
発売日:2019年1月18日
ジャンル:インディーロック、シンセポップ、オルタナティヴ・ロック、アートロック、シンガーソングライター
概要
Sharon Van Ettenの5作目となるアルバム『Remind Me Tomorrow』は、彼女のキャリアにおいて最も明確な音楽的転換を示した作品である。前作『Are We There』(2014年)では、ピアノ、ギター、バンド・サウンドを軸に、恋愛の終わりや自己喪失、そこからの回復を重厚なインディーロック/シンガーソングライター作品として描き切った。そこから約5年を経て発表された本作では、シンセサイザー、ドラムマシン的なビート、ダークな電子音、より大きな空間処理が導入され、Sharon Van Ettenの音楽は内省的なフォークロックから、都市的で冷たい光を帯びたアートロック/シンセポップへと変化している。
この変化は、単なるサウンドの衣替えではない。『Remind Me Tomorrow』の背景には、Sharon Van Etten自身の生活の大きな変化がある。俳優活動や学業、出産、パートナーシップ、母親としての生活など、音楽制作の外側での経験が増えた時期を経て、本作は作られた。そのため本作には、過去の痛みを振り返る視線だけでなく、現在を生きる身体感覚、生活の速度、責任、記憶の変化が強く反映されている。タイトルの『Remind Me Tomorrow』は、スマートフォンやタスク管理の通知のような現代的な言い回しであり、同時に「今は向き合えないことを、明日もう一度思い出させてほしい」という心理状態を示している。過去、現在、未来が通知のように折り重なる感覚が、このアルバム全体を貫いている。
音楽的には、これまでのSharon Van Etten作品の中心にあったギターの親密さが後退し、シンセサイザーと低くうねるリズムが前面に出ている。プロデューサーのJohn Congletonによる音作りは、楽曲に緊張感と冷たい奥行きを与えている。ドラムは生々しいロックの推進力を持ちながら、時に機械的な反復として響き、シンセサイザーは温かさよりも不穏な光を放つ。これにより、本作は1980年代のニューウェイヴ、シンセポップ、ゴシック・ロック、そして現代インディーの感情表現が交差する作品となっている。
キャリア上の位置づけとして、『Remind Me Tomorrow』は『Are We There』までの集大成ではなく、むしろ新章の開始を告げるアルバムである。『Because I Was in Love』(2009年)や『Epic』(2010年)にあったアコースティックな親密さ、『Tramp』(2012年)で獲得したバンドの緊張感、『Are We There』で完成された壮大な失恋の表現。そのすべてを背後に置きながら、本作ではSharon Van Ettenが「傷ついた語り手」から「過去と現在を同時に見つめる観察者」へと変化している。ここで彼女は、過去の恋愛や苦しみだけでなく、母性、生活、都市、記憶、年齢、変化そのものを歌っている。
影響関係としては、Bruce Springsteenの都市的なロック・アンセム、Suicideのミニマルな電子パンク、PJ Harveyの鋭い身体性、Nick Caveの暗いドラマ性、Depeche ModeやNew Orderに通じるシンセ主体の陰影が挙げられる。また、Sharon Van Ettenの声には、従来通りCat Power的な抑制や、フォーク/ロック・シンガーとしての深い情感も残っている。重要なのは、本作がこれらの影響を単なるレトロなシンセサウンドとして扱っていない点である。電子音は装飾ではなく、変化した生活と記憶のあり方を表すための音響的な言語として機能している。
2010年代後半のインディー・シーンにおいて、『Remind Me Tomorrow』は重要な作品である。Angel Olsenの『All Mirrors』、Weyes Bloodの『Titanic Rising』、Mitskiの『Be the Cowboy』などと同様に、女性シンガーソングライターが個人的な感情を大きなプロダクション、シンセサイザー、クラシックなポップの構造へと拡張していく流れの中に位置づけられる。ただしSharon Van Ettenの場合、その変化は華やかな変身というより、人生の段階が変わったことに伴う音楽的な必然として響く。『Remind Me Tomorrow』は、過去の痛みを忘れるアルバムではなく、過去を抱えたまま新しい日常を生きるためのアルバムである。
全曲レビュー
1. I Told You Everything
オープニング曲「I Told You Everything」は、本作の幕開けとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルの「私はあなたにすべてを話した」という言葉は、告白、信頼、親密さ、そして言葉を尽くした後に残る沈黙を示している。Sharon Van Ettenの過去作では、言えなかったこと、抑え込んできたこと、相手に届かなかった言葉が重要なテーマだったが、この曲では「すべて話した」という状態から始まる。つまり本作は、沈黙から告白へ向かうアルバムではなく、告白の後に何が残るのかを問う作品として始まる。
音楽的には、ピアノとシンセサイザーを中心とした静かな導入で、派手なビートや大きなギターはまだ現れない。曲はゆっくりと広がり、Sharon Van Ettenの声が低く、深く、近い距離で響く。前作『Are We There』に通じるバラード的な重さもあるが、音像はより冷たく、空間的である。ピアノの響きは温かいというより、薄暗い部屋に置かれた記憶のように鳴る。
歌詞では、誰かに自分の過去や痛みを話した瞬間が描かれる。しかし、それは劇的なカタルシスではない。すべてを話したからといって、すべてが解決するわけではない。むしろ、親密さとは、何かを共有した後の沈黙をどう受け止めるかに関わっている。この曲の語り手は、自分の秘密や傷を相手に差し出した後、その関係がどう変化するのかを静かに見つめている。
「I Told You Everything」は、『Remind Me Tomorrow』が過去作の延長でありながら、明らかに新しい地点から始まっていることを示す。かつて歌われた傷は、ここではすでに語られたものとして存在する。問題は、その傷を抱えたまま、これからどのように生きるのかである。
2. No One’s Easy to Love
「No One’s Easy to Love」は、人を愛することの困難さを正面から扱った楽曲である。タイトルの「誰も簡単には愛せない」という言葉は、恋愛を理想化しないSharon Van Ettenらしい認識を端的に表している。愛は自然に成り立つものではなく、相手の欠点、過去、傷、自分自身の弱さと向き合う行為である。この曲では、その現実的で複雑な愛のあり方が描かれる。
サウンドは、重いリズムと不穏なシンセサイザーが中心である。低くうねるベースラインと、硬質なビートが曲に緊張感を与えている。前作までのギター主体のバラードとは異なり、ここでは電子的な音が心理的な圧迫感を作り出す。Sharon Van Ettenの声は、その暗い音響の中で力強く響き、感情を押し殺すのではなく、冷静に提示する。
歌詞では、愛することの難しさが、相手だけでなく自分自身にも向けられている。誰かを愛することが難しいのは、その人が不完全だからだけではない。自分自身もまた不完全で、恐れや疑念や過去を抱えているからである。この曲の重要な点は、愛を不可能なものとして突き放すのではなく、困難であることを認めたうえで、それでも関係へ向き合う姿勢を示しているところにある。
「No One’s Easy to Love」は、本作のテーマである成熟した愛を象徴する楽曲である。若い恋愛の激しい痛みや依存ではなく、相手と自分の複雑さを理解したうえで愛すること。その難しさが、冷たいシンセサウンドと力強い歌唱によって表現されている。
3. Memorial Day
「Memorial Day」は、タイトルから記憶、追悼、過去への儀式を連想させる楽曲である。アメリカの祝日としてのメモリアル・デイは戦没者を追悼する日だが、この曲ではより広く、失われたものを思い出す時間として機能している。Sharon Van Ettenの音楽において、記憶は単なる過去の保存ではなく、現在の自分を形作る力である。この曲は、その記憶の重さを静かに扱っている。
音楽的には、抑制されたテンポと暗い音響が特徴である。シンセサイザーは霧のように広がり、ビートは過度に前へ出ず、曲全体に沈んだ空気を与えている。ヴォーカルは近く、しかしどこか遠くから響くようでもある。この距離感が、過去を思い出すときの時間の歪みを表している。
歌詞では、記憶の中にいる誰か、あるいは過去の自分への視線が描かれる。追悼とは、失われたものを完全に手放すことではない。むしろ、それが失われたことを認めながら、今も自分の中に存在していることを受け入れる行為である。この曲では、その静かな作業が音楽化されている。
「Memorial Day」は、アルバムの中で大きなフックを持つ曲ではないが、本作の記憶のテーマを支える重要な楽曲である。『Remind Me Tomorrow』というタイトルが示すように、本作では何かを思い出すことが繰り返し問題になる。この曲は、その思い出す行為が持つ重さと、逃れがたさを示している。
4. Comeback Kid
「Comeback Kid」は、『Remind Me Tomorrow』の中でも最もロック的なエネルギーを持つ楽曲のひとつであり、Sharon Van Ettenの新しいサウンドを強く印象づける曲である。タイトルの「Comeback Kid」は、一度落ち込んだり退場したりした後に戻ってくる人物を意味する。ここでは、過去の自分、アーティストとしての復帰、あるいは人生の新しい局面へ戻ってくる語り手の姿が重ねられている。
サウンドは非常に力強い。ドラムは大きく鳴り、シンセサイザーは鋭く、全体に1980年代的なニューウェイヴ/ロックの質感がある。ギター中心ではないにもかかわらず、楽曲には明確なロックの推進力がある。Sharon Van Ettenのヴォーカルも力強く、過去作の静かな内省とは異なる、前へ出る姿勢が感じられる。
歌詞では、過去から戻ってくること、しかし以前と同じ自分ではないことが描かれる。カムバックとは単なる復帰ではない。一度離れた場所へ戻るとき、人は変わっている。過去の自分を完全に取り戻すことはできないし、取り戻す必要もない。この曲は、その変化を恐れるのではなく、むしろ力として提示している。
「Comeback Kid」は、アルバム全体の中でSharon Van Ettenの再登場を象徴する楽曲である。長い沈黙を経て戻ってきたアーティストが、過去の音楽性をそのまま再現するのではなく、新しい音で自己を更新する。その宣言が、この曲には刻まれている。
5. Jupiter 4
「Jupiter 4」は、本作の中でも最も不穏で、同時に美しい楽曲のひとつである。タイトルはRolandのシンセサイザーJupiter-4を想起させ、実際に本作のシンセサウンドの象徴として機能している。楽器名を曲名にすることで、この曲はサウンドそのものが感情の中心にあることを示している。ここでのシンセサイザーは単なる伴奏ではなく、愛と不安、神秘性と冷たさを同時に生み出す装置である。
音楽的には、ゆっくりとしたテンポ、深いシンセのうねり、重く響くドラム、暗い残響が特徴である。曲全体にはゴシック・ロックやダークウェイヴに近い質感があり、Sharon Van Ettenの声はその闇の中で祈りのように響く。音の空間は広いが、開放的ではない。むしろ、夜の教会や無人のスタジオのような、冷たく神聖な空間を思わせる。
歌詞では、愛が神秘的で圧倒的なものとして描かれる。過去作における愛は、しばしば痛みや依存、破壊と結びついていた。しかし「Jupiter 4」では、愛は不安を含みながらも、深い確信や畏れに近い感情として現れる。誰かを愛することが、自分の中の時間や記憶の構造を変えてしまう。その感覚が、ゆっくりと沈み込むシンセサウンドによって表現されている。
この曲は、『Remind Me Tomorrow』の音楽的転換を最も象徴する一曲である。Sharon Van Ettenの歌が、アコースティックな親密さから電子的で暗い聖性へと移動している。静かでありながら、非常に強い引力を持つ楽曲である。
6. Seventeen
「Seventeen」は、『Remind Me Tomorrow』を代表する楽曲であり、Sharon Van Ettenのキャリアの中でも特に重要な一曲である。タイトルの「17歳」は、若さ、可能性、未熟さ、反抗、そして取り戻せない時間を象徴する。ここでSharon Van Ettenは、過去の自分、若い世代、変わっていく街、そして年齢を重ねた現在の自分を同時に見つめている。
音楽的には、アルバムの中でも最もアンセム的な構成を持つ。シンセサイザーとギターが大きな推進力を作り、ドラムは力強く前進する。曲は徐々に熱を帯び、終盤ではSharon Van Ettenの声がほとんど叫びに近い形で開かれる。この叫びは、単なるノスタルジーではない。過去への愛着、怒り、驚き、喪失感が一体となったものとして響く。
歌詞では、17歳だった自分への呼びかけと、現在の自分から見た若者への視線が交錯する。若い頃には、自分が永遠にその場所にいられるように感じる。しかし時間は進み、街は変わり、自分も変わる。かつて自分のものだった場所に、今は別の若者が立っている。この曲は、その事実への複雑な感情を描いている。
「Seventeen」の強さは、ノスタルジーを甘く処理しない点にある。若さは美しいが、同時に残酷で、無知で、戻れないものである。Sharon Van Ettenは、若い自分を懐かしむだけでなく、その若さに対して怒りや戸惑いも抱いている。終盤のヴォーカルの爆発は、失われた時間への叫びであり、現在を生きる自分の宣言でもある。
7. Malibu
「Malibu」は、タイトルが示す通り、カリフォルニアの地名を想起させる楽曲である。Malibuという言葉には、海岸、陽光、逃避、映画的なイメージが含まれる。しかしSharon Van Ettenの手にかかると、それは単純な楽園ではなく、記憶や移動、関係性の曖昧さを抱えた場所として響く。
サウンドは、アルバムの中では比較的開放的で、柔らかな光を感じさせる。シンセサイザーは「Jupiter 4」のような重い闇ではなく、より淡い色彩を持つ。リズムも穏やかで、曲全体に車で海岸沿いを走るような浮遊感がある。ただし、その開放感の背後には、どこか寂しさが残る。
歌詞では、移動すること、誰かと同じ場所にいること、そしてその時間が過ぎ去っていくことが描かれる。Sharon Van Ettenにとって場所は、単なる背景ではなく、感情を保存する容器である。「Malibu」は、特定の土地を通じて、関係の一場面や記憶の質感を浮かび上がらせる曲である。
この曲は、アルバム全体の中で一時的に風通しをよくする役割を持つ。しかし、完全な安らぎではない。光のある場所にも、過去や不安はついてくる。Sharon Van Ettenは、その感覚を穏やかなメロディと電子的な余韻の中に描いている。
8. You Shadow
「You Shadow」は、タイトル通り「影」をめぐる楽曲である。誰かの影、自分につきまとう影、過去の影、あるいは相手の存在が自分の輪郭に落とす影として読むことができる。Sharon Van Ettenの作品では、過去の関係や記憶が現在の自分に影を落とすことが多く描かれるが、この曲はそのテーマをより直接的に扱っている。
音楽的には、リズムが比較的軽やかで、メロディにもポップな明快さがある。ただし、サウンドの表面には不穏な質感があり、明るさと暗さが同時に存在している。シンセサイザーは柔らかく響くが、どこか冷たく、影のように曲の周囲にまとわりつく。
歌詞では、相手の存在が自分の生活や感情にどのように残るのかが描かれる。影は実体ではないが、完全に消えるものでもない。過去の誰かは、もう目の前にいなくても、記憶や習慣、反応の中に残り続ける。この曲では、その残存する存在感が、影というイメージに集約されている。
「You Shadow」は、本作の中では比較的軽やかに聴こえるが、テーマとしては深い。『Remind Me Tomorrow』は過去を忘れるアルバムではない。過去の影を認識し、それが現在の自分にどう作用しているのかを見つめる作品である。この曲は、その認識をポップな形で示している。
9. Hands
「Hands」は、身体的なイメージを中心にした楽曲である。手は、触れること、働くこと、支えること、傷つけること、抱きしめることを象徴する。Sharon Van Ettenの歌詞において、身体の一部はしばしば感情や関係性を具体化するために用いられる。この曲では、手というモチーフを通じて、親密さと労働、愛と疲労が重なっているように感じられる。
サウンドは、アルバム終盤らしく少し重く、内向きである。シンセサイザーとドラムが一定の緊張を保ち、ヴォーカルはその中で力強く響く。曲の構成は大きく派手ではないが、反復によって感情がじわじわと濃くなる。電子的な音像の中に、手という非常に身体的なイメージが置かれることで、抽象性と具体性が結びついている。
歌詞では、自分の手で何をしてきたのか、誰に触れ、何を失い、何を守ってきたのかという問いが浮かび上がる。母親としての生活や、年齢を重ねた身体感覚を考えると、この曲には単なる恋愛を超えた生活の重さも含まれている。手は、愛を表す器官であると同時に、日々を支える道具でもある。
「Hands」は、Sharon Van Ettenの表現が、恋愛の痛みからより広い生活の感覚へ移行していることを示す楽曲である。感情は頭の中だけでなく、身体に蓄積される。そのことを、この曲は静かに示している。
10. Stay
「Stay」は、タイトルが示す通り、「留まること」を主題にした楽曲である。Sharon Van Ettenの過去作では、関係から離れること、逃げること、諦めることが重要なテーマとして描かれてきた。一方、この曲では「留まる」という行為が中心に置かれる。これは、彼女の作品世界において大きな変化である。
音楽的には、比較的穏やかで、アルバム終盤に温かさをもたらす。シンセサイザーは柔らかく、リズムも過度に強くない。ヴォーカルには、過去作のような切迫した痛みよりも、落ち着いた親密さがある。ただし、それは単純な幸福ではない。留まることには責任が伴い、関係や生活を続けるには努力が必要である。
歌詞では、誰かのそばにいること、関係を続けること、日常の中で愛を維持することが描かれる。若い頃の恋愛では、激しさや破滅が愛の証のように感じられることがある。しかし成熟した愛においては、留まること、続けること、日々を共にすることこそが重要になる。この曲は、その静かな強さを歌っている。
「Stay」は、『Remind Me Tomorrow』の中で、Sharon Van Ettenの人生観の変化を最も穏やかに示す楽曲である。愛はもはや壊れるものとしてだけではなく、続けるものとして描かれる。これは、彼女のソングライティングにおける重要な到達点である。
11. I Love You But I’m Lost(前作との主題的連続性)
『Remind Me Tomorrow』の公式曲目には前作『Are We There』収録の「I Love You But I’m Lost」は含まれないが、本作を理解するうえで、その主題的な連続性は重要である。『Are We There』でSharon Van Ettenは、「愛している、でも迷っている」と歌った。そこでは、愛が方向喪失と結びついていた。愛することによって自分がどこにいるのか分からなくなる。その感覚が、前作の中心にあった。
『Remind Me Tomorrow』では、その迷いは完全に消えてはいない。しかし、語り手は以前とは異なる場所にいる。迷いの中で相手に飲み込まれるのではなく、過去を認識し、現在の生活の中で自分の位置を探っている。したがって本作は、『Are We There』の感情的な続編としても聴くことができる。失恋や依存の中で自分を見失った語り手が、数年を経て、母親となり、生活者となり、アーティストとして新しい音を得る。その変化が、本作の大きな背景である。
このように聴くと、『Remind Me Tomorrow』のシンセサイザーは、単なる音楽的流行ではなく、時間の経過と変化した自己を表す音として響く。過去のフォークロック的な親密さでは表しきれない、新しい生活の速度、都市の光、夜の不安、通知のように戻ってくる記憶。それらを表すために、電子的な音響が必要だったのである。
12. Jupiter 4 / Seventeen / Stayが描く変化の軸
本作の中核をなす流れとして、「Jupiter 4」「Seventeen」「Stay」の三曲を結ぶ軸がある。「Jupiter 4」では、愛が神秘的で暗い確信として描かれる。「Seventeen」では、過去の自分と現在の自分が激しく衝突する。「Stay」では、愛が日常の中で持続するものとして描かれる。この三つの楽曲は、それぞれ愛、時間、生活という本作の中心テーマを担っている。
「Jupiter 4」は、過去作にあった痛みを別の形へ変える。愛は破壊ではなく、深い畏れや確信として現れる。「Seventeen」は、時間の不可逆性を描く。若さは戻らないが、その記憶は現在の自分を動かし続ける。「Stay」は、未来へ向かう姿勢を示す。関係を続けること、生活を続けることは、派手なドラマではないが、非常に強い選択である。
この三曲を通して聴くと、『Remind Me Tomorrow』が単なるカムバック作ではなく、Sharon Van Ettenの人生の複数の時間が交差するアルバムであることが分かる。過去の自分、現在の自分、未来へ向かう自分。それらが同時に存在しているからこそ、本作には深い時間感覚がある。
総評
『Remind Me Tomorrow』は、Sharon Van Ettenのキャリアにおける大きな転換点であり、2010年代後半のインディーロック/シンガーソングライター作品の中でも特に重要なアルバムである。初期のアコースティックな親密さや、『Tramp』『Are We There』で確立されたバンド・サウンドを基盤にしながら、本作ではシンセサイザーと電子的なリズムを大きく導入し、より都市的で暗いスケールの音楽へと変化している。
この変化は、表面的なプロダクションの変更ではなく、Sharon Van Etten自身の人生の変化と深く結びついている。過去の作品では、恋愛の中で傷つき、自分を見失い、そこから離れようとする過程が中心にあった。しかし本作では、傷ついた過去を抱えながらも、現在の生活を続ける人物の視点が前面に出ている。母性、年齢、記憶、都市、変化、持続する愛。これらのテーマが、従来の失恋や自己喪失の主題に加わることで、Sharon Van Ettenの表現はより広く、複雑になっている。
音楽的には、シンセサイザーの導入が最大の特徴である。だが、本作のシンセサウンドは単に1980年代的なレトロ趣味として使われているわけではない。「Jupiter 4」では愛の神秘性と不安を、「Comeback Kid」では再出発のエネルギーを、「Seventeen」では過去と現在の衝突を、「Memorial Day」では記憶の影を、それぞれ音響として表現している。電子音は、変化した人生の質感を表すための言語である。
Sharon Van Ettenの声も、本作では新しい役割を持っている。以前の作品では、彼女の声は傷ついた内面を直接伝える媒体として響いていた。本作では、その傷を抱えながらも、より広い空間を支配する声になっている。叫び、囁き、低く沈む声、遠くへ伸びる声。そのすべてが、シンセサイザーや重いビートと対等に結びついている。特に「Seventeen」の終盤における声の爆発は、彼女のキャリアの中でも屈指の瞬間である。
歌詞の面では、時間の扱いが非常に重要である。『Remind Me Tomorrow』というタイトルが示すように、本作では過去が現在に通知のように戻ってくる。忘れたつもりの記憶、若い頃の自分、かつての街、失われた関係、今も残る影。それらは完全には消えず、日常の中でふいに現れる。しかし、本作は過去に囚われるアルバムではない。過去を認識し、それを抱えたまま現在を生きるアルバムである。
『Are We There』が恋愛の終わりと自己認識のアルバムだったとすれば、『Remind Me Tomorrow』はその後の生活のアルバムである。ここには、劇的な失恋だけでなく、子どもを育てること、パートナーと生きること、街が変わること、自分が年齢を重ねること、アーティストとして戻ってくることが含まれている。つまり本作は、感情の強さだけでなく、時間の厚みを描いている。
日本のリスナーにとっては、Sharon Van Ettenの過去作から入った場合、本作のシンセ主体の音像に最初は驚くかもしれない。しかし、楽曲の核心にあるのは一貫してSharon Van Ettenのソングライティングである。恋愛、孤独、自己認識、記憶という主題は変わらない。ただし、それらを表現する音の形が変わった。『Remind Me Tomorrow』は、過去作と断絶した作品ではなく、過去作の主題を新しい人生段階から見つめ直した作品である。
評価として、本作はSharon Van Ettenの代表作のひとつであり、キャリアの再定義に成功したアルバムである。多くのアーティストが成熟とともに音楽的な勢いを失うことがある中で、Sharon Van Ettenは本作でむしろ新しい緊張感を獲得した。『Remind Me Tomorrow』は、過去の痛みを消すのではなく、それを新しい音の中で生かし直す作品である。暗く、力強く、都市的で、記憶に満ちたこのアルバムは、Sharon Van Ettenというアーティストが単なる告白的シンガーソングライターを超えて、時代と人生の変化を音楽化する存在へと進んだことを示している。
おすすめアルバム
1. Sharon Van Etten – Are We There(2014)
『Remind Me Tomorrow』の前作であり、Sharon Van Ettenの感情表現が大きく成熟した代表作。恋愛の痛み、依存、自己喪失、回復を、ピアノやギターを中心とした重厚なバンド・サウンドで描いている。本作のシンセ的変化を理解するためにも、その直前の到達点として重要である。
2. Angel Olsen – All Mirrors(2019)
同じ2019年に発表された、女性シンガーソングライターによる大規模な音響変化を示す重要作。Angel Olsenはストリングスとシンセサイザーを用いて、自己認識と喪失を壮大なアートポップへと拡張した。『Remind Me Tomorrow』と同様に、過去のフォーク/ロック的な表現を大きな音響空間へ発展させている。
3. PJ Harvey – Stories from the City, Stories from the Sea(2000)
都市的な緊張感、恋愛の高揚、ロックの力強さを兼ね備えた作品。Sharon Van Ettenの「Comeback Kid」や「Seventeen」にある前進するエネルギーと関連性が高い。女性シンガーソングライターによるロック表現が、個人的な感情と都市の風景を結びつける好例である。
4. The National – Trouble Will Find Me(2013)
低く沈むリズム、暗い情感、都市的な内省を持つインディーロック作品。Sharon Van Ettenは過去にThe National周辺の音楽的文脈とも関係が深く、『Tramp』以降のサウンドにもその影響が感じられる。『Remind Me Tomorrow』の陰影あるロック感覚に通じる作品である。
5. Weyes Blood – Titanic Rising(2019)
クラシックなポップス、シンセサイザー、オーケストラルなアレンジを用いて、現代的な不安とロマンティシズムを描いた作品。Sharon Van Ettenとは音楽性が異なる部分もあるが、2010年代後半のシンガーソングライターが個人的な感情を大きなポップ・プロダクションへ拡張した例として関連性が高い。

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