Non-Alignment Pact by Pere Ubu(1978)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Non-Alignment Pact」は、Pere Ubuのデビュー・アルバム『The Modern Dance』(1978年)のオープニングを飾る楽曲であり、暴力的なノイズと鋭利なアイロニーが交差する、ポストパンク黎明期の決定的瞬間とも言える作品です。

タイトルの「Non-Alignment Pact(非同盟条約)」は、もともと冷戦期における政治用語であり、アメリカにもソ連にも組せず中立を貫く国々の連合を意味します。ここではそれを人間関係、特に恋愛や対人コミュニケーションにおける“距離の取り方”や“親密さへの拒絶”の象徴として転用しています。

歌詞の語り手は、相手に「非同盟条約を結ぼう」と語りかける一方で、裏では“でも君をぶっ壊したい”と呟く――表面的な冷静さの下に、暴力的な衝動と抑えきれない激情が渦巻く、極めて不穏かつ挑発的な構造を持ったリリックです。

2. 歌詞のバックグラウンド

1970年代後半、Pere Ubuはオハイオ州クリーヴランドの衰退したインダストリアルな空気の中で、ノイズ、ジャズ、ダダ、パンク、SF的想像力を融合させた独自の音楽世界を構築していました。
この曲は、彼らの音楽性と精神性が一気に凝縮された“宣戦布告”とも言える作品です。

歌詞を書いたヴォーカルのデヴィッド・トーマスは、しばしば社会の狂気、孤独、隔絶された存在としての人間を歌ってきましたが、この曲では“契約”という冷たい言葉を使って、人間関係における誠実さ・裏切り・権力の問題を鋭く暴いています。

また、この楽曲の“爆発するようなギターリフ”と“拷問のような電子音”の組み合わせは、後のインダストリアルロックやノイズロックの礎にもなったと評価されています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius – Pere Ubu / Non-Alignment Pact

“I wanna make a deal with you girl / And get it signed by the heads of state”
「君と取引をしたいんだ/各国の元首たちが署名するような正式な条約を」

“I wanna make a Non-Alignment Pact with you”
「君と非同盟条約を結びたいんだよ」

“No one will be a neutral / No one will be a neutral party”
「誰も中立ではいられない/中立なんて幻想さ」

“I’ll teach you how to laugh if you teach me to cry”
「君が泣き方を教えてくれたら、笑い方を教えてやる」

“I wanna hurt you / I don’t wanna hurt you”
「君を傷つけたい/でも傷つけたくなんかないんだ」

このように、歌詞は明確な矛盾と葛藤に満ちています。「傷つけたい/でも傷つけたくない」というラインは、愛と暴力、親密さと距離感、理性と衝動が衝突する瞬間を象徴しており、それを“政治的条約”という冷徹なメタファーで包むことで、現代の人間関係の不安定さを戯画的に表現しています。

4. 歌詞の考察

「Non-Alignment Pact」は、恋愛や対人関係に潜む“交渉”や“力の均衡”を、国際政治になぞらえて語るポストモダンな比喩構造を持った作品です。
恋愛や友情といった“親密なもの”でさえも、突き詰めれば利害と衝突の関係であり、「一方的に寄りかかることも、無関係でいることも許されない」と、この曲は言っているかのようです。

語り手が提案する“非同盟条約”とは、一見すると「互いに干渉しないことを約束しよう」というように聞こえますが、その裏には**「本音では支配したい」「傷つけたい」という欲望が隠されています。この支配欲と良心のせめぎ合い**は、ポール・サイモンのような叙情派とはまったく違う形で、ポストパンク的な冷笑と暴力性によって描かれています。

加えて、「中立など存在しない」と繰り返す一節は、**現代社会における“第三者の不可能性”**を鋭く突いています。人は関係性の中で常に当事者であり、“傍観者”であることは幻想であるという、強烈なメッセージが込められています。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Repetition” by The Fall
     言葉の反復が暴力的な感情を生む、ポストパンクの代表作。
  • “The Light Pours Out of Me” by Magazine
     疎外された精神と鋭利なリズムが交錯するアートパンク。
  • “Contort Yourself” by James Chance & The Contortions
     身体表現と暴力をテーマにしたノーウェーブの金字塔。
  • Damaged Goods” by Gang of Four
     恋愛と商品経済の関係を辛辣に描いた、知的かつ激烈な一曲。
  • “Sense of Doubt” by David Bowie
     意味の解体と感情の希薄化を音で描いた、ベルリン三部作の異色作。

6. 条約は愛の比喩か、それとも戦争の予兆か?

「Non-Alignment Pact」は、人間関係の冷徹さ、そしてその裏にある暴力的な感情の矛盾性を、鋭く、そして滑稽なほど論理的に描いたポストパンクの傑作です。
この曲における“取引”や“条約”は、優しさや愛の仮面をかぶって語られる一方で、実際には支配と解体、関係の崩壊を予見しているのです。

このようなラブソングの逆転的アプローチは、Pere Ubuの独自性であり、また1970年代末の社会不安と個人主義の進行、感情の摩耗と情報過多という時代精神を反映していると言えるでしょう。


「Non-Alignment Pact」は、“距離を取ることすら交渉の対象になる”時代の愛と暴力を描いた、知的かつ獰猛な現代の寓話。Pere Ubuが突きつけたのは、共感も拒絶も共に不可能な世界に生きる私たち自身の姿である。

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