
発売日:1988年5月24日
ジャンル:ハードロック、アリーナ・ロック、ポップ・ロック、ブルース・ロック
概要
OU812は、ヴァン・ヘイレンがサミー・ヘイガー加入後の体制で発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの歴史の中でもとりわけ「移行」ではなく「定着」を示した作品として重要である。前作 5150 は、デイヴィッド・リー・ロス脱退という大きな転機の直後に作られたアルバムであり、新体制ヴァン・ヘイレンが成立するかどうかそのものを賭けた作品だった。そのため 5150 には、再出発の高揚感と緊張感が同時に刻まれていた。一方、OU812 ではバンドはすでに新しい顔つきに慣れ始めており、ヘイガー時代のヴァン・ヘイレンがどのような音楽性を持つのか、その輪郭がよりはっきりと表れている。
このアルバムを理解するためには、まず“Van Halen”という名前が1980年代後半に何を意味していたかを確認する必要がある。デイヴィッド・リー・ロス時代のヴァン・ヘイレンは、エディ・ヴァン・ヘイレンの革新的なギター、ロスの道化的かつ性的なカリスマ、アレックス・ヴァン・ヘイレンの重いドラム、マイケル・アンソニーの高音コーラスによって、アメリカン・ハードロックに祝祭性と危険な軽さを持ち込んだバンドだった。だが、ヘイガー加入後はその軸が少し変わる。ロスの“ショー”の感覚が後退する代わりに、ヘイガーのより正統的なロック・ヴォーカルと作曲能力が前に出ることで、ヴァン・ヘイレンはよりメロディアスで、より構築的で、時により真面目なハードロック・バンドへと変化した。OU812は、その変化が偶然ではなく、明確な方向性であることを示した作品だ。
タイトルの“OU812”は、もちろん “Oh, you ate one too” という語呂合わせであり、ヴァン・ヘイレンらしい下品なユーモアを含んでいる。この時代の彼らはすでにデイヴィッド・リー・ロス抜きで活動していたが、こうした悪ふざけのセンスを完全に失ってはいなかった。しかし興味深いのは、タイトルや外見の軽薄さに対して、アルバム本編はそれほど軽くないという点である。むしろ本作には、恋愛、内省、成熟、ブルース回帰、アンサンブルの安定感が色濃く出ている。つまり OU812 は、外側ではまだヴァン・ヘイレンらしい冗談を保ちながら、内側ではかなり“大人のロック・アルバム”へ接近している作品なのだ。
音楽的には、本作は 5150 以上にキーボードの存在感が自然になり、エディ・ヴァン・ヘイレンの作曲家としての側面が前に出ている。デイヴィッド・リー・ロス時代のエディは、革新的なギタリストとして語られることが多かったが、ヘイガー時代に入ると、彼の鍵盤感覚、コード進行の美意識、メロディアスな曲作りへの志向がより明確になる。OU812 においてその傾向はさらに進み、派手なリフ一発で押し切るのではなく、歌メロとハーモニーを含めた“曲”としての完成度を目指す楽曲が増えている。これは一部の初期ファンにとってはロックの獰猛さの後退に映ったかもしれないが、別の見方をすれば、ヴァン・ヘイレンが巨大なアリーナ・ロック・バンドとして成熟する過程だったとも言える。
本作のもう一つの重要な特徴は、ブルースやクラシック・ロック的な要素が前作以上に前景化していることだ。ヴァン・ヘイレンはもともとブルース由来の語法を持っていたが、初期はそれを高速で派手なハードロックへ変換していた。OU812 では、その源流への意識がもう少し露骨になっており、ヘイガーの声質もあって、楽曲のいくつかはかなり土臭く、ルーズな感触を持っている。これは時代的にも興味深い。1980年代後半のアメリカン・ハードロックは、より派手なグラム・メタルや商業化の方向に進んでいたが、ヴァン・ヘイレンはその中で、ポップ化しながらもブルース感覚を手放していない。そのバランス感覚が、このアルバムを単なる大作志向の産物にしていない。
また、本作はバンド内の力学という点でも示唆的である。ヘイガー時代のヴァン・ヘイレンは、ロス時代に比べるとより“バンドらしい共同作業”が見えやすい一方で、エディの作曲志向とヘイガーのヴォーカル/作家性のバランスが作品の性格を大きく左右するようになる。OU812 は、その均衡が比較的うまくいっている時期の記録だ。エディの演奏は相変わらず主役級だが、歌を圧倒しすぎず、ヘイガーも自分の個性を無理に押しつけすぎない。結果として、ヴァン・ヘイレンのアルバムでありながら、“楽曲集”としての完成度が高い。
音楽史的に見ると、OU812 はヘイガー時代ヴァン・ヘイレンの美学を最もわかりやすく示した作品の一つである。5150 が新体制の成功例であり、For Unlawful Carnal Knowledge がよりハードな方向への揺り戻しだとすれば、本作はその中間に位置する。ポップ性、ハードロック性、ブルース感覚、アダルトなメロディ志向。そのすべてがバランスよく混ざり合っており、だからこそ“最高傑作”として挙げられることは少なくても、ヘイガー時代の本質を知るには非常に重要なアルバムとなっている。
全曲レビュー
1. Mine All Mine
アルバム冒頭を飾るこの曲は、ヘイガー時代ヴァン・ヘイレンの輪郭を非常に明確に示す。ピアノとシンセを導入に置き、そこからハードロックへ移行していく構成は、デイヴィッド・リー・ロス時代にはあまり見られなかったタイプのものであり、エディの作曲志向の変化がはっきり表れている。タイトルの“Mine All Mine”には独占欲や誇大な自意識がにじむが、ロス時代のような道化的な性の誇示ではなく、もっとストレートで大仰なロック的感情として処理されている。
ヘイガーのヴォーカルは力強く、冒頭からこの新体制の“歌の強さ”を印象づける。エディのギターも十分に派手だが、ここではリフより曲全体の盛り上がりに奉仕している印象が強い。アルバムの最初にこの曲を置くことで、OU812 がよりメロディアスで構築的な作品であることがはっきり伝わる。
2. When It’s Love
本作最大級のヒット曲であり、ヘイガー時代ヴァン・ヘイレンの代表曲の一つでもある。ラブソングとしてきわめて真っ直ぐで、感情表現もロス時代よりはるかに正面から行われている。ここには祝祭的な軽薄さより、もっと誠実なロマンティシズムがある。ある意味で、この曲ほどヘイガー加入後のバンドの変化を端的に示す楽曲はない。
音楽的には、キーボードが大きな役割を果たしつつ、サビではしっかりとアリーナ級の高揚感を生む。ヘイガーの声のスケール感が見事に活きており、マイケル・アンソニーのコーラスも楽曲の多幸感を押し上げる。ハードロック・バンドのバラード寄りヒット曲としては非常に完成度が高く、甘くなりすぎず、きちんとヴァン・ヘイレンのダイナミズムも残している。
3. A.F.U. (Naturally Wired)
ここでアルバムは一気にギター主導のハードロックへ切り替わる。タイトルの “A.F.U.” は “Always Fucked Up” の略として読まれることが多く、ヴァン・ヘイレンらしい悪ふざけと自虐が感じられる。だが音楽的にはかなり鋭く、エディのリフとアレックスのドラミングが強く前へ出るため、アルバム中盤のエネルギーの要となっている。
ヘイガーのヴォーカルもここではかなりラフで、曲の神経質な勢いとよく合っている。OU812 はメロディアスな曲が多いぶん、こうしたギター主導のトラックが入ることで作品全体のバランスが取れている。エディが単なるポップ志向へ向かったのではなく、依然としてハードロックの切れ味を保っていたことがよくわかる一曲だ。
4. Cabo Wabo
サミー・ヘイガー時代のヴァン・ヘイレンを象徴するタイトルの一つであり、後にヘイガー自身のパブやブランド名としても広く知られるようになる。この曲はメキシコの保養地的なイメージ、酒、熱気、解放感をそのままロックにしたようなトラックで、ロス時代の“陽気さ”とはまた違う、もう少し大人の享楽がある。
リズムはしなやかで、ギターもブルージーな感触を帯びている。ヘイガーの歌唱はこの種の“自由で騒がしい大人の遊び場”を描くのに非常に向いており、ロスほど芝居がかってはいないが、十分に熱量がある。アルバム全体の中では少し外向きの風通しを与える曲であり、ヘイガー時代のカラーが最も明快に出た一曲と言える。
5. Source of Infection
本作の中でもっとも短距離走的で、初期ヴァン・ヘイレンの速さと騒がしさに近い曲の一つである。テンポは速く、歌も詰め込み気味で、情報量の多い一曲だ。タイトルの“感染源”というイメージにもどこかパンク的な勢いがあり、アルバムの中でかなり異色の高回転を見せる。
この曲ではエディのギターもかなり攻撃的で、ヘイガーもほとんど吐き出すように歌う。OU812 がしばしば“メロディアスで大人しい”印象で語られがちな中で、この曲の存在は重要である。バンドが依然として速度と暴発を武器にできることを示し、アルバムの緩急を強く引き締めている。
6. Feels So Good
この曲では再びポップ性が前面に出る。タイトルどおり、“気分がいい”というシンプルな快感をそのまま音にしており、ヘイガー時代のヴァン・ヘイレンが持つアダルトで開放的な魅力がよく表れている。初期の下世話なパーティー感とは異なり、ここにはもう少し洗練された楽しさがある。
キーボードとギターのバランスもよく、サビの抜けも非常に爽快だ。こうした曲は時に軽すぎると受け取られることもあるが、実際にはエディのコード感覚やメロディの組み立てが非常に巧みで、ただの陽気な曲には終わっていない。本作の中では比較的親しみやすい表情を持つトラックであり、アルバムの商業性と完成度の高さを支える。
7. Finish What Ya Started
本作屈指の名曲であり、ヴァン・ヘイレンのディスコグラフィー全体を見てもかなりユニークな位置を占める。アコースティック寄りのギター・リフを軸にしたこの曲は、ハードロックというより、ブルース、ボ・ディドリー的リズム、アメリカン・ルーツ・ミュージックの感覚を大胆に取り込んでいる。にもかかわらず、結果はきちんとヴァン・ヘイレンらしく響く。この変換能力は見事だ。
ヘイガーのヴォーカルもここでは非常に魅力的で、少し粘り気を持った歌い回しが曲の土臭さにぴたりとはまっている。エディのギターも派手なソロよりグルーヴを重視しており、その抑制が逆に曲の個性を際立たせている。OU812 の中でも特に完成度が高く、ヘイガー時代の創造性を代表する一曲である。
8. Black and Blue
タイトルはブルースの慣用句としての“打ちのめされた状態”も連想させるが、楽曲自体はもっと陽気で、ブルース・ロック的なノリを前面に出している。ここではヴァン・ヘイレンのルーツ志向がかなりストレートに表れ、初期の派手なリフ主導とは違う、もっと身体的なグルーヴが中心になっている。
エディのギターもかなりブルージーで、ヘイガーの歌もラフだ。アルバム全体の中で見るとやや地味な位置にあるが、この曲の存在によって OU812 の“ブルース回帰”の側面がより明確になる。ハードロック・バンドとしての見栄より、演奏そのものの楽しさが前に出ているのが良い。
9. Sucker in a 3 Piece
ここでは再び都会的で少しひねった感覚が戻る。タイトルの“三つ揃いのスーツを着たカモ”というイメージには、権威や形式に対するからかいがあり、ヴァン・ヘイレンらしい反骨と冗談が感じられる。ロス時代ならもっと漫画的になったかもしれないが、ヘイガー時代ではそれが少し渋いユーモアとして響いている。
サウンドは引き締まっており、リズムにも粘りがある。派手なシングル級の曲ではないが、アルバム終盤にこの種の少しクセのある曲が置かれることで、作品全体が単なる大衆向けメロディ・ロックだけでは終わらなくなっている。職人的な良さのあるトラックである。
10. A Apolitical Blues
リトル・フィートの楽曲をカヴァーした終曲であり、このアルバムの志向を非常に象徴的に締めくくる。政治的でないブルース、つまり“生活の中のブルース”を選ぶこと自体が、OU812 の姿勢をよく表している。ここでのヴァン・ヘイレンは、大きなメッセージを掲げるのではなく、ルーツ・ミュージックへの敬意と、自分たちの演奏の楽しさをそのまま鳴らしている。
カヴァーとしても非常によくできており、原曲のルーズな南部感覚を保ちながら、ヴァン・ヘイレンらしい筋肉質なノリを加えている。アルバムをこうした曲で締めることで、OU812 はアリーナ級のポップ・ロック作品でありながら、最後にしっかりブルース/ルーツ側へ着地する。その終わり方は実に意味深い。
総評
OU812は、ヴァン・ヘイレンの全キャリアを通じて最も革命的なアルバムではないし、デイヴィッド・リー・ロス時代の破壊的な輝きや、1984 のような歴史的インパクトを持つ作品でもない。だが、サミー・ヘイガー時代のヴァン・ヘイレンが何を良しとしていたのか、その核心を知るには非常に重要な一枚である。ここには、ハードロックの推進力、ポップなメロディ、大人のロマンティシズム、ブルースへの回帰、そしてバンドとしての安定感が高い水準で共存している。
音楽性の面では、前作 5150 で見えた新体制の方向性がより整理され、エディ・ヴァン・ヘイレンの作曲家としての資質がいっそう明確になっている。ギター・ヒーローとしての存在感はもちろん健在だが、ここではそれが常に曲の中へきちんと配置されている。ヘイガーのヴォーカルも、その構築的な楽曲作りと非常に相性が良く、ロス時代とは別種の説得力を持つ。結果として、OU812 は“より真面目で、よりメロディアスで、より職人的なヴァン・ヘイレン”の代表作になっている。
また、本作の価値は、ヘイガー時代特有の“明るさの質”にもある。ロス時代の陽気さが下品で危険なパーティー感覚だとすれば、OU812 の明るさは、もっと成熟した解放感に近い。酒、恋愛、自由、旅、グルーヴ。そうした要素が、過剰な戯画化なしに鳴らされている。そのため本作は、若さの爆発ではなく、大人になったロック・バンドがなお楽しさを失っていない作品としても聴ける。
総じて OU812 は、ヴァン・ヘイレンが1980年代後半に到達した一つの均衡点を示したアルバムである。派手な伝説性より、完成度と安定感で語るべき作品であり、ヘイガー時代を理解する上では欠かせない。最高傑作かどうかはともかく、最も“この時代のヴァン・ヘイレンらしい”アルバムの一つであることは間違いない。
おすすめアルバム
1. Van Halen – 5150
サミー・ヘイガー加入後の第一作。OU812 に至る新体制の出発点であり、変化の瞬間の緊張感を味わえる。
2. Van Halen – For Unlawful Carnal Knowledge
よりギター中心で、ハードロック色を強めた後期ヘイガー時代の代表作。OU812 のポップ性との比較が興味深い。
3. Van Halen – 1984
ロス時代の完成形にして、キーボード導入とポップ性の飛躍が見える重要作。ヘイガー時代との連続性と断絶の両方がわかる。
4. Sammy Hagar – VOA
ソロ期ヘイガーの代表作。ヴァン・ヘイレン加入前の彼のメロディアスなハードロック感覚を知ることで、OU812 における役割がより見えやすくなる。
5. Little Feat – Waiting for Columbus
終曲“A Apolitical Blues”の原曲文脈を含め、アメリカン・ルーツとロックのしなやかな融合を知る上で有効。OU812 のブルース/ルーツ志向の背景理解にもつながる。



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