
発売日:1992年
ジャンル:現代音楽、弦楽四重奏、ワールド・ミュージック、アフリカ音楽、ミニマル・ミュージック、クロスオーバー・クラシック
概要
Pieces of Africa は、アメリカの弦楽四重奏団 Kronos Quartet が1992年に発表したアルバムである。Kronos Quartetは、1970年代末以降、弦楽四重奏というクラシック音楽の伝統的編成を用いながら、現代音楽、ミニマリズム、民族音楽、ジャズ、ロック、映画音楽、実験音楽などを積極的に取り込み、室内楽のレパートリーを大きく拡張してきた団体である。本作は、その活動の中でも特に「アフリカ」という広大な音楽的・文化的領域に焦点を当てた重要作であり、アフリカ出身またはアフリカに深く関係する作曲家の作品を、弦楽四重奏という西洋クラシックの形式で演奏している。
アルバムには、Foday Musa Suso、Hamza El Din、Dumisani Maraire、Kevin Volans、Hassan Hakmoun、Justinian Tamusuza、そしてTerry Rileyといった作曲家の作品が収録されている。彼らの背景は一様ではない。西アフリカのグリオ伝統、ヌビア音楽、ジンバブエのショナ音楽、南アフリカの音楽文化、モロッコのグナワ、ウガンダの音楽、アメリカのミニマル・ミュージックなど、多様な音楽的文脈がアルバム内で交差する。したがって本作は、単に「アフリカ音楽を弦楽四重奏で演奏した作品」ではなく、アフリカという言葉の中に含まれる複数の地域性、歴史、リズム感覚、旋律、精神性を、現代室内楽として再構成したアルバムである。
Kronos Quartetの意義は、弦楽四重奏をベートーヴェン、シューベルト、バルトーク、ショスタコーヴィチといった西洋クラシックの系譜だけに閉じ込めなかった点にある。彼らは、世界各地の作曲家に新作を委嘱し、録音し、演奏することで、弦楽四重奏を現代のグローバルな表現媒体へ変えていった。Pieces of Africa はその代表的成果のひとつであり、1990年代初頭における「ワールド・ミュージック」への関心とも深く関係している。
ただし、本作を聴く際には、一般的なワールド・ミュージックのアルバムとは異なる点を理解する必要がある。ここでは多くの楽曲が弦楽四重奏を中心に演奏されており、現地の伝統楽器や歌唱をそのまま記録したフィールド・レコーディングではない。むしろ、アフリカの音楽的発想を、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという西洋弦楽器の音色、調律、奏法、アンサンブルの精度によって表現する試みである。そのため、伝統音楽の直接的な再現ではなく、翻訳、変換、対話として聴くべき作品である。
本作が重要なのは、アフリカ音楽を「異国的な色彩」として消費するのではなく、現代音楽の中心的な素材として扱っている点にある。ポリリズム、反復、ドローン、旋律の装飾、コール・アンド・レスポンス的な構造、儀礼性、踊りの感覚などが、弦楽四重奏の精密なアンサンブルに置き換えられることで、アフリカ音楽と現代室内楽の共通点が浮かび上がる。特に反復と微細な変化を重視する点では、アフリカ音楽とミニマル・ミュージックの親和性も示されている。
日本のリスナーにとって Pieces of Africa は、クラシック音楽、現代音楽、ワールド・ミュージックの境界を考えるうえで非常に有効な作品である。弦楽四重奏という形式に馴染みがあるリスナーには、室内楽の新しい可能性を示すアルバムとして聴ける。一方、アフリカ音楽に関心のあるリスナーには、伝統音楽そのものではなく、その構造や精神性がどのように別の編成へ移されるかを知る手がかりとなる。結果として本作は、Kronos Quartetのディスコグラフィの中でも、異文化間の対話を最も明快に示すアルバムのひとつとなっている。
全曲レビュー
1. Tillyboyo
「Tillyboyo」は、ガンビア出身のコラ奏者・作曲家 Foday Musa Suso による作品である。Susoは西アフリカのグリオ伝統に根ざした音楽家であり、コラという21弦の撥弦楽器を通じて、語り、歴史、家系、儀礼、即興を結びつける文化を継承してきた人物である。その彼の音楽が、Kronos Quartetの弦楽四重奏によって演奏されることで、撥弦楽器的な反復や装飾が弓奏の響きへ変換される。
音楽的には、細かな反復パターンと流動的な旋律が中心である。西アフリカの音楽に見られる循環的な時間感覚が、弦楽四重奏の中で表現されている。通常の西洋クラシックにおける主題提示、展開、再現といった直線的構造とは異なり、同じ音型が反復されながら少しずつ表情を変えていく。これにより、聴き手は曲を「進行する物語」としてではなく、「持続する場」として体験する。
弦楽器は、コラのきらめくような音色を完全に再現することはできない。しかし、Kronos Quartetは、その代わりに弦の跳躍、ピチカート、軽やかなアーティキュレーションを使い、撥弦的なリズム感を生み出している。曲の背景にあるのは、単なるメロディの美しさではなく、共同体の記憶を運ぶ音楽のあり方である。アルバム冒頭として、アフリカ音楽の反復性と弦楽四重奏の精密さが結びつく方向性を示している。
2. Escalay
「Escalay」は、ヌビア出身の作曲家・ウード奏者・歌手 Hamza El Din による作品である。Hamza El Dinは、エジプト南部とスーダン北部にまたがるヌビア文化の音楽を国際的に紹介した重要人物であり、静謐で瞑想的な旋律、ゆったりとした時間感覚、ウードやタールの響きを特徴とする。彼の音楽は、アフリカ、アラブ、中東、地中海的な要素が交差する地点にある。
「Escalay」は、もともとヌビアの水車を意味する言葉とされることがあり、水の流れ、円環運動、労働、風景、記憶といったイメージを伴う。Kronos Quartetによる演奏では、弦楽器の長いフレーズと反復が、水車のゆっくりとした回転を思わせる。曲は劇的に盛り上がるよりも、静かな持続の中で深い感情を生み出す。
音楽的には、ドローン的な支えと、旋律の装飾が重要である。西洋クラシックの和声的進行とは異なり、旋律が空間の中を漂い、少しずつ変化していく。弦楽四重奏によって演奏されることで、ウードや声の柔らかな揺れは、より透明で室内楽的な響きへ変わる。しかし、その根底にある哀愁と瞑想性は失われていない。
この曲は、アフリカ音楽を単一のイメージで捉えることの危うさも示している。ここにあるのは、サハラ以南のポリリズム的な音楽ではなく、ヌビア的・アラブ的な旋律文化である。Pieces of Africa というアルバムが扱う「アフリカ」は、多様で複数の音楽的世界を含む。そのことを強く印象づける楽曲である。
3. White Man Sleeps: I. Lullaby
Kevin Volansの「White Man Sleeps」は、本作の中でも現代音楽とアフリカ音楽の関係を考えるうえで重要な作品である。Volansは南アフリカ出身の作曲家であり、アフリカの音楽構造、とりわけ反復やリズムの感覚を、西洋現代音楽の文脈へ取り込んだ人物である。「White Man Sleeps」はもともとチェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、打楽器などを含む編成の作品として構想され、後に弦楽四重奏版としても知られるようになった。
第1曲「Lullaby」は、子守歌というタイトルにふさわしく、穏やかな反復と柔らかな旋律を持つ。しかし、その穏やかさは単純ではない。音型は少しずつずれ、リズムの配置には微妙な緊張がある。子守歌という親密な形式の中に、現代音楽的な構造意識が埋め込まれている。
Kronos Quartetの演奏では、音の輪郭が非常に明確で、反復の中にある微細な変化が聴き取りやすい。アフリカ音楽に由来する循環的な感覚と、ミニマル・ミュージック的な反復美が交差する。曲名の「White Man Sleeps」には、植民地主義や文化的視線への批評的な響きも含まれている。白人が眠る間に、別の音楽的時間が動いているという暗示は、単なる美しい小品以上の意味を持つ。
4. White Man Sleeps: II. Fanfare
第2曲「Fanfare」は、前曲よりも明るく、リズムの輪郭がはっきりしている。ファンファーレというタイトルは、祝祭、宣言、呼びかけを連想させるが、ここでは金管楽器による豪華な響きではなく、弦楽四重奏による鋭いアンサンブルとして表現される。
音楽的には、短いモチーフの反復、拍のずれ、リズムの重なりが重要である。西洋的な行進曲や式典音楽のファンファーレとは異なり、ここでは音が直線的に進むのではなく、複数のリズムが絡み合いながら進む。アフリカ音楽的なポリリズムの発想が、弦楽四重奏の緻密な音型に置き換えられている。
この曲で興味深いのは、祝祭性が単純な明るさではなく、構造的な複雑さとして現れる点である。聴き手は一見軽快な音楽として受け取ることができるが、耳を澄ませると、各パートの入り方やアクセントが微妙にずれており、音楽が多層的に動いていることが分かる。Kronos Quartetの演奏技術は、この複雑さを硬くせず、生命力ある響きとして伝えている。
5. White Man Sleeps: III. Dances
第3曲「Dances」は、タイトル通り、舞踊性が前面に出た楽曲である。アフリカ音楽において、音楽と踊りはしばしば不可分であり、リズムは身体の動きと密接に結びついている。Volansはその身体性を、西洋弦楽四重奏の抽象的な音楽空間へ移す。
音楽的には、拍節感が強く、短い音型が反復されることで、足取りのような感覚が生まれる。しかし、その舞踊性は民俗音楽の単純な引用ではない。リズムは洗練され、構造化され、現代音楽としての緊張を保っている。つまり、ここでの「ダンス」は、実際に踊るための音楽であると同時に、踊りのエネルギーを抽象化した室内楽でもある。
Kronos Quartetは、弦楽器の鋭いアタックや軽い跳ねを使い、曲の身体性を強く打ち出す。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの各パートが独立しながらも絡み合い、リズムの網の目を作る。この曲は、弦楽四重奏がリズム楽器としても機能し得ることを示している。クラシックの弦楽四重奏にありがちな旋律中心の聴き方を超え、リズムの快楽に耳を向けさせる重要な場面である。
6. White Man Sleeps: IV. Song
第4曲「Song」は、組曲の中でも旋律性が強く、より歌に近い性格を持つ。タイトルが示す通り、ここではリズムの複雑さよりも、旋律の流れと感情の持続が中心になる。ただし、伝統的な西洋歌曲のように明確な歌詞や声があるわけではなく、弦楽器が歌うように旋律を担う。
音楽的には、反復と旋律が柔らかく結びついている。アフリカ音楽の中にある歌の要素、すなわち共同体の中で共有される旋律、儀礼や日常の中で歌われるフレーズが、弦楽四重奏へと翻訳されている。Kronos Quartetの演奏は、過度にロマンティックにせず、簡潔な表情の中に情感を込めている。
この曲は、アフリカ音楽をリズムの音楽としてのみ捉える偏った見方を修正する役割も持つ。アフリカの多様な音楽文化には、豊かな旋律、声の技法、歌詞の伝統が存在する。「Song」は、その歌の感覚を抽象的な室内楽として表現している。Volansの作品の中でも、静かな抒情性が際立つ楽章である。
7. White Man Sleeps: V. Dances
最終曲「Dances」は、組曲を再び舞踊的なエネルギーへ戻す。前の「Song」で一度内省的になった音楽が、再びリズムと身体性を取り戻す構成である。これにより、組曲全体は子守歌、ファンファーレ、ダンス、歌、ダンスという多面的な形を持つ。
音楽的には、リズムの反復とアクセントの配置が重要である。弦楽四重奏は、打楽器を含まない編成でありながら、音の立ち上がりやピチカート的な処理によって、強いリズム感を作る。各パートが独立した動きを持ちながら、全体としてひとつの舞踊的な流れを生む点が聴きどころである。
この楽章は、Volansがアフリカ音楽を単に引用するのではなく、その構造的な原理を現代室内楽へ変換していることをよく示す。リズムは装飾ではなく、音楽の骨格である。Kronos Quartetの演奏は、その骨格を明確にしつつ、硬質な現代音楽に閉じ込めない。組曲全体を締めくくるにふさわしい、知性と身体性の両方を持つ楽章である。
8. Mai Nozipo
「Mai Nozipo」は、ジンバブエ出身の音楽家 Dumisani Maraire による作品である。Maraireは、ショナ族のムビラ音楽を国際的に紹介した人物として知られ、アメリカでも教育者・演奏家として大きな役割を果たした。ムビラは金属の鍵盤を弾く親指ピアノ系の楽器であり、ショナの宗教儀礼や共同体音楽において重要な役割を担っている。
「Mai Nozipo」は、ムビラ音楽の循環的なパターンや重なり合う音型を、弦楽四重奏へ移した作品として聴ける。ムビラ特有の金属的できらめく音色は弦楽器では再現できないが、Kronos Quartetはピチカートや軽やかな反復を通じて、その構造的な感覚を表現している。
音楽的には、短いパターンが反復され、そこに旋律的な変化が重なる。西洋クラシックの和声進行のように目的地へ向かうのではなく、音楽は円環的に回り続ける。この円環性は、ムビラ音楽の儀礼的性格とも関係している。聴き手は曲の始まりと終わりよりも、持続する音の場そのものへ引き込まれる。
歌詞は存在しないが、タイトルに含まれる人物名的な響きから、個人、家族、共同体への呼びかけを感じ取ることができる。Maraireの音楽は、単なる民族音楽の素材ではなく、生活と信仰に根ざしたものだ。Kronos Quartetの演奏は、それを室内楽として磨き上げながらも、元の音楽が持つ循環する生命力を保っている。
9. Tilliboyo
「Tilliboyo」は、再び Foday Musa Suso の作品であり、アルバム冒頭の「Tillyboyo」とタイトルが近い。表記や配置の面でも、アルバム全体に西アフリカ的な枠組みを与える役割を持っている。Susoの音楽は、グリオの伝統に根ざしながら、ジャズや現代音楽との共演にも開かれており、Kronos Quartetとの相性が高い。
この曲では、反復する音型と流麗な旋律が中心になる。コラ音楽に見られる持続的なアルペジオ感覚が、弦楽四重奏の中で変換される。ヴァイオリンやヴィオラは、撥弦的な細かさを弓奏によって再現するのではなく、弦楽器ならではの伸びやかな響きによって別の美しさを作る。
音楽的には、アルバム序盤のSuso作品と同様、時間の流れが円環的である。反復されるパターンは単調ではなく、わずかな変化を積み重ねることで、聴き手の注意を持続させる。これはアフリカ音楽の重要な特徴であると同時に、ミニマル・ミュージックとも共通する感覚である。
この曲の意義は、伝統的な語りの音楽を、言葉のない弦楽四重奏へ移す点にある。グリオの音楽は本来、物語や歴史の伝達と結びつくが、ここではその語りの感覚が旋律と反復に凝縮されている。言葉が消えた後にも、記憶を運ぶ音楽の機能が残っている。
10. Saade
「Saade」は、モロッコ出身のグナワ音楽家 Hassan Hakmoun による作品である。グナワ音楽は、西アフリカ起源の人々の歴史、イスラム神秘主義、トランス儀礼、反復的なリズム、低音弦楽器ゲンブリの響きと深く結びついている。Hakmounは、このグナワ音楽を国際的な舞台へ広めた重要人物のひとりである。
「Saade」では、グナワ音楽に特有の反復的な低音感覚や儀礼的な推進力が、弦楽四重奏によって表現される。ゲンブリの土着的な低音はチェロやヴィオラによって暗示され、上声部が旋律や装飾を加える。Kronos Quartetの演奏は、グナワ音楽をそのまま模倣するのではなく、トランス的な反復の性質を室内楽へ移している。
音楽的には、ドローン的な支えとリズムの反復が重要である。グナワ音楽では、反復は単なる伴奏ではなく、精神状態を変化させるための手段でもある。この曲でも、反復される音型が聴き手を徐々に引き込む。弦楽四重奏という編成でありながら、音楽は静的ではなく、身体的・儀礼的な力を持つ。
本作の中で「Saade」は、北アフリカとサハラ以南の音楽文化のつながりを感じさせる重要な曲である。アフリカ音楽という枠の中には、アラブ、ベルベル、西アフリカ、イスラム神秘主義、大西洋世界の歴史が複雑に絡み合っている。この曲は、その交差点を弦楽四重奏で描いている。
11. Ekitundu Ekisooka
「Ekitundu Ekisooka」は、ウガンダ出身の作曲家 Justinian Tamusuza による作品である。Tamusuzaは、ウガンダの伝統音楽と西洋現代音楽の技法を結びつける作曲家として知られ、アフリカの音楽語法を弦楽器や現代室内楽に応用した作品を残している。
タイトルの「Ekitundu Ekisooka」は、ルガンダ語で「第1部」や「最初の部分」といった意味を持つとされる。楽曲は、アフリカ音楽のリズムや旋律感覚を、非常に洗練された現代音楽の構造へ落とし込んでいる。Kronos Quartetにとっても、技術的・表現的に重要なレパートリーのひとつである。
音楽的には、複雑なリズム、細かな装飾、弦楽器の多様な奏法が特徴である。ピチカート、弓の短い動き、強いアクセント、音色の変化が組み合わされ、弦楽四重奏が打楽器的にも旋律的にも機能する。ウガンダの伝統音楽に由来するリズム感覚が、単なる引用ではなく、作品全体の構造として組み込まれている。
この曲は、アルバムの中でも現代音楽としての緊張感が特に強い。聴きやすい旋律を追うというより、音の動き、リズムの組み合わせ、各楽器の対話を聴く作品である。Kronos Quartetの精密な演奏によって、複雑な構造が鮮明に浮かび上がる。アフリカ音楽と現代クラシックが対等に結びついた、アルバム後半の重要な頂点である。
12. Sunrise of the Planetary Dream Collector
「Sunrise of the Planetary Dream Collector」は、アメリカのミニマル・ミュージックの重要人物 Terry Riley による作品である。RileyはKronos Quartetと長年にわたり密接な関係を築いた作曲家であり、彼の音楽は反復、即興、インド音楽、サイケデリック文化、持続音、旋律の変容を特徴とする。本作においてRileyはアフリカ出身の作曲家ではないが、反復と循環を通じて、アルバム全体のテーマと深く接続している。
この曲は、明るいタイトルが示すように、夜明け、夢、宇宙的な広がりを連想させる。音楽的には、Rileyらしいミニマルな反復が中心だが、単調ではなく、旋律が少しずつ変化しながら流れていく。弦楽四重奏は、反復する音型を通じて、時間が広がっていくような感覚を作る。
アルバム全体の中でこの曲が果たす役割は重要である。ここまで聴いてきたアフリカ由来の反復、循環、舞踊性、儀礼性が、Rileyのミニマリズムと響き合う。アフリカ音楽とアメリカのミニマル・ミュージックは、歴史的・文化的背景こそ異なるが、反復を通じて時間の感覚を変えるという点で共通する部分がある。
「Sunrise of the Planetary Dream Collector」は、アルバムを単なる地域音楽集として閉じず、より広い地球的・宇宙的な視野へ開く。夢を集める惑星の夜明けというイメージは、Kronos Quartetの活動そのものにも重なる。世界各地の音楽を集め、それを弦楽四重奏という媒体で新しい形へ変える。その理念が、アルバム終盤で象徴的に表れている。
総評
Pieces of Africa は、Kronos Quartetのディスコグラフィの中でも、異文化間の音楽的対話を最も明確に示した作品のひとつである。アフリカのさまざまな音楽文化を、西洋クラシックの弦楽四重奏という形式へ移すことで、単なる民俗音楽の紹介でも、単なる現代音楽の実験でもない、独自の領域を作り出している。
本作の大きな特徴は、アフリカを一枚岩として扱っていない点にある。西アフリカのグリオ伝統、ヌビア音楽、ジンバブエのムビラ文化、南アフリカ出身の作曲家による現代音楽、モロッコのグナワ、ウガンダの音楽、そしてアメリカのミニマリズムが並置されることで、「アフリカ音楽」という言葉の中にある多様性が浮かび上がる。日本のリスナーがアフリカ音楽と聞いて想像しがちな、太鼓中心のリズム音楽という固定観念を大きく超える内容である。
同時に、本作は弦楽四重奏という形式の可能性を拡張している。クラシック音楽における弦楽四重奏は、しばしば高度に抽象化された室内楽の象徴とされる。しかしKronos Quartetは、その編成をリズム、儀礼、踊り、語り、祈り、トランス、記憶を表現する器として使う。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロは、歌い、踊り、打楽器のように弾み、ドローンを作り、共同体の声を暗示する。これにより、弦楽四重奏は西洋クラシックの閉じた形式ではなく、世界の音楽を受け止める柔軟なメディアとなる。
本作の音楽的な中心には、反復がある。Foday Musa Susoの作品におけるコラ的な循環、Hamza El Dinの瞑想的な持続、Kevin Volansの構造化されたダンス、Dumisani Maraireのムビラ的パターン、Hassan Hakmounのグナワ的トランス、Terry Rileyのミニマリズム。これらは背景こそ異なるが、反復を通じて時間を変化させるという共通点を持つ。西洋クラシックの発展的な時間感覚とは異なり、本作では音楽が円環的に広がり、聴き手を持続する場へ誘う。
一方で、本作には異文化翻訳の問題も含まれている。アフリカの音楽を弦楽四重奏で演奏することは、必然的に音色、身体性、言語、儀礼性の一部を変換することになる。現地の楽器、声、踊り、共同体の場が持っていた意味は、そのまま再現されるわけではない。しかしKronos Quartetのアプローチは、単純な模倣ではなく、作曲家との協働や委嘱を通じた再創造に近い。そのため、本作は文化の表面的な借用というより、作曲家たちの音楽的発想を弦楽四重奏の文脈で生かす試みとして評価できる。
1990年代初頭という時代背景も重要である。当時、欧米では「ワールド・ミュージック」という枠組みが広がり、多くの非西洋音楽が紹介された。しかしその一方で、商業的な異国趣味や、非西洋音楽を装飾として扱う傾向も存在した。Pieces of Africa は、その流れの中にありながら、より作曲中心、演奏中心、構造中心のアプローチを取っている。聴き手に分かりやすい民族音楽のイメージを提供するのではなく、各作曲家の音楽的思考を室内楽として提示する点で、現在でも価値が高い。
Kronos Quartetの演奏は、全体を通じて極めて精密でありながら、単なる技巧の誇示にはならない。リズムの鋭さ、音色の変化、ピチカートの軽さ、長い音の持続、各パートの対話が、作品ごとの文化的背景を尊重しながら表現されている。弦楽四重奏の美しさと、アフリカ音楽由来の身体性がバランスよく共存している点が、本作の大きな魅力である。
総合的に見て、Pieces of Africa は、現代室内楽とアフリカ音楽の接点を示す歴史的なアルバムである。クラシック音楽のリスナーには、弦楽四重奏の新しい可能性を示し、ワールド・ミュージックのリスナーには、アフリカ音楽の構造や精神性が別の形式へ変換される過程を示す。難解な現代音楽として距離を置く必要はなく、反復、リズム、旋律、音色の変化に耳を澄ませることで、非常に豊かな体験が得られる作品である。
おすすめアルバム
1. Kronos Quartet – Kronos Quartet Performs Philip Glass(1995年)
Kronos Quartetがミニマル・ミュージックの重要作曲家 Philip Glass の作品を演奏したアルバムである。反復、持続、微細な変化を弦楽四重奏で表現するという点で、Pieces of Africa と関連性が高い。アフリカ音楽とミニマリズムの共通点を考えるうえでも参考になる。
2. Kronos Quartet – Winter Was Hard(1988年)
Kronos Quartetの多様なレパートリーを示す初期の重要作である。現代音楽、映画音楽、実験的作品が並び、彼らが弦楽四重奏をどのように拡張してきたかを理解できる。Pieces of Africa の前段階として、Kronosの美学を知るのに適している。
3. Hamza El Din – Eclipse(1988年)
ヌビア音楽の深い静けさと瞑想性を知るうえで重要な作品である。Pieces of Africa に収録された「Escalay」の背景を理解するためにも、Hamza El Din自身の演奏に触れることは有効である。ウードや声が持つ柔らかな時間感覚を味わえる。
4. Foday Musa Suso – The Dreamtime(1990年)
西アフリカのコラの伝統と現代的な音楽感覚を結びつけた作品である。Foday Musa Susoの音楽的背景を知ることで、Pieces of Africa における「Tillyboyo」「Tilliboyo」の反復や旋律感覚がより理解しやすくなる。グリオ音楽の現代的展開としても重要である。
5. Terry Riley / Kronos Quartet – Cadenza on the Night Plain(1985年)
Terry RileyとKronos Quartetの長い協働関係を示す重要作である。ミニマリズム、即興性、旋律の持続、サイケデリックな時間感覚が弦楽四重奏の中で展開される。Pieces of Africa の終曲「Sunrise of the Planetary Dream Collector」をより深く理解するための関連作として適している。

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