
1. 歌詞の概要
「Rejoice」は、Julien Bakerのデビューアルバム『Sprained Ankle』(2015年)に収録された、深く内省的なバラードであり、人間の苦悩、信仰、そして赦しをめぐる静かな祈りのような楽曲です。タイトルの“Rejoice(喜べ)”という言葉は、明らかに皮肉めいて響きます。なぜなら、彼女が描く世界は痛み、孤独、罪悪感、そして神との距離に満ちており、その中で“喜び”という言葉が現れるたびに、それは信仰の命令であると同時に、自分自身への問いかけでもあるからです。
歌詞では、精神的にも肉体的にも傷つき、自分の価値を信じられなくなっている語り手が、自分を見捨てた神に向かって語りかけます。「私はあなたを信じているのに、なぜこんなにも苦しまなければならないのか?」という疑念が、静かに、しかし強い苦悩とともに繰り返されていきます。それでも、語り手は最後に「私は喜ぶ」と呟く——それは希望というよりも、“それでも信じたい”という切実な願いに近い、魂の震えです。
2. 歌詞のバックグラウンド
Julien Bakerは、幼少期から敬虔なキリスト教の家庭で育ち、信仰とアイデンティティのあいだで深い葛藤を抱えてきました。彼女は自らのセクシュアリティやメンタルヘルス、依存症の経験を包み隠さず音楽に昇華することで、多くのリスナーに深い共感を呼んできました。「Rejoice」は、そのような彼女の内面がもっとも生々しく、また真摯に表現された楽曲のひとつです。
この曲は、レコーディングもほぼ一人で行われ、ギターと声だけという最小限の編成によって、感情の震えや声の揺らぎがそのまま作品の“体温”として伝わってきます。また、信仰を問い直すような歌詞は、同時に“神を責めることすら許されない”という宗教的な禁忌を、静かに踏み越える勇気でもあります。Julien Bakerは、この曲で“信じること”と“苦しむこと”が必ずしも矛盾しないという真理を示しているのです。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Rejoice」の印象的な歌詞の一部を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
I’m lying on the ground, crying again
また地面に倒れて、泣いてる
And I know nothing’s wrong if nothing’s wrong
“何も問題がない”とされてるなら、本当は何も問題じゃないのかもしれない
But I can’t be happy if I’m not okay
でも、心が壊れてたら、幸せにはなれない
And I have a sick feeling in my gut
Like I’m dying
腹の奥に、吐き気のような違和感がある
まるで死んでいくような感覚
But I can’t die
I’m not done
でも死ねない
まだ終わってないから
Rejoice, rejoice
God goes with us
喜べ、喜べ
神は私たちと共にある
I’m a pile of filthy wreckage
You will carry me away
私は汚れた残骸のような存在
でもあなたは私を運んでくれるのでしょう?
歌詞引用元: Genius – Rejoice
4. 歌詞の考察
「Rejoice」は、信仰というものが決して“救い”だけを意味するのではなく、“問い続けること”そのものであることを体現したような楽曲です。Bakerの語り手は、繰り返し自分の痛みを神に訴えかけながらも、決して完全な拒絶には向かわず、「Rejoice」というフレーズで物語を締めくくります。それは、逆説的に“神を信じるからこそ、苦しみがある”という矛盾の上に立つ行為です。
「I’m not done(私はまだ終わっていない)」という一節には、絶望の中に残る微かな希望が宿っており、まさにこの曲の核心といえるでしょう。自分が“壊れていても”、神が自分を見捨てたように感じても、それでも「終わっていない」——それは生きることそのものが、祈りであるというメッセージにも読めます。
また、「神は私たちと共にある」という言葉も、希望というよりは、自らを納得させるような、あるいは涙ながらに唱えるような響きを持っており、信仰の肯定というより、信仰にすがる行為そのものを描いているようです。それは聖なるものへの讃美ではなく、苦しみの中で繰り返される“確認行為”のようなもの——「私は一人じゃない」と、自分に言い聞かせるための言葉なのです。
このように「Rejoice」は、神への信頼と疑念がせめぎ合う精神のダイアローグであり、Julien Bakerの作品の中でも最も神学的であり、同時に最も人間的な一曲です。
歌詞引用元: Genius – Rejoice
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shadowboxing by Julien Baker
自己との対話をテーマにした楽曲で、「Rejoice」の精神的な続編とも言える一曲。内面の対立と和解を描く。 - Funeral by Phoebe Bridgers
死、孤独、そして他者との距離について静かに語る作品。信仰の代わりに“諦め”を抱える姿勢が共通する。 - Hard Times by Pedro the Lion
信仰と現実のギャップを描いたローファイ・フォーク。神との対話をテーマにした点で「Rejoice」と強く響き合う。 - Jesus Was an Only Child by Modest Mouse
神と人間の境界を揺らす実験的バラード。宗教的アイロニーと個人の内面が交差する点で共通性がある。
6. 信じるという“矛盾”に寄り添う歌
「Rejoice」は、Julien Bakerが提示する“痛みと信仰のリアリズム”の真骨頂であり、「信じること」と「壊れていること」が両立し得ることを音楽というかたちで証明した楽曲です。信仰は多くの場合、救いや癒しと結びつけられがちですが、Bakerはそれを“葛藤の源”として捉え、問い、時に呪いながら、それでも離れられないものとして描きます。
そしてその誠実なまなざしが、多くのリスナーにとっての“信仰なき祈り”を代弁するような力を持っているのです。「Rejoice」という言葉は、ここでは決して勝利の叫びではなく、涙ながらに繰り返される“呪文”のように響きます。神が見ていなくても、誰にも届かなくても、それでも自分の存在を“祈り”として肯定する——それがこの曲の核心です。
Julien Bakerは「Rejoice」を通じて、救われないことを恥じるのではなく、それを語ることが救いに変わる可能性を静かに提示しています。信仰の肯定でも否定でもない、ただそこに“在る”ということ。その姿勢こそが、現代におけるもっともリアルな“信仰”なのかもしれません。
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