
イントロダクション
Steely Dan(スティーリー・ダン)は、ロック史の中でもきわめて特異な存在である。彼らはロックバンドとして登場しながら、一般的なロックバンドの熱狂や荒々しさからは意識的に距離を置いた。ギターをかき鳴らして汗を飛ばすよりも、複雑なコード、緻密なアレンジ、皮肉に満ちた歌詞、そして一流セッションミュージシャンによる完璧な演奏を求めた。結果として生まれた音楽は、ジャズ、ロック、R&B、ソウル、ファンク、ラテン、ポップを高度に融合した、他の誰にも似ていない洗練されたサウンドである。
中心人物はDonald FagenとWalter Beckerである。二人はソングライターであり、プロデューサーであり、バンドの頭脳だった。初期には通常のバンド編成で活動していたが、やがてライブ活動から離れ、スタジオを創作の中心に置くようになる。BritannicaはSteely Danを、ジャズのハーモニーや緻密なスタジオ制作をロックに持ち込んだグループとして紹介し、2001年にはRock and Roll Hall of Fame入りしたことを記している。(britannica.com)
Steely Danの音楽は、一見すると都会的で滑らかだ。だが、その表面の奥には、冷笑、孤独、欲望、犯罪、敗北、奇妙な人物たちの物語が潜んでいる。高級なバーで流れていても違和感のない音楽でありながら、歌詞の中では人生に失敗した人間、うさんくさい男、危険な女、ドラッグ、妄想、逃亡者がうごめいている。そのギャップこそ、Steely Dan最大の魅力である。
Steely Danの背景と結成
Steely Danの核となるDonald FagenとWalter Beckerは、ニューヨーク州のBard Collegeで出会った。二人はジャズ、文学、ビートニク的なユーモア、皮肉な世界観を共有し、やがてソングライティング・チームとして活動を始める。バンド名のSteely Danは、William S. Burroughsの小説Naked Lunchに登場する名前に由来するとされる。初めから彼らの音楽には、ロックの健康的な青春像とは異なる、文学的で退廃的な匂いがあった。
彼らはソングライターとしての活動を経て、1970年代初頭にロサンゼルスでSteely Danを結成する。初期メンバーには、Donald Fagen、Walter Beckerのほか、ギタリストのDenny Dias、Jeff “Skunk” Baxter、ドラマーのJim Hodder、ボーカルのDavid Palmerらがいた。公式バイオグラフィーでも、初期Steely DanがCan’t Buy a Thrill、Countdown to Ecstasy、Pretzel Logicの時期にツアーを行っていたことが説明されている。(steelydan.com)
当初、Donald Fagenは自分がフロントマンとして歌うことに必ずしも積極的ではなかった。そのため、初期にはDavid Palmerが一部のリードボーカルを担当している。しかし、やがてFagenの独特な声がSteely Danの個性そのものになっていく。彼の声は、ロックシンガーらしい力強さとは違う。鼻にかかったようで、皮肉っぽく、都会の裏路地でひとりごとを言っているような声である。この声が、BeckerとFagenの書く奇妙な人物像にぴたりとはまった。
1972年のデビューアルバムCan’t Buy a Thrillは、「Do It Again」や「Reelin’ in the Years」のヒットによって成功を収める。しかし、Steely Danはそこから一般的なロックバンドとしての道を進まなかった。むしろ、ツアーやバンドの固定メンバー制から少しずつ離れ、スタジオで理想の音を追求するユニットへ変化していく。
音楽スタイルと特徴
Steely Danの音楽を特徴づける最大の要素は、ジャズ由来のハーモニーである。通常のロックではあまり使われない複雑なコード、転調、テンションコード、洗練されたベースラインが、ポップソングの枠の中に自然に組み込まれている。たとえば、「Deacon Blues」や「Aja」では、単純なロックの三和音ではなく、ジャズの語法に近い響きが曲全体を支配している。
しかし、Steely Danはジャズバンドではない。彼らの曲には、ロックやR&Bのリズム、ポップソングとしての明快なフック、ラジオで流れる親しみやすさがある。つまり彼らは、ジャズの複雑さをロックとポップの中に巧妙に隠したのである。難解なのに聴きやすい。洗練されているのに、どこか毒がある。この矛盾がSteely Danの本質である。
もう一つ重要なのは、完璧主義的な制作姿勢だ。FagenとBeckerは、曲ごとに最適な演奏者を選び、必要であれば複数の一流ミュージシャンに同じパートを録音させ、最も理想に近いテイクを採用した。固定メンバーのバンドというより、彼らの頭の中にある音楽を実現するための精密なスタジオ・プロジェクトになっていったのである。
この方法は、特にAjaやGauchoで極限に達する。ドラム、ベース、ギター、ホーン、コーラス、すべてが磨き抜かれ、偶然の荒さがほとんど排除されている。しかし、不思議なことに、その音楽は冷たくなりすぎない。演奏は完璧に近いのに、歌われている人物たちはしばしばどうしようもなく不完全だ。このズレが、Steely Danの音楽に人間的な陰影を与えている。
代表曲の楽曲解説
「Do It Again」
「Do It Again」は、1972年のデビューアルバムCan’t Buy a Thrillに収録されたSteely Dan初期の代表曲である。ラテン風のリズム、淡々としたグルーヴ、Fagenの冷めたボーカルが印象的で、ロックバンドのデビュー曲としては非常に異質な響きを持っている。
この曲の面白さは、反復の感覚にある。タイトル通り、人は同じ過ちを繰り返す。欲望、暴力、金、女、復讐。人生の失敗を知っていながら、また同じ道に戻ってしまう。その虚しさが、淡々としたリズムによって表現されている。
演奏は熱くなりすぎない。むしろ、少し距離を置いた視線がある。ここにSteely Danらしさがすでにある。ドラマを大げさに演じるのではなく、人生の滑稽さと暗さを、涼しい顔で眺めるのである。
「Reelin’ in the Years」
「Reelin’ in the Years」は、初期Steely Danの中でも最もロック色の強い楽曲である。Elliott Randallによる鋭いギターソロは、ロックギター史に残る名演として知られている。
曲自体は非常にキャッチーで、ラジオ向きの明るさがある。しかし、歌詞には相変わらず皮肉がある。過去を振り返りながら、相手の価値観や記憶を冷たく突き放すような視線が感じられる。爽快なギターと辛辣な言葉。この組み合わせがSteely Danらしい。
「Reelin’ in the Years」は、彼らがまだロックバンドとしての形を強く残していた時期の名曲である。後年の洗練されたスタジオ作品と比べると荒さもあるが、その荒さが初期ならではの魅力になっている。
「Dirty Work」
「Dirty Work」は、David Palmerがリードボーカルを務めた初期の名曲である。Fagenの皮肉な声とは違い、Palmerの歌声は柔らかく、ソウルフルで、曲に切ない温度を与えている。
歌詞では、不倫関係や都合のいい相手として利用されるような立場が描かれる。タイトルの「Dirty Work」は、汚れ仕事であり、感情的に不公平な関係でもある。美しいメロディに対して、内容はかなり苦い。
この曲は、Steely Danが単に技巧的なバンドではなく、初期から優れたメロディメーカーでもあったことを示している。滑らかなサウンドの中に、感情の傷が静かに残る。
「My Old School」
「My Old School」は、1973年のCountdown to Ecstasyに収録された楽曲である。ホーンセクションが華やかに鳴り、ギターも力強く、ライブ感のある初期Steely Danを象徴する一曲である。
歌詞には、FagenとBeckerの大学時代の経験を思わせる皮肉が込められている。学生生活、逮捕騒動、過去の場所への拒絶。青春のノスタルジーを甘く描くのではなく、苦笑いと怒りを混ぜて振り返るところがSteely Danらしい。
サウンドは明るく勢いがあるが、歌詞はひねくれている。学校への愛着ではなく、もう二度と戻らないという拒絶。この反ノスタルジー的な感覚は、後のSteely Danにも通じている。
「Rikki Don’t Lose That Number」
「Rikki Don’t Lose That Number」は、1974年のPretzel Logicを代表するヒット曲である。軽やかなピアノ、洗練されたメロディ、親しみやすいサビによって、Steely Danの中でも特にポップな魅力を持つ。
しかし、この曲も単純なラブソングではない。番号をなくさないで、というフレーズには、誘い、未練、距離感、曖昧な関係性が含まれている。明るく聞こえる曲の裏側に、はっきりしない人間関係の影がある。
Pretzel Logicの時期は、Steely Danがロックバンドからスタジオ志向のアートポップへ移る過渡期である。「Rikki Don’t Lose That Number」は、その変化を象徴する曲だ。ポップでありながら、コードやアレンジにはジャズ的な洗練がある。
「Any Major Dude Will Tell You」
「Any Major Dude Will Tell You」は、Steely Danの優しさが珍しく前面に出た楽曲である。彼らの歌詞は皮肉や冷笑が多いが、この曲には傷ついた人をなだめるような温かさがある。
ただし、その優しさも甘すぎない。人生にはどうしようもない瞬間がある。それでも、何とかやり過ごせる。そんな控えめな慰めが、この曲にはある。Steely Danの冷たいイメージの中で、この曲は小さな灯りのように響く。
「Black Friday」
「Black Friday」は、1975年のKaty Liedに収録された楽曲である。タイトルは金融恐慌や破滅の日を思わせ、曲全体にも逃亡と混乱の雰囲気がある。
サウンドは比較的ロック寄りで、ギターも鋭い。しかし、リズムやコードの処理はSteely Danらしくひねられている。社会的な不安、金銭への執着、破滅の予感。そうしたテーマが、明るくも不穏なグルーヴの上に乗る。
「Kid Charlemagne」
「Kid Charlemagne」は、1976年のThe Royal Scamに収録された名曲である。ギターにはLarry Carltonが参加し、特にソロはSteely Danのカタログの中でも屈指の名演として知られる。
歌詞は、1960年代のドラッグカルチャーやその後の転落を思わせる人物像を描いている。かつてはカリスマだった人物が、時代の変化とともに取り残されていく。栄光と没落、自由と犯罪、若者文化の夢とその後の現実。Steely Danはそれを、冷たくも鮮やかに描く。
「Kid Charlemagne」の魅力は、演奏の切れ味と物語の苦さが見事に一致している点だ。ファンク的なグルーヴ、ジャズ的なコード、ロックギターの鋭さが、ひとりの男の転落劇を映画のように浮かび上がらせる。
「The Royal Scam」
「The Royal Scam」は、同名アルバムのラストを飾る重厚な楽曲である。移民、都市、搾取、幻想の崩壊を思わせる歌詞が、暗くドラマティックなサウンドに乗る。
Steely Danの中でも、この曲は特に重い。洗練された都会的サウンドというより、夜の街の底に沈んでいくような感覚がある。ホーンとギターが作る緊張感は、まるで巨大な都市の影そのものだ。
「Peg」
「Peg」は、1977年の名盤Ajaに収録された代表曲である。明るく軽快なグルーヴ、Michael McDonaldによる印象的なバックコーラス、Jay Graydonのギターソロが一体となり、Steely Dan流ポップの完成形のひとつになっている。
この曲は表面的には非常に爽やかだ。だが、歌詞には映画、イメージ、欲望、消費される人物像の気配がある。美しく撮られること、誰かの視線にさらされること、その裏にある空虚さ。Steely Danは、軽やかなポップソングの中に、メディアと欲望の皮肉を忍ばせている。
「Deacon Blues」
「Deacon Blues」は、Steely Danの最も美しい楽曲のひとつである。Ajaに収録され、敗北者のロマンティシズムを描いた名曲として愛されている。
歌詞の主人公は、自分を成功者ではなく、敗者として夢想する。完璧に勝つのではなく、美しく負けること。サックスを吹き、酒を飲み、破滅へ向かうことにさえ美学を見出す。この倒錯した憧れが、Steely Danらしい。
音楽的には、ジャズの影響が非常に濃い。コード進行、ホーンアレンジ、ゆったりしたグルーヴが、都会の夜を思わせる。「Deacon Blues」は、Steely Danの冷笑とロマンが最も深く溶け合った曲である。
「Aja」
「Aja」は、Steely Danの音楽的到達点のひとつである。約8分に及ぶ大作で、ジャズ、ロック、フュージョン、ポップが高度に融合している。特にWayne ShorterのサックスとSteve Gaddのドラムは、この曲を伝説的なものにしている。
この曲は、通常のロックソングの形式を大きく超えている。展開は流動的で、演奏は緻密でありながら開放的だ。Fagenの声は、どこか東洋的な幻想をまとった女性像を描きながら、聴き手を異国的で夢のような空間へ連れていく。
「Aja」は、Steely Danが単なるロックバンドではなく、スタジオを使って高度な音楽建築を作り上げるアーティストだったことを示している。
「Hey Nineteen」
「Hey Nineteen」は、1980年のGauchoを代表する楽曲である。滑らかなグルーヴ、抑制されたボーカル、完璧なミックスによって、Steely Danの後期サウンドを象徴している。
歌詞では、年齢差のある男女のすれ違いが描かれる。世代間の感覚の違い、会話の通じなさ、欲望の滑稽さ。サウンドは非常に洗練されているが、描かれている人物はどこか情けない。この落差がSteely Danである。
「Hey Nineteen」は、完璧に磨かれた音の上で、人間の不完全さを笑う曲である。冷たいようで、実は非常に人間くさい。
「Babylon Sisters」
「Babylon Sisters」は、Gauchoの冒頭を飾る楽曲である。シャッフルするリズム、洗練されたコード、都会的な退廃感が漂う。タイトルからして、聖書的な堕落と都市の夜が混ざり合っている。
この曲には、南カリフォルニアの光と影がある。リゾート的な明るさの裏に、孤独と倦怠がある。Steely Danはここで、AOR的な滑らかさを極限まで磨きながら、その中に退廃を注ぎ込んでいる。
アルバムごとの進化
Can’t Buy a Thrill
1972年のデビューアルバムCan’t Buy a Thrillは、Steely Danの出発点である。「Do It Again」、「Reelin’ in the Years」、「Dirty Work」など、初期の代表曲が並ぶ。
このアルバムでは、まだバンドらしい荒さが残っている。ロック、ラテン、フォーク、ポップ、ジャズの要素が混ざっているが、後年ほどスタジオで磨き上げられてはいない。しかし、その分だけ曲の勢いがある。
Can’t Buy a Thrillの魅力は、Steely Danの知性とポップセンスが最初からはっきりしている点だ。デビュー作でありながら、一般的なロックバンドとは違う視点がある。歌詞はすでに皮肉っぽく、コードはすでにひねられている。
Countdown to Ecstasy
1973年のCountdown to Ecstasyは、よりバンドサウンドの強い作品である。ツアーを意識した楽曲が多く、演奏にもライブ感がある。「My Old School」、「Bodhisattva」など、ギターを前面に出した曲が印象的だ。
このアルバムでは、Steely Danのロックバンドとしての顔がよく見える。しかし、普通のロックではない。ジャズ的なコード、複雑な構成、皮肉な歌詞が随所にあり、すでに独自の文法が確立されつつある。
Countdown to Ecstasyは、後年のスタジオ完璧主義へ向かう前の、最も演奏集団らしいSteely Danを記録した作品である。
Pretzel Logic
1974年のPretzel Logicは、Steely Danが大きく洗練へ向かったアルバムである。「Rikki Don’t Lose That Number」のヒットによって、彼らはより広いリスナーに届いた。Rock & Roll Hall of Fameの紹介でも、Steely Danの代表的な歩みの中でこの時期の重要性が語られている。(rockhall.com)
このアルバムは、短い曲が多く、ポップ作品として非常にまとまりがある。一方で、ジャズ、ブルース、ラグタイム、ロックが複雑に混ざっている。タイトル通り、ねじれた論理のようなアルバムである。
Pretzel Logic以降、Steely Danはツアーから距離を置き、スタジオ制作へ重心を移していく。つまり、この作品はバンド時代からスタジオ時代への分岐点である。
Katy Lied
1975年のKaty Liedは、スタジオ志向がさらに強まった作品である。Michael McDonald、Jeff Porcaro、Larry Carltonなど、後にAORやフュージョンの重要人物となるミュージシャンたちも関わっている。
このアルバムには、「Black Friday」、「Bad Sneakers」、「Doctor Wu」などが収録されている。サウンドは前作より滑らかで、演奏はさらに精密だ。しかし、歌詞の世界は相変わらず不穏である。
Katy Liedは、Steely Danの完璧主義が本格化する一方で、録音技術上のトラブルもあった作品として知られる。彼ら自身にとっては不満も残ったとされるが、楽曲そのものの完成度は非常に高い。
The Royal Scam
1976年のThe Royal Scamは、Steely Danの中でも最もダークで重いアルバムのひとつである。「Kid Charlemagne」、「The Fez」、「The Royal Scam」など、都会の暗部や失敗者たちの物語が濃く描かれる。
このアルバムでは、ギターの存在感が強い。Larry Carltonをはじめとする名手たちの演奏が、曲に鋭い輪郭を与えている。ファンク、ジャズ、ロックが混ざったグルーヴは非常に強靭で、後のAjaの洗練とは違う黒さがある。
The Royal Scamは、Steely Danの文学的な暗さが最も露骨に出た作品だ。高級な音楽ではあるが、そこに描かれる世界はまったく上品ではない。むしろ、都市の裏側にある詐欺、欲望、敗北が主題である。
Aja
1977年のAjaは、Steely Danの最高傑作として最も広く評価されているアルバムである。「Black Cow」、「Aja」、「Deacon Blues」、「Peg」、「Josie」など、収録曲の完成度はきわめて高い。
このアルバムでは、ジャズとロックの融合がほぼ理想的な形で達成されている。Wayne Shorter、Steve Gadd、Tom Scott、Larry Carlton、Chuck Rainey、Michael McDonaldなど、一流ミュージシャンが参加し、曲ごとに精密な音世界を作り上げた。
Ajaの音は、非常に滑らかで美しい。しかし、その美しさは単なる耳触りのよさではない。複雑なコード、緻密なリズム、完璧に配置された楽器、皮肉な歌詞が重なり、聴くほどに深くなる。都会の夜景のように輝いているが、その窓の一つひとつには孤独な物語がある。
この作品によって、Steely Danはロックの枠を大きく超えた。ジャズ・ロック、フュージョン、AOR、シティポップ的感性にまで影響を与える、洗練されたポップ音楽の金字塔である。
Gaucho
1980年のGauchoは、Steely Danの完璧主義が極限に達したアルバムである。「Babylon Sisters」、「Hey Nineteen」、「Time Out of Mind」、「Gaucho」など、磨き抜かれた楽曲が並ぶ。
このアルバムの制作は非常に困難だったことで知られる。長期間にわたる録音、膨大なセッション、技術的な問題、個人的なトラブルが重なり、Steely Danのスタジオ完璧主義はほとんど限界に達した。
音楽的には、Ajaよりさらに滑らかで、無駄がない。だが、その完璧さにはどこか冷たさもある。人間味を削り取るほど磨き上げた音の中で、歌われる人物たちは相変わらずだらしなく、寂しく、滑稽である。
Gauchoを最後に、Steely Danは長い活動休止に入る。ある意味で、このアルバムは1970年代Steely Danの到達点であり、終着点でもあった。
Two Against Nature
2000年のTwo Against Natureは、Steely Danにとって約20年ぶりのスタジオアルバムである。長い沈黙を経て発表されたこの作品は、2001年のグラミー賞でAlbum of the Yearを含む複数部門を受賞した。グラミー公式の記録では、Two Against NatureはAlbum of the Yearを受賞している。(grammy.com)
この受賞は大きな話題となった。若い世代の作品を抑えて、ベテランのSteely Danが主要賞を受賞したからである。批評的には賛否もあったが、彼らの職人的な音作りと独自の音楽性が再評価されたことは確かである。
Two Against Natureは、1970年代の作品ほど時代を変える衝撃はないかもしれない。しかし、FagenとBeckerの音楽文法は健在である。ひねったコード、奇妙な人物描写、滑らかなグルーヴ、毒のあるユーモア。Steely Danは、時代が変わってもSteely Danであり続けた。
Everything Must Go
2003年のEverything Must Goは、Steely Dan名義の最後のスタジオアルバムとなった作品である。前作よりもややバンド感があり、FagenとBeckerの演奏も比較的前面に出ている。
タイトルの「すべて売り尽くし」は、どこか終幕を思わせる。実際、この作品はSteely Danのスタジオアルバムとしての締めくくりになった。過去の完璧主義的な巨大制作に比べると、少し肩の力が抜けている印象もある。
それでも、曲の中には相変わらず奇妙な人物たちが登場し、都会の皮肉が漂っている。Steely Danの世界は最後まで、普通のロックバンドの感傷とは違っていた。
完璧主義とセッションミュージシャン
Steely Danを語るうえで、セッションミュージシャンの存在は欠かせない。FagenとBeckerは、自分たちの理想とする音を実現するために、曲ごとに最適な演奏者を起用した。これはロックバンドとしては異例の方法である。
通常、バンドには固定メンバーの個性があり、その組み合わせが音楽を作る。しかしSteely Danの場合、Donald FagenとWalter Beckerの楽曲と美学が中心にあり、それを実現するためにミュージシャンが選ばれた。ギターならLarry Carlton、Jay Graydon、Denny Dias、Elliott Randall。ドラムならSteve Gadd、Jeff Porcaro、Bernard Purdie。ベースならChuck Rainey。コーラスにはMichael McDonald。こうした名手たちが、Steely Danの音を支えた。
この制作方法は、冷徹にも見える。演奏者の個性を尊重しながらも、最終的には曲のために最適なテイクだけが残される。だが、それによってSteely Danの音楽は、他のロックバンドには到達しにくい精度を獲得した。
Steely Danの完璧主義は、単に技術的な正確さを求めるものではない。音の質感、コードの響き、リズムの揺れ、歌詞の語感、コーラスの配置、そのすべてが一つの世界観を作るために必要だった。彼らにとってスタジオは、実験室であり、編集室であり、文学的な舞台でもあった。
歌詞の世界:冷笑、犯罪、敗北者たち
Steely Danの歌詞は、英語圏のロックの中でも特に独特である。彼らはわかりやすい愛や青春を歌うことが少ない。代わりに登場するのは、怪しい男、失敗した夢想家、ドラッグディーラー、都市の敗者、逃亡者、うさんくさい成功者、孤独な中年、壊れた関係である。
FagenとBeckerの歌詞は、短編小説のようでもある。すべてを説明せず、断片だけを提示する。聴き手は、その人物が何をしたのか、どこへ向かうのか、なぜそんなにおかしいのかを想像することになる。
たとえば「Kid Charlemagne」では、かつてのカウンターカルチャーの英雄が時代に取り残される。「Deacon Blues」では、敗北者になることに美学を見出す人物が描かれる。「Hey Nineteen」では、世代の断絶と欲望の滑稽さが浮かび上がる。
Steely Danの歌詞には、救済が少ない。しかし、完全な冷酷さでもない。彼らは人物を笑っているが、同時にその愚かさを理解している。人間は欲望に負ける。過去にしがみつく。自分を賢いと思いながら、同じ失敗を繰り返す。Steely Danは、その滑稽さを非常に洗練された音楽の中で描いた。
ジャズとロックの融合
Steely Danが「ジャズとロックを融合した」と言われる理由は、単にサックスや複雑なコードを使ったからではない。彼らはジャズの考え方を、ポップソングの構造に組み込んだ。
ジャズの特徴の一つは、和声の豊かさである。Steely Danの曲には、メジャーとマイナーの単純な明暗では説明できないコードが頻繁に登場する。明るいようで不安、暗いようで洒落ている。こうした曖昧な響きが、彼らの歌詞世界と非常によく合っている。
また、演奏面でもジャズ的な洗練がある。リズムは単に強く打つのではなく、微妙に跳ね、ずれ、流れる。ソロも単なるロックギターの見せ場ではなく、曲の内部にある複雑な和声を理解した上で展開される。「Aja」におけるWayne ShorterとSteve Gaddの演奏は、その典型である。
ただし、Steely Danはフュージョンそのものではない。彼らには常に歌がある。皮肉な物語があり、ポップソングとしての輪郭がある。だからこそ、彼らの音楽は高度でありながら、多くのリスナーに届いた。
AOR、シティポップ、後世への影響
Steely Danの影響は非常に広い。AOR、ジャズロック、フュージョン、ソフィスティ・ポップ、シティポップ、現代のインディーポップやネオソウルにまで、その影は及んでいる。
特に日本のシティポップを考えるうえで、Steely Dan的な洗練は重要である。複雑なコード、都会的なサウンド、スタジオミュージシャンの高度な演奏、夜の都市を思わせる質感。これらは、1970年代後半から1980年代の日本のポップスにも大きく響いた。Steely Danを直接参照していなくても、彼らが切り開いた「都会的で知的なポップ」の感覚は、多くの音楽に流れ込んでいる。
また、1990年代以降のアーティストたちにも影響は続いている。サンプリング文化、ジャズ再評価、AOR再評価、ヨットロック再評価の流れの中で、Steely Danは何度も聴き直されてきた。彼らの音楽は、時代によって古びるどころか、録音の精度とコードの美しさによって再発見され続けている。
同時代アーティストとの比較
Steely Danを同時代のアーティストと比較すると、その異質さがよくわかる。
The Eaglesは、同じ1970年代アメリカのロックシーンで大きな成功を収めたバンドである。The Eaglesがカントリーロックと西海岸のハーモニーを軸に、広大なアメリカの風景を描いたのに対し、Steely Danはもっと都会的で、皮肉で、閉じた世界を描いた。The Eaglesが夕陽のハイウェイなら、Steely Danは深夜のホテルバーである。
Fleetwood Macと比べると、両者には洗練されたポップセンスが共通する。しかしFleetwood Macが人間関係の感情を比較的ストレートに歌ったのに対し、Steely Danは感情を直接出さず、奇妙な人物や物語の中に隠した。Fleetwood Macが恋愛の傷を歌うなら、Steely Danはその傷を持つ人物を斜め後ろから観察する。
Weather ReportやReturn to Foreverのようなフュージョンバンドと比べると、Steely Danはよりポップソング志向である。ジャズ的な演奏や和声を使いながらも、あくまで歌と物語を中心に置く。このバランスが彼らを唯一無二にした。
Walter BeckerとDonald Fagenの関係
Steely Danの本質は、Donald FagenとWalter Beckerの関係にある。Fagenの声、鍵盤、都会的な神経質さ。Beckerのベース、ギター、皮肉なユーモア、文学的な視点。二人は互いの才能を補完しながら、Steely Danという架空の世界を作り上げた。
彼らの関係は、一般的なフロントマンと相棒というより、共同脚本家に近い。曲は一つの短編映画であり、二人はその登場人物、台詞、背景音楽を精密に設計した。どちらか一方だけでは、あの独特の冷たさと滑稽さは生まれなかっただろう。
Walter Beckerは2017年に死去した。Pitchforkは、BeckerがSteely Danの共同創設者であり、Fagenとの活動を通じて「Reelin’ in the Years」や「Rikki Don’t Lose That Number」などの名曲を残したことを伝えている。(pitchfork.com) 彼の死後もDonald FagenはSteely Dan名義でライブ活動を続けているが、FagenとBeckerの二人によって築かれた世界は、ロック史の中で特別な位置を占めている。
Steely Danの魅力とは何か
Steely Danの魅力は、完璧な音の中に不完全な人間を閉じ込めたことにある。
演奏は驚くほど精密だ。コードは美しく、リズムは洗練され、録音は磨き抜かれている。だが、その中で歌われる人物たちは、たいてい失敗している。欲望に負け、過去に取り残され、幻想を抱き、滑稽なほど自分を見誤っている。
この落差が、Steely Danの音楽を単なる高級BGMにしない。表面は滑らかでも、内側はざらついている。カクテルグラスの中に毒が一滴落ちているような音楽である。
また、Steely Danの音楽は、聴く年齢によって印象が変わる。若い頃には、ただ洒落た音楽に聞こえるかもしれない。しかし年齢を重ねると、「Deacon Blues」や「Hey Nineteen」の中にある敗北感、滑稽さ、諦めが深く響いてくる。彼らの音楽は、大人になるほど苦くなる。
まとめ
Steely Danは、Donald FagenとWalter Beckerを中心に、ジャズとロックを高度に融合した完璧主義者たちである。1972年のCan’t Buy a Thrillで登場し、Countdown to Ecstasy、Pretzel Logic、Katy Lied、The Royal Scamを経て、1977年のAjaで洗練されたジャズ・ロック/アートポップの頂点に達した。1980年のGauchoでは、その完璧主義をさらに極限まで押し進めた。
「Do It Again」、「Reelin’ in the Years」、「Rikki Don’t Lose That Number」、「Kid Charlemagne」、「Peg」、「Deacon Blues」、「Aja」、「Hey Nineteen」などの楽曲は、Steely Danの多面的な魅力を示している。ポップであり、ジャズであり、ロックであり、文学的であり、皮肉であり、同時に美しい。
彼らはロックバンドでありながら、ロックバンド的な衝動に頼らなかった。代わりに、スタジオ、セッションミュージシャン、複雑な和声、冷笑的な物語を使って、他に類を見ない音楽世界を築いた。
Steely Danの音楽は、完璧に磨かれた都市の夜景のようである。遠くから見れば美しい。近づけば、そこには孤独な人々、怪しい取引、失われた夢、滑稽な欲望が見えてくる。その美しさと毒の共存こそ、Steely Danが今なお聴かれ続ける理由である。

コメント