発売日: 1974年8月11日
ジャンル: フォーク、シンガーソングライター、アートポップ、チェンバー・フォーク
古い儀式に新しい皮膚を——Leonard Cohen、愛と信仰の境界線を漂う官能的な預言書
『New Skin for the Old Ceremony』は、Leonard Cohenが1974年に発表した4作目のスタジオ・アルバムである。
それまでのミニマルでフォーク的なアプローチから一歩踏み出し、より洗練されたアレンジと宗教的・性的メタファーに満ちた詩的世界観が展開される、Cohenにとって初の“変容”を遂げた作品と言えるだろう。
アルバムのタイトル「古い儀式のための新しい皮膚」は、形式の更新と内容の継承を同時に語るCohenらしい含意を持ち、宗教的儀式や人間関係の繰り返しの中に、どのように新しい意味を与えるかというテーマに通じている。
プロデューサーにはJohn Lissauerが起用され、バイオリン、ヴィオラ、マンドリン、木管楽器、女性コーラスなど、従来よりも豊かな音の装飾が施されており、Cohenの語りはより劇的な彩りを得ている。
全曲レビュー
1. Is This What You Wanted
別れの歌でありながら、官能と皮肉に満ちた問いかけ。「これが欲しかったのか?」という繰り返しが、痛みを重ねた関係性の結末を突きつける。
2. Chelsea Hotel #2
Cohenの楽曲の中でも特に有名な一曲。Janis Joplinとの短い逢瀬を回想するこの歌は、露骨さと優しさが紙一重で共存する名バラッド。
3. Lover Lover Lover
中東戦争の最中に書かれたとされる祈りのような歌。“恋人よ”と繰り返されるフレーズの裏に、戦争と自己浄化のモチーフが潜む。
4. Field Commander Cohen
後にライブ盤のタイトルにもなったこの曲では、Cohen自身が“フィールド司令官”として、言葉と歌で世界を導く存在として描かれている。 皮肉と英雄譚が交錯する。
5. Why Don’t You Try
穏やかなメロディに乗せて、「なぜ試してみないの?」と語りかける一曲。 誘惑のようでいて、どこか悲しみも滲む。
6. There Is a War
寓話的な比喩で構成された政治的風刺。「この世界には戦争がある、それは善と悪の戦いではない、ただの戦争だ」という諦観が鋭く響く。
7. A Singer Must Die
「歌手は死なねばならぬ」と繰り返される、Cohen流の自虐と美学の結晶。 自らの役割に対する冷酷なユーモアが印象的。
8. I Tried to Leave You
別れようとしても離れられない関係を、淡々と語る低音の祈り。 「何度も去ろうとした」と繰り返しながら、愛の終わらなさを告白する。
9. Who by Fire
ユダヤ教の祈り「ユネットネ・トコフ」にインスパイアされた宗教的な詩。死の方法と運命の不確かさを列挙し、問いとして残す名作。
10. Take This Longing
欲望と欠如が入り混じる静かな官能曲。「この切望をあなたに捧げる」というフレーズが、哀しみの献身として響く。
11. Leaving Green Sleeves
英国の伝承歌「グリーンスリーヴス」をベースにしつつ、Cohenが大胆に再構成。怒りと絶望を吐き出すような、異質で破調的なラストトラック。
総評
『New Skin for the Old Ceremony』は、Leonard Cohenという詩人/音楽家が、自らの“形式”を一度解体し、より官能的で深遠な新たな語り口を手に入れた転換点である。
宗教と性、信仰と懐疑、愛と別れといった二項対立を詩的に折り重ねながら、聖歌のようでいて、どこか娼館のような響きも持つこのアルバムは、まさに“儀式の再構築”と呼ぶにふさわしい。
このアルバムを聴くとき、我々はCohenという語り部の内側を覗き込むだけでなく、人間という存在が持つ、矛盾と美しさの総体に触れることになる。
それは皮膚のように柔らかく、傷のように深い。
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I Am a Bird Now / Antony and the Johnsons
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