アルバムレビュー:Pressure Machine by The Killers

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発売日: 2021年8月13日
ジャンル: ハートランド・ロック、フォークロック、アメリカーナ


沈黙と祈りの風景——The Killersが描く、“声なきアメリカ”の静かな叙事詩

Pressure Machineは、The Killersにとって7作目のスタジオ・アルバムであり、これまでのどの作品とも異なる、深く静かな感情のうねりをたたえたドキュメンタリー的ロックアルバムである。
コロナ禍での静寂と内省の中、フロントマンのブランドン・フラワーズが自身の故郷であるユタ州ネフィの記憶と現実を見つめ直すことで、本作は生まれた。

物語の舞台は、ネフィという名の小さな町。
その土地に生きる人々の声、生活、沈黙、痛み——それらを、実際の住民たちの語り(インタビュー音源)とともに織り込むことで、現代アメリカの見えざる片隅を、The Killersは音楽によって記録しようとした。

サウンド面では、Sam’s Townのハートランド・ロックをさらに内省化し、アコースティックやカントリーテイストを取り入れたミニマルな構成が中心。
大仰なビートもアンセミックな高揚も排し、語り口はあくまで静かで、淡く、しかし深く沁みわたる。


全曲レビュー

1. West Hills

「罪と赦し」の物語を、牧歌的でありながら宗教的なスケールで描く壮大なオープニング。
“ジプシーの血”という歌詞が、外部者としての痛みと誇りを滲ませる。

2. Quiet Town

列車事故、鎮静剤中毒、小さな町の日常。
ノスタルジックなメロディの裏には、声なき悲しみが潜む。

3. Terrible Thing

ゲイであることに葛藤する少年の視点で描かれた、極めて静かな告白。
その静けさこそが、“語られなかった痛み”の深さを物語る。

4. Cody

カントリー・バラードの形式を借りた、喪失と諦念の歌。
誰もが誰かになりたがり、誰かを失っていく——そんなループを生きる青年像が浮かび上がる。

5. Sleepwalker

自己変革をテーマにした、微かな光を感じさせる楽曲。
目覚めと眠りの境界で、人生が静かに揺れている。

6. Runaway Horses (feat. Phoebe Bridgers)

フィービー・ブリジャーズとのデュエットによる、美しく儚い楽曲。
家を出る自由と、戻れない現実のあいだで揺れる女性たちの姿が描かれる。

7. In the Car Outside

唯一少しだけエレクトリックなビートが感じられるナンバー。
家の外で過ごす時間が象徴する“隔たり”が、現代的な孤独として響く。

8. In Another Life

「違う人生なら」という仮定の中に広がる諦めと希望。
現実に縛られたまま夢を見続ける人々への静かな賛歌。

9. Desperate Things

不倫関係をめぐるダークなバラッド。
破滅的な愛が、音楽とともに静かに燃え上がる。

10. Pressure Machine

アルバムタイトル曲。
ネフィという町が象徴する“圧力”と、その中で生きる人々の閉塞感を映し出す。

11. The Getting By

アルバムを締めくくる、希望とあきらめのはざまを描く名バラード。
「何とかやっている」ことの尊さが、にじむように伝わってくる。


総評

Pressure Machineは、The Killersがロックスターとしての衣装をすべて脱ぎ捨て、土地と人、生活のリアルに肉薄した叙事詩である。
それは自己を語るのではなく、“他者を語る”ことで、アメリカの沈黙と痛み、そしてささやかな希望をすくい上げようとする試みなのだ。

このアルバムにド派手なシングルはない。
ステージ上の光も、アンセムも、ない。
だがその代わりにあるのは、日常の影を見つめる優しさと誠実さである。

The Killersは、音を通して、語られなかった物語に耳を傾ける“記録者”になった。
それはロックバンドにできる、最も静かで最も強い表現なのかもしれない。


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