発売日: 2009年9月8日
ジャンル: インディーロック、アートロック、ドリーム・ポップ、ノイズ・ロック
概要
『Popular Songs』は、Yo La Tengoが2009年に発表した通算12作目のスタジオ・アルバムであり、そのタイトルとは裏腹に、“ポップ”の概念そのものを拡張・再構築する意欲作である。
収録された12曲は、いずれも異なるスタイルや手触りを持ち、キャッチーなギターポップから15分を超えるノイズ・ドローンまでが並列されている。
まさに“ポピュラー”という言葉を問い直す、Yo La Tengoらしいユーモアと誠実さが滲んだ構成となっている。
前作『I Am Not Afraid of You and I Will Beat Your Ass』(2006年)で見せたジャンル横断性を引き継ぎつつ、さらにスケールと深みを増した本作は、バンドの30年近いキャリアの集積であり、“Yo La Tengoとは何か”を多面的に提示するアルバムである。
また、レコーディングにはバンド自身のプロデュースに加え、マット・ヴァレンタイン、デヴィッド・ヒダルゴ(Los Lobos)など多彩なミュージシャンが参加。
音の奥行きと実験性が見事にバランスされ、親密な音楽とアートとしての音楽が絶妙に共存している。
全曲レビュー
1. Here to Fall
ストリングスとエレクトロニクスが溶け合う、スロウで壮大なオープニング。
Kaplanのボーカルが浮遊する中、愛と孤独の感情が美しくも儚く描かれる。
2. Avalon or Someone Very Similar
短く、軽やかなギターリフが印象的なポップソング。
60年代ポップへのオマージュと、現代的な脱力感が絶妙に混ざり合う。
3. By Two’s
Georgia Hubleyがボーカルをとる、ジャジーで柔らかいミディアム・ナンバー。
ピアノとリズムの隙間に余白があり、聴き手の呼吸を受け止めるような静謐さが漂う。
4. Nothing to Hide
ザラついたギターと4つ打ち的なビートが疾走感を生む、アルバム中でもっともロック色の強い一曲。
“隠すものなんてない”という歌詞に、初期のガレージ精神が蘇る。
5. Periodically Double or Triple
ファンキーなベースラインと脱力ボーカルがクセになるユーモラスなナンバー。
ミニマルな構成に、アナログ・シンセのような音が彩りを添える。
6. If It’s True
フィル・スペクター風のウォール・オブ・サウンドを彷彿とさせる甘美なポップ・バラード。
“もしそれが本当なら”という問いが、人生のあいまいさと希望を同時に響かせる。
7. I’m on My Way
アコースティック・ギターと囁き声のようなボーカルが、聴き手を“道の途中”に誘う静かな曲。
旅の終わりではなく、過程の中の感情を淡々と描写している。
8. When It’s Dark
Hubleyの歌声が、闇の中にある微かな光のように響く。
ドリーミーでありながら、どこか冷ややかな感触を残す浮遊系ポップ。
9. All Your Secrets
ミニマルな鍵盤と優しいメロディによる抒情的な一曲。
“すべての秘密”というタイトルに反して、むしろ距離感を保ち続ける語り口が印象的。
10. More Stars Than There Are in Heaven
全15分に及ぶ、アルバムの核とも言える大作。
ギターのドローンとゆるやかな展開のなかに、Yo La Tengoが到達した音響の“瞑想領域”がある。
時間が溶けていくような感覚の中で、聴き手は音の海に漂うように身を委ねることになる。
11. The Fireside
インストゥルメンタルでありながら、内的なドラマを感じさせる短編映画のような楽曲。
ギターの揺らぎと残響が、心象風景を静かに描く。
12. And the Glitter Is Gone
ノイズギターが爆発的に鳴り響く、15分の“音の洪水”。
ライブでの即興演奏を彷彿とさせる構成で、Yo La Tengoの実験精神と持久力が存分に発揮されている。
総評
『Popular Songs』は、その名前とは裏腹に、“ポピュラー音楽の枠組み”に対する愛ある挑戦であり、Yo La Tengoというバンドの多面的な魅力を見事に映し出したアルバムである。
リスナーを甘美なポップの世界に誘いながら、突如としてノイズやドローンの深海に引きずり込む――その緩急と意外性、そして誠実さが、このバンドの真骨頂だ。
同時に、この作品は“バンドとして成熟するとはどういうことか”を静かに教えてくれる。
キャリアを重ねてもなお、遊び心と探究心を失わず、“よくわからないけど、なんだか良い”音楽を真摯に作り続けるという姿勢が、ここには確かにある。
それはまさに、“ポピュラー”とは何かを問いながら、“自分たちにとってのポップ”を差し出すという、静かなレジスタンスの形なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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I Am Not Afraid of You and I Will Beat Your Ass / Yo La Tengo
先行する多様性のあるアルバム。『Popular Songs』の原型といえる。 -
And Then Nothing Turned Itself Inside-Out / Yo La Tengo
静謐と内省のアルバム。『Popular Songs』の穏やかな側面とつながる。 -
Wowee Zowee / Pavement
雑多なスタイルが同居する奇作。Yo La Tengo的なジャンル横断性に通じる。 -
Microcastle / Deerhunter
ドリーム・ポップとノイズの交錯、時間の揺らぎという観点から共鳴する。 -
Teen Dream / Beach House
ポップの美しさと内面性の両立という意味で、『Popular Songs』と響き合う現代的名盤。
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