1. 歌詞の概要
「Planet Claire(プラネット・クレア)」は、アメリカのニューウェイヴ・バンド、The B-52’s(ザ・ビー・フィフティーズ)が1979年にリリースしたデビューアルバム『The B-52’s』のオープニングトラックであり、彼らのサウンドと世界観を象徴する楽曲である。
本作では、「クレア星」という架空の惑星から来た女性にまつわる物語が語られるが、その内容は徹底してシュールで、レトロフューチャー的な世界観とSFのパロディを融合させたユニークなものとなっている。
歌詞はミニマルで、長いインストゥルメンタルパートとともに、語り口調でクレアという存在が紹介される。彼女は髪もなく、目もなく、姿を変えながら地球を訪れ、宇宙の謎めいた力を持つ女性として描かれる。
その描写は一見ナンセンスに思えるが、実際には「他者性」「脱構築的視点」「規範からの逸脱」など、ニューウェイヴ特有のアンダーグラウンド的テーマが散りばめられている。
「Planet Claire」はそのタイトルからも明らかなように、地球から離れた異質な視点を通して世界を再定義しようとする試みであり、The B-52’sが掲げる“自由で、滑稽で、でも本質的にラディカル”な音楽精神が全面に表れた楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
The B-52’sは、1970年代末にジョージア州アテネで結成された。彼らはパンクやディスコ、60年代サーフロック、SF映画のサウンドトラックなどをサンプリング的に引用しながら、独自のサウンドと美学を築き上げた。
「Planet Claire」は、デビューアルバムのオープニングとして、まさにそのバンドの異質さと魅力を強烈に印象づける役割を担っている。
楽曲冒頭のミュージックモチーフは、1950年代のSF映画や、ピンク・パンサーの作曲家ヘンリー・マンシーニによる「Peter Gunn Theme」に影響を受けているとされており、サックスの不穏な音色や繰り返しのベースラインが、サイケデリックかつサスペンスフルな空間を演出している。
歌詞は主にフレッド・シュナイダーの語りによって進行し、サウンドはシンセサイザーとサーフギター、跳ねるようなドラム、そしてバックボーカルにケイト・ピアソンとシンディ・ウィルソンの声が重なる。この構造こそがThe B-52’sの最大の特徴であり、視覚的・音響的に“他のどのバンドでもない”印象を植え付ける要素となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Planet Claire」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Planet Claire
“She came from Planet Claire”
彼女はクレア星からやってきた。
“I knew she came from there”
僕はすぐにそれが分かったんだ。
“She drove a Plymouth Satellite”
彼女はプリムス・サテライト(車名)に乗っていた。
“Faster than the speed of light”
光の速さよりも速く。
“She came from Planet Claire”
彼女はクレア星からやってきたんだ。
“She isn’t… She doesn’t… She can’t…”
彼女にはない… 彼女はできない… 彼女は…
“She’s never been seen”
誰も彼女を見たことがない。
歌詞は非常に断片的で、抽象的な描写が多く、明確な物語の流れはない。しかし、そこには「異質な存在=クレア」が持つミステリアスな魅力と、語り手の魅了される様子が描かれている。そして最後には、「彼女は誰にも見えない」という一文で締めくくられ、“見ることができないもの=理解を超えた存在”として彼女のイメージが確立される。
4. 歌詞の考察
「Planet Claire」は、典型的なストーリーを持つ楽曲ではなく、世界観そのものを提示する“イントロダクション”的な楽曲として構成されている。登場するクレアという存在は、女性像のパロディとも、地球文化に対する風刺とも、あるいは“オルタナティブな感性”の象徴とも解釈できる。
髪も目もない女性、地球人には見えない存在——それは、「女性はこうあるべき」「人間とはこうあるべき」といった既存の枠組みから完全に逸脱した存在であり、The B-52’sが70年代末に提示したいわば“反ノーム(anti-norm)”なキャラクターである。
彼女は語り手にとって“魅力的”でありながらも“理解不能”であり、実体を捉えられないまま曲は終わる。この構造は、当時のアメリカ社会における性、アイデンティティ、サブカルチャーといったテーマへの潜在的な抵抗を内包しており、ポップでシュールな表現の裏に深い批評性が隠されている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “52 Girls” by The B-52’s
デビュー作からのエネルギッシュなトラック。女性の名前を羅列する構造も面白い。 - “Science Fiction/Double Feature” by Richard O’Brien(『ロッキー・ホラー・ショー』より)
SFとサブカルチャーへの愛と皮肉を込めた名曲。 - “Outer Space” by John Grant
宇宙をメタファーにしたアイデンティティの探求ソング。 - “Cosmic Dancer” by T. Rex
“宇宙的存在”としての自己像を描いたグラムロックの傑作。 -
“Electric Feel” by MGMT
非現実的な感覚とサイケポップを現代風に昇華したサウンド。
6. クレア星の彼方に:サイケデリックSFとしてのポップ音楽
「Planet Claire」は、ポップソングでありながら、まるでラジオドラマや短編SFのような語り口を持った楽曲である。その構成は明快なサビやメロディを持たず、むしろ“世界観”そのものを音楽化することに注力されている。だからこそ、この曲は40年以上経った今でも新鮮で、実験的で、魅惑的であり続ける。
The B-52’sはこの楽曲を通して、“異質であること”や“既存の意味からの逸脱”を祝福し、聴く者に「あなた自身の惑星を見つけて」とささやいているかのようだ。クレア星とは、誰の中にもある“自由の空間”であり、それが見えるかどうかは、想像力と感性にかかっている。
「Planet Claire」は、現実から少しだけずれたところにあるユートピアの入り口。そこでは、ルールも常識も意味も通じない。でも、それこそが解放であり、表現であり、ポップミュージックの持つ最も豊かな魔法なのだ。
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