
1. 歌詞の概要
Once in a Lifetimeは、Talking Headsの4thアルバムRemain in Lightに収録された楽曲である。
1980年にアルバムが発表され、シングルとしては1981年1月にリリースされた。制作にはBrian Enoが深く関わり、作曲クレジットにはDavid Byrne、Brian Eno、Chris Frantz、Jerry Harrison、Tina Weymouthが並ぶ。歌詞はDavid Byrneによるものとされている。ウィキペディア
この曲の主人公は、ある日ふと自分の人生に気づく。
自分は美しい家にいる。
大きな車を持っている。
美しい妻がいる。
水が流れている。
時間が流れている。
そして、突然こう思う。
どうして自分はここにいるのか。
Once in a Lifetimeは、人生の成功を歌う曲ではない。
むしろ、成功らしきものの中で目を覚ましてしまう曲である。
社会が良いものだと教えてきたもの。
家、車、配偶者、安定、仕事、生活。
そうしたものを手に入れたはずなのに、主人公は幸福の実感ではなく、奇妙な違和感に襲われる。
自分は本当にこれを選んだのか。
それとも、気づかないうちにここへ流れ着いただけなのか。
この人生は自分のものなのか。
それとも、誰かに与えられた脚本をなぞっているだけなのか。
この曲のすごさは、その問いを暗いバラードとしてではなく、身体が勝手に動き出すようなファンク/ニューウェーブのグルーヴに乗せているところだ。
ベースは跳ねる。
シンセサイザーは水のようにきらめく。
リズムは複雑に絡み合う。
David Byrneの声は、歌というより説教、祈り、発作、独白のあいだを行き来する。
歌詞の語り口は、ゴスペルや説教者の呼びかけを思わせる。Byrneのボーカルはラジオの説教師や説教の調子から影響を受け、半分語り、半分歌うようなスタイルで作られたと説明されている。
しかし、その説教は宗教的な救済へまっすぐ向かうわけではない。
神はどこにいるのか。
救いはどこにあるのか。
答えははっきりしない。
ただ、水が流れる。
時間が流れる。
人生が流れる。
そして主人公は、その流れの中で、何度も同じ問いに戻ってくる。
これは、ある意味で中年の危機の歌である。
けれど、それだけではない。
若い人が聴いても、この曲は刺さる。
なぜなら、ここで歌われているのは年齢の問題だけではなく、自分の人生を本当に自分で生きているのかという問いだからだ。
気づけば同じ通勤路を歩いている。
気づけば同じ言葉を使っている。
気づけば誰かの期待に合わせている。
気づけば、望んだのかどうかもわからない生活の中にいる。
Once in a Lifetimeは、その瞬間の曲である。
突然、部屋の照明が少し変わる。
いつもの景色が急に見知らぬものになる。
自分の手が自分の手ではないように見える。
そして、心のどこかで水が流れる音がする。
それは恐ろしい。
でも、同時に目覚めでもある。
この曲は、人生の自動操縦に気づいてしまった瞬間を、ポップミュージック史上でもっとも奇妙で、もっとも踊れる形で鳴らした曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Once in a Lifetimeが収録されたRemain in Lightは、Talking Headsのキャリアにおける大きな転換点である。
Talking Headsは、ニューヨークのCBGB周辺から現れたバンドとして、初期にはパンク/ニューウェーブの文脈で語られていた。
しかしRemain in Lightでは、従来のロックバンドの構造から大きく離れる。
曲をコード進行と歌メロから組み立てるのではなく、グルーヴ、ループ、ポリリズム、スタジオ編集を軸に作っていく。
そこには、Fela Kutiらのアフロビートからの影響もあったとされる。Once in a Lifetimeも、Brian EnoとTalking Headsがジャムを重ねる中で発展し、アフロビート的な反復や複雑なリズム感を取り入れて作られた楽曲である。ウィキペディア
Remain in LightについてPitchforkは、Talking Headsがロックの伝統的な枠を壊し、アフロビートの影響を取り込みながら、頭で理解するよりも身体で反応させる音楽を作り上げた作品として評している。Pitchfork
この評価は、Once in a Lifetimeにもぴったり当てはまる。
この曲は、考えれば考えるほど深い。
しかし、最初に来るのは頭ではない。
まずベースが来る。
そしてリズムが来る。
身体が揺れる。
そのあとで、David Byrneの言葉がじわじわ効いてくる。
つまりこの曲は、哲学的な問いをダンスミュージックの中に仕込んでいる。
そこが非常にTalking Headsらしい。
David Byrneは、知的で奇妙な作詞家として知られるが、彼の言葉は単なる難解な文章ではない。
むしろ、日常にある当たり前のものを、少し角度を変えて見せるのがうまい。
家。
車。
妻。
水。
時間。
道。
顔。
手。
どれも特別な言葉ではない。
しかしOnce in a Lifetimeの中では、それらが急に異様な存在感を帯びる。
特に、美しい家や大きな自動車といったイメージは、アメリカ的な中流生活の象徴として機能している。
それらは、普通なら成功の記号である。
だが、この曲では成功の記号が、そのまま不安の記号になる。
持っているのに満たされない。
手に入れたのに、自分のものだと思えない。
そこにいるのに、どうやってそこへ来たのかわからない。
AllMusicのSteve Hueyは、この曲の歌詞について、社会的な期待に沿って生き、一般的に受け入れられた成功のトロフィーを追い求めることの虚しさを扱っていると評している。ウィキペディア
一方で、David Byrne自身は、この曲を単純なヤッピー批判としては捉えていない。彼は、無意識や自動操縦のような状態で人生を進めてしまい、家族や仕事や家を持ったあとで、どうしてここへ来たのかと問う感覚について語っている。ウィキペディア
この違いは重要である。
Once in a Lifetimeは、消費社会を批判している。
しかし、それだけではない。
この曲が本当に見つめているのは、人間が自分の人生をどれほど無意識に進めてしまうかということだ。
人は、毎日決断しているように思っている。
でも実際には、流されていることも多い。
学校へ行く。
仕事を選ぶ。
結婚する。
家を買う。
車を持つ。
周囲がそうしているから、自分もそうする。
良いことだと言われたから、そうする。
気づいたときには、自分の人生が自分の意思だけでできていないことに気づく。
Once in a Lifetimeは、その気づきの曲である。
そして、Brian Enoの存在も非常に大きい。
Enoは、スタジオを単なる録音場所ではなく、作曲のための装置として使うアーティストである。彼はTalking Headsとの仕事でも、バンドの演奏をループ的に扱い、個人の演奏よりも全体のシステムとして音楽を組み立てる方向へ導いた。The New Yorker
Once in a Lifetimeの音は、まさにその発想でできている。
ギター、ベース、ドラム、シンセ、ボーカル。
それぞれが主役として前に出るのではなく、複数の流れとして絡み合う。
まるで水路のようだ。
いくつもの流れが合わさり、分かれ、また重なる。
その上を、David Byrneの声が説教師のように、あるいは迷子のサラリーマンのように漂っている。
このサウンドと歌詞の一致が、Once in a Lifetimeを特別な曲にしている。
曲のテーマは、流される人生。
そして音そのものも、流れ続けるグルーヴでできている。
内容と形式が、見事に同じ方向を向いているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、配信サービスや歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Genius Once in a Lifetime Lyrics、Spotify Once in a Lifetime
作詞:David Byrne
作曲:David Byrne、Brian Eno、Chris Frantz、Jerry Harrison、Tina Weymouth
収録アルバム:Remain in Light
And you may find yourself
和訳:
そして君は、自分自身に気づくかもしれない
この一節は、曲全体の入口である。
find yourselfは、自分自身を見つけるという意味にも、自分がある場所にいると気づくという意味にもなる。
ここで重要なのは、主人公が能動的に何かを探しているわけではないことだ。
気づけば、そこにいる。
気づけば、その人生の中にいる。
この受け身の感覚が、Once in a Lifetimeの不気味さを作っている。
Same as it ever was
和訳:
いつもと同じ、ずっと同じ
この反復は、曲の呪文のような部分である。
変わったと思っていた人生も、実は同じことの繰り返しかもしれない。
目新しい生活も、どこかで決まった型をなぞっているだけかもしれない。
このフレーズは、安心にも聞こえる。
だが同時に、恐ろしくもある。
変化しているようで、何も変わっていない。
進んでいるようで、同じ場所を回っている。
そんな時間の感覚がある。
Letting the days go by
和訳:
日々を過ぎ去るままにして
この一節は、曲の水のイメージと深く結びついている。
日々は、積み重なるというより流れていく。
掴もうとしても、指のあいだから抜ける。
意識しなければ、ただ過ぎていく。
Once in a Lifetimeで描かれる人生は、意志によって築かれるものというより、水流に乗って運ばれるものに近い。
How did I get here?
和訳:
どうやって僕はここへ来たんだ?
この問いこそ、曲の中心である。
これは単なる道案内の問いではない。
人生全体への問いだ。
なぜこの家にいるのか。
なぜこの仕事をしているのか。
なぜこの人といるのか。
なぜこの顔で、この身体で、この生活をしているのか。
曲は、その問いに答えない。
答えがないからこそ、問いだけが何度も響く。
4. 歌詞の考察
Once in a Lifetimeの歌詞は、非常にシンプルな言葉でできている。
だが、そのシンプルさの中に深い不安がある。
この曲の主人公は、何か大きな事件に巻き込まれているわけではない。
誰かに裏切られたわけでも、破滅したわけでもない。
むしろ、外から見れば成功しているかもしれない。
立派な家。
大きな車。
美しい妻。
安定した生活。
それなのに、彼は不安に襲われる。
ここが、Once in a Lifetimeの鋭いところである。
不幸だから不安なのではない。
むしろ、幸福に見えるものの中で不安になる。
社会が幸福だと呼ぶものを手に入れたあとで、それが本当に自分の幸福なのかわからなくなる。
この感覚は、非常に現代的である。
人はよく、欲しいものを手に入れれば満たされると思う。
良い仕事、良い家、良い相手、良い暮らし。
けれど、手に入れた瞬間に、今度はその生活が自分を閉じ込めることがある。
それは贅沢な悩みのように見えるかもしれない。
でも、本人にとっては切実だ。
なぜなら、その生活が自分のものだという実感がないからだ。
Once in a Lifetimeの主人公は、まさにその実感の欠如に襲われている。
ここでの恐怖は、失敗の恐怖ではない。
むしろ、成功したあとに自分が空っぽだと気づく恐怖である。
David Byrneは、この曲について、人生を自動操縦で進めてしまうこと、そしてある時点でどうしてここへ来たのかと問う感覚を語っている。ウィキペディア
この自動操縦という視点で見ると、歌詞の反復がとても重要になる。
同じ言葉が何度も戻ってくる。
同じ問いが何度も繰り返される。
水が流れ、日々が過ぎ、また同じ場所へ戻る。
これは、思考のループであり、生活のループでもある。
朝起きる。
働く。
帰る。
眠る。
また朝になる。
その生活自体は悪ではない。
だが、意識せずに続けていると、自分が何を選んだのかわからなくなる。
Once in a Lifetimeは、そのループの中で突然目が覚める瞬間を描いている。
興味深いのは、この目覚めが、はっきりした救済をもたらさないことだ。
普通なら、気づいたら人生を変える、という物語になるかもしれない。
仕事を辞める。
家を出る。
新しい愛を探す。
本当の自分を見つける。
しかしOnce in a Lifetimeは、そういう物語を提示しない。
ただ、問い続ける。
どうしてここにいるのか。
これは自分の家なのか。
これは自分の妻なのか。
これは自分の人生なのか。
そして、水が流れる。
この水のイメージが、曲の中で非常に大きな役割を果たしている。
水は、命の象徴でもある。
浄化の象徴でもある。
時間の象徴でもある。
同時に、流されることの象徴でもある。
水は止まらない。
人が望んでも望まなくても、流れ続ける。
日々も同じだ。
私たちは、日々を生きていると思っている。
しかし、日々に流されてもいる。
Once in a Lifetimeは、その流れを美しく、そして怖く描く。
サウンド面でも、水の感覚は強い。
Jerry Harrisonのシンセサイザーのきらめきは、水面の反射のように聞こえる。
Tina Weymouthのベースは、流れの底でうねる。
Chris Frantzのドラムは、同じ流れを保ちながら、細かく波を作る。
ギターは輪郭を刻み、Brian Enoのプロダクションは全体を反復する水路のように組み上げる。
この曲は、音そのものが水のように流れている。
しかし、それはリラックスできる水ではない。
むしろ、流される水である。
気持ちよく身体を揺らしているうちに、自分がどこへ運ばれているのかわからなくなる。
ここに、Once in a Lifetimeの不思議な快楽がある。
踊れる。
でも、不安になる。
楽しい。
でも、怖い。
ポップ。
でも、哲学的。
この矛盾が、曲をただのニューウェーブ名曲で終わらせていない。
また、David Byrneのボーカルも特筆すべきである。
彼はこの曲で、一般的な意味で美しく歌っているわけではない。
むしろ、説教者、テレビ司会者、会社員、夢遊病者、預言者が混ざったような声を出している。
その声には、妙な説得力がある。
しかし、その説得力がどこか空洞なのだ。
まるで、意味を信じているのではなく、意味のある言葉の形だけを借りているようにも聞こえる。
ここにも、曲のテーマが反映されている。
社会の言葉。
成功の言葉。
幸福の言葉。
信仰の言葉。
自己啓発の言葉。
人はそれらを口にする。
しかし、本当に信じているのか。
それとも、誰かから受け取った言葉を話しているだけなのか。
Once in a Lifetimeの語り口には、その問いも含まれている。
Brian Enoは、Byrneが説教師のような激しいイントネーションと、驚くほど楽観的な言葉を組み合わせていたと述べている。The Ethan Hein たしかに、この曲は全面的に暗いわけではない。
そこが面白い。
人生に気づいてしまうことは怖い。
でも、同時に世界を見直すチャンスでもある。
どうしてここにいるのか。
この問いは、不安の始まりである。
しかし、意識的に生き直すための入口でもある。
Once in a Lifetimeは、答えをくれない。
でも、問いをくれる。
そして、良い問いは、ときに答えよりも長く残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Born Under Punches by Talking Heads
Remain in Lightの冒頭を飾る楽曲で、Once in a Lifetimeと同じくポリリズム、ファンク、切断された言葉が絡み合う。アルバム全体の実験性を知るには欠かせない一曲である。Once in a Lifetimeのグルーヴが好きなら、こちらのより緊張感のある反復にも引き込まれるはずだ。
- Crosseyed and Painless by Talking Heads
Remain in Light収録曲で、ファンクの推進力とDavid Byrneの神経質な語りが強く出た楽曲である。Once in a Lifetimeが人生の自動操縦に気づく曲なら、Crosseyed and Painlessは事実や現実感そのものが崩れていくような曲だ。頭で追うより、まず身体で乗るのがいい。
- The Great Curve by Talking Heads
Remain in Lightの中でも特に生命力にあふれたグルーヴを持つ曲。アフロビート的な反復と、複数の音の層が絡み合う快感が強い。Once in a Lifetimeの水のような流れに惹かれる人には、この曲の渦巻くリズムも合う。
- I Zimbra by Talking Heads
1979年のFear of Music収録曲で、Remain in Lightへ向かう重要な前段階にあたる曲である。無意味に近い言葉の響き、反復するリズム、アフリカ音楽への関心が結びつき、Talking Headsがロックの外へ開いていく瞬間を感じられる。
- My Life in the Bush of Ghosts収録のThe Jezebel Spirit by Brian Eno & David Byrne
David ByrneとBrian Enoによる1981年の実験的作品からの楽曲。ラジオ説教やサンプリング、反復するリズムが絡み合い、Once in a Lifetimeの説教者的な声の感覚をさらに抽象化したような世界が広がる。声を意味ではなく素材として扱う発想がよくわかる。
6. 人生の自動操縦に気づくためのダンスミュージック
Once in a Lifetimeは、Talking Headsの代表曲であるだけでなく、ポップミュージックがどこまで奇妙で深くなれるかを示した曲である。
この曲は、普通の意味ではロックの名曲らしくない。
ギターリフで押し切るわけではない。
泣けるメロディで感動させるわけでもない。
恋愛の物語があるわけでもない。
それなのに、強く残る。
なぜなら、この曲は人生の根本に触れているからだ。
自分はどこにいるのか。
どうしてここにいるのか。
この生活は自分が選んだものなのか。
時間はどこへ流れているのか。
これらの問いは、誰にでも訪れる。
ある朝、鏡を見たとき。
電車の窓に映る自分を見たとき。
家の中でふと立ち止まったとき。
家族や仕事や生活の中で、急に自分だけが少し浮いているように感じたとき。
その瞬間、人はOnce in a Lifetimeの主人公になる。
この曲が優れているのは、その不安を重苦しく描かないところだ。
むしろ、踊らせる。
これは非常に重要である。
人生の不安は、しばしば言葉で考えすぎると動けなくなる。
しかし、Once in a Lifetimeは、その不安をリズムに変える。
わからない。
でも、身体は動く。
怖い。
でも、ベースは跳ねている。
自分がどこにいるのかわからない。
でも、水は流れ、グルーヴは続く。
この感覚は、現実の人生にも近い。
私たちは、すべてを理解してから生きるわけではない。
むしろ、わからないまま日々を進む。
答えがないまま働き、食べ、眠り、誰かと話し、また朝を迎える。
Once in a Lifetimeは、その状態を肯定しているわけではない。
だが、ただ絶望しているわけでもない。
気づけ。
でも踊れ。
問いを持て。
でも流れを感じろ。
そんな曲に聞こえる。
ミュージックビデオも、この曲の印象を大きく決定づけた。
David ByrneとToni Basilが共同監督したビデオでは、Byrneが白い部屋でスーツ姿のまま奇妙な動きを見せる。背景には宗教儀式や複数のByrneの映像が重なり、身体の痙攣のようなダンスが展開される。ByrneとBasilは宗教的恍惚や儀式の映像を研究し、それを動きへ取り入れたとされている。ウィキペディア
この映像は、曲の身体性を見事に視覚化している。
Once in a Lifetimeの主人公は、頭で考えているだけではない。
身体もまた、自分のものではないように動いている。
日常の中で、突然身体が異物になる。
スーツを着た男が、まるで憑依されたように踊る。
これは、消費社会の中の会社員のようでもあり、宗教的なトランス状態の人間のようでもある。
その混ざり方が、Talking Headsらしい。
理性と儀式。
都市生活と原始的な身体。
会社員と預言者。
ポップソングと民族音楽。
ミュージックビデオと宗教的恍惚。
そうした対立するものが、Once in a Lifetimeではひとつの奇妙な流れになる。
この曲は、後世にも大きな影響を与えた。NPRはこの曲を20世紀の重要なアメリカ音楽作品のひとつに選び、Rock and Roll Hall of Fameもロックを形作った楽曲群のひとつとして扱っている。またRolling Stoneは2021年版のThe 500 Greatest Songs of All Timeでこの曲を高く評価している。ウィキペディア
ただし、こうした評価を抜きにしても、Once in a Lifetimeは一度聴けば忘れにくい。
その理由は、曲がひとつの体験になっているからだ。
イントロが始まる。
水面のようなシンセが鳴る。
ベースが動く。
声が入る。
そして、いつの間にかこちらも問いの中へ入っている。
この曲は、聴き手を外側に置かない。
歌詞のyouは、誰か他人ではない。
聴いている自分自身に向けられている。
君は自分に気づくかもしれない。
君は美しい家にいるかもしれない。
君は大きな車を持っているかもしれない。
君は自分に問うかもしれない。
どうしてここにいるのか。
このyouの使い方が、とても強い。
David Byrneは、自分の話をしているようで、聴き手の人生へ入り込んでくる。
その意味で、Once in a Lifetimeは非常に普遍的な曲である。
時代は1980年。
音はニューウェーブ。
背景にはアフロビートやポストパンク、Brian Enoの実験精神がある。
しかし、問いは今でも古びない。
むしろ現代では、さらに強く響くかもしれない。
今の私たちは、昔よりも多くの選択肢を持っているように見える。
仕事も住む場所も人間関係も、選べるものが増えたように見える。
だが、その一方で、アルゴリズム、広告、社会的期待、経済的制約、周囲の視線によって、知らないうちに選ばされてもいる。
気づけばこの仕事。
気づけばこの部屋。
気づけばこの生活。
気づけばこの顔で、画面を見つめている。
そのとき、Once in a Lifetimeの問いは今も有効である。
どうしてここに来たのか。
この問いには、すぐ答えなくてもいい。
むしろ、この曲は答えを急がない。
問いながら踊る。
不安になりながら、グルーヴに身を任せる。
それが、この曲の美しさだ。
Once in a Lifetimeは、人生の意味を教えてくれる曲ではない。
けれど、人生の意味を問い直すための音を鳴らしてくれる。
日々は流れていく。
水も流れていく。
同じような一日が続く。
けれど、ある瞬間に、私たちはその流れを見つめることができる。
そして、見つめた瞬間から、同じ流れは少しだけ違って見える。
Once in a Lifetimeは、その瞬間の曲である。
同じままでありながら、もう同じではない。
流されながら、流れに気づく。
踊りながら、自分の人生を問い始める。
Talking Headsは、この曲でそんな不思議な体験を作り上げた。
だからOnce in a Lifetimeは、ただの一生に一度の曲ではない。
聴くたびに、何度でも自分の人生へ戻ってくる曲なのである。

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