1. 歌詞の概要
「Peg」は、Steely Danが1977年にリリースした名盤『Aja(彩(エイジャ))』に収録された楽曲であり、バンドの中でもとりわけポップでキャッチーなサウンドが特徴的な一曲である。全米シングルチャートではTop 20入りを果たし、彼らの中でも最大のヒットのひとつとなった。
曲名の「Peg」は人名であり、歌詞はその“Peg”という女性に対して語りかける形式をとっている。一見すると恋愛ソングのようにも思えるが、実際のテーマは“芸能界で売れていく女性”を見つめる皮肉と寂しさ、そして一種の諦念である。かつて近しかった女性が、今ではスクリーンに映る存在となり、多くの男たちの注目を集める――その事実に対して、語り手は複雑な感情を抱えている。
「It will come back to you(いつか君に戻ってくるさ)」というリフレインには、“名声と引き換えに失ったもの”に対するささやかな復讐心とも、未練ともとれる曖昧な情感が込められている。表面上は明るくタイトなファンク/ジャズ・ポップ調で構成されながら、歌詞の奥にはSteely Danらしい皮肉とビターな感情が流れている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Peg」のサウンドは、Steely Danが到達した完璧主義的なレコーディング哲学を象徴するものである。この楽曲の制作では、ギターソロだけでも7人以上の名うてのギタリストたちが試され、最終的に採用されたのがJay Graydonによるソロだった。この“選び抜かれた”感覚が、曲全体の緻密なグルーヴと精密なコード進行に反映されている。
また、この曲のバックコーラスにはMichael McDonald(ドゥービー・ブラザーズ)が参加しており、その独特のファルセットが楽曲に深みと艶を与えている。ポップでありながらジャズ的な和声進行を内包し、歌詞はシニカルで、演奏は正確無比――この相反する要素を違和感なく融合させることこそが、Steely Danの音楽の真骨頂である。
「Peg」の歌詞には、音楽業界やメディアへの批評が込められているとも言われており、「You see it all in 3-D, it’s your favorite foreign movie(3Dで全部観てる、君のお気に入りの外国映画さ)」というラインは、華やかなショービジネスの裏にある“演出された現実”や“非現実的な自己投影”への冷ややかな視線を象徴している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Peg」の印象的な歌詞の一部とその和訳を紹介する。
“I seen your picture / Your name in lights above it”
君の写真を見たよ 名前がライトに浮かび上がっていた
“This is your big debut / It’s like a dream come true”
これが君の華々しいデビューだ まるで夢が叶ったみたいだね
“And when you smile for the camera / I know they’ll love it”
カメラに笑いかけるとき みんな君に夢中になるってわかってる
“Peg, it will come back to you”
ペグ、そのツケはきっと君に返ってくるさ
“The shutter falls / You see it all in 3-D”
シャッターが切られて 全てが3Dで見える
“It’s your favorite foreign movie”
それは君のお気に入りの外国映画さ
歌詞引用元:Genius – Steely Dan “Peg”
4. 歌詞の考察
「Peg」の歌詞は、そのキャッチーなメロディとは裏腹に、冷ややかで醒めた視点を持つナラティブが展開されている。主人公の“Peg”は、かつて身近にいた存在だったが、今やスクリーンに映るスター。語り手は彼女の成功を客観的に見つめながら、その裏にある虚飾や自己喪失にも目を向けている。
とりわけ、「It will come back to you」というフレーズは非常に多義的である。それは“因果応報”という意味にも、“君の本質は変わっていない”という皮肉にも聞こえる。Shakiraのような自己肯定の楽曲とは対照的に、この曲では“表面的な輝き”に対して距離を置き、そこにある矛盾や空虚さを見つめている。
また、「Your favorite foreign movie」というラインは、彼女自身が“人生を映画のように生きている”ということへのメタファーとも受け取れる。華やかさの裏にある、どこか非現実的で空疎な世界観――そこに対する憧れと軽蔑が交錯する感覚が、この曲の魅力でありSteely Danらしさでもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Josie by Steely Dan
同じく『Aja』収録。軽快でファンク的だが、歌詞は謎めいていて毒を含む。 - Kid Charlemagne by Steely Dan
華やかな過去と転落を描いたナラティブソング。Pegの裏面ともいえる構造。 - What a Fool Believes by The Doobie Brothers
Michael McDonaldが中心となった代表曲。失われた恋と幻想を描くエモーショナルな一曲。 - Fame by David Bowie
名声と自己喪失をテーマにしたファンク・ロック。Pegと同じく芸能界批判の要素を含む。
6. “完璧なポップ”に宿る批評精神
「Peg」は、音楽的にはきらびやかで完璧に構築された“ポップソング”でありながら、その歌詞は“名声の代償”や“空虚な夢”をテーマにした冷静な批評に満ちている。この“ギャップ”こそがSteely Danの最大の魅力であり、彼らの楽曲が何十年経っても色褪せない理由でもある。
『Aja』というアルバムが高い完成度を誇る一方で、どこか人間味や感情を抑えた“知的な音楽”として語られるのは、こうした楽曲が持つ“冷たさ”と“精密さ”の絶妙なバランスによるものだ。「Peg」はその典型例であり、耳に心地よいのに、どこか不安や皮肉を感じさせる――その“違和感”こそが、この曲を何度も聴き返したくなる理由である。
「Peg」は、Steely Danが1970年代後半に到達した“音楽と意味の融合”を体現する一曲である。ポップで踊れるサウンドの中に潜む知的な毒と、忘れられた人間関係へのわずかな憐れみ。そのすべてが数分間の音楽に凝縮されていることこそ、この楽曲の魔法であり、ロック史に残る理由である。
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