中では具体的な観光地というより、記憶や距離、異国的なイメージを含む言葉として響く。Yo La Tengoの演奏では、曲に漂う曖昧な旅情や感情の揺れが穏やかに表現されている。都市名を冠した曲はしばしば場所の物語を想起させるが、ここではその場所が心理的な風景として機能している。
サウンドは本作の流れに沿って落ち着いており、ギターの柔らかい響きが中心である。派手な展開はないが、曲全体に遠くを眺めるような雰囲気がある。Yo La Tengoは、他者の曲を自分たちの世界へ取り込む際、その曲が持つ余白を尊重する。この「Naples」でも、明確に語りすぎないことが曲の魅力を保っている。
13. Deeper into Movies
「Deeper into Movies」は、Yo La Tengoの1997年作『I Can Hear the Heart Beating as One』に収録されていた楽曲の再解釈である。原曲はバンドの代表的なノイズ・ポップ/インディー・ロック・ナンバーのひとつであり、ギターの推進力と夢幻的な雰囲気を持っていた。本作ではその曲が大きく穏やかな姿へ変えられ、まったく別の表情を見せている。
タイトルは「映画の中へさらに深く」という意味を持ち、現実から映像的な世界へ沈み込む感覚を想起させる。Yo La Tengoの音楽には、映画的なぼんやりした光、遠い記憶、現実と幻想の境目がしばしば登場する。この再録版では、原曲のエネルギーが抑えられたことで、タイトルが持つ夢の中へ沈むような感覚がより強くなっている。
音楽的には、ノイズや疾走感よりも、メロディと空気感が重視されている。過去の曲を静かに演奏し直すことで、元の楽曲に隠れていた別の情感が表に出る。これは『Stuff Like That There』全体に通じる方法であり、Yo La Tengoが自分たちの歴史を固定されたものとしてではなく、演奏のたびに変化するものとして扱っていることを示している。
14. Somebody’s in Love
アルバムの最後を飾る「Somebody’s in Love」は、Sun Raの楽曲のカバーである。Sun Raはジャズ、アフロフューチャリズム、宇宙的思想、実験音楽の巨人として知られる存在であり、彼の楽曲を本作のような静かなインディー・ポップの文脈で取り上げることは、Yo La Tengoの音楽的視野の広さを象徴している。
タイトルは「誰かが恋をしている」というシンプルな言葉である。アルバム全体が、孤独、記憶、秘密、壊れやすさ、過去の楽曲との対話を扱ってきた後に、この素朴な言葉が置かれることで、最後に柔らかな余韻が生まれる。恋は特定の誰かの物語であると同時に、どこかで常に起きている普遍的な出来事でもある。
演奏は静かで、終曲にふさわしい穏やかさを持つ。Sun Raの宇宙的なイメージはここでは大きく前面に出ないが、むしろ小さなラブソングの中に不思議な広がりが宿っている。Yo La Tengoは、実験的な音楽家の曲であっても、その中心にあるメロディや感情を見つけ出し、自分たちの音楽として響かせることができる。「Somebody’s in Love」は、本作を優しく閉じると同時に、音楽史の多様な流れがひとつの小さな部屋に集まるような感覚を残す。
総評
『Stuff Like That There』は、Yo La Tengoのキャリアにおける“静かな再訪”のアルバムである。新曲、カバー、セルフカバーを組み合わせる構成は、1990年の『Fakebook』を思わせるが、本作は単なる続編や懐古的な企画ではない。25年近い時間を経て、バンドが自分たちの音楽的な記憶、好きな曲、過去のレパートリーを改めて見つめ直した作品である。
本作の魅力は、音の小ささにある。Yo La Tengoは轟音ギターや長尺の実験的演奏でも評価されてきたバンドだが、『Stuff Like That There』では、その反対側にある親密な表現が中心となる。小さな声、柔らかなギター、控えめなリズム、静かなハーモニー。それらは一見地味に聞こえるが、長く聴くほど、各曲の感情や歴史が立ち上がってくる。
カバー曲の選び方も重要である。Hank Williams、The Cure、The Lovin’ Spoonful、The Parliaments、Sun Raといった、ジャンルも時代も異なるアーティストの曲が並ぶ一方で、Great Plains、Special Pillow、Antietamのようなインディー・ロック周辺の曲も取り上げられている。この選曲は、Yo La Tengoが音楽をジャンルの権威や知名度で分けていないことを示している。彼らにとって重要なのは、その曲が持つ感情、メロディ、記憶、そして演奏し直す価値である。
セルフカバーも本作の大きな柱である。「All Your Secrets」「The Ballad of Red Buckets」「Deeper into Movies」は、元のアルバムとは異なる形で演奏されることで、楽曲が固定された完成品ではなく、時間の中で変化する存在であることを示している。若い頃に作られた曲は、年齢を重ねた演奏によって別の意味を持つ。『Stuff Like That There』は、バンドの過去を美化するのではなく、現在の耳と手で触れ直す作品である。
日本のリスナーにとって本作は、Yo La Tengoの入門編としても機能しうるが、特に彼らの静かな側面を好むリスナーに向いている。『I Can Hear the Heart Beating as One』や『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』の穏やかな楽曲に惹かれる人にとって、本作は自然に受け入れられるだろう。一方で、激しいギター・ノイズや実験性を期待すると、控えめに感じられる可能性もある。しかし、この控えめさこそが本作の本質である。
『Stuff Like That There』は、インディー・ロックにおけるカバー・アルバムのひとつの理想形といえる。原曲を支配するのではなく、敬意を持って触れ、自分たちの音の温度へ移し替える。過去曲を再演することで、時間の経過を音楽として示す。新曲をその中に自然に置くことで、バンドの現在もまた過去と同じ流れの中にあることを示す。大きな宣言をしないアルバムだが、Yo La Tengoの音楽観が深く刻まれた作品である。
おすすめアルバム
1. Yo La Tengo『Fakebook』
1990年発表のアルバムで、『Stuff Like That There』の直接的な先行作といえる存在である。カバー曲、セルフカバー、新曲を交えた構成を持ち、Yo La Tengoのアコースティックで親密な側面を知るうえで欠かせない作品である。
2. Yo La Tengo『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』
2000年発表の代表作。静かな夜の空気、夫婦関係の親密さ、柔らかなドリーム・ポップ的音響が特徴で、『Stuff Like That There』の穏やかなムードを気に入ったリスナーに適している。Yo La Tengoの静寂美が最も完成された作品のひとつである。
3. Yo La Tengo『I Can Hear the Heart Beating as One』
1997年発表の傑作で、ノイズ・ロック、ドリーム・ポップ、フォーク、エレクトロニカ、ガレージ・ロックを横断する幅広い内容を持つ。「Deeper into Movies」の原曲も収録されており、バンドの多面的な魅力を理解するうえで重要なアルバムである。
4. The Velvet Underground『The Velvet Underground』
1969年発表のアルバム。静かなフォーク・ロック的質感、親密なボーカル、都会的な陰影という点で、Yo La Tengoの音楽的源流のひとつとして考えられる作品である。轟音と静寂を両方持つバンドとしてのYo La Tengoを理解するためにも関連性が高い。
5. The Feelies『The Good Earth』
1986年発表のアルバム。ニュージャージー周辺のインディー/カレッジ・ロックの文脈で重要な作品であり、抑制されたギター、反復するリズム、地味ながら深い味わいを持つ楽曲が特徴である。Yo La Tengoの穏やかなギター・ロック感覚と親和性が高い。

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